「ふぅ〜ん? 同じガラス細工の器でも、形が変われば気分も変わる……あ〜たりまえのこ〜とだけど、や〜っぱり“体験”ってヤツは大事だね〜」
仮にも王族の血が流れていながら下着のひとつも着用せず、ただ雑にタオルを巻いた姿のまま半分ほどに減った牛乳ビンを揺らすヴィッシュ。
知識として庶民がそういう飲み方をしていることは学生時代に流れてきた雑談で知っていたが、それを自分が体験する日がくるなど夢にも思っていなかった。
「だから風呂上がりの身も心も火照った男を癒してくれんのは【イチゴ牛乳】こそが最強だっつてんのがわかんねーのかコラァッ!!」
「笑止。道理を知らぬ餓鬼が囀るな。真の男が風呂上がりに出にするべきは【コーヒー牛乳】であると歴史が証明しておろうが」
「やれやれ、話になりませんね。時代は常に変化している、ならば人もまた価値観をアップデートして【フルーツ牛乳】を受け入れる必要があるのですよ?」
目の前では、やはりヴィッシュと同じようにタオルで最低限のモラルを維持している男たちが実に平和的な闘争を繰り広げている。
男湯の入り口の前で護衛を追い払ったやりとりを見て自分の正体を疑っていた、ところに領主の息子があっけらかんとネタバレをかましたというのに、もはや誰もヴィッシュが王族であることを気にしている様子はない。
そして、気兼ねの無い雑談だけでこの空気を作り出した少年はなにをしているかといえば────やはり半裸のまま、腰に手を当てて堂々とした立ち姿で喉を潤していた。ミルクココアで。風呂上がりの牛乳について話題と火種をバラまいておきながら本人だけが知らんぷりである。
その背中を眺めるヴィッシュの視線は、彼を知らぬ者にはどこまでも穏やかであるように見えるだろう。
だがその人当たりの良い顔の裏側では、フォルティス王国の繁栄と安寧のために命を捧げる者として冷静に徹した判断力で状況を分析していた。
ここにいる民衆はヴィッシュという個人を信用したのではない、ただ“コレオ・ホーエンハイムが仲介した”という事実がひとつのブランドとして機能しているだけのこと。
民衆に寄り添った統治、大変結構な心掛けであるし語るだけなら簡単なこと。だがそれを実践するには良くも悪くも貴族としての産まれと育ちが邪魔をする。価値観の隔たりとは、それほどまでに大きい。
故に、異質。
コレオ・ホーエンハイムはヴィッシュの知識にも経験にも当て嵌まらない、完全なるイレギュラー。
言葉遣いの使い分けなど問題ではない、あまりにも平民との関わり方が自然体なのが不自然過ぎる。
個人的にコレオを気に入った。
その言葉、誓って嘘偽りは無い。
ただヴィッシュにとって最優先の絶対が“国家”というだけ。
だから────
王族という立場を利用し過去から現在まであらゆる文献を読み漁っても前例を見つけることが叶わなかったこの力で、眼球の中で幾重にも展開される魔法陣を通して、コレオ・ホーエンハイムという人間を解析しようと試みた。
もしもコレオが本当にギフテッドなら……稀に現れる“本物”と讃えられる者たちのように、この眼がギフトとでも呼ぶべき力の根源を詳らかにしてくれるだろう。仮になにも見つからなくても構わない、それならコレオという少年の人間性が特殊であり優れているというだけのことなのだから。
そして、ヴィッシュは視た。
視てしまった。
無数に枝分かれして無限に広がる、未知の魔法文字で構成された天を覆い尽くすほど巨大な錬成陣を。
ヴィッシュとて錬金術士としてそれなりの実力があると自負していた。学生時代は“生徒は学舎に身分を持ち込まず”という形骸化した言葉を後ろ盾に教室を飛び出して研鑽を積んだ。
ロジャーを筆頭に友人にも恵まれるという幸運と、学生でありながら防衛戦に参加して現実を思い知るという不幸を同時に味わった。それらの経験を共に飲み込んで錬金術士としての腕を磨いていた……はずなのに。
明るく輝く錬成陣もあれば、仄暗く佇む錬成陣もある。
流れ星のような光でお互いに繋がる錬成陣もあれば、闇の空にあって威風堂々と屹立するかのような錬成陣もある。
己の存在を示すように忙しなく瞬くモノ。
姿は見えないのに恐ろしい気配を放つモノ。
わからない、なにひとつ。
真に恐るべきは、それらの錬成陣が────少なくともアクティブ状態になっているモノは、コレオの魔力により正しく稼働しているという事実だった。
頭で理解できなくてもヴィッシュの眼には魔力の流れが視えている。コレオはこの天体級巨大錬成陣を認識し、理解し、制御し、行使しているという事実を叩き付けてくる。
王族たるもの心の内を容易く表に出すべきではない。その教えにヴィッシュは心から感謝し、努力を怠らなかった自分を褒めてやりたかった。そうでなければ、いまごろ胃の中のモノを残らず吐き出していただろう。
不快感を洗い流すように残りの牛乳を飲み干し、うっかりギフトが発動してしまわないよう注意しながらコレオを見る。
パンツ1枚の姿でストレッチをしているこの瞬間も、あの巨大錬成陣は休みなく稼働して“なにか”を産み出し続けているのだ。
全ては偶然でも自然でもなく、コレオ・ホーエンハイムというギフテッドの明確な意志に従って。
「ハハッ、すっげ。こ〜んなもん、高級品のエアコンよりな〜ん倍も身体が冷えっ冷えにな〜っちまうって。こりゃ、な〜にがな〜んでも今回の悪巧みをしてくれちゃった連中の、その背後にいるクソどもを見つけ出して潰さにゃな〜らんよな〜? ……ただ殺されるだけならともかく、他国に渡すようなことだけは
遊戯王などのカードゲームを知らない人には、全部キバハゲデュエルに見えるという話。
ちなみに作者はGBのポケモンカードが理解の限界です。FF8はチュートリアルでブン投げました☆