「個室での焼肉は……産まれて、初めてですね。物心がついてからはお肉を焼くときは外で食べたいと、父にワガママを言っていたので」
「可愛いモノじゃないか、それくらいならさ。ウチも肉を食べるなら外のほうが好みかな。傭兵だからね、壁に囲まれていると窮屈に感じちゃうから」
つまり傭兵さんは自分ですら好みではない場所に俺を連れて行こうとしている、連れて行く必要がある。
何故? そりゃ傭兵は金で雇われて金で動くのが仕事なんだから、そう依頼した人がいるってことだ。
できればこの予測は外れて欲しかったが……ま、嫌な予感はだいたい当たるってのが相場よ。
普通の人は焼肉屋の個室のドアの前に護衛は立たせないだろう。
「はじめまして、コレオ・ホーエンハイム。私の名はハーディ・クロウリー・テナクスという。中央の、まぁ……役人のような仕事をしている者だ」
「はぁ、どうも。はじめまして、コレオ・ホーエンハイムと申します」
この若いイケメンは俺が貴族の息子だと理解してるんだよな?
それで国名の入ったフルネーム名乗っておいて立場を惚けるのか。素直に自分は王族関係者とは言えない理由があるのに、わざわざ名乗りはフルネーム。なにがしたいんだコイツは?
「キミの噂は部下から聞いている。ギフテッドでありながら、フォルティス王国では不遇な扱いを受けているそうじゃないか」
「さて、どうでしょうかね? 厄介ごとに巻き込まれたことはありますが、少なくとも食事の席で騙し討ちを受けたことはありません」
「フフッ、悪かったね。私にも事情があって、あまり堂々と会うワケにはいかなかったんだ。まぁ、お詫びも兼ねてまずは……おい」
「はい。コレオ様、こちらをどうぞ」
「ありがとうございます」
護衛っぽい女性から差し出されたのは、見た目も香りもオレンジジュースらしき液体が注がれたガラスのコップ。
だけど、俺は、虫毒抵抗薬を渡されている。
「グラスを見つめてどうした? 遠慮など必要ない」
「いや、目上の方にまだ飲み物が渡っていないのに口を付けるワケにはいかなくてですね」
「ん? あぁ……別に気にする必要はないのだがね。これは公式な会見ではないのだから。しかし、ゲストであるキミが落ち着けないというのであれば……私にも、同じ物を」
「はい。ハーディ様、どうぞ」
「うん、ありがとう」
俺に注いだボトルとは別の物を背後の人間から受け取ったな。
疑心暗鬼になっているところにそんな動きをされたら困るぜ。
「乾杯は、まぁ……無礼講の席だ」
「そうですか。では、お先にいただきます」
【オレンジジュース】
柑橘類を絞って適量の水で飲みやすく仕上げたジュース。使用するオレンジの品種や産地、砂糖の有無、熟成方法など、酒類にも劣らないこだわりの一品が世界各地に存在する。栄養補助飲料としてパイロットたちにも好まれている。
【マダラの鱗粉】
色鮮やかな4枚の羽根を持つマダラ種と呼ばれるインセクトの鱗粉。体内に取り込んだ者の精神に作用して一方的な多幸感を与え、正常な判断力を奪う。
傭兵さんは味方だったか……疑ってゴメンね? ボルトアクションライフル頑張って完成させるよ!
しかし王族この野郎、ゲストに対してお詫びのウェルカムドリンクに毒を仕込むとはいい度胸してるじゃねぇか。
でもそれはそれとして使い道があるかもしれないからインベントリにはキープしておこう。あとでスキルツリーも確認しなくちゃ。
「それで、私にどんなご用でしょうか? できれば食事はゆっくり気兼ね無く楽しみたいので先に用事を済ませたいのですが」
「ふむ……そのあたりの駆け引きを軽んじてしまうのは、ギフテッドだとしてもまだ子どもということか」
「えぇ、そうですよ。私はまだ学校にすら通っていない子どもです。そんな子どもを大人が大勢で取り囲むことが駆け引きだと仰るなら、確かに私には向いていないかもしれませんね。恥ずかしくてとてもマネなんてできない」
『『『『…………ッ!?』』』』
反応したが、怒鳴りはしないか。
良く訓練されているってヤツ? ヴィッシュおじさんのときとは逆で、この護衛の人たちはハーディさん個人に忠誠心を捧げているのかもしれない。
「私にも立場があり、彼らにも立場がある。あまり悪く言ってくれるな」
「そうですね、申し訳ありません。それで、ご用件は?」
「やれやれ、少しは雑談でも楽しみながらお互いの理解を深めたかったのだがね。コレオ・ホーエンハイム。我が祖国テナクスはキミにはどう見えているかな?」
「これで3度目です。ご用件は?」
「む……」
まともに会話なんてしないよ。
相手は本物の王族貴族、どんな言葉を捕まえられて自分の首を絞めることになるのかわかったもんじゃない。
なら、どうする?
相手に喋らせればいい。
「そこまで催促されたのでは仕方ないな。コレオ・ホーエンハイム、私はこれからテナクス戦闘国家を正しい姿に戻すための戦いを始めるつもりだ。キミにはその手伝いを頼みたい」
曰く。
いまのテナクスは地域による生活の格差、特に中央と地方で人々の暮らしぶりに大きな違いがあるのを平等にしたい。
そのために中央政府を打倒して自らが新たな王となる必要があるので、革命を起こすため少しでも戦力を集めている。
そこにフォルティス王国のホーエンハイム領からやってきた俺を取り込むことができれば、父ロジャーの協力も得られるかもしれない。
革命が成功した暁には、幼い身ながら正義の戦いに参加した勇敢なる戦士としての名誉を保証するので、フォルティス王国での立場も逆転することだろう。
……だ、そうだ。
「まともに正面からぶつかるのは得策ではない。時間をかければそれだけ国民たちの負担となる。故に、短期決戦が望ましい。そのために我々はヨロイムカデの抜け穴を利用した奇襲を仕掛けるつもりだ」
「はぁ」
「あの巨大な洞窟は中央都市の地下まで続いているらしいのでね。民間人への被害を最小限に抑えるためにも、これを利用しない手はない。だが、ひとつ困ったことがある。具体的な内部構造を調べようにも、抜け穴はフラメル家が厳重に監視しているということだ」
「それで、私に調べてこい……と?」
「全ての作業をキミが請け負う必要はない。領主カテリーナ・フラメルの信用を獲得し、ある程度自由な出入りが許されるようになれば、私の部下を護衛として連れて行ってくれればいい。どうかな?」
「お断りします」
「……ほぅ」
場の空気が変わったな。
ま、そりゃそうか。向こうは俺に毒を仕込んで判断力を奪っているつもりなんだから。
「理由を聞いてもいいかな?」
「私に考えるための時間を与えないまま結論を急がせたからです。判断が難しいことには迂闊に手を出さないよう気をつけていましてね。自分で責任を取れないようなことであれば尚更のこと」
「慎重だな。しかし、だからこそ我々の協力者として相応しい。わかった、この場での返答は求めない。ただテナクスの未来を護るため、我々がキミの力を必要としていることは覚えておいてくれ。さぁ、難しい話はこれで終わりにして食事を楽しもう」
「いいえ、私は失礼させていただきます。とても食事の気分ではありません」
「そうかい? それは残念だ。まぁ……確かに、キミの都合を考えず少しばかり急ぎ過ぎたかもしれない。時間は有限だがまだ余裕はある。我々の正義について、是非ともゆっくり考えてくれ」
▲▼▲▼
「騙して悪かったね、錬金術士くん。これも仕事なんだ」
「傭兵って潜入捜査もできるんですね」
「そうだよ〜、ウチの雇い主はあくまでカテリーナ様だよ〜。たぶん遊撃隊の人たちも万が一に備えてスタンバイしてるだろうね」
「つまり俺は囮にされたワケですね。なにも知らない子どもに対して酷い扱いだ、とても許せません」
「ゴメンゴメン、悪かったって。でも向こうが動くより先に、こっちの都合で状況を動かしたほうがキミを守りやすかったんだよ」
「まぁ……わかります。正義のためなら協力を求める相手にすら毒を仕込むような連中に、常識なんて通用しないでしょうからね」
「あれ? もしかして薬を渡したときからバレてた?」
「ギフテッドの呼び名は伊達じゃない、ってコトです」
「あはは、さすがは本物。でも助かったよ、キミがアレに賛同するようなことにならなくて」
「英雄願望のある貴族の子どもなら大喜びで協力したんじゃないですか? 俺は話を聞いてるだけで頭が痛くなりましたけどね。領主貴族の息子が他国のクーデターに関わってました、って宣伝するとか言われたときには脳ミソ腐ってんじゃないかと疑ったぐらいです」
「だけど残念ながら、なかなかの勢力になっちゃってるんだな〜コレが」
でしょうね。
王族が率いる正義を掲げた革命軍。なんとも眩しくて香ばしい集団じゃないか。現状に不満のある人たちが参加を決意するには充分な説得力がある、ように思える。
「あぁ、イヤだイヤだ。これまた面倒なヤツが出てきた。なんなんだあのイカレポンチ野郎は。想像力が足りなさ過ぎるだろマジで。なんでアレで俺が協力する想定できんだよバカじゃねぇの? じゃあせめて毒なんか使うなよ。もっと自然な形で接触するとか……マジでなんなんだよアイツは……何様のつもりだよ本当に……」
「この国の王子様だけど?」
「なるほど、立場を自分の実力と勘違いするとああなるんですね。良い反面教師だ、俺も己を見失わないよう覚えておくことにします」