静か過ぎて不気味って、こういう感覚か……。
輸送車の振動とコアの駆動音だけが聞こえる。なんならパイロットたちが周囲を警戒するために視線を動かしている音さえ聞こえているような気がする。そんなレベルで成虫ムカデすら出てこない。
い、イヤ過ぎる……ッ!! これがフラグじゃなかったらウソだよってレベルじゃねーぞ……ッ!! なによ、道路の切れ目が縁の切れ目だって言いたいの? ほなここからは歩いて進むしかないかぁ。
「ハーディ王子。これ以上は危険だ。あまりにも静か過ぎる。なにか異常が起きている、せめて防衛拠点まで1度引き返すべきだ」
「キミの意見にも一理ある、カテリーナ・フラメル。だが異常が起きているのであれば尚のこと、それを確かめる必要があると思わないか? そのために戦力を用意したのだろう?」
「状況の変化や異常を共有するのも大事な防衛任務だ。その上で、改めて少数による調査に切り替えるほうが万が一の損失が少なくて済む」
「ならば充分な人数がいる現状で調査に取り掛かれば、互いにフォローし合えるのだからより損失を減らせるだろう。カテリーナ・フラメル、キミが撤退を提案したことは覚えておく。その上で調査の継続を命じる。従ってくれるな?」
「……承知した。しかし対応があまりにも困難な状況が開始したときは、気絶させてでも連れ戻すので骨折のひとつやふたつは覚悟していただく」
「カティさんの口調が王族の上官に対するヤツじゃないね」
「戦場ですから。年下の部下が年上の隊長を怒鳴りつけて抱えて撤退する、なんて場面も稀にですが良くある光景ですよ」
「インセクトは勲章に忖度してくれない、か。そりゃあ」
「念のため、これはあくまでテナクスの流儀です。ほかの国家でも同じルールが通用するのかは、わたしの知るところではありませんので」
いざと、いうとき。
いざとなったら、かぁ。
魔力の流れでなにか感じられたりしないかな? これまでの経験からして、こういう気配察知を繰り返すことで新たに追加されるスキルとかもあるかもしれない。
レーダー装備を作ることはできても使うことのできない錬金術士にとって、自前でインセクトの接近に対応できるアドバンテージについて語る必要はあるまいて。
自前のレーダーとかなんか段階的に強化人間にでもなってる気分だな? そのうち魔力の出力で消費する量が半分になったり、剣を振ったら光波を出せるようになるかしら。
「コレオ様?」
「魔力の流れを見たい。大丈夫、遠くに行きたくなったら引っ叩いてくれれば止まるから」
「そこで遠くに行かない、ではなく遠くに行ってしまう前提でわたしに甘えてくださるところ。キライではないですよ?」
「それは素直に嬉しいね」
てくてくと、奥に向かって、歩いてる。
なにごとも無ければそれでいい。
っていうか見つかるな。
発言権は低いのに責任だけは1人前とかお断りですから。言葉の重みは内容ではなく発言者の信用に比例するのだ。戦えない、子どもの、錬金術士。これはスリーアウトですねチェンジしてぇ。
意識を。
穴底へ。
ゆっくりと。
地面に。
壁に。
天井に。
覆い尽くすのではなく、表面を少しだけ撫でるように。
…………。
…………。
…………。
なにか。
なんだ?
俺の知らない感触……金属?
鉄でもない。
銅でもない。
いや。
そもそも動いて────ッ?!
どうする?
どうする!
いや。
情報は共有しろ。
間違ってたらゴメンなさいだッ!!
「────いるッ!!!!」
ざわり、と。
まずはスティーリアさんが、そして俺の動きを見守っていた傭兵たちが、カティさん率いる遊撃隊が、ハーディ王子の護衛である騎士たちが。俺の叫びに反応してコアの出力を高めている。
近い。
怖い。
近い。
近寄ってくる。
怖い。
怖い怖い怖い。
なによりも。
心臓が爆発して指先が凍えるほどの異常な気配なのに
なんかオーバーフローしてる? 恐怖で奥歯がガチガチ震えそうなのに頭は妙にスッキリしてる。
そのせいで余計に這い寄る気配に全身を撫で回されているような感触がハッキリしてる。
仕返しか?
仕返しなのか?
俺がさっき、そういう手段を使ったから。
もぉ〜、オチャメさん☆
クソが。
ぎゃり、ぎゃり……と。金属同士の擦れるような音。
がつり、がつり……と。鉤爪が岩に刺さるような音。
これで俺の気のせいでは無くなった。
ハーディ王子の親衛隊たちも身構える。
よし。
よしよしよし。
アーメンハレルヤピーナッツバターだ、少なくともなにもわからないまま一方的に全滅するような危機は無くなったと信じたい。
「失礼します」
「ん。助かる」
スティーリアさんの腕が俺の腰に巻き付く。
いざとなれば後方に跳ぶつもりだろう。安全と引き換えにぎっくり腰にならないことだけ祈っておくか。
金属音。
掘削音。
金属音。
掘削音。
じゃり、がり、と。
すぐ、そこ、まで────。
「……素晴らしい」
アホ王子のマヌケな声が響く。
不快だ、それに耳障りな。
ヨロイムカデ。
いい名前だ、クソったれなほど外形的特徴をわかりやすく伝えるいい名前だ。
銀色の鎧。
しかも、その表面を魔力の線が走っている。紅く鮮やかな光のラインが奥の奥のずっと奥まで、ヨロイムカデの鎧がずっと奥のほうまで続いていることを証明するように。
数百メートル。
そうだな、コイツなら戦車だって捕食するかもな。
目が合う。
無機質で。
殺気のようなモノすら無く。
まるで。
そう、アシナガバチのときの────。
……ッ!!
ブチ殺してでも止めろッ!!
「手を出すなぁぁぁぁッ!!」
「ッ?! コレオ様……ッ!?」
「コイツはまだ敵じゃないッ! 撃つなッ! 撃てばコイツは敵になるッ! まだ敵対していない、コイツは敵じゃないッ! まだッ! だから撃つなッ!!」
頼む。
頼む。
頼む頼む頼む頼むッ!!
わかるだろ、興奮状態じゃなくて観察してるだけって雰囲気でわかるだろッ! 手を出す必要ないって理解できるだろ誰でもよぉッ!!
息が詰まる。
呼吸の仕方がわからない。
頭がズキズキする。
心臓が煩い。
1秒? 10秒? まるで数時間も動かない石像にでもなった気分だが銃声は聞こえない……。
「親衛隊ッ! 戦闘用意ッ!」
────あのバカ野郎ッ!!!!
「ハーディ王子ッ!!」
「案ずるなカテリーナ・フラメルッ! なにも問題など無いッ! 私にはテナクスの未来が視えているッ! わたしのテナクス戦闘国家の未来を定めるためにはアレの討伐が必要なのだッ! 次期国王として、我が祖国の脅威となる存在は排除せねばならんのだッ!」
「ハーディ様ッ! いつでも御命令をッ!」
「王子ッ!! クソッ、止め」
「撃てッ!!!!」
ムリだよ、ハーディ王子。
ムリなんだ、そいつらの武器じゃ。
カティさんの新型クレイモアも。
拠点の狙撃班が使っていた大型キャノンでも。
あの鎧には通用しないんだ。
魔力の質が違う。
文字通り、桁が違うんだよ。
う〜む、2度目の人生は太く短く終わってしまったなぁ。
ルカニ、悪い。
父様、母様。ごめん。
…………。
…………。
…………うん?
「ハハハッ! 圧倒的ではないか我が親衛隊はッ! ヤツは身動きもできずにいるぞッ! このまま粉砕してしまえッ!!」
ゆっくりと。
本当に、ただ。
歩いているときに、肩に枝が触れたから、なんとなく顔を向けるようにゆっくりと。
ヨロイムカデが親衛隊のほうに頭を向けた。
興奮状態……じゃ、ないな。
まさか防御力に差があり過ぎて、攻撃されているとすら認識していない?
ゆっくりと、身体を傾け────光のラインがッ?!
鎧の表面に魔法文字、火属性?
いや、それより何倍も何重も複雑な図形と魔力の反応が。
ヤバい。
必ず、これは、ヤバい。
「カティさんッ!! 離れてッ!!」
「退避ッ!!」
ナイスぅッ!
判断が早いぞカテリーナ・フラメルッ!!
ヨロイムカデの口が動く。
牙が開く。
腰に回されたスティーリアさんの腕に力が込められた。
なにが────熱、火、焼けて、肌、目が痛みの。
寒い。
寒い?
熱が奪われ。
クソッ、なんなんだよ熱いし寒いし鼻と喉の奥が痛ェ。
皆は?
誰も、声が。
熱、熱風……音?
ダメだ、耳も痛くて千切り捨ててぇ。
「……ッ!? はぁッ、はぁッ、はぁぁ……ゴホッ。うげぇぁ」
喉、火傷したかも。
火は、熱風は……おさ、ま……った、のか?
ハーディ王子たちは?
「は、は、はぁ、はぁぁ……あぁあ……ッ?! あ、あはッ、はぁ……あ、あ、あぁ……ッ?!?!」
生きてる?
生きて……いや。
ハーディ王子は元気に泣き喚けるぐらい無事だったようだけど、ドロドロに赤く灼けて融けた大地の手前に、残っている。残されている。
辛うじて、それが人だったと。
人だったカタチの面影が残る、真っ黒に焼け焦げた棒状のナニかが、横たわることもなく立っている。