荷物を載せた台車をゴトゴト押しながらお爺さんの後ろをついて歩く俺。
さっきチンピラ3人を埋めて掘り起こしてを繰り返したときにはそこまで思わなかったが、下町と呼ばれる雰囲気とかイメージとは少し違う。土が剥き出しの道路でもしっかり平坦に整えてある。
やっぱり錬金術っていうファンタジーと文明の融合した技術があると、生活レベルが全然アレよ。現代日本からそこまで隔絶していないっていうか。まず風呂と水洗トイレと冷蔵庫がある時点でね、もう感謝しかないよね。
「そういえば助けてくれたってのに名乗ってなかったな。儂のことはリットンと呼べ」
「ではリットン師匠とお呼びしても?」
「んんッ?! その偉そうな呼び名は止めろ。ケツが痒くなる」
「じゃあリットン先生で」
「……余計に偉そうになってねぇか?」
「仕方ないですね。今回だけは特別にリットン親方とお呼びしましょう」
「そうかい。ありがとよ。それで? 坊主の名は?」
「コレオ。コレオ・ホーエンハイムと申します」
ピタリ、と。
リットン親方の足が止まる。
「とりあえず、だ。小賢しく偽名なんぞ使わずに堂々と名乗ったことは褒めてやる」
「父ロジャーのことは尊敬していますし、家族のことは愛していますから。ホーエンハイムの名を名乗ることに恥などありません」
「……ふんッ、そうかよ。ならいい。お前にモノを教えてやると言い出したのは儂のほうからだしな」
義理堅い。
そして不器用な人だ。
貴族に対してなにやら愉快ではない思い出をお持ちの様子、ってのは短い会話からでも読み取れた。その上で、リットン親方には正直に打ち明けるべきだと判断した。
どうやら俺の答えは正解だったらしい。亀の甲より年の功、自分の何倍も人生経験を積んでいる相手を小手先の嘘で丸め込めると思うほどバカじゃない。正直、追い返されるパターンのほうが高いかも? とは思っていたけどね。
黙る親方に追従すること、しばし。
「……宿屋?」
「昔は学生寮で生活できるのは貴族に限定されていたんだとよ。儂が制服に袖を通すころには平民も半数ぐらいは学生寮に入れたがな。そうでない連中は下町から教育棟に通うのが当たり前だった」
「そうした錬金術士候補の学生たちが自由にクラフトの練習ができる環境を整えて、顧客を捕まえようとしたワケですね」
「いまではほとんど残っちゃいねぇ。錬金工房だけ残しておいたところでな。で、大抵の宿は飯屋だったり酒場だったりに改装しちまったよ」
「でもリットン親方は残してるんですね」
「だからお前の寝床ぐらいはどうにかなる、ってことだ。そもそも儂は宿屋じゃねぇ。管理するにしても、工房を任されたついでに、たまに換気をしてるぐらいだ。どうってことはねぇ」
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武器や防具の職人といえば、工房の中に様々な道具が置かれているイメージが一般的だろう。と、いうか普通は工具類を使って作製するんだから当たり前なんだけど。
ですがここは錬金術士の世界なんです。指先と魔力であらゆる道具をクラフトする彼らに細かい道具なんて必要ありません! 魔法文字を刻むときに使う細かな金具が置いてあるぐらい?
当然、いかにも職人! ってオーラのリットン親方の工房も、武器や防具よりも絵画や彫刻といった芸術作品を作るアトリエのように落ち着いた雰囲気だ。
「木彫りの猫は趣味ですか?」
「ん? まぁな。一応、指先の感覚を鍛えるトレーニングにもなる。酒やタバコ、ギャンブルと違って金もかからねぇからって、儂のお師さんもやってたヤツを真似してな」
そりゃそうだ、錬金術士なら失敗しても素材に戻してブロック状に錬成すれば簡単にリセットできるんだもの。納得するまで何度でもやり直せるなら、趣味としては長く楽しめそうだ。
「さて、まずは寝床を確保してから……と言いたいところだがよ。お前を野放しにするとろくでもないことになりそうだ。先にいくらか問答をさせてもらうぞ」
「国家機密に関わる部分まで正直に話したほうがいいですか?」
「……お前、これから入学ってことは、まだ12歳だよな? いままでなにやってた?」
「行儀見習い先の、とある国の防衛都市で武器を提供したり、閲覧制限のあるインセクトと交戦したりしてました」
「よしわかった。質問は儂のほうで吟味する。少し待ってろ、コーヒーぐらい淹れてやる」
…………。
…………。
「さて、まずは……そうだな。お前、FA用の装甲や武装はクラフトできるんだな?」
「できます」
「それもハンドクラフトか?」
「そもそも錬成台を使ったことがほとんどないです。基礎を学ぶときに父に指導してもらったときぐらいですかね」
「お前はなにしに学園に通うんだ?」
「……そういうレベルですか?」
「後期3年間、つまりは4年生からFA用のクラフト技術は学ぶ。だがハンドクラフトで一式やるのはグループワークの卒業課題だ」
「俺はなにしに学園に通うんですかね?」
「常識を学ぶためだろ。この有り様じゃあな」
「ちなみに時間と予算と素材さえいただければFA機体も、エチュードとメヌエットまでならパイロットスーツ込みで作れます。3分間待ってください」
「お前それ絶対に人前でやるなよ」
「さすがに家族には話しましたけどね。誤魔化すにしても、せめて家族にはどこまでやれるのか知っていてもらわないと、あとで辻褄合わせが大変になってしまうので」
「属性は?」
「応用属性まで。上級は父に相談してからと考えていました」
「ならインクも作れるんだな?」
「カッパーインクまでなら」
「属性インクは専門の職人がいるって話は必要か?」
「それは行儀見習いに出る前に知りたかったですね……」
「あと先に確認しておくことは、そうだな。お前のギフト、素材を持ち運んでるだろ? さっきの台車をクラフトしたとき使ってたよな?」
「……! わかるんですか?」
「あんま年寄りナメんなよ若造。伊達や酔狂で現役の看板掲げるかよ。命を預かる仕事やってんだ、針先ほどの魔力の歪みだって見逃すワケねぇだろ」
なるほど、スゴい。
これが本物……ッ!
職人、美しい……。
「それで、ここまでの問答で俺はどんな判定を下されるんでしょうかね?」
「心配するな。ちゃんと普通を教えてやる。いまではすっかり珍しくなったが、錬金術士が工房に弟子入りする習慣は昔からあった。お前の気が済むまで付き合ってやる」
「いま俺の気が済むまでって言いましたね? 言質、ごちそうさまです。まさか男に二言なんてありませんよね? 命を預かる仕事で現役の看板掲げてるんですもんね!」
「……逃げ出す心配じゃなくて、居座られる心配が必要になるたぁな。儂もまだまだ甘ぇようだな……」