境界の彼女   作:つるみ鎌太朗

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 最終バスがちょうど来たので、エイハブは飛び乗った。最奥の席にどっかと腰を下ろす。

 明かりもまばらな夜景を眺め、帰りはどうしようかと考えた。

 酒でフラつく頭で、勢い任せに出てきた。そうでもしないと理由をつけて渋ってしまいそうだった。

 しかし、あの(ひと)はエイハブの試みを易々と見抜いて正解そのものを口にした。

 誠意を示すべきだ。

 

 同時に認めなければならない。

 デュウは正しかった。

 あの(ひと)は、人格のない人形なんかじゃない。

 もっと生々しい——人間より人間らしい何かだ。

 エイハブにはわかる。

 セイラの瞳に、自分と同じ影を見つけた。

 

 杖の柄にあごをのせる。

 引きつった笑みが浮かんだ。

 結局、自分もあの(ひと)もまだデュウの面影を引きずっている——。

 あんな奴は二人といない。ハリーという男の代わりなど、役不足だ。

 それなのに。デュウは暗い銀河へ消えてしまった。

 

 あの日以来、胸に空洞がぽっかり空いたようだ。他で埋めようとしても形が合わずに、風がスースー通り抜ける……。

 ——本当はモアドには来たくなかった。実際、長年避けていた。

 

 ラッキーのことは気になっていた。兄を亡くし、それでも故郷を救おうと必死になっている。

 ただ、すべてが終わったあとで前科者がそばにいては彼女の邪魔にしかならない。

 後ろめたい人間と繋がりがあると知れたら大学にだって通えていたかどうか……。

 ゆえに離れて現状を把握するに留めていたのだ。

 

 ……モアドに寄りつかないための、体のいい言い訳でもあるが。

 セイラといい、白鯨の残骸といい、あの日を思い出させるものばかりだ。 

 白鯨の大破を見送り、モアドに降り立ってから見上げた空は——。

 積年の仇の残骸が絶え間なく降り注いでいた。

 あの時、全身が凍てつくような心地がした……いや本当にその後、低体温症で死にかけた。

 白鯨内部の氷点下はさすがに堪えたらしい。

 だが、それ以上に心が凍てついていた。 

 何とか回復しても、しばらくは放心状態だった。モアドをどう出たのかすら記憶にない。

 その後キングクーロンに戻ったとて同じだった。

 何に対しても無気力で、仲間からどやされて、愛想つかして出ていかれたヤツもいる。

 そんな状態から再起できたのは、やはりアイツへの執念のたまものだった。

 日に日に遠のく記憶の中、いつまでも鮮烈に思い出せるもの——。

 

 棺桶から目覚めたばかりのデュウを連れ戻しに行った時のことだ。

 宇宙を漂流していたアイツを引き上げさせ、弔っていたら突然生き返った。アンドロイドだから単に再起動しただけだが。

 拾ったんだから大事にしようとしたのに手を振り払って出ていかれた。

 そんなヤツ、放っておけばいいのに。

 なぜか探し歩いた。

 やっと見つけたと思ったら、バイクが炎上する中で不良どもに袋叩きにされていた。

 エネルギーの枯渇かどうか知らないが、獲物を横取りされたようで腹が立つので殴り散らした。

 それで、握手しようと手を差し出したら拳を振り上げられた。

 正直、

 

『コイツはどうかしている』

 

 と思った。

 その手を受け止め、真正面から睨み返してやった。

 

 その時の瞳が……ちらつく炎を照り返し、息を呑むほど美しかった。

 胸を焦がすほどの熱量が、そこにはあった。見えない火花が二人の間を縫い、デュウも目を吊り上げてエイハブを見上げていた。

 燃える双眸に心をすくい取られた——だから引きずってでも連れ帰ろうと決めた。

 実際にはデュウが無言で後をついてきて、奇妙な縁が始まった。

 今でも、あの燃える瞳がエイハブの心臓を捉えて離さない。

 そのおかげで立ち上がれたのだ。

 まだ諦めていない、と証明するために。

 

 一番どうかしているのは自分だとわかっている。

 でも、それ以外に自身を奮い立たせる理由が見つからなかった。

 死んだように生きるのはごめんだ。

 こんな面倒な生き方をわざわざ選ばされるなんて、思ってもみなかった。

 だが出逢ってしまった。あの日、デュウと。

 目を合わせた瞬間、絶対に消えぬ呪いを刻み込まれた。

 因縁。宿命。

 格好よく定義しても、どこか歪で不釣り合いで、だからこそ『呪い』という言葉がピッタリだ。

 断ち切るためにはアイツの指し示した道とは別の方法を探し続けねばならない。

 そうでなければ……、

 

 あの手を取る資格は二度と手に入らない。

 

 いつだってデュウはゆらりと姿を消し、無理にでも迎えにいかないとそれきりだ。

 

 エイハブが深いため息をつくと、バスに次は第六鉱区付近だとアナウンスされた。

 降車して去りゆくバスを見送る。

 赤いランプが不気味に光っていた。残光が目の奥でちかちかする。

 エイハブは杖をつきながら浜辺へ向かった。辺りは真昼よりもずっと静かで、あの人の唄声がまっすぐに届く。

 真夜中、月あかりに揺れる海にセイラが立っていた。

 サクサクと砂音をたて、近づいてゆく。

 

「やあ、セイラさん。女性が夜にひとりきりは危ねえんじゃないか」

 

 返事はない。

 セイラの瞳は波ばかり追っている。変わり映えのしない景色に何かを探すかのように。

 同じ海を見ながら、再び声をかけた。

 

「……今日は、いきなり試すような真似をしてすまなかった」

 

 隣に立つ。

 セイラの横顔は、同じアンドロイドであったデュウ同様に人形めいて整っていた。

 その手に白鯨のうろこがいくつか握られ、細かな砂で汚れている。

 一瞬だけ迷い、エイハブはポケットから包み紙を取り出した。

 ポロリと小さな輪っかが手のひらに落ちる。

 赤い花を模したガラス細工が点々とついた、安物の指環。

 先日、立ち寄った星の市場で見つけたものだった。

 セイラの細腕を壊れ物のように持ち上げると、察したのかうろこを右手に移し、左手を差し出してくれた。

 薬指に指環をはめてやると冷たくきらめく。

 

「デュウが、アンタが眠っている時に贈ったのと似ていたんだ。ドライフラワーの急ごしらえでガキみてえなモンだったけどよ」

 

 エイハブの脳裏に、あの時の冥婚式が浮かんだ。

 連邦の攻撃が続く中で取り持ってやった式。心を閉じていたデュウへ約束をさせた。

 いつか必ずセイラのもとへ戻る。——魂だけでも。

 指環を見つけた時、ふと思い出した。

 あの指環は時の経過で塵となって消えたかもしれない。

 だがデュウの想いまで消すのは癪だ。

 自己満足なのはわかっていたが、見つけた瞬間に店の主へ打診していた。

 だが。手に入れたあとにまた悩んだ。

 果たしてセイラはデュウを覚えているのか? もしくは本当に愛していたのか?

 デュウの気持ちを受け入れるだけの心があったのか?

 もしセイラに人格がなかったり、別の男をまだ想うなりしたなら、こんなものガラクタにしかならない。

 そこで昼間は高慢にも試した。

 わざわざ用意した踏み絵のほうが高くついたが、それだけの価値はあった。

 

 デュウ。お前が信じた女はちゃんとお前を待っていた。

 

『船長。セイラに人格がないなんてことは……ない、だろう?』

 

 その答えが、コレだ。

 エイハブはセイラへ座るように促し、隣に腰かけると訥々とデュウについて語りはじめた。

 彼女が眠ったあと、どのように哀しみ、どのように決意し、どのように消えていったかを——。

 指環を見つめながらセイラは黙って聞いていた。

 表情は、いつもの笑み。でも時折、指環に触れては長いまつ毛を伏せる。

 わずかな変化の中に、エイハブは彼女の感情を確かに見出していた。

 

「そうして、悲劇の英雄は自分の片割れである『白鯨』と一緒に銀河へ消えていった……。

ったく、神話か何かの主人公気取りかってんだ。最後まで勝手な野郎だったよ」

 

 雑に結び、頭を掻きむしる。

 セイラがゆっくりと顔を向けてきた。

 

「……ありがとう……」

 

 やはり認識できている。

 なぜラッキーには認知不能のような態度を取っていたのだろうか。

 エイハブはセイラへ切り出した。

 

「なあセイラさん。そういうワケだから、いつまでもココにいなくてもいいじゃねえか。

元々待っていたハリーとやらも薄情だしよ。アンタみたいな美人が勝手なヤツらに縛られてちゃいけねえ」

 

 彼女は今、ここに生きている。ならば背を押してやる必要がある。

 だがセイラはうつむいて、両膝を抱いた。

 やっと視線を海から離し、まるで記憶を辿るように話してくる。

 

「……ハリーの話を聞いたあと、彼は『きみの歌が聴きたい』と言った。

わたしが唄ったら、微笑んで耳を傾けてくれた。手を繋いでくれた。

空には神さまがいて、まるで光の雨が降っているようでした」

 

 エイハブは一瞬で白鯨の姿を思い浮かべた。

 あの不気味で白いうろこを撒き散らすデカブツ……。

 

「あんなの、神さまじゃねえ」

「でも、幸せだった。彼の行くところがわたしの行くところ。

彼がいないのなら、どこへも行かない」

 

 聞いたこともない凛とした声で言いきられる。

 面食らっていると、セイラは顔を上げて再び海を眺めはじめた。

 潮風に揺れる髪が表情を隠している。

 

「待つのはさびしい。

あなたの話では、デュウはただ消えただけ……戻ってくるかもしれない。

だって、最後に、わたしに待つように言ったもの」

 

 エイハブがギョッと目を剥いても、構わずセイラは前だけを向いていた。

 

「その時、彼を待たせたくない」

 

 雲に覆われた空を仰ぎ見る。

 デュウはなんと残酷な言葉を遺したことか……。

 こんなに長い間、彼女を待たせるつもりはなかったのだろう。それにしたって散々ハリーを待ち続けた相手に酷な真似を強いる。

 

 二人が『ヒト』でないことがまた拍車をかけている。

 

 デュウがセイラを諦めきれなかったのも、彼女がアンドロイドだったからだ。

『ヒト』ならば、息をしなくなった瞬間に終わりだ。だがアンドロイドなら別。

 何とかして、生命維持装置を再起動できるのではないか?

 彼はそれに縋っていた。

 そして、事実セイラはこうして再稼動している。

 ならデュウだって、銀河のどこかでまだ生きているのではないか——。

 

 白鯨はバラバラに砕け散った。

 でもデュウが壊れたところを誰も見ていない。

 生命維持装置の期限もとうに過ぎた。

 では目の前の彼女のことはどう説明するんだ。

 

 かつて、エイハブがデュウにセイラの復活を諦めさせようとして返された言葉。

 

『「ヒト」ならそうだよ』

 

 ……デュウ自身もアンドロイドだった。

 今では、その事実が遺された者をさまよわせる。

 瞬く星の一つ一つに、彼のまなざしを探している。

 わかるのだ。

 エイハブもその内の一人だから。

 デュウが消えた日から、まるで錨を下げられたように、あの宇宙のど真ん中でがんじがらめにされている。

 エイハブは立ち上がると、セイラへぼそりと言い放った。

 

「好きにすればいい。気の済むまで」

 

 そうして来た時と同じように砂浜に杖を突きたて、その場を立ち去ろうとする。

 そこへ問いかけられた。

 

「……『そちら』はどうなさるの」

 

 エイハブは胸に下げたものを押さえつける。

 金属の冷たさと体温とがないまぜになったソレを手のひらで確かめつつ、

 

「コレは、俺がアイツに直接突っ返さなきゃならねえんだ」

 

 振り返って答えた。

 セイラはまた海を見つめている。

 話は終わったと思い、エイハブは踵を返そうとした。

 だがセイラが消え入りそうな声でこぼした。

 

「……ひどいことを言いました……」

 

 辺りがあまりに静かだったから耳に届いてしまった。

 きっとエイハブに向けたものではない。

 自分とデュウも最後に同じ時を過ごしたように、デュウとセイラにも最後に交わした言葉があるのだろう。

 彼女の華奢な背中が震えている。

 

「——生きていたら」

 

 声を振り絞る。

 

「後悔の一つや二つ、あるモンだ」

 

 ちょうど、大きなさざ波が暗い海を揺らした。

 

3、

 

 サチコが目覚めると、エイハブは宛てがわれた部屋で寝こけていた。

 もう日が昇っていたが起きる気配はなかった。

 

『真夜中にタクシーで帰ってきてた』

 

 アトレが教えてくれた。

 それからエイハブが起きたのは昼を過ぎてからだった。

 モアドを見て回ろうと言っていたクセに、昼食を一緒に摂る時間しか残っていない。

 昨日のロータリーへレンタカーを走らせ、エイハブとアトレは帰途につくことになった。

 

「世話になったな。ラッキー」

「いえ。ありがとうございました」

「だから、そう固くなるなって」

 

 ポート入口前で、子どもみたいに目を丸めて笑う。

 サチコは付け加えた。

 

「他のみんなにもよろしく言ってください」

 

 途端にエイハブが目線を泳がす。

 口をモゴモゴさせて何かを隠しているようだった。

 凝視していたら観念して教えてくれる。

 

「……実は、『エイハブ鯨捕りカンパニー』はもう畳んじまってンだ」

「……はい?」

 

 予想だにしない返事にサチコは脱力してしまう。

 エイハブの隣のアトレも苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 二人に囲まれ、エイハブがいきさつを説明してくる。

 

「いやァ、アレから俺も燃え尽きちまってさ。それでのんびりしてたら、まずスピードキングが『こんな親分のもとじゃ食っていけねえよ!』と飛び出しやがった。ババも心配して後を追ったよ……。

次に『メシをロクに食ってくれねえンじゃ、作り甲斐がねえ』ってクックが出てったろ。

最後に、ムッツだ。『修行中の身ゆえ、よりふさわしい場を探す。許せ』とさ……」

「めちゃくちゃ愛想つかれてる……」

「言うな。結構キてんだ」

 

 さすがにエイハブも傷心した様子だった。

 となると、残っているのは……。

 

「アカは、アイツより頭が良いヤツはなかなかいないからよ。ナンとか繋ぎ止めた」

 

 とりあえずサチコのメールアドレスを突き止めた犯人はわかった。

 

「あとドクは『お前の義足、定期的に交換しなきゃいけないだろ』って。意外と俺のこと好きだな……」

「素直に感謝するところだよ。船長」

「わかってるって」

 

 エイハブが照れ笑いを返してくる。

 そこへアトレが余った一人の名を口にした。

 

「なあ船長。ホワイトハットのことは話さないの?」

「……勝手に居座ってるだけだろ。今は探偵の真似事で『レディウィスカー』から離れているし」

「明日にでも戻ってくる、って……」

「そろそろ締め出したほうがいいか?」

「元はと言えばアンタが連れ込んだんだろ!」

 

 痛いところを突かれ、エイハブが低く呻いた。

 サチコはやれやれと肩をすくめる。

 頭に浮かんだ疑問を投げかけた。

 

「じゃあ、船長は今、何をしているの?」

 

 ここまでメンバーが減っては、これまでのやり方は通用しない。

 まさか鯨捕り稼業は引退したとでもいうのだろうか。

 本気で心配したというのに、エイハブはというとケータイをポチポチ操作して見せてきた。

 

「……コレを見てくれ。キングクーロンで開いたクックの中華飯店。評価は二分しているが、鯨捕り連中にゃ脂っぽくて濃い味付けが好評だ」

「はぁ。それで、船長は」

「スピードキングもこないだ電話してきた。別に、不仲になったワケじゃねえ」

 

 すかさずアトレが割って入る。

 

「そのスピードが『戻ろうかな』って言ったら『お前のツラなんざ二度と見たくねえ!』とか返して泣かせたのどいつだよ」

「だって! 調子が良すぎンだよ。手前都合で出ていったクセして……」

「駄々こねんな! イイ歳して!」

「あ〜ッ、もう! いい加減にして‼︎」

 

 サチコは二人の口げんかを無理やり止めた。

 エイハブとアトレが目をぱちくりさせて見てくる。

 

「さっきから別の話でごまかそうとして。こっちが聞いているのは、船長たちは何をやっているのかってこと!

そりゃ、みんなのことは気になるよ。でも……」

 

 イチバン気にかかるのは、エイハブの現状。

 どうあがいても平穏な暮らしで落ち着きそうもないから聞いておきたかった。

 怒鳴ったからかエイハブもふざけるのを辞め、困ったように笑っている。アトレも隣でバツの悪そうな顔だった。

 やがてエイハブはサチコをじっと見て、言った。

 

「これからモアド再生の大型プロジェクトを担おうというサチコ大先生が、知る必要ねえだろ」

 

 明確な拒絶だった。

 だが、その瞳はむしろ優しげに細められている。

 この人は遠慮しているんだ。

 察するとサチコはそれ以上、何も言えなかった。

 黙って立ち尽くすも目がジワリと熱くなるのは止められなかった。困らせるから引っ込ませたいのに……。

 エイハブから弱った様子で話しかけられる。

 

「昔のよしみで、少しくらい教えてやるか」

 

 身を屈め、内緒話でもするかのように小声で教えられた。

 

「……骨ひろい」

「? 何、ソレ」

「無論、それだけじゃやっていけねえから鯨捕りの漁も続けてる」

 

 エイハブは首もとに手を突っ込み、チェーンを引っ張りあげると、そこへ吊り下げられた輪っかを見せてくれた。

 白銀のリングに、白い花を模したガラス細工が点々と飾られている。

 指環のようだがエイハブの無骨な手だと指のサイズが合わない。

 誰のものだろう?

 サチコが首をひねっているとエイハブから打ち明けられた。

 

「アイツ、格好つけて盛大に消えたろ。とっ捕まえて引っぱたかなけりゃ気が済まねえ」

 

 それを聞いたら思い当たる人物は一人しかいない。

『レディウィスカー』号、最後の船員……。

 

「船長。諦めてないんだね」

「生来、諦めが悪いんだ。俺は」

「そっか……でも気をつけて。無茶はダメだよ」

 

 つい言いすぎてしまうサチコに、エイハブは『ウーン』と唸りながら指環を元の位置へ戻した。

 次いでねだられる。

 

「何か書くモン持ってねえか」

 

 カバンからメモ帳とシャープペンシルを取り出し、手渡した。

 エイハブは杖に肘を乗せ、器用に体勢を支えながらサラサラと何かを書く。

 そのページを開いたまま返してくれた。

 デカデカと筆記体まじりに記されたメールアドレス。

 

「何かあったら送れよ。来れるかどうかは保証できないが」

 

 サチコはメモ帳を両手で握りしめ、エイハブを見上げる。

 昔と一つも変わらないまなざし。

 

「……またな。ラッキー」

 

 ついフラリと身を乗り出し、広い胸へ飛び込む。

 首に両腕を回した。

 エイハブは一瞬だけわずかに硬直したが、すぐに体から力を抜き、サチコの背をポンポンと叩いてくれる。

 

「頑張れ」

 

 優しい声に『ウン』と小さく返した。

 

 

 見送る際、エイハブはアトレにちょっかいを出していた。

 

『ナンで機嫌悪そうなんだよ』

『別に』

『ヤダね、厨二病はこれだから!』

『ちがわい!』

 

 最後まで仲のいい二人だった。

『まるで親子みたいだな……』とサチコは並ぶ姿を見て思った。

 そして、その足でバスに乗って第六鉱区へ向かった。

 午後のモアドは陽が強く、バスの日除けを下ろして目的地まで揺られる。

 到着して昨日の浜辺へ。

 セイラは変わらずそこにいた。

 柔らかい砂浜を踏み抜き、駆けてゆく。

 

「セイラさん!」

 

 唄声がやんだ。

 澄んだ瞳がこちらを見ている。

 

「あの、昨夜、船長と話したんですよね……?

それにデュウのこと、覚えているんですよね?」

 

 セイラは佇んでいたがコクンと首を振ってくれた。

 話が通じた。サチコは一歩進み出て、何度目かの訴えをまた呼びかける。

 

「別にここを離れろとは言わない。でも、もっと頼ってほしいんだ。

過去にモアドからアンドロイドは全撤退させられたけれど、今はまた色んな用途で派遣されているし……その人たちも住居というか、そういう場が提供されている」

 

 だからセイラだってキチンと登録すれば最低限のメンテナンスなりしてもらえるハズ。

 いくらアンドロイドとはいえ、このままだと損傷も進む。

 何より——。

 

「待つにしても、一人きりじゃさびしい……」

 

 思わずこぼした言葉。

 その時、セイラが左手を持ち上げた。

 薬指に何かが光っている。

 赤い花を模したガラス細工が陽を反射し、きらきら輝いていた。

 

「それは?」

 

 サチコが尋ねると、静かに告げられる。

 

「待ちたいの。ここで」

 

 彼女の視線が左薬指の指環に注がれる。

 とても優しい、愛おしさのにじむ瞳だった。

 

「……愛を」

 

   おわり

 





あとがき

 こんばんは、つるみです。
 まーた書いちゃった。今度は未来の話だよ。どんだけねつ造するんだよ。
 しかも自分が前に書いた話と繋がるように。
 脳内で勝手な設定が追加されてゆく……。

 この前のお話で『ドーナツホール』がイメソンだと言っていたじゃないですか。その流れで『八チ』ご名義の曲でもう一曲好きだったものを思い出したんですね。
『リンネ』です。調べてみると色々と解釈があるのね。
 わたしとしては、単純に会えなくなった彼のことを延々と想う曲ってイメージでした。環状線を回る中、薄れゆく記憶が『死んだ駅』で、もう停まれないみたいな……。
 聴いているうちに今回のお話のイメージが浮かび、書いてみることにしました。



 結局セイラって、どうなんだろう。
 原作アニメは制作中断の流れで後半は圧縮せざるを得なかったようですから、本当は何かしらのフォローがあったと思うんですけど。
 なかったね。『人格あるんかな〜』って示されただけで。
 わたしは、あると思います。ただデュウやムラトのような元人間のアンドロイドと比べたら表層に出るのが限りなく薄いんじゃないかな?
 セイラ自身ももしかしたら元犯罪者だったのかもしれないが、だとしたら『人格も与えられない』っていうオハラのセリフ、ぶっちゃけ変だと思うし……元からアンドロイドとして造られた人工的な存在だとわたしは考えています。
 いや犯罪者だけどアンドロイド化に伴い人格を与えられなかった、とかいう可能性もあるにはあるが、それはもはや罰になってない。
 むしろアンドロイド化って罰なのか? 国家というか、銀河連邦の予算を注ぎ込んでまで犯罪者を半永久的に奉仕させるのって非効率的じゃないか⁉︎
 デュウはみんなの税金で生かされてるのか⁉︎
 そんな設定はイヤすぎる。いやわたしは払いますよ! デュウを生かすためなら税金払う!
 しっかし重大犯罪人を極寒惑星で放置すんなぁ……。

 深く考えるのやめよ。いわゆる見せしめなんでしょうね。
 じゃあナンで連邦一うつくしく造ったんだよ、、
 おかげさまでデュウの美貌を小説でいくら盛ってもやりすぎじゃない(笑)

 それにしても、最終回直前、ムラトくんも出来るならはよやったれや……と思うっるみなのでした。



 エイハブ鯨捕りカンパニーのその後については、Blu-ray BOXのインタビューをすこし参考にしました。
 確定事項ではなく、あくまで『監督がそう言っていたよ』というものでしたので、けっこう変えてあります。というか全然違います。本当のところは、Blu-ray BOXを買って確認してください(笑) わたしが書いているのはねつ造なので……。
 まあ、アレだけ個性的な面々が揃っていたこと自体が奇跡だったんだよ。黄金期と言いますか。
 それに、何かあったらまたみんな集まるんじゃないかな? 腐れ縁というヤツで……。
 ブックレットのインタビューと同じく、『なるほどな』と受け止めるのでした。
 ……どっちもデュウ復活を示唆していたし、諦めなくてよいのですね??? ヨシ!
 で、エイハブという男は白鯨ないしデュウを日夜追いかける者という認識でいいんですかね(笑) いいんだね、でも一応『ブロマンス』タグつけますネ。怖いからね。



 夏の間は『白鯨』の小説をたくさん書きました。
 ブックレットや本編を見返してはいるけど、ド新人なので(いくら幼少期に視ていたとはいえ)間違っているところがあるかもしれません。そんな時は教えてくださると嬉しいです。
 では、また別のお話でお会いしましょう。
 ごきげよう〜( ^_^)/~~~

   つるみ 2026.08.30
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