気になる所などありましたら、遠慮なく感想に書いてくれると嬉しいです。
二学期が始まって、まだ間もないある日の放課後。
生徒がまばらに残る教室内。開かれた窓から緩やかな風が静かに入り込み、窓際後方の席に座る一人の男子生徒の髪を優しく揺らした。
彼の名前は
肩に少し掛かるほどまで伸ばした黒髪に、少し大きめの黒縁眼鏡を掛けた、比較的大人しそうな見た目の男子生徒である。
「黒瀬、またな」
「うん、また」
「じゃあね、黒瀬くん。また明日」
「うん、また明日」
黒瀬は口元に薄く笑みを浮かべながらクラスメイトたちを見送った。
顔見知りと呼ぶには深く、イツメンと呼ぶには浅い、そこそこの仲の友人たち。ひと通りの挨拶を終えた黒瀬は、黙々と帰り支度を進めた。
そして周囲に他の生徒がいなくなった頃、開けた窓からひと際強い風が吹いた。
「っ!」
黒瀬は弾かれるようにバッと、風に暴れる自身の横髪を押さえつけた。
しばらくして風が止むと、黒瀬はふぅっと小さく息をつき、一番近くの窓を閉めた──瞬間。
──バンッ!
机を力強く叩く音に、黒瀬はビクッと肩を震わせた。
恐る恐る音のした方へ視線を向ける黒瀬だったが、そこに立っていた人物の姿を捉えるや否や、その表情をほっとしたように柔らかく緩めた。
「び、びっくりした……上杉くんか……」
そこにいたのは短く整えられた黒髪に、特徴的なアホ毛を持つ細身の男子生徒──
そんな上杉は今、両手を黒瀬の机の上につけ、睨みつけるかのような真剣な眼差しを黒瀬に向けていた。
「黒瀬、お前に聞きたいことがある」
「聞きたいこと? 珍しいね、上杉くんがそんなこと言うの」
上杉からは滅多に出ないその言葉に、黒瀬は物珍しさを感じた。
「今回ばかりは俺の専門外だ。正直、藁にも縋る思いでここに来た」
「そ、相当だね……専門外ってことは、人間関係?」
「その通りだ。さすがは俺のたった一人しかいない友人にして、唯一無二の親友。話が早くて助かる」
「うん、素直に喜んでいいのかわからないけど……まあ、ありがとうとは言っとくよ」
力強い笑みを浮かべながら悲しいことを言う上杉に、黒瀬は苦笑いを浮かべた。
「早速で悪いが、今日このクラスに転入してきた
「あぁ、うん。もちろん」
黒瀬は今日の午後、クラスに転入してきた女子生徒を頭に思い浮かべた。
腰まで伸びる少し朱色掛かった赤髪に、特徴的な星の髪飾りを付けた美少女。ここらで有名なお嬢様学校──黒薔薇女学院の制服を着ていたのも、印象深かった。
「その中野さんがどうかしたの?」
「ああ、少し問題があってな……可及的速やかに謝罪をしなければいけなくなった」
「たった半日足らずで何やらかしたのさ……」
あまりにも早すぎる仲違いに、黒瀬は呆れたようにツッコミを入れた。
「俺も少なからず反省はしている。だから謝ろうと思ったんだが、あっちが俺のことを相当嫌っているようでな。話し掛けようにも、全力で避けられている」
「えぇ……ほんとに何やらかしたのさ?」
「…………」
多少なりとも後ろめたさがあるのか、上杉はそっぽを向いて黒瀬からの言及を躱す。その様子を見て、黒瀬は「ふふっ」と笑みをこぼした。
「うん、まあ……事情は分かったよ。それで、僕に聞きたいことって?」
「あぁ、それなんだが……謝る時の注意事項を聞きたくてな」
「注意事項?」
上杉の返答に、黒瀬は首を傾げた。
「今回の謝罪は、ひいては上杉家の未来を左右すると言っても過言ではない最重要案件だ。絶対に成功させなきゃならん」
「そ、そうなの……?」
「ああ。だからそういうのが得意な黒瀬に、謝罪の神髄というものを伝授してもらおうと思ってな」
「それ、僕褒められてる……? 謝罪の常習犯だと思われてない……?」
淡々と語る上杉に、黒瀬が何とも言えない表情を浮かべた。
「頼む、黒瀬」
上杉は机に両手をついたまま黒瀬に深々と頭を下げた。
上杉のその行動に、黒瀬は大きく目を見開いた。
上杉から頼まれ事をされるのは、なにも今回が初めてというわけでもない。ただし、それらは全て彼の妹に関してのことであり、上杉本人の事情に関して頼られるというのは初めてのことだった。
そのことをどこか嬉しく思い、黒瀬は目の前に見える上杉の頭を微笑ましそうに見つめながら口を開いた。
「うん、いいよ。僕が注意していることでいいなら、教えてあげる」
「っ、そうか、助かる」
頭を上げた上杉は、ほっとしたような表情を浮かべた。
それから黒瀬は、自分が謝罪をする時に気を付けていることを全て上杉に伝えた。
何に対しての謝罪なのかを明確にすること、しっかりと謝罪の言葉を口にすること、許すか許さないかは相手次第だから催促はしないこと、などなど……。
それらは全て、黒瀬が人付き合いをする上で気を付けていること。
それらは全て、打算によって明文化された模範解答のようなものだった。
「──うん、こんな所かな」
「十分だ。助かった、黒瀬」
「うん。仲直りできるといいね」
「ああ、もう大丈夫だ。あとは俺がやるべきことをやるだけだ」
そう言って席を離れて行く上杉は、少しだけ憂いが晴れたような表情を浮かべていた。
◆◇◆◇◆
三日後、週が明けて月曜日──。
黒瀬と上杉はいつものように二人で登校していた。
他愛のない会話をしながら歩くいつもの通学路。普段は勉強についての話題や上杉の妹自慢が大半を占めるのだが、今日は少しばかり毛色が違っていた。
というのもつい先日、上杉が黒瀬に持ち掛けた中野五月についてであり……。
「それで、中野さんとは仲直りできたの?」
「ウッ…………ま、まあな!」
「……上杉くん、嘘つくの向いてないからやめた方がいいよ?」
黒瀬の冷静なツッコミに、上杉はバツの悪そうな表情を浮かべた。
黒瀬自身、上杉の相談に乗った次の日の学校で、上杉が五月をチラチラと気にしている様子は何度か目撃していた。しかし、さすがに丸一日かかっても謝罪が済んでいないというのは、黒瀬としても予想外のことだった。
「それにしても、どうして中野さんとの仲直りが上杉家の未来に関わってくるの? そこだけずっと引っ掛かってるんだけど……」
「ん? あぁ、ちょうどいい。今朝はその話をしようと思ってたんだ」
そうして、上杉は学校では言えなかった事の経緯を、順を追って説明し始めた。
上杉の父──
「相場の5倍って凄いね……今から有名大学の入学を目標に、とか?」
「そっちの方がまだ楽だったんだが……現実はもっと酷い。なんせ生徒は五月含め5人もいたんだからな」
「えっ、ご、5人!?」
「しかも五つ子だ」
「五つ子!?」
遠い目をしながら放たれた上杉の衝撃発言に、黒瀬は驚きの声を上げた。
未だ衝撃が抜け切っていない黒瀬を気にも留めず、上杉は鞄から数枚の紙を取り出し黒瀬に手渡した。
「そしてこれが昨日やったテストの答案だ」
促されるまま受け取った黒瀬はその答案用紙に目を通していく。そして、みるみるうちにその表情を強張らせていった。
「…………ご、50点満点……?」
「残念ながら、100点満点だ」
「うそん……」
上杉はここではないどこか遠い場所を見据えながら言った。
そして上杉は補足とばかりに説明を再開した。
最終目標は五つ子全員を無事卒業させること。しかし、当の五つ子が全員筋金入りの勉強嫌いであること。家のため、そして何より、らいは(上杉の妹)のためにもバイトを辞めるわけにはいかないこと。
黒瀬は上杉家の事情を少なからず知っていた。
借金があり、小学生の妹──上杉らいは に無理を強いてしまっている現状を、親友がどうにかしたいと強く望んでいることを。
「……何か、僕に手伝えることある?」
黒瀬はそんな親友を放っておける性格ではなかった。
黒瀬の言葉に、上杉は「待ってました」と言わんばかりの力強い笑みで返した。
「ああ、そのために色々と話してやったんだ。嫌でも手伝ってもらうさ」
その言葉を聞いて、黒瀬は少し目を見開いた。そしてすぐに「プッ……」と笑みをこぼし、心底おかしそうに笑った。
「アッハハハ! あぁ、僕はまんまと乗せられたわけか」
「人聞きが悪いな。俺はただ自分の現状を語って聞かせただけで、何も強制なんてしていない。勝手に手伝いを申し出たのはそっちだ」
「アッハハハ! うん、たしかに。言い出したのは僕の方だ。アハハハッ」
学校では決して見せることのない黒瀬の屈託のない笑顔。
ひとしきり笑った後、黒瀬は息を整えると改めて上杉へ視線を送った。
「ふぅ……それで、僕は何を手伝えばいいのかな?」
「よくぞ聞いてくれた。お前にやってもらうのは──『五つ子との勉強会』だ!」
「五つ子との、勉強会?」
ビシッと指を差して宣言する上杉に、黒瀬は首を傾げた。
「別に何も難しいことじゃない。お前はただ、あの五つ子たちと一緒になって勉強会に参加してくれればいい。そしてその時、できるだけアイツらの勉強を見てやってくれ」
「……つまり、上杉くんと同じ『教師』じゃなくて『生徒』として参加してほしいってこと?」
「そうだ。給金が発生している以上、お前に俺と同じ教師役をやらせるわけにはいかん。だから黒瀬には、アイツらの『友人』として勉強会に参加してほしい」
「なるほど……」
納得の声を漏らす黒瀬に、上杉はビッと人差し指を立てて見せた。
「もちろん、メリットはある。それは……」
「それは?」
「──この俺が! 無料で! 直々に! お前の勉強を見てやれるということだ!」
「あ、あはは……相変わらずだなぁ……」
自信満々に言い放つ上杉に、黒瀬は苦笑しつつも内心納得していた。
上杉の学力は有り体に言ってズバ抜けている。高校入学から全テスト全教科で満点を採り続け、不動の学年一位として君臨していた。
そんな上杉から直接勉強を教わる機会というのは、黒瀬からしても魅力的なものだった。
「でもそれ、本当に僕でいいの?」
「愚問だな。俺の友好関係の狭さは、お前が一番よく分かっているだろう?」
「うん、自信満々に言うことじゃないね」
上杉は勉強ができる代わりに、人付き合いが壊滅的だった。それは初対面の女子に向かって「太るぞ」とデリカシー皆無の発言をするほどである。
つまり、上杉はその圧倒的なまでの学力に比べて、人望というものが欠片も存在しなかった。
「それに、この役に黒瀬以上の適任はいない」
「そうなの?」
「まず、俺ほどではないが、お前の学力であれば五つ子たちにいい影響を与える可能性がある。二学期最初の学力テストの順位は何位だった?」
「えっと、確か……6位だったはず」
「加えて、俺より人付き合いが上手い。俺が無理だったとしても、お前がアイツらと仲良くなれさえすれば、勉強会に参加してもらえるかもしれないからな」
「……後者が本音だよね?」
「当たり前だ。上杉家の未来が懸かってるんだ。使えるもんは何だって使ってやる」
上杉はそう言って、「フッフッフッ……」とあくどい笑みを浮かべた。
黒瀬はその様子を見て苦笑すると同時に──ほんの少しだけ安堵した。
上杉は人付き合いが苦手だ。取り繕うことができず、デリカシーというものが存在しない。だからこそ上杉の言葉には嘘が無く、本心からの言葉だと信じられる。
黒瀬は上杉のその姿勢を、好ましく思っていた。
黒瀬は口元に薄く笑みを浮かべながら口を開いた。
「うん、わかった。そういうことなら僕も協力する」
「そうか、助かる!」
「うん。でも、僕も家の手伝いとかあるから毎日ってわけにはいかないけど……」
「ああ、もちろん強制するつもりはない。暇な時に参加してくれるだけでも大分助かるからな」
こうして、上杉の家庭教師バイトに、黒瀬が協力することになったのだった。
◆◇◆◇◆
二人が学校に着いたのはいつもより少し遅い時間帯だった。
遅刻を心配するほどではないため、特段急ぐわけでもなく人通りが少なくなった校門前を歩いていると、一台の黒塗りの高級車が近くに停まった。
「おおっ、見たこともない外国の車だ」
「うん。僕も実物の高級車って初めて見たよ」
二人は物珍しさに車に近づいて行く。そして上杉は目をキラキラさせながら不躾にもその高級車に顔を寄せた。
「かっけー、100万円はするだろうな」
「さすがにそこまで安くはないんじゃないかな……?」
黒瀬が苦笑交じりにそう言うと、高級車のドアが開いた。
「っ、な、なんですか。ジロジロ不躾な」
「おはようございまーす!」
「またアンタ?」
「あ、フータローくん!」
「ん……」
そして車の中から出てきたのは5人のよく似た容姿の少女たち──中野姉妹だった。
「お前ら、一昨日はよくも逃げてッ──ああっ、また!」
一昨日の家庭教師の件を追求しようとする上杉だったが、中野姉妹はそれをいち早く察知して一目散に駆け出した。
「よく見ろ! 俺は手ぶらだ、害はない!」
「騙されねーぞ」
「参考書とか隠してない?」
「油断させて勉強教えてくるかも」
「お前ら一体俺を何だと……」
「あ、あはは……」
空の両手を広げて無害を主張する上杉に、中野姉妹は懐疑の視線を向けてくる。黒瀬は聞かされていた以上の勉強嫌いっぷりに苦笑いを浮かべた。
「私たちの力不足は認めましょう。ですが、自分の問題は自分で解決します」
「勉強は一人でもできる」
「そうそう。要するに余計なお世話ってこと」
毅然とした姿勢で話す五月に、三玖と二乃が便乗する。その言葉を聞いて、上杉は「そうか」と手の平を打った。
「じゃあ、一昨日のテストの復習は当然したよな!」
「「「「「っっ……!」」」」」
「…………」
「…………」
上杉の言葉に見るからに動揺する5人を見て、上杉は冷や汗を垂らし、黒瀬は何とも言えない表情を浮かべた。
「……問一。厳島の戦いで毛利元就が破った武将の名を答えよ」
一昨日のテストの問題を改めて出題する上杉に、五月は「フッ……」と小さく笑って振り返った。
「…………」(プルプルプル)
「「(無言……!!)」」
しかし、五月は目に薄っすらと涙を溜めながらプルプル震えるだけで何も答えなかった。
上杉がバッと他の姉妹へ視線を向けるが、姉妹は顔を逸らして上杉と一切目を合わせようとはしなかった。
「はぁ……まあこれに関しては後で追及するとして、今回はお前らにコイツを紹介しとこうと思ってな」
上杉が隣に立っている黒瀬にグッと親指を向けると、姉妹の視線が一斉に黒瀬へ集まった。そして黒瀬は一歩前に出て、柔らかい人当たりのいい笑みを浮かべた。
「
「確か、同じクラスの……」
「黒瀬さんですね! 私は中野四葉です! よろしくお願いします!」
「なによ、いきなり。別に、こっちによろしくする意味無いんだけど」
「フータローくんって友達いたんだね。お姉さんそれが意外だったな~」
「……よろしく」
黒瀬の自己紹介を受けて、五月、四葉、二乃、一花、三玖が思い思いの反応を返す。それを見て黒瀬は内心「顔は似てるのに、性格とかは全然違うんだなぁ……」と、ある意味感心していた。
「黒瀬は俺ほどじゃないが勉強ができる。暇な時はお前らと一緒に、勉強会に参加してもらうからそのつもりで」
上杉の紹介で、五人はそれぞれの意思がこもった視線を黒瀬に向けた。
歓迎するような視線、見定めようとするような視線、純粋な興味のこもった視線、包み隠さない敵意のこもった視線、じっと観察するような視線……それらを黒瀬は鮮明に感じ取る。
「あ、はは……」
五者五様の視線を一身に受け、黒瀬は苦笑いを浮かべた。
「(これは……思ったより大変かも……)」
黒瀬は内心、上杉の手伝いを安請け合いしたことを少しだけ後悔するのだった。
友達に勉強を教えるのって別に普通のことやんな?という思想の下、黒瀬くんは同じく生徒として勉強会に参加することとなりました。
人間関係をバッサリ切り捨てている初期上杉は、家庭教師の仕事という強制力が無ければ勉強を他人に教えようとすら思わなかったでしょうけど……そうじゃない人だったら、わざわざ雇われの教師役にならずともいいのでは?というのがボクの考えです。
それにあの──娘大好き五つ子パッパさんが、友人の息子という安全マージン無しの一学生に家庭教師なんて頼まないだろうという独自解釈の下、黒瀬くんはこのような立ち位置になりました。
【人物紹介】
●
上杉と同じく旭高校に通う二年生。クラスは上杉・五月と同じ一組。
肩に少し掛かるほどの黒髪と、スクエア型の黒縁の眼鏡が特徴の男子。体つきは細いが、決して運動不足というわけではなく、薄っすらと筋肉が浮き出るくらいの細身体型。
身長は176センチと上杉より少し低め。ただし、筋肉の影響か体重は上杉よりも少しだけ重い。
上杉とは高校に入学して間もない頃、とある出来事がきっかけで親交を持ち、それ以来、唯一無二の親友となった。
※イメージ画像(AI生成注意)
【挿絵表示】
【時系列】※=原作と変わらないためカット
・五月と上杉の食堂での出会い ※
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・本作前編
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次の日(金曜日)
・上杉と五つ子の食堂での出会い ※
・家庭教師初日/睡眠薬事件 ※
・五月の上杉宅訪問 ※
↓
次の日(土曜日)
・家庭教師/テスト ※
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二日後(月曜日)
・本作中編~後編