カットするにはもったいないかな、と思ったので入れてみました。
黒瀬不在の上杉視点です、どうぞ。
マズイ……ひっじょーに、マズイ……ッ!
「これより、五つ子裁判を開廷します」
リビングにあるローテーブルの上座に座った一花が、そう声高々に宣言した。本当に、マズイ状況になった……!
「裁判長、こちらをご覧ください。被告は家庭教師という立場にありながら、ピチピチの女子高生を目の前に欲望を爆発させてしまった……この写真は、上杉被告で間違いありませんね?」
五月がそう言って俺にスマホの画面を見せつけてきた。その画面には、俺がバスタオル姿の二乃へ襲い掛かっている
「……え……冤罪だ……」
俺は下座に正座させられながら、そう弁明するしかなかった。
事の発端は俺が黒瀬と別れ、コイツらの家に単語帳を取りに戻って来た時のこと──。
三玖に鍵を開けてもらってリビングに入ったら、何故かその場にはバスタオル一枚姿の二乃がいた。幸い、二乃は目が悪く、俺を三玖と勘違いしたようだったので、さっさと忘れ物を取って帰ろうとしたんだが……その後色々あって、二乃を棚から落ちた本から守るために半ば押し倒してしまった。その場面を偶然帰って来た五月に目撃されてしまった──というわけである。
つまり、何が言いたいのかと言うと……俺は無実だ!
「裁判長」
「はい、原告の二乃くん!」
スッと手を上げた二乃をノリノリで指名する一花……なんでアイツはあんなテンション高ぇんだ……ッ! ぜってぇこの状況面白がってるだろ……ッ!
指名された二乃が俺を指差しながら続ける。
「この男は一度マンションから出たと見せかけて、私のお風呂上がりを待っていました」
「お、おい、捏造だ……ッ!」
「悪質極まりない犯行に、コイツの今後の出入り禁止を要求します。ついでに、コイツと共犯の可能性が高い
「なっ……いくら何でもそれは……ッ!」
百歩譲って俺はまだ分かるとして、何故黒瀬まで……どうする……!?
「大変けしからんですなぁ~」
「一花! 俺は忘れ物を取りに来ただけで……ッ!」
「ぷ~ん」
「っ……さ……裁判長……」
俺が恥ずかしさを押し殺して言い直すや否や、一花はにっこりと笑顔を向けてきた。クソッ、コイツはほんとに楽しそうだなッ!
ちょうどその時、三玖も先ほどの二乃と同じように手を上げた。
「異議あり。ユーマはこの裁判に関係ない。何の証拠もなしに言いがかりをつけるのはやめて。あと、フータローは悪人顔してるけど、これは無罪」
「いや、悪人顔って……」
「私がインターホンで通した。録音もある。これは不運な事故」
「み、三玖~~~……!」
俺については半分ほどついでのような感じではあったが……まあ、結果オーライだ。
俺が半ば涙目になりながら三玖を見れば、二乃がムッと表情を歪めて、対面に座る三玖に身を乗り出した。
「アンタ、まだコイツらの味方でいるつもり? コイツはハッキリ言ったの! 『撮りに来た』って! 盗撮よ!」
「忘れ物を『取りに来た』でしょ」
しばらく睨み合う二人だったが、二乃が徐に身体を元の位置に戻してスッと手を上げた。
「裁判長~、三玖は被告への個人的感情で庇ってま~す」
「違う。二乃が勝手に被害妄想を膨らませてるだけ。フータローに対して個人的な感情はない」
「あぁ、そうだったわね~。アンタが本当に庇いたいのは、もう一人の方だったわね~」
「っっ! ち、違……ッ!」
わざとらしく言う二乃に、三玖が激しく動揺した。心なしか、顔が少し赤いようにも見える。マズイ、このままじゃ二乃のペースに……!
「三玖、惑わされるな! お前が落ちたら、後は信用がない俺しか残らない! 今、黒瀬に必要なのはお前だけなんだ、三玖!」
「っ……ふ、フータロー……ちょっと黙って……っ」
「あれぇぇぇええ……!?」
動揺した隙を突かれる前に、指揮を上げる激励の言葉を掛けたつもりが、何故か三玖は更に動揺して俺から顔を背けてしまった。言葉選びをミスったか……!? クソッ、この場に黒瀬がいてくれたら……!
「え~? その態度は警戒してるってことかな~?」
「してない。二乃の気のせい」
「言っとくけど、アタシはコイツに裸を見られたんだから!」
「見られて減るようなものじゃない」
「アンタはそうでも、アタシは違うのッ!」
「同じような身体でしょ……っ!」
「い、今は争ってる場合じゃ……」
ヒートアップしていく二人を見かねて、五月が仲裁に入る。しかし……。
「五月は黙ってて」
「てか、アンタもその写真消しなさいよ」
──二人に全く同じ顔で睨まれていた。この全く同じ顔っていうのが、まあ怖い……睨まれたことに対する恐怖と言うより、怪奇的な恐怖を感じる。
「う、うぅ、裁判長~!」
「おぉ、よーしよし、頑張ったねー」
耐え切れなくなった五月が、一花の胸に泣きついた。
そして、一花が五月の持っていたスマホを受け取って、小首を傾げた。
「うーん……三玖の言う通りだとしても、こんな体勢になるかなー?」
「一花~、やっぱアンタは話が分かるわ~。コイツは突然、アタシに覆いかぶさってきたのよ!?」
「いや、あの時は……」
「……フータロー、それ本当?」
「そ、そうだが、それは……!」
「やっぱ有罪。ユーマはフータローに騙されてただけで無罪。判決──切腹」
「み、三玖さん!?」
マズイ、そうだった……! 黒瀬に比べて、俺への三玖の好感度はそこまで高いわけじゃない……! ここにきて三玖の勉強を黒瀬に任せっきりにしていた付けが回ってくるとは……!
ヤバい、否定しないと……このままじゃ家庭教師ができなくなる……! だが、信じてくれるだろうか……? 今の俺が何を言っても……いや、どうせ無理ならダメもとで……。
「……棚──」
「棚から落ちた本から二乃を守った……?」
「……っ!」
俺の言葉に被せてきたのは、五月だった。俺が顔を上げると、五月はスマホの画面に映る写真をじっと観察していた。
「よく見ればそうとも受け取れますが……違いますか?」
「そっ、その通りだ! ありがとな、五月!」
「お礼を言われる筋合いはありません。あくまで可能性の一つを提示したまでです」
まさか五月から助け船が出されるとは思っておらず、少々興奮気味にお礼を言えば、五月は毅然とした態度で応えた。た、助かった……。
「確かに……」
「やっぱり、フータローくんにそんな度胸はないよねー」
「ちょ、ちょっと!」
三玖と一花も写真を見ながら納得する中、唯一二乃だけが声を上げた。
「なに解決した感じ出してんの!? 適当なこと言わないで!」
「二乃しつこい」
「ッ、アンタねぇ……!」
「まあ、そうカッカしないで。私たち、昔は仲良し五姉妹だったじゃん」
「……っ」
またもやヒートアップしかける二乃と三玖に、今度は一花が声を掛けた。
「とは言え、俺の不注意が招いた事故だ……嫌な思いさせちまって、悪かったな」
故意じゃなかったとはいえ、男である俺が二乃に恐怖や嫌な思いをさせてしまったのは事実だ。黒瀬のかつての助言通り、何に対しての謝罪なのかをしっかり明確にして、俺は二乃に頭を下げた。
「……昔はって……」
「え?」
「……アタシは……」
頭の上から聞こえてきた二乃の声は、微かに震えていた。思わずパッと顔を上げれば、二乃は何かを呟いた後、すぐに家を飛び出して行った。
「アイツ出て行ったぞ……いいのか?」
「……ほっとけばいいよ……」
そう言った三玖の表情は、相変わらず上手く読み取れなかった。
◆◇◆◇◆
何とか無事(?)解放された俺がマンションの自動ドアを抜けると、玄関ゲートの脇に、先ほど出て行ったはずの二乃が膝を抱えて座っているのを見つけた。
「あ」
二乃が俺に気付くとバッと勢いよく立ち上がり、マンションの中へと走って行った。しかし、中への入口がオートロックの自動ドアによって阻まれると、二乃はガクッと肩を落とした。
「チッ、使えないわね」
「(えぇ……)」
恐らく鍵を持って出なかったため、マンションから締め出されてしまったのだろう。かと言って、中の三人に開けてもらうのもバツが悪いから、部活の助っ人に行った四葉が帰って来るを待ってるのか……。
そう──玄関ゲートの脇に蹲って座る二乃を見ながら考えていると、二乃がキッとこちらを睨み返してきた。
「なに見てんのよ。アンタの顔なんて、もう見たくないわ……!」
「……そうか、悪かったな」
俺はそう吐き捨てるように言って歩き出した。
「(手助けなんてしたら、余計怒りそうだしな……独りで待ってろ)」
歩きながら、横目に後ろをそっと振り返る。
無駄にデカいマンションのバカみたいに広い玄関ゲート──の脇、独りポツンと座り込んでる二乃の姿……。
「はぁ……」
俺は大きくため息を吐いた後、自動ドアを挟んで、二乃の座る反対側の地面にドカッと腰を下ろした。
「っ、な、何してんの?」
「どうしても解けない問題があってな……解いてから帰らないとスッキリしないんだ」
「……あっそ」
俺がポケットから単語帳を取り出しながらそう言うと、二乃は興味を失ったようにスッと俺から視線を外した。
「勉強勉強ってバカみたい……」
「勉強がバカとは矛盾してるな……いや、バカだから勉強してるとも言えるか」
「うるさい……!」
少し語気を強くした二乃は、膝を両腕で抱え込むようにすると、視線を落とした。
「みんなバカばっかで嫌いよ……」
「……嫌いって、姉妹のこともか?」
「──それは嘘だ」
「ッ、嘘じゃない! アンタらみたいな得体の知れない男を招き入れるなんて、どうかしてるわ……アタシたちの──」
「『五人の家にアイツらの入る余地なんてない』……そうお前は言ったよな?」
俺が半ば被せるようにそう言うと、二乃は目を見開いた。
「俺らのことが嫌いってだけじゃ、説明付かないんだよ」
「もういい、黙って!」
俺の視線から逃れるように、二乃が顔を背けた。
黒瀬の奴……何が『僕も分かんないからね?』だ、まったく……まんまと騙されたぜ。
「姉妹のことが嫌い? むしろ逆じゃないのか?」
あの時──下げた頭の上から二乃の震えた声が聞こえ、咄嗟に顔を上げた時──ほんの一瞬だけだが、コイツの顔が見えた気がした。
──何かの痛みに耐えるかのような、酷く悲し気な顔が。
「五人のことが大好きなんじゃないのか。だから異分子の俺らが気に入らないんだ」
今日の別れ際に、黒瀬に言われた言葉を思い出す。
──『他人と上手く付き合うためのコツは、相手の大切にしているものを見つけることだよ』
──『その人の大切にしてるものさえ見つけてしまえば、仲良くなるのも、逆に嫌われるのを比較的簡単になるってこと』
とっくに気付いてやがったな……
「なにそれ……」
二乃が膝を抱えた両腕に、顔の半分ほどを埋めながら呟く。
「見当違いも甚だしいわ。人のこと分かった気になっちゃって……そんなのありえないわ。キモ……」
二乃はそう言って、顔を完全に両腕に埋めた。そしてしばらくして、ゆっくりと顔を上げる。その頬は、ほんの少しだけ赤く染まっていた。
「…………なによ……悪い?」
恥ずかしそうにそう呟く二乃に、俺は小さくフッと笑みをこぼした。
「いや、分かるぞ、その気持ち。俺にも妹がいてな……」
「──そうよ!」
「ん?」
黒線のアドバイス通り、兄妹姉妹の話で盛り上がって距離を縮めようとした矢先、二乃が声を上げた。
「アタシ、悪くないよねっ?」
「え?」
「バカみたい、なんでアタシが落ち込まなきゃいけないの?! やっぱ決めた!」
俺が呆気に取られている間に、二乃が勢いよく立ち上がり、こちらを見下ろしてきた。
「アタシは、アンタらを認めない。たとえ、それであの子たちに嫌われようとも!」
「うっ……」
なあ、黒瀬よ……俺は何かを間違えてしまったのか……?
「二乃、いつまでそこにいるの? 早くおいで」
ちょうどその時、マンションの自動ドアが開いて三玖が出て来た。
「あ、フータローもいたんだ。ちょうどよかった。明日だけど──」
「さあ帰るわよ、三玖!」
「でも、まだ話が……」
「い・い・か・ら!」
二乃が三玖を半ば引きずるような形でマンションの中へと入っていく。俺はそれを見送りながら、もう一度深く深くため息を吐いた。
「(また厳しくなりそうだ……これだから過度な干渉は嫌なんだ)」
オートロックの自動ドアが閉まる直前、二乃が俺に向かってベーッと舌を出しているのが見えた。