黒瀬たちがみんなのもとへ戻ると、残りの五人は屋台が立ち並ぶ通りから少し外れた公園の入り口付近でたむろしていた。
「お兄ちゃーん! 見て見てー! 四葉さんが取ってくれたのー!」
そう言って、らいはが手に持った3つの水袋を掲げて見せた。その中は大量の金魚で埋め尽くされており、それを見た上杉はぎょっと目を見開いた。
「四葉、お前……もう少し加減はできなかったのか……?」
「あはは……らいはちゃんを見ていると、不思議とプレゼントしたくなっちゃいます……」
「黒瀬も止めろよ……」
「いやぁ……二人とも楽しそうだったから、つい……」
「凄い、凄い!」と純粋に褒めたてるらいはと、それに気を良くして次々と金魚をすくい上げる四葉……そんな二人を止めるなんていう無粋な真似は、黒瀬にはできなかった。
「あっ、これも買ってもらったのだー!」
そう言って、次にらいはが掲げて見せたのは、市販の花火セットだった。
「それ今日一番いらないやつ!」
「だって待ちきれなかったんだもーん」
「いつやるんだよ……四葉のお姉さんに、ちゃんとお礼言ったか?」
上杉の言葉に、らいはが思い出したかのように四葉へくるっと振り返り、飛び込むように抱き着いた。ちなみに、黒瀬は邪魔にならないようさり気なく上杉のそばへ移動していた。
「四葉さん、ありがと! だーい好き!」
「~~~っ」
キューンっと胸の奥が締め付けられるような感覚が四葉を襲う。身体の奥底から湧き出てくる愛情を全身で表現するかのように、四葉はらいはに抱き着き返し、頬をすりすりと何度も擦り合わせた。
「あーん、らいはちゃん可愛すぎます! 私の妹にしたいです!」
そこまで言って、ハッと何かに気付いたようにらいはから頬を離すと、四葉が顎に手を当て神妙な面持ちを浮かべた。
「──待ってくださいよ? 私が上杉さんと結婚すれば、合法的に私の
「自分で何言ってるか分かってるー?」
「あはは……それじゃあ強硬が過ぎるよ、
「っ、え……?」
四葉のとんでも発言に、二乃は呆れたように、黒瀬は苦笑しながらツッコミを入れた。そして三玖は、黒瀬の『四葉さん』という呼称に小さな戸惑いの声を漏らした。
直後、二乃が上杉をビッと指差しながら詰め寄った。
「アンタも、四葉に変な気起こさないでよ?!」
「ねぇよッ!」
二乃の尖った指の爪から逃れるように、上杉が咄嗟に後ろへ下がる。そしてその背後には、未だ呆然と立ち尽くす三玖の姿があった。あわやぶつかるという直前──。
「──っっ!?」
近くにいた黒瀬が咄嗟に三玖の肩を抱き寄せ、上杉の背中を軽く支えることで事なきを得た。黒瀬がほっと胸を撫で下ろすと同時に、自分にしか聞こえないくらいの声量で「っぶねぇ……」と小さく息をついた。
「……大丈夫? 二人とも」
「あ、ああ、すまん。助かった」
「どういたしまして。でも、謝るのは僕じゃないよ? 浴衣は足の可動域が狭くなって転びやすいんだから、ぶつからないように気をつけないと」
「ああ、そうだな。三玖もすまんかった」
黒瀬の指摘を受けて、上杉は素直に頭を下げるが、三玖からの返事は返ってこなかった。
「……三玖?」
「中野さん、大丈夫? 結構強く引き寄せちゃったけど、怪我とかしなかった?」
上杉と黒瀬が呼び掛けても三玖からの反応はなく、黒瀬が三玖の肩から手を離して彼女の顔を心配そうに覗き込めば、その顔が真っ赤に染まっているのが見えた。
「中野さん?」
「ちょ、ちょっと、三玖……アンタ大丈夫なの?」
「っ、だっ、だいじょう、ぶ……」
少なからず自身に非を感じていた二乃が心配そうに声を掛けると、三玖は一瞬ビクッと肩を震わせた後、そう尻つぼみ気味に言った。その顔は先ほどまでとはいかないものの、まだ確かな赤みを残していた。
それからしばらくして、電話を終えた一花が戻って来た。
「お待たせー! さっ、行こ?」
「ん? どこか行くのか?」
「二乃が、お店の屋上借り切ってるから」
「借り切ッ……ッ!? ブルジョアか……ッ!」
「『借り切る』なんて単語、実際に聞くことあるだね……」
三玖の衝撃発言に、上杉は驚きの声を上げ、黒瀬がどこか遠い目をしながら言った。
そうしてみんなで移動を開始しようとした時、二乃が他の姉妹に声を掛けた。
「ちょっと待ちなさい。せっかくお祭りに来たのに、
「「「「あっ……」」」」
何かを思い出したかのように揃って声を漏らす五つ子と対照的に、上杉、黒瀬、らいはの三人はわけも分からず頭の上に『?』を浮かべた。
「そういえば
「もしかして、
「
「早く
「何だよ、
五つ子同士で通じ合う中、上杉が怪訝そうに尋ねた。そして、五人が声を合わせて……。
「「「「「せーのっ!」」」」」
「──かき氷!」
「──リンゴ飴!」
「──人形焼き!」
「──チョコバナナ!」
「──焼きそば!」
──それぞれ全く別のものを挙げた。それでも五人は特に険悪になる様子もなく、「全部買いに行こーっ!」と声を揃えて、屋台巡りへと繰り出して行った。
らいはが四葉に連れられて行ったため、その場に残されたのは上杉と黒瀬だけであった。
「アイツらが本当の五つ子か、疑わしくなってきた……」
「あっははは、見た目そっくりなのに全然違うんだねー」
上杉が呆れたように言い、黒瀬が心底おかしそうに笑う。そうして二人は見失わない内に、先を歩く女性陣の後を追うのであった。
◆◇◆◇◆
屋台巡り開始からしばらくして──。
頬を目一杯膨らませる五月を、一花が苦笑いを浮かべながら慰めていた。
「まあまあ、機嫌直しなよー」
「今思い出しても納得がいきませんっ、あの店主……っ!」
彼女が腹を立てているのは、つい先ほど訪れた屋台の店主に対してであった。
「一花には可愛いからオマケと言って、私には何もなしだなんて……っ! 同じ顔なのに……!」
「……複雑な五つ子心……」
一花と同じ、しかし中身の量が明らかに異なる紙袋を持って、プンスコと憤りを露わにする五月。そんな五月を横目に見ながら、三玖がポツリと呟いた。
彼女らのやり取りをこっそり眺めていた黒瀬は、「やっぱ愛想って大切なんだなぁ……」と納得するように心の中で呟いた。
「らいはちゃん! 次は輪投げしよっか!」
「うんっ、やるぅー!」
「っ! 焼きそば、焼きそば~♪」
「あっ、私も行こっかなー」
「アンタたち遅い!!」
その後、それぞれ好きに行動し始める彼女らに、皆を先行していた二乃が振り返って声を上げた。二乃は脇目も振らず進んでおり、既に黒瀬たちとはだいぶ距離が出来始めていた。
前を進む二乃の後を追いながら、姉妹で唯一その場に残った三玖に上杉が声を掛ける。
「二乃の奴、気合入ってんな……お前らもずっとテンション高いし、花火なんて毎年やってるだろ」
「……花火は、お母さんとの思い出なんだ」
三玖は真っ直ぐ前を向きながら、ゆっくりと口を開いた。
「お母さんが花火が好きだったから、毎年揃って見に行ってた……お母さんがいなくなってからも、毎年揃って」
そこで一度言葉を切った三玖は、口元に薄く笑みを浮かべて続けた。
「私たちにとって花火って……そういうもの」
それを聞いて、上杉と黒瀬は揃って前を進む二乃へ視線を向けた。
『二乃は姉妹のことが大好きである』──それが、上杉と黒瀬の共通認識だった。そして当然、その輪の中には母親も含まれるわけで……二人は揃って納得するように微笑んだ。
「なんかいいね、そういうの……変わらない絆って感じ」
「うん……大切なのは五人でいること……それが、お母さんとの約束だから」
黒瀬の言葉に、三玖は何か温かいものを噛み締めるように言った。
ちょうどその時、花火大会開始のアナウンスが会場に響いた。
『大変長らくお待たせいたしました。間もなく花火大会を開始いたします』
「アンタたちー? …………あれ?」
二乃が振り返って、困惑声を漏らした。てっきり付いて来ているものと思っていた他の姉妹たちの姿が見つからなかったのだ。
辺りを見回しても、花火を見る為に移動を始めた人だかりに遮られて、上手く見通せなかった。
「ちょっと、みんなどこー?! 痛っ、足踏んだの誰よ……っ!」
人混みをかき分けるようにして引き返しながら二乃が声を上げる。
「四葉ー! 一花ー! 五月ー! 三玖ー! ──!」
二乃が手を伸ばした所で、人の流れに押されて体勢を崩しそうになった──瞬間。
「──掴んでろ」
上杉が、二乃の伸ばした手を握って支えた。
「っ! な、なによ……」
「こんな所じゃ埒が明かない。ひとまず予約した店まで案内してくれ」
「アンタなんかお呼びじゃないわよ」
「はいはい……行くぞ」
見知った人物を見つけた多少の安堵があるからか、二乃の物言いにいつもの険は感じられなかった。
上杉は二乃の軽口を軽く受け流すと、彼女に背を向けた。
「──五人で花火見るんだろ?」
「……っ」
背中越しに掛けられた言葉に、二乃は僅かに目を見開いた。
そして何かを耐えるように瞳を伏せ、躊躇いがちに上杉の短い袖の端を軽く握った。
そうして、二人はゆっくりと人混みの中を歩き出した。
◆◇◆◇◆
時間は少し巻き戻り、アナウンスが響いて人々が一斉に移動を開始した直後──。
「痛っ、──っっ!」
「大丈夫? 中野さん」
人の流れに体勢を崩しかけた三玖の肩を、黒瀬は再度グッと抱き寄せた。
目を見開き、鼓動がドクンドクンと激しく脈打つのを感じながらも、三玖は先ほどより冷静さを保ちながら黒瀬の顔を見上げた。
「っ、う、うん……ありがとう……」
「うん。ごめん、少しだけ我慢してね? とりあえず、この人混みを抜けようか」
「う、うん……」
申し訳なさそうに笑い掛けてくる黒瀬に、三玖は恥ずかしさを隠すようにゆっくりと視線を落とした。
その後、黒瀬は浴衣を着る三玖を気遣って、無理に人の流れに逆らわないようゆっくりと人混みを抜けていった。
「(うぅ、ごめんよぉ……人混み抜けたらすぐ離すから、それまでは我慢してくれぇ……)」
移動中、一切顔を上げようとしない三玖を気にしながら、黒瀬は心の中でそう嘆く。緊急時とはいえ、女性の身体に気安く触ってしまっているという罪悪感が、黒瀬の心をチクチクと刺激していた。
そうして、人の流れがある程度落ち着いた辺りで、黒瀬はゆっくり三玖を解放した。
「ごめんね、中野さん……嫌な思いさせちゃったよね……?」
「うっ、ううんっ、大丈夫……っ! むしろ助けてくれて、ありがとう」
ほんの少しの名残惜しさを感じながら、三玖がお礼の言葉を口にした──直後。
──ヒュ~~~……ドオンッ!!
一発の花火が夜空を綺麗に彩った。そして、その一発を皮切りに次々と色鮮やか花火が上がり始める。
「……始まっちゃったね……花火」
「……うん」
二人は並んで花火を見上げながら呟いた。
「あっ、中野さん。他のみんなと連絡取れたりする? 僕の方でも上杉くんとらいはちゃんに連絡試してみるからさ」
「うん、分かった」
そう言って、二人は各々のスマホで連絡を試みるが……。
「……ダメ、繋がらない……」
「うん、僕の方もダメみたい……人が多いからかな……?」
「そうかも……」
呼び出し音すら鳴らず、プーッ、プーッという無機質な電子音が聞こえてくるだけであった。
「とりあえず、元いた場所に戻ってみよう。上杉くんが探しに戻って来てくれるかも」
「あっ、待って……!」
スマホを仕舞い歩き出そうとした黒瀬を、三玖がその場にしゃがみ込みながら呼び止めた。
「さっき、足踏まれちゃって……」
三玖が軽く触れた左足の甲が、一部分だけ不自然に赤くなっていた。
黒瀬も片膝をついて彼女の足の状態をよく確認する。幸い出血はしていなかったが、表面の皮が少しだけめくれて赤く腫れ上がっていた。
「あぁ、痛いよね……気付かなくてごめん。関節に痛みはある?」
「ううん、ただ……押したり歩いたりするとちょっと痛い……」
「そっか……なら、歩くのはやめた方がいいね……」
黒瀬はそう言って、片膝をつきながら三玖に背中を向けた。
「乗って」
「え……?」
「ここじゃなんだから、とりあえず休める所に移動しよう」
「う、うん……」
三玖は躊躇いがちに黒瀬の両肩に手を置き、中腰になって少しだけ体重を預けた。
それを確認すると、黒瀬は三玖の膝裏に手を回してグッと立ち上がった。
「このまま少し脇に逸れるけど……中野さんは上から誰か見えないか、軽くでいいから探してみてもらっていい?」
「っ、うん……分かった」
そうして、黒瀬はできるだけ身体を揺らさないよう気を付けながら、ゆっくりと歩き出した。
三玖は頬に確かな熱を感じながら、極力体重を掛けないよう、そして、この脈打つ鼓動が黒瀬に伝わってしまわないよう、できるだけ上体を起こしたまま辺りを見回した。
しかし、頭ひとつ分ほど飛び出ただけの高さでは、それほど遠くまでは見渡せず、見知った人物を見つけることはできなかった。
「……少なくとも、見える範囲には誰もいない」
「うん、了解。体勢崩しても危ないし、軽くでいいからね?」
「うん……」
三玖はそう言って、ほんの少しだけ上体を黒瀬に預けた。視界に映るのは、黒瀬の後頭部とその奥に広がるいつもより高い視点から見た景色……。
「(ユーマの視点……)」
三玖はその光景に僅かな新鮮さを覚えながら、視線を黒瀬の背中へと落とした。
肩に置いた手から伝わってくる僅かな硬さと、細身だが自分より明らかに広い背中、膝裏に回された手から伝わってくる確かな力強さ……それらひとつひとつが、黒瀬は異性である、と静かに訴え掛けてくる。
三玖は再び、自身の頬が熱くなるのを感じた。
「(……ユーマは、ただの友達……『これ』は、私がただ……慣れてないだけ……)」
早鐘を打ち始める心臓を落ち着かせるように、三玖は心の中でそう何度も自分に言い聞かせ続けた。彼が今の自分の顔を見られないことに、心の底から感謝しながら。
ここから二乃のヒロインレース参戦を予想していた読者の皆様……残念、まだでしたッ!!