ベッドの隣の棚に置いてあったメガネをかけて、外して、かけて、外す。
状況から察するに、ピーターは蜘蛛に噛まれた直後に倒れて、意識不明の時に僕が乗り移ったのだろう。
噛み跡が見当たらないが、もしかしてもう治ったのか?
……というか、この状況をどう伝えるべきか、誰に伝えるべきか……。
もちろんパワーのことは秘密だ、僕はできる限りピーター・パーカーとして振る舞う。この世界線のピーターが映画やアニメと同じ性格とは断言できないけど……モモトークの履歴を見る限り僕の思うピーター像とほぼ同じだ。
1番驚いたのは、ピーターの親友枠が(おそらく)カヤであるということだ。最終章だけの印象だが、彼女とピーターはそりが合うとは思えない。だというのに、ほぼ毎日彼女と話している。
恋愛的な雰囲気も感じられないし、本当に友達なのだろう。
だからといって迂闊にパワーのことを明かすのは危険だ。何がトリガーになって親友がヴィランになるのかわかったもんじゃない。それに、ピーターは正体を知られることを望まないはずだ。
彼は親しい人が巻き込まれることを恐れてマスクを被り、正体を隠して活動している。そしてピーター・パーカーとスパイダーマンの二重生活でとてつもない苦労を背負っている。
できる気がしない……というより、僕がやったら映画より酷いことが起きそうだ。
とりあえず現状を把握しなきゃ。僕は今、どの時期のキヴォトスに居るのか、元の世界と変わったところはないか、先生は居るのか、シャーレは、連邦生徒会は……。
「連邦生徒会長は……」
水色の長い髪が脳裏を過ぎる。ブルーアーカイブでも特に謎に包まれた存在、連邦生徒会長。彼女なら何か知っているかもしれない。ただ、もう既に失踪している可能性もある。
たしか連邦生徒会長が失踪してから少し経った後に先生が来ていたはずだ、どちらかには接触しておきたいな。
ええい、とにかく情報収集だ! まずはネットニュース……。
「……ん?」
思わず声に出た。
スマホの画面に映るネットニュース、その一番上にデカデカと表示されているのは……。
『エンジニア部、新型装置"アークリアクター"完成!』
「なっ……はぁ!?」
今日一デカい声が出た。
一旦スマホを置こう。これ以上情報を入れると脳がパンクする。
ベッドに倒れ込んで、大きく息を吐く。ピーター・パーカーがキヴォトスに居て、エンジニア部がアークリアクターを作ってるって?
少し変なところがあるとは思ってたけど、これは変を通り越して『異常』だ。僕が知らない間にブルアカとMARVELがコラボしてたってことはないよな?
よし、一旦記事を読もう。もしかしたらアークリアクターって名前で、ただの発電機かもしれない。
「えーっと、なになに……『プラズマを用いた半永久的エネルギー炉……』アークリアクターだな……」
アークリアクターだった、紛うことなきアークリアクターだった。
写真を見る限り、アイアンマン1に登場したバカデカいアークリアクターと同じ見た目をしている。記事には『試作版』と書いてあった、もしかして小型のアークリアクターも作るつもりか……?
キヴォトスの技術力と天才的な発明家がいれば作ることも可能なのか……いや待て。
『エンジニア部の白石 ウタハとピーター・B・パーカーの共同開発により、「理想に近い形」で完成したようです』
WOW、マジかピーター! 流石は天才だ、アークリアクターを作り上げるなんて……もしかしてアイアンマンも生まれるのか? でもトニー・スタークは居ないし、アークリアクター作ったのはエンジニア部だし……。
マ、この辺は考えても仕方ないな。エセテンリングスもオバディアもいないし、ゆっくりと技術の発展を待とう。
とりあえず今の目標は、映画やアニメのピーターの行動をなぞって、できる限りひっそりと暮らしながらピーターに人生を返す!
スパイダーマンとして活躍する手も考えたけど、中途半端な僕がスパイダーマンをやったら確実に誰かが被害を受ける。そうなったらピーターに顔向けできない……きっと、ピーターが戻ったらスパイダーマンをやってくれるから、無理にやらなくても大丈夫だ。
そう心に決めた瞬間、「きゃあ!」と、窓の外から悲鳴が飛び込んできた。
「なんだ……?」
キヴォトスでは銃撃戦や犯罪が当たり前だ、だが僕にとっちゃ当たり前じゃない。
興味本位で窓から外を覗けば、ヘルメットを着けた少女が尻もちを着いている少女に銃を向けていた。アサルトライフルってやつ?
「トリニティとまではいかないが、ミレニアムの連中も相当金を持ってるってなァ? ほら、有り金全部寄越しな!」
「そ、そんな……私はただミレニアムエキスポを見に来ただけで……ミレニアムの学生じゃないです……!」
あれは……花岡 ユズか。本当、現実味がないな。
ああ、泣きそうな顔をして……すぐにC&Cか警備ロボが来るからね……。
僕? スパイダーマン活動はしないって決めたばかりだ。
仮に目の前の女の子が撃たれそうになったとしても、僕は祈ることしか……。
ふと、鏡に映る自分と目が合った。
今の僕は、誰だ?
ただのしがないマーベルオタクか。たまたま力を持った、どこにでもいる人間か。
目に映るのはピーター・パーカー、でも僕はピーターじゃない。
でも、たとえ何の力も持っていなかったとしても、目の前で困っている誰かを見捨てることができない。そんな男が鏡の向こうに居る。
後ろめたさと恐怖心で足が竦む。それでも、ピーターなら。
ピーターなら、迷わず困っている人の元へ駆け付ける。理由はそれで十分だろう?
鏡に映るピーター・パーカーは、もう迷っていなかった。
「……今回だけ、今回だけだ」
ビリリ、とベッドのシーツを破り取り、顔に巻き付ける。後で弁償します。
今の僕はスパイダーマン……というより、タランチュラに似てるかもな。まあいい、僕はただの覆面男だ!
「学生だろうとなかろうと、財布くらいは持ってるだろ! 寄越せ!」
「う、うう……誰か……」
窓から飛び降りてヘルメット少女を蹴り飛ばす!!!
「ぐぇっ」
「よっと、スーパーヒーロー着地……大丈夫かい?」
「……え? あ……は、はい!」
ユズが面白いくらい驚いている、目がまん丸だ。
勢いで飛び出ちゃったけど、相手アサルトライフルなんだよな……避けれる? ウェブがあったら簡単に制圧できそうだけど……生体ウェブがないことはさっき確かめたんだよな、今から作る?
「ってェな……誰だテメェは!!」
蹴り飛ばしたヘルメットが頭を抱えて起き上がる。
おっと名乗りか、親愛なる……なんて名乗った暁には親友がヴィランになったり恋人が死んだりハチャメチャになるに決まってる。恋人がいるのか知らないけど。
「僕は……ベッド・シーツマンだ!!」
「……はァ?」
これで僕はスパイダーマンじゃない、ただのベッド・シーツマンだ。
ベッド・シーツマンのカノンイベントとか起こらないよね?
「覚えなくてもいいよ、殴られて記憶が飛んじゃうからさ!」
「ふざけたこと言ってんじゃねェよ!!」
銃を向けられると同時にジャンプ! 壁にくっ付いて、そのまま飛び降り……あれ、離れない!?
「自分から的になってくれるとはなァ!」
「まずっ!」
頭がチクチクする! これスパイダーセンスか!
うぉおお!! 離れろ!!
ヘルメット少女が引き金を引く……と同時に離れた!
ライフルの弾が、さっき居た壁を蜂の巣にする。ちょっと心臓に悪いな。
「うおっと! 百発百中は名乗れなさそうだ!」
「うざってェ……さっさと死にやがれ!!」
さてさて、ジョークは忘れずに……いや、別にスパイダーマンじゃないからジョークはいらないか。でもちょっと楽しいし!
「そんな怖いこと言わないでさ、ちょっと食べてほしいんだよね。僕のパンチをさ!」
「なっ……!?」
ヘルメット少女が再びライフルを構える……よりも先に駆け出して、一気に間合いへ詰め寄った! 速すぎて僕もビックリ。
ヘルメットの奥で目を見開く少女の顔が見える、キヴォトス人だからちょっとの打撃くらい平気でしょ?
「おかわりは要らないよね!!」
大きく腕を引いて、思いっきり拳を振り抜く!!
ヘルメットを砕いて殴り飛ばし、少女はそのまま宙を舞って壁に激突した。
少し拳が痛む、心臓の鼓動がうるさい。人を殴るのは初めてだ。
……あまり良い気はしない。
「あ、あのありがとうございます! ベッド……マンさん?」
「ベッド・シーツマンね、お役に立てて光栄……」
……そういえば、キヴォトスの人型の男性って先生かゲマトリアくらいしか居なかったよな?
そしてここはミレニアム……キヴォトス唯一の男子生徒なんて有名なはず……。
ヤバい、しくじっ
「誰だか分かりませんが……ありがとうございます!」
「え? ああ……うん、今度から気を付けるんだよ。じゃあね!」
バレなかった? もしかしてピーター、そんなに認知されてないのか?
いや、凄く有難いんだけどね。ただちょっと意外だなって……。だって、人型で男性の生徒なんて話題にならないはずが……まぁいいや、バレなかったし全て良し!
「……ふぅ」
さっきの部屋に戻り、シーツを脱いで深く息を吐く。
正義のヒーローには遠く及ばない、スパイダーマンになった訳じゃない。今更になって足は震えてきたし、心臓もずっと高鳴っている。
それでも。
それでも、誰かを助けられた。それだけで十分嬉しかった。