運命を受け入れろ。
青い空、広い校庭、たくさんの人集り、空飛ぶ少女。
「なぜ私の邪魔をする!!」
飛来する剣を軽快に避けながら、
でも、羽根である剣の刃でウェブはいとも容易く切り裂かれた。残念。
「理由は沢山あるよ、それより……君、
校舎の壁に張り付きながら、首を傾げてそう聞いてみる。
相手は剣の翼にホームカミングに出てきたヴァルチャーと同じマスク、黒いジャケットを羽織っている。
僕? そりゃ、お手製ハンドメイドスーツさ。急ごしらえだったものでね、赤いパーカーに油性ペンで書いた歪な蜘蛛のマーク。青い長ズボンに、黒いブーツと黒い手袋。
マスクは赤い目出し帽の目元にサングラスのレンズを被せて、テープで接着した。それはもうガッチガチに。
首から下はホームカミング、首から上はアメイジングの初期スーツって感じかな。ちょっと違うけど。
「ふざけるな! 私の崇高な翼を見ても、そう言えるのか!?」
「まぁ、見た感想だし? 」
肩を竦めてそう答える。あ〜、今最高にスパイダーマンしてるって感じ。
……スパイダーマンはやらないって決めただろって?
ついさっきまではそう思ってたさ。あれはそう、数時間前のこと……。
「貴様……そういう貴様は何者だ!!」
「おっと、回想に入る前に自己紹介しなくちゃ。僕は……」
数時間前
ピーター・パーカーになって2日過ぎた。
今のところ手がかりは一切ないし、ピーターが持つ全ての知識を頭に叩き込んだが僕自身には何の変化もなかった。
いや、強いて言うなら工作欲が増えたことだな。手が空いていればその辺の機械を弄っているし、分解しても適当に組み直したら元通りになる。
理論でも理解してるし、実際に僕の頭を使って工作しているけど……未だにこの感覚には慣れない。
工作の過程で疑問が浮かんでも直ぐに閃いて解決するし、電卓を使わなくても紙さえあれば計算も容易に済ませられる。
「これが天才かぁ〜」
「自画自賛かい、ピート」
ノックして入ってきたウタハからコーヒーを貰い、静かに啜る。
……扉の向こうまで聞こえてたんだな。
「記憶にスペースが生まれたせいかな、色々作りたくてウズウズしてるんだよね。ほら、そこにタバスコを噴射させる腕時計とか、タバスコを詰められる小型の容器とか……作る手が止まらない」
「悪いことばかりじゃないみたいだね、それは良いけど……記憶をなくしてもう2日になる。ちゃんと診てもらった方がいいよ」
「大丈夫だよウタハ。エキスポが終わるまで記憶が戻らなかったら、ちゃんと検査を受けるからさ」
「君はどんな時でも大丈夫って言うから、あんまり信用ならないけど……わかった。その代わり、エキスポが終わったらすぐに受診すること。記憶の有無を問わずね……いいかい?」
「わかったよウタハ先生……心配してくれてありがとう」
納得したように頷いた後、ウタハは部屋を出て行った。2日前からずっと心配させてるな……。
ミレニアムエキスポは5日間開催される。僕が倒れたのが初日で、今日は3日目、中盤ってところだな。
エンジニア部の発表は初日に終了したようで、現在は部室の前で発明品を飾っているだけだ。成果発表よりも発明に時間を費やしたいらしい、さすが発明家。
かく言う僕も、エキスポを見て回って部屋に戻れば、即機械弄りに取り掛かっている。
ウタハには見せなかったが、僕が個人的には最も素晴らしく、同時に最も
複数の薬品を混ぜ合わせ、それらが空気に触れた瞬間
そう、ウェブシューターに使うウェブを作り出した。
あれは昨日の出来事……深夜まで発明に没頭していた僕は、深夜特有のテンションと疲れた頭で思い付いた発明品を次々と形にしていた。
アレを作る前は、世紀の大発見をしたと思って早速取り掛かったものだ。
だが出来上がったものを目の前にした瞬間、全身の血の気が引いていくのを感じた。
自ら『スパイダーマンにならない!』って宣言した男が、自らウェブを生み出してしまったんだ。ワラエナイナ。
しかも、ウェブを作る前に思い付きで製作した『タバスコを噴射する装置』と『タバスコを詰められる小型の容器』……両方ともウェブシューターへ応用できることに気が付いた。
処分するか大いに悩んだ、明らかに災いの元であり、皆を救える希望でもあった。
だって、ピーターの人格が戻って、目の前に『スパイダーマンスターターキット』があったらすぐにスパイダーマンになれるでしょ?
ただ、これを置いておくことで僕がスパイダーマン認定されて、大いなる責任が降り掛かってくることも危惧した。
幸い、おじさんも金髪のガールフレンドも知り合いの警部も居ないけど、このカノンイベントってヤツは友人にまで被害を及ばす、多分。助けてマイルス!
結局、僕は置いておくことを選んだ。いつまでのピーターの身体を借りているつもりは無いし、いざとなればウタハの『走馬灯フラッシュバックくん』で無理やり人格を引き戻すつもりだった。
そうと決まれば、『スパイダーマンスターターキット』を完成させるためにスーツ作りにも手を付けた。
と言っても、部屋に置いてあった赤いパーカーに蜘蛛のマークを描いて、通販で赤い目出し帽買って目元にサングラスのレンズを貼り付けるだけだったけど。
もちろん、身につけることはなかった。その瞬間からスパイダーマンじゃんね、今はスパイダーマンのスーツを作ってる職人さんってことで。
そんなこんなで、僕のデスクの中にはスパイダーマンスターターキットがぎゅうぎゅう詰めに入っている。
ひと仕事終えて休憩しているのが、今の僕ってこと。
次は何を作ろうか、ホームカミングで使ってた目元が動くレンズでも作っておこうかな?
暇つぶしがてらテレビをつけて、丸いイスの上でクルクルと回りながら部屋全体を見渡す。部屋は発明品でいっぱい、でも殆どはピーターが作ったものだ。僕が作ったのはせいぜい3、4個、彼が積み重ねてきた発明の歴史には遠く及ばない。
『ただいま入ってきたニュースですが、なんと! 現在ミレニアムエキスポが開催中のミレニアム学区内で、発明品を身に着けた生徒が暴れている事件が発生しました!』
垂れ流していたテレビから、クロノススクールの報道が流れてくる。
イスの回転を止め、嫌な予感を感じつつテレビを眺めていれば……見覚えのある剣の翼を身に着けた少女がモニターに映った。
「……何も見なかった、何も見なかったぞ僕は」
さて、散歩がてらエキスポでも見て回ろうかな。
あの事件は向かい側の校庭で起こってたみたいだし、反対方向に行けば安全でしょ!
部室を出れば、生徒たちはいつものようにエキスポを楽しんでいた。
なぁに、事件が起こっても治安維持のロボットやC&Cが何とかしてくれる。正義のヒーローの出る幕なんてないのさ。
このエキスポも慣れてくれば、多少ヘンテコな発明品でも興味を引かれるようになる。
おっ、コレとかまさに興味を引く発明品だ!
「『身体が少し発光する薬』……」
少し小さな展示だが、中々にユニークな発明品だ。
青白い液体が入った小瓶が置かれて、その隣に少女がひとり座っている。
「はい……試飲できますがどうですか?」
「いや、遠慮しておくよ。『身体が少し光を吸収する薬』もあるんだね、両方飲んだらどうなるの?」
「試したことはありませんが……多分爆発します」
「……なるほど、それは試さない方がいいね」
「両方を掛け合せた安全な薬も……一応、開発中です」
「掛け合わせたら何が起こるの?」
「自在に光って、暗くなれる……と思います」
何やら、彼女の気分が良くなさそうに思える。他の参加者は発明品に興味を示すと驚くほど解説して来るのに。
「どうかした?」
「ああ、いえ、その……あのニュース、皆は気にしてませんが、もし被害が大きくなったら……って」
少女が指差す方向、壁に備え付けられたモニターでは先程の事件が映し出されていた。
「大丈夫だよ、きっと誰かが何とかしてくれる」
「……それなら良いんですが、あのままだと、もしかしたらエキスポが中止になるかもって……そう思っちゃうんです」
少女の表情がより一層暗くなる。
エキスポの中止……そうか、彼女達はこの日のために準備をしてきたんだ。もし中止になったら、その努力も水の泡になってしまう。
「わたし、陰陽科学部っていう小規模の部活で……今年のエキスポで成果が出なかったら、部員不足で廃部になるかもって……!」
少女はスカートをギュッと握り締め、震える声で言葉を零す。
「……そっか」
「すみません、いきなり……こんな話を……」
鼻をすする音を聞いて、僕は少女に背を向けた。
彼女の涙を見たくなかったし、情に流されて不要な行動を取ってしまいそうだった。
「僕はその発明、好きだよ」
振り返らずにそう伝える。
「だから自信を持って……あとは祈っていれば、必ず報われる」
自分でも分かっている、何の根拠もない酷い言葉だと。それでも、そう言うしかなかった。
そのまま逃げるように少女から離れる。
これは僕の問題じゃない、僕には関係ない。
ミレニアムの事件も、エキスポが中止になるかもしれないことも、あの子が泣いていることも。
でも、一歩進む事に胸の奥が重くなるのを感じる。
人混みを進む度に、彼女の声が鮮明に蘇る。
少し足が止まる、それでも無視して歩き続けた。
これは彼女の問題だ、関わればピーターやその周りの人々の安全に関わる。
そう考えているはずなのに、僕の脳裏には鏡に映ったあの顔が浮かぶ。
あれは僕じゃない、ピーター・パーカーだ。
だから、力を使ってはいけない。あれはピーターに授けられた力だ。
責任が無い者は、力を振るってはいけない。
気が付けば、エンジニア部の部室に戻っていた。
「お帰りピート……浮かれない顔だね」
レンチを片手に機械を弄っているウタハが居た。
僕の顔を見て何かを察したらしい。
「……ちょっと悩んでて」
「随分と真剣な悩みのようだね、良ければ聞かせて欲しいな」
レンチをデスクの上に置き、此方を見つめるウタハ。
「……僕があることをすれば、誰かが幸せになる……けど、もしかしたら僕や周りの人が危険になるかもしれないんだ。僕は、どうすればいいか分からなくて」
徐々に視線が下がる。
ウタハは立ち上がり、俯く僕の肩に手を置いた。
「いいかいピート、力は特権ではなく授かりものだ。どんなものでもね。誰かが幸せになるのなら、そのために使わなきゃならない。仮に危険が迫っても、それを解決できる力が君にはあるはずだよ」
「……そう、かな」
「大丈夫、君が思っている以上に、君は強い男だ」
「ありがとう……ウタハ」
彼女が話しているのはピーター・パーカーのことだ。僕のことじゃない。
でも、僕はピーターを目指すことはできる。彼のように努力することはできる。それも、僕の責任だろう。
「お役に立てたようで嬉しいよ、私は少し用事があるから……じゃあね」
去っていくウタハを見送り、階段を登りピーターの部屋の前に立つ。
扉を開け、デスクにしまっていたスーツを手に取る。
怖かった。命を落としてしまうのではないかと、誰かを危険に晒してしまうのではないかと、ピーターの人生を壊してしまうのではないかと。
「……後戻りはできないぞ」
そう自分に言い聞かせる。
ピーターが少女の言葉を聞いたなら、きっと同じことをしていたはずだ。なら、するべきことはただ一つ。
シャツの上からパーカーを着込む。青いズボンと黒いブーツを履く。黒い手袋を嵌める。ウェブシューターを手首に固定し、ウェブが入ったカートリッジを装填する。
最後に不格好なマスクを手に取り、被った。
僕はピーターじゃない。
でも、マスクを被れば誰だってヒーローになれる。
窓を開け、冷たい風が吹き抜けていく。
下を見れば、地面が遥か遠くにあった。想像していたよりずっと高い。
ドラムのように高鳴る心臓は恐怖か、興奮か。
「見ててくれ……ピーター」
その名前を口にすると、不思議と恐怖が少しだけ薄れた。
「行くぞ……!」
窓枠に掛けている手が震える。
深く息を吸って、吐く。
ピーターのように、マイルスのように、窓から身を投げ出し、頭から地面へと急加速で接近する。風がマスクを叩いて、全身で重力を感じる。
僕の呼吸音だけがやけに鮮明に聞こえて、サングラスを着けているのに視界がクリアに感じた。
その瞬間だけは、数十秒にも、数分にも感じられた。
ウェブシューターはもう手首に馴染んでいる。中指と薬指を曲げた手を壁に向けて、手のひらのボタンを強く押した。
THIWP!!
そして、現在へ戻る。
「貴様は何者だ!!」
何者か? もう答えは決まってる、この身体に憑依した時からね。
「僕は……スパイダーマンだ!!」
ついに参上!