新しい生徒と職員を迎えた「恵まれし子らの学園」の、ちょっとした一日をお楽しみください。
もちろん。今回は文章の内容や設定は変えず、これまでの第1話・第5話で整えた形式に合わせて、細かすぎる一文ごとの改行をやめ、意味・場面・会話の流れごとにまとまった段落へ再構成します。
また、これまで指定されている設定に合わせて、操祈の「チャールズ」呼びはなし、ホーガンやバーナビーも登場させません。操祈についてはこの時期を車椅子ではない時期として扱います。
第三話 帰ってきた卒業生と、新たな生徒
ローガンがこの学園を訪れてから、数年の時間が流れた。
あの日、別の世界を生きてきたウルヴァリンという男が突然私の前に現れたことで、学園はちょっとした騒ぎになった。もっとも、騒ぎと言っても生徒たちが大混乱したわけではない。私が事情を説明し、本人にも学園のルールを理解してもらった結果、ローガンは今ではすっかりこの場所に馴染みつつある。
歴史の授業を担当する教師として働き始めた彼は、相変わらず愛想がいいとは言えない。けれど、生徒たちからの評判は悪くない。むしろ、教科書に書かれている歴史だけではなく、自分自身の経験を交えながら話す授業は、妙に説得力があるらしい。
そんな穏やかな日々が続いていた、ある日のことだった。
私は朝の校務を終えて、玄関ホールへ向かっていた。すると、見慣れない大きな旅行鞄を持った少女が、きょろきょろと周囲を見回しているのが目に入った。
その隣には、これまた見覚えのある大柄な男が立っている。
「……あら?」
思わず足を止めた。
男がこちらを振り返る。そして私の顔を見るなり、少し驚いたような表情を浮かべた。
「よう。久しぶりだな、校長先生」
「ええ。久しぶりねぇ、虎徹」
鏑木・T・虎徹。
かつて、この学園で学んでいた卒業生。ちょうどローガンがここに居着いたところに、ウチから巣立って行った子だ。
そして今は、一人の少女の父親だった。
「まさか、戻ってくるとは思わなかったわぁ。二度と戻ってくるかよ。妖怪ババアなんて言って出て行ったくらいだし」
「俺だって、こんな形で戻ってくるとは思ってなかったよ」
虎徹は苦笑しながら、隣に立つ少女を見た。
「こいつが娘の楓だ」
「こんにちは」
少女――鏑木楓は、少し緊張した様子で頭を下げた。
「こんにちは、楓ちゃん。私は食蜂操祈。この学園の校長よ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。今日からここで暮らすことになるけれど、分からないことがあったら遠慮なく先生たちに聞いてちょうだい」
「はい」
楓が小さく頷く。
その様子を見ながら、私は彼女がここへ来ることになった経緯を改めて思い返していた。
楓が能力に目覚めた。それが、今回の始まりだった。
それまで普通の子供として暮らしていた彼女に、ある日突然、自分でも制御できない力が現れた。その力が原因で、これまで通りの生活を続けることが難しくなった。
そこで虎徹は、かつて自分が過ごしたこの学園のことを思い出した。卒業してから長い年月が経っていたとしても、ここが能力を持つ子供たちを受け入れている場所であることは知っている。
ならば、娘を連れて帰る場所はここしかない。
そう考えたのだろう。
「それで、荷物はこれで全部?」
「ああ。とりあえずはな」
虎徹が旅行鞄を見る。
「俺の方はたいした荷物じゃない。楓の方が多くてな」
「女の子だもの。仕方ないでしょう?」
「本人は必要なものしか持ってきてないって言ってるんだけどな」
「必要なものだよ」
楓が反論する。
「そうかそうか」
虎徹は笑った。
その笑顔は、先ほどまで私が見ていたものとは少し違っていた。
学園へ戻ってきたことに戸惑いを覚えている大人の顔ではない。一人の娘を心配する父親の顔だった。
「それじゃあ、楓ちゃんの部屋を案内しましょうか」
「ああ。頼む」
「お父さんは?」
「俺は荷物を置いたら、ちょっと仕事を探してくる」
その言葉を聞いた楓の表情が、僅かに曇った。
「……仕事、探すの?」
「そりゃ探すさ」
「ここじゃ駄目なの?」
「ここは学校だからな。父さん、教師の資格は持ってないからな」
「でも……」
「大丈夫だって」
虎徹は楓の頭に手を置く。
「お前は何も心配しなくていい」
楓は少しだけ黙り、それから頷いた。
「うん」
その親子のやり取りを見ていると、私は少しだけ微笑んでしまった。
どうやら、二人の間には二人にしか分からない事情がいくつもあるらしい。そして、それを無理に聞き出す必要もない。
ここは、そういう場所なのだから。
誰もがそれぞれの事情を抱えてやってくる。大切なのは、ここへ来た後にどう生きるかだ。
――ただし。
この学園には、一つだけ問題がある。
昔からここで働いている人間が、卒業生の帰還を黙って見過ごすはずがないということだ。
「……あれ?」
玄関ホールの向こうから、聞き慣れた声が響いた。
虎徹の顔が固まる。
「その声は……」
私たちが振り返る。
そこには、厨房から出てきたセツ婆がいた。
彼女は虎徹の姿を見つけた瞬間、目を丸くした。
「まあ!」
次の瞬間、顔いっぱいに笑顔を浮かべる。
「虎徹じゃないかい!」
「……げっ」
「げっ、とはなんだい!」
セツ婆がずかずかと近づいてくる。
「何年ぶりだと思ってるんだい!」
「いや、俺だって色々あったんだよ」
「色々で済ませるんじゃないよ!」
「いや、だから……」
「それにしても、あんたも随分と老けたねえ」
「開口一番それかよ! セツ婆は相変わらずあの時から変わらないねえ」
楓が目を丸くする。
「お父さん、この人知ってるの?」
「知ってるも何も、俺が学生だった頃からこの学園にいる人だ」
「そうさ」
セツ婆が胸を張る。
「この子が学生だった頃から、何度も飯を食わせてやったんだよ」
「……飯?」
楓が父親を見る。
「お父さん、昔ここでご飯食べてたの?」
「そりゃ食うだろ。学校なんだから」
「そういう意味じゃないよ」
セツ婆が笑う。
「この子はねえ、昔からよく食べる子だったんだよ」
「余計なこと言うな!」
「何を恥ずかしがってるんだい。育ち盛りだったんだから、いいことじゃないか」
「そうだけどよ……」
楓が父親を見上げる。
「昔はいっぱい食べてたんだ」
「……楓」
「なに?」
「その話は、もういいだろ」
「もっと聞きたい」
「お前なぁ……」
私は思わず笑ってしまった。
すると、その声に反応したのか、廊下の向こうからさらに何人かの職員が姿を見せる。
「もしかして虎徹?」
「本当に帰ってきたのね」
「久しぶりじゃない」
虎徹はますます居心地が悪そうな顔をする。
「お前らまで来るなよ……」
「だって懐かしいじゃない」
「卒業してから顔を見せなかったくせに」
「忙しかったんだよ」
「昔からそう言ってたわね」
「だから昔の話はやめろって!」
昔の知り合いに囲まれ、虎徹は完全に逃げ場を失っていた。
そんな父親の姿を見て、楓は笑っている。
私は少し離れたところから、その光景を眺めていた。
この学園で長く働いている人間にとって、虎徹は単なる卒業生ではない。自分たちが見守ってきた子供の一人なのだ。
もちろん、卒業してから何年も経っている。今の虎徹はもう学生ではない。立派な大人であり、一人の父親だ。
それでも彼らの目には、どこか昔の虎徹の姿が重なっているのだろう。
「……なんか、不思議だな」
虎徹がぽつりと呟いた。
周囲の職員たちが静かになる。
「何が?」
「いや」
虎徹は校舎を見回した。
「昔は、ここを出たくて仕方なかったんだよ」
その言葉に、私は少しだけ意外な気持ちになった。
「卒業したら外へ出て、自分で生きていくんだって思ってた」
虎徹は苦笑する。
「実際、外へ出て暮らした。仕事もしたし、結婚もした」
そこで少しだけ言葉を止める。
「まあ、その結婚は上手くいかなかったけどな」
楓が少しだけ父親を見る。
虎徹はそれに気づいたのか、すぐに笑顔を作った。
「でも、楓が生まれてからは楽しかったよ」
「……うん」
楓が頷く。
「こいつがいてくれたからな」
虎徹は娘の頭を軽く撫でる。
けれど、その手が僅かに止まった。
「ただ……楓の能力が出てからは、そうもいかなくなった」
楓の表情が少しだけ曇る。
周囲の職員たちも、何も言わない。
「最初は俺もどうすればいいのか分からなかった。本人だって、自分の中で何が起きてるのか分かってなかったしな」
虎徹はゆっくりと息を吐く。
「だから思い出したんだ。この学校のことを」
彼の視線が校舎へ向く。
「ここなら、楓と同じような子供がいる。ここなら、こいつが一人で悩まなくて済む」
楓は黙って父親の服の裾を掴んだ。
「だから連れてきた」
それだけだった。
長い説明はない。
けれど、それで十分だった。
虎徹がここへ戻ってきた理由は、もう誰にも説明する必要がない。
自分のためではない。
娘のためなのだ。
「……なるほどねぇ」
私は小さく頷いた。
「だから、しばらくここに置いてほしいってことね」
「ああ」
虎徹は頷く。
「楓がここで落ち着くまで。それから俺も仕事と住む場所を探す」
「仕事と住む場所、ねぇ」
「そうだ」
「それはもう決まったの?」
「いや、これから探す」
「そう」
私は少し考えた。
そして、ふと思いついたことを口にする。
「だったら、仕事を探す必要はないんじゃない?」
「……は?」
虎徹が間の抜けた顔をする。
「何を言ってるんだ?」
「そのままの意味よぉ」
「いや、俺が言ってるのは外で仕事を探すって話で――」
「だから、それをする必要がないでしょう?」
私は虎徹を見る。
「あなた、この学園の卒業生よね?」
「ああ」
「なら、この学校のことを普通の人よりよく知っている」
「まあ……そうだな」
「それに、外の世界で暮らした経験もある」
「それが?」
「今の学園には、あなたみたいな人が必要なのよ」
虎徹が黙る。
「教師だけが生徒を支える必要はないでしょう?」
私は廊下の先を見る。
そこには、授業を終えた生徒たちが楽しそうに歩いていた。
「子供たちにとって、先生とは別の立場で相談できる大人がいることも大切よ」
虎徹は何も言わずに聞いている。
「それに、あなたにはこの学園で育った経験がある。外の世界も知っている。そして何より――」
私は楓を見る。
「あなたは今、自分の娘をここで育てようとしている」
虎徹が楓を見る。
「そんな人なら、生徒たちのことも理解できると思わない?」
「俺に何をさせるつもりだ?」
「寮の生活指導。施設の管理。校内の安全確認。それから、必要に応じて警備もお願いしたいわ」
「教師じゃないのか?」
「教師じゃないわ」
「じゃあ……職員?」
「そういうこと」
虎徹は腕を組んだ。
「……俺が?」
「ええ」
「本当に俺でいいのか?」
「むしろ、あなたがいいと思ってるのだけど?」
しばらく沈黙が続いた。
虎徹は何かを考えるように俯き、それから楓を見る。
楓もまた、父親を見ていた。
「お父さん」
「ん?」
「ここで働くの?」
「……まだ決めてねえよ」
「でも」
楓は少しだけ笑った。
「私は、その方が嬉しい」
虎徹は困ったように笑う。
「……参ったな」
「何が?」
「昔は、この学校から出ていきたくて仕方なかったのに」
虎徹は校舎を見回す。
「結局、自分の娘を連れて戻ってきて、その上ここで働くことになるとはな」
「人生なんて、そんなものよぉ」
「違いねえ」
虎徹は笑った。
「……分かった。世話になる」
「こちらこそ、よろしくねぇ」
私は手を差し出した。
虎徹は一瞬だけそれを見てから、しっかりと握り返した。
「よろしく頼む、校長先生」
「ええ」
こうして、鏑木・T・虎徹は、恵まれし子らの学園の職員となった。
教師ではない。
X-MENの正式なメンバーというわけでもない。
けれど、彼には彼にしかできない役割がある。
寮で暮らす生徒たちの生活を見守り、校内の設備を管理し、必要な時には教師たちを支える。
そして何より、子供たちが教師には話しにくいことを相談できる大人になる。
それは、私がこの学園に必要だと思っていた存在でもあった。
そして、楓もまた正式にこの学園の生徒となった。
その日の夕方。
楓は割り当てられた部屋で荷物を整理していた。窓の外には、夕暮れの校庭が見える。その向こうでは、まだ何人かの生徒が遊んでいる。
「……お父さん」
「ん?」
荷物を片付けていた虎徹が振り返る。
「ここ、本当にお父さんが通ってた学校なんだね」
「ああ」
「どんな学校だったの?」
「今とそんなに変わらねえよ」
「嘘」
「なんで分かるんだよ」
「さっきみんなが話してたから」
「……あいつら余計なことを」
楓が笑う。
「お父さん、昔はどんな生徒だったの?」
「普通だよ」
「本当に?」
「普通だって」
「セツ婆さんが言ってたよ。食堂で――」
「その話は忘れろ」
「嫌」
「楓……」
親子の笑い声が部屋に響く。
その声を廊下から聞きながら、私は静かにその場を離れた。
扉の向こうから聞こえる二人の会話を邪魔する必要はない。あの二人には、あの二人の時間が必要なのだ。
校長室へ戻る途中、私は窓の外を見た。
この学園には、たくさんの子供たちがいる。そして、それぞれに家族がいる。
能力が発現したことで家族との関係が変わってしまった子。家族から理解されずにここへ来た子。家族と一緒にこの学園へ来た子。そして、楓のように、父親に連れられて新しい人生を始める子。
彼らがいつか大人になり、この学園を卒業していくことを私は知っている。
その時、彼らがどこへ行くのかは分からない。外の世界で暮らす者もいるだろう。別の場所で新しい生活を始める者もいるだろう。
もしかしたら、虎徹のように何年も経ってから戻ってくる者もいるかもしれない。
それなら――。
「帰ってこられる場所くらい、残しておいてあげたいわねぇ」
誰もいない廊下で、私は小さく呟いた。
この学園は、子供たちを守るために作った。
けれど、守るだけが学校の役割ではない。
いつか彼らが巣立っていくことも、この場所の役割なのだ。
そして、その先で何かに躓いた時。
もう一度ここへ帰ってきてもいい。
そう思える場所でありたい。
翌朝。
「おはようございます!」
楓が元気よく廊下を走っていく。
「おい、走るなよ。転ぶぞ」
その後ろから虎徹が追いかける。
「遅刻するよ、お父さん!」
「お前が先に行くからだろ!」
「だって私、今日から生徒だもん!」
「俺だって今日から仕事なんだよ!」
「じゃあ早く!」
「分かってるって!」
昨日までとは少し違う光景だった。
楓は、この学園の生徒として。
虎徹は、この学園の職員として。
二人は同じ場所へ向かっている。
私はその二人を見送りながら、ふと笑った。
「おかえりなさい、虎徹」
かつてここを巣立っていった卒業生が、今度は自分の娘を連れて帰ってきた。
それは、私が想像していた学園の未来とは少し違っていた。
けれど――。
悪くない。
むしろ、こういう未来なら歓迎したい。
恵まれし子らの学園。
ここは、能力を持つ子供たちが学ぶ場所。
そして時には、人生の途中で迷った大人が、もう一度帰ってくる場所でもある。
今日もまた、学園の一日が始まる。
新しい生徒と。
新しい職員と。
そして、いつもと変わらない、たくさんの子供たちと共に。
第三話は、虎徹と楓親子の学園生活を中心にしてみました。
今回は戦闘や大きな事件ではなく、「かつての卒業生が娘を連れて帰ってくる」という、学園らしい日常回です。
今後もこうした日常回を挟みながら、少しずつ学園の教師や生徒たちを掘り下げていきたいと思います。
感想や「このキャラクターをこんな話で見てみたい!」といった意見などがありましたら、ぜひ活動報告にコメントをお願いします。