私、メリーさん代行業者 今、あなたのご依頼お待ちしております 作:メリーさんは小さくてモチモチ派
「人形は主人の苗字を名乗るんですね」
「主人に名付けられた場合はその名前になりますが。ちなみに私は前者になります」
次の日、私を迎えに来たのはコーヒーカップ頭の運転手だった。感じたことのない性癖を胸にしつつ、人形……もとい怪異世界の常識について尋ねていた。
この世界には動く人形や幽霊以外にも多くの怪異が存在しているらしく、人類とは別の社会を築いている。その中で呪力は取り引きに使用されると同時に、存在の維持に使われるとのこと。
呪力で経済が回って、市場競争を行なっている。
これぞ呪術廻戦……なんてね。
「着きましたよ」
座布団を回収されるような寒いギャグを心の中で呟いていると、目的地に辿り着く。そこは路地裏にひっそりと営業している小さな骨董品店だった。
20年住んでいた街なのに、あったことすら知らない。記憶に残る外装をしているのに覚えがないのも、特殊な力が働いているのだろうか。
いかにもな不思議要素に、冒険みたいでワクワクしながら扉を押すと、すんなりと開いて鈴の音が鳴った。
店内は見た目通り、骨董品や古書に溢れかえって、足の踏み場を探すのもやっとな迷路が広がっていた。25センチほどになった身長では何も見渡すことができない。
アリエッティの気分を体感していると、両脇に何かが触れると同時に両足が床から離れた。
何が起きたのかわからず、放心状態で宙ぶらりんでいると体の向きをくるりと反転させられると、雪のように白い少女の顔が目に入った。
「うわ、めっちゃ美人……」
「危ないですよ」
今にも消え入るような小さな声が耳元で囁かれるASMRを体験すると、そこでやっと少女に体を運ばれているのだと気づいた。
「えっと……ごめんなさい?」
なぜ自分でも謝罪したのかよくわからない。
でも日本人だもの。とりあえず謝っちゃうのは仕方ない。
その謝罪の言葉が聞こえているのかはわからない。何も反応せず、私を高めの丸椅子に立たせてくれると、対面の椅子に少女は座る。
その座り姿に私は思わず見惚れていた。白磁器のような濁り一つない肌を引き立てるように揺れる黄金の髪。着ている灰色のゴシックドレスは触らずとも質の高い物であることは一目瞭然で格の違いを感じた。
私の体なんて中古や2980円なのに……。
「百江様でお間違えありませんね?」
「え、あ、はい。そうです」
誰?なんで私の名前を?と疑問符を浮かべながら頭を傾げていると、少女は持っていた革鞄から何枚かの書類を取り出して机に並べて、
「それではビジネスの話をしましょう」
ここで私の待ち合わせ相手がこの少女なのだと気づくことができた。
「では自己紹介を。メアリー呪融店で斡旋業をしています。ナイチンゲールとお呼びください」
「百江です。よろしくお願いします」
軽い自己紹介を終えると、世間話もなく仕事の話に入る。
少し冷たさを感じて悲しい。
「再確認いたします。百江様は借呪という形で返済していただくということでよろしいですね?まずは返済システムを説明させていただきます」
「よろしくお願いします」
椅子だと微妙に身長が足りず、机の上に立って聞いたナイチンゲールさんの話をまとめると、斡旋した仕事先で払われる給料の内、何割かを天引きされる形で返済していくのが基本形態で、通常給与やボーナスから返済を追加で行うこともできる。利子を考えると早く返済すれば安く済むとのこと。
まるで奨学金の返済だと心の中で言葉にしたときに思い出す。私の奨学金はどうなったのだろう。やはり保証人の両親が返済してくれるのだろうか。せっかく大学まで行かせてもらったのに、全部無駄になってしまった。その事実だけが、綿しか詰まっていないはずの胸に妙に重く残った。
「それでは仕事先についての話に移ります。私ども、メアリー呪融はメアリーグループの一企業であり、グループ内で繋がりのある就職先を多く用意しております。その中から百江様に合う仕事をいくつかピックアップさせていただきました。こちらが候補となります」
そう言って渡された仕事先のカタログ。
おいおいおい、カタログがデカすぎるだろ!と口にしたくなるほど大きい。いったい何ページあるんだこれと思いつつ目次を見ると光っている文字と光っていない文字があった。
「これは光ってるやつがオススメってことですか?」
「はい。逆に光っていない職は種族的にも、能力的にも無理と判断されたものになりますので、そこから選ぶことはできません」
なんて便利な機能だ。人間社会にもこの機能があるだけで救われる人が何人いると……いや、差別というか社会格差が生まれて火種になるか。
なんてもう関係なくなった人間社会の不安定さを思い出しつつカタログを捲る。
【呪本図書館の司書】
日本各地から収集された呪本を保管する、国内最大級の呪本専門私立図書館。司書の主な業務は、呪本の収集・整理・管理および提供である。
収蔵される呪本には、近くに存在するだけで人の精神へ影響を及ぼすものや、読者の殺意を増幅させるものなど、さまざまな呪いが宿っている。近年では、収蔵資料のデジタル化も業務の一つとなっている。
呪物があると聞いていたけど、思っていた3倍やばい。イメージとしては猿でも出来る呪殺法みたいなのかと。
この職は流石に無理だ。デジタル化もIT系じゃなかったからよくわからんし。
【呪物の仕分け業】
持ち込まれる呪物の仕分けを専門とする職業。品物に宿る呪いの性質や危険度、等級などを調査し、それぞれ適切な区分へ分類する。
取り扱う品は呪われたものに限らず、祝福を受けた品や神格に由来する物品も含まれる。そのため、呪物の知識だけでなく、幅広い霊的・宗教的知識が求められる。
呪いが物品という「肉体の楔」を持つものを主な対象としているため、明確な依り代を持たない怪異の調査・分類には適さない。また、呪物の売買時には価値や危険性を判断する鑑定士として呼ばれることもある。
呪物のランク分けってこの世界にもあるんだ。特級呪具とかあるかな。
なんだか職人みたいでカッコ良さそうだけど、呪いの知識なんてオカルト板で培ったものしかない。それに宗教系知識なんてカッコいい要素しか知らないにわかにはキツイ。
これも無しと。
【怪異運送業】
一部の怪異を除き、怪異にとって長距離の移動は容易ではない。肉体を持つため人目を避けなければならないものや、肉体を持たないため公共交通機関を利用できないもの、小さすぎる、あるいは大きすぎるために自力での移動が困難なものなど、その理由はさまざまである。
怪異運送業は、そうした移動に不便を抱える怪異を目的地まで運送する職業。依頼内容に応じて適切な車両や輸送方法を選択し、安全かつ人目につかない経路で移動を補助する。
主な移動手段には会社から支給された専用タクシーが用いられる。怪異の性質上、通常の運送業とは異なり、乗客の姿や状態に応じた臨機応変な対応が求められる。
給与形態は歩合制。運送距離や依頼の難易度などによって報酬が変動する。
私を送り迎えしてくれたタクシー運転手さんもこれだろう。
色んな怪異と出会える上に、相手によっては乗り物も変えてと楽しいそうではある。しかし歩合制というのが引っかかる。基本働くのが好きじゃない私には向いていない制度だ。
提示されたものに目を通していると、人の常識で測れる仕事ではないのだと理解する。どれも呪物や怪異に関することで、怪異たちにも、ちゃんと社会があるのだと実感させられた。
そもそも働くのすら嫌なのに、危険が多い職場ばかりで働く気にはなれるわけがない。流石に2回も誰かに殺されるのはごめんだ。
他に私に適していて、なおかつ面白そうなものはないかとカタログを読み進めていると気になる物が見つかる。
「メリーさん代行……?」
「メリーさん代行は文字通りメリーさんの役割を代行する人形系怪異専門の仕事となっております。主に自分を捨てた復讐をしたいが、力が足りない人形から少量の呪力を報酬として、依頼対象への復讐を代行します」
最終ページに載っていたそれを、ふと口にするとナイチンゲールさんが詳しく解説してくれる。
なかなか私の生きていた一般社会ではお目にかかれない暗殺業というやつだろうか。
「殺害……ですか」
「はい。と言っても近年ではメリーさんによる殺害はほとんどなく、嫌がらせや、自分を捨てた理由の調査などが仕事の大半となります」
それ本当にメリーさん?ただのハロウィンの子供か、浮気調査の探偵じゃないか?
とはいえ殺害中心ではなく、殺害も可能性としてはあり得る程度なら候補に入れてもいいかもしれない。
「それに仕事は比較的に楽です。命の危険は少なく、月給制なため仕事がない月もお給料が払われるほか、呪力の回収量に応じて夏と冬の2回に分けてボーナスもあります」
この職を薦めるナイチンゲールさんの顔は他の職業選択をしていた時よりも笑顔になっているように見える。いや、最初からずっと表情が変わらないのだけど、雰囲気が嬉しそうというか。
その態度が逆に怪しく、なんだか小骨が喉に引っかかる。
この違和感はあるのに、何が違和感の原因なのかわからないもどかしさが1番辛い。
とりあえず気になったことを聞いていこう。
「少ない呪力で殺害まで行って利益はあるんですか?」
「正直に言うとこの仕事に直接的利益はございません。呪力回収量だけで見ると慈善事業に近しいです」
「ならどうして仕事として成立しているんですか?怪異世界って税金がないから節税とか必要ないですよね?」
「成立していなければ斡旋はしません。確かに直接的利益は少量ですが、成仏した後の人形には大きな価値があります。その類の人形はドールマニアや呪物コレクターに高値で買い取られることが多く、我々が人間社会で表向き活動する時の資金として活用させていただきます」
変態さんに売るということか。
借金返済しなかった場合は拷も……感情転換装置みたいなやつで使い潰された後に売られるのかもしれない恐怖に身を震わせる。
うーん、ここまで聞いた限り優良就職先にしか見えない。
人の命を奪う可能性があるとしても、自分が消滅する可能性は少ないし。ボーナスも年二回ある。対応する相手も自分と同じ人形たちで性癖に一致する部分も多いだろうし。
だとしてもナイチンゲールさんの反応が気になる。何か、私にこの職に就いてほしいという欲求が滲み出ている。
「美味しい豚バラにはE型肝炎ウイルスがあると言いますし……なにか辛いこととかあるんですよね?」
揺さぶりをかけるとナイチンゲールさんの足元に転がっていた本が音を立てて崩れた。
わざとらしい咳払いの後、私の質問に答える気がないのか一方的に話を続けられる。
「メリーさん代行は全国へ出動していただく都合上、交通費は全額支給することになります。他にも福利厚生として人形専門の服屋や身体のクリーニング屋などを特別料金で利用することも可能で、存在意義に必要な呪力は給与と別で一部支給もあります」
「そんな理想の職業なら借金の返済で斡旋される仕事じゃなくてもいいのでは?」
当然の疑問をぶつけてみる。
ここまでメリットだけ話されると逆に信じるのは難しい。アットホームで週休2日を謳っているブラック企業の求人みたいなものだ。
「……」
「……」
私とナイチンゲールさんの間に無言の時間が流れる。コーヒーもないので唇を濡らすこともできず、綿の詰められた喉が乾いていく感覚になった。
そんな静寂に痺れを切らしたナイチンゲールさんは口を開いた。
「今なら私のポケットマネーから十万出すので、何も聞かずにメリーさん代行になってくれますか?」
一瞬、十万円という数字に心が傾いた。真鍮製の安物天秤の心だ。
いや駄目だろ。人の就職を決める場で個人的な金銭を提示するな。しかも怪異社会で初めて貰う臨時収入が賄賂なのは嫌すぎる。闇バイトの応募をしてしまった人間も、最初はこんな気持ちなのだろうか。
「ちなみに、断ったらどうなります?」
「別の職業をご案内します」
「じゃあなんで十万出すんですか?」
「……」
「怖い怖い怖い」
怪しい。どう考えても怪しい。就職の斡旋をする人間が個人的に十万円を出してまで勧誘する職場なんて聞いたことがない。
それでも月給制。賞与年二回。福利厚生あり。交通費全額支給。そして今なら入社祝い金十万円。
……生前に働いていた企業の求人票よりは魅力的に見えるのが腹立たしい。
……でも
「ちなみに十万円は先払いですか?」
「百江様?」
「いや、怪しいと思ってますよ?」
悩ましいことにこれ以上に好条件な仕事はカタログ内に見つからない。他は休みが多くとも激務だったり、給料が高くとも命の危険が付きまとっている。
それに存在維持に必要な呪力残量も少なく自分で仕事先を探す時間もない。
なおかつ、メリーさん代行なら10万貰えるので今月の呪力分を借りる必要もない。
なにか隠していることは確実。資料に書いていないことはたくさんあるはずだ。どれだけ好条件でも、怪しい仕事はスルーするべき。
……それはザコの思考だ!
「メリーさん代行やらせていただきます」
「本当ですか!?」
たぶん私が男なら惚れていたと思う。そんな衝撃が心を突き抜ける。
初めてナイチンゲールさんの露わな感情が見えた。まるで数年取り組んできたプロジェクトを達成した時のような喜びと、宝くじに当選した時のような驚きが混ざった表情を素直に可愛いと思ってしまった。
「十万の先払いが条件ですよ?」
「もちろんです!」
返事が早い。いや、私も早かったけど。
怪しいから逃げる。危険だから避ける。
損をしない選択肢だけを選び続ける。
そんなことをしていたら、私は死ぬまで友達も作らず、大学を卒業して、就職して、適当に働いて、適当に老後を迎えて終わっていたのではないだろうか。
……いや、実際終わった。人生設計どころか、予定よりだいぶ早く。
人生二十四年の結果がそれなら、今さら慎重な判断をしたところで何になるというのか。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。
怪しい求人に入らずんば、十万円を得ず。
よし。完璧な理論だ。
最強の理論武装を終えて契約書にサインしていく。あまりのも数が多いので、ある程度要約して説明されながら。悪いがTwitter民だから3行以上は読めねえんだ。
仕事に関すること以外の保険などに関する契約はまた後日ということになって今日は解散することになった。
全ての契約書への署名を終え、私は店を後にした。
手元には入社祝い金として渡された十万呪力分の証書と、メリーさん代行の雇用契約書。
改めて考えても怪しいが、もう契約してしまったのだから、今さら考えても無駄なことなので頭の片隅に追いやる。
あらかじめ呼んでくれたタクシーに乗り込み、目的地を告げる。
「お疲れ様でした。就職先は決まりましたか?」
運転席から、聞き覚えのある渋い声がした。今日ここまで送ってくれたコーヒーカップ頭の運転手さんだった。
やはりエッチだ……。
「はい。一応」
「おお、それは良かった。どちらに?」
「メリーさん代行です」
キキィィィィィッ!
急停止。シートベルトをしていなかった私は後部座席からふっ飛びフロントガラスに当たりそうなところで、運転手さんにキャッチしてもらう。その受け止め方は優しく、握り潰さないよう加減されていた。
「申し訳ございません!」
「こちらこそすみません。急ブレーキを踏むほど驚くとは思わなくて」
信号待ちだったため事故にはならなかったものの、周囲の車から怪訝な視線を向けられている。周囲からは普通のタクシーとしか見えないらしいが、目立って大丈夫なのだろうか。
不安になっていると運転手さんはゆっくりと振り返った。
「……それで今、なんと?」
「メリーさん代行です」
「……」
「そんなに変な職業ですか?」
「百江さん」
頭のコーヒーカップの取っ手が僅かに震えている。それでも安全運転を心がけているのにはプロの精神が見えているようだった。
「ナイチンゲールという名の人形に紹介されました?」
「そ、そうですけど……」
「十万ほど渡されませんでした?」
「なんで知ってるんですか」
今度は私が驚く番だった。まるで室内の会話を全て聞いていたみたいに完璧に当てられる。もしかしてテレパシーとか持ってます?
運転手さんは深々とため息を吐いた。
「やりやがった……飲み会の席で冗談で言ったことをマジにしがって」
「え?」
「いえ。独り言です」
そんな恋愛作品の主人公みたいに都合よく難聴になるわけもなく、乱雑な言葉で飲み会の席と言ったのを聞いてしまう。
運転手さんとナイチンゲールさんが知人であったことも驚きだが、それ以上にそれで誤魔化せると思う方が驚きだ。
「もしかして、あの仕事って相当危険なんですか?」
「危険というより……」
運転手さんは言いづらそうに言葉を濁した。
「十年ほど前から、一人もいないんですよ」
「はい?」
「メリーさん代行者」
あまりの衝撃に脳が理解を拒みそうになる。
「本当に一人も?」
「一人も。それどころか先代が先代なだけに、マニュアルも制作されているかどうか怪しいですよ」
「いや、求人票に書いてなかったんですけど」
「書いたら応募しないでしょう」
「正論ですね……」
運転手さんはハンドルに両手を置いたまま、遠い目をしている。コーヒーカップなので目は見えないが、なんとなくそんな雰囲気だった。
「そもそも、メリーさん代行という職業は昔から人形怪異の中でも大が付くほど不人気でして」
「なんでですか?福利厚生はかなり良いですし、給料も結構ありますよ?」
「人気がないから福利厚生を良くして給料も上げたんですよ。焼石に水でしたが」
「なるほど」
なるほどではない。アップデート間に合ってねえぞおい。
でも人気がないから待遇を良くするだけ人間社会よりマシだと思ってしまった。
人間社会は人材不足でも給料上げないからね。人間って怖いね!
「仕事内容自体は聞いた通りです。依頼を受けて電話をかけ、対象者の元へ向かう。復讐の代行や嫌がらせ、調査などですね。昔はまだ良かったんです。メリーさんの怪談を知っていて、本気で怖がってくれる人間が多かったので」
「今は違うんですか?」
「違います。最近の人間は怪異をオモチャにしますから」
「オモチャ?」
「『メリーさんから電話が来たからデートしてみる』とか、『かかってこいと逆に挑発してみる』とか」
「強いな最近の人間」
確かに思い返してみれば、私も似たような話をオカルト板などで目にしていた。それがまさか本当にやっていたなんて夢にも思わない。9割が嘘松だろうが。
全部本物なら、ネット上には早稲田医学部卒なのに慶應卒を忘れる人間や、電動ランボルギーニに乗る超人が大量発生していることになる。
「メリーさん代行は怪異世界でも人間と関わる機会が多いので特に被害に遭うと噂されています。特に百江さんみたいな可愛いタイプの怪異は……いえ、なんでもありません」
私に気遣って、変態たちに需要があると口にしない運転手さんは紳士なのだろう。でも私も元変態側の人間なので容易に想像ができてしまった。
というか私視点では運転手さんも危険だと思いますよ。渋い声の紳士なのに親しくなると雑な口調になるコーヒーカップ頭の運転手とかいう性癖の塊みたいな人に言われても……とは口にしない。
というか怪異より人間の方が怖くなってきた。なんて思っていたところに爆弾が投げ込まれる。
「しかも依頼者側も依頼者側で」
「まだあるんですか」
もうお腹いっぱいだというのに、まだ運転手さんの話は続く。
「人形というのは総じて執着が強いものが多いんです」
それは何となく理解できる。
自分を捨てた相手への恨み。愛された記憶への執着。それらが怪異になる理由なのだから、依頼内容も単純なものではないのだろう。
実際それが原因で殺されている私が言うのだから間違いない。
「例えば『家の前で三十分ほど不気味に立ってください』『毎週火曜日だけ電話してください』なんてのは可愛いもんで、『殺すのは駄目です。でも反省はさせたいです。ただし精神的外傷は残さないでください』『あと私のことを思い出させてください』なんてのも過去にあったそうですよ」
「………なんですかその面倒くさすぎるメンヘラ彼女みたいな」
「いえてますね。でもこれには続きがあって」
運転手さんの声が少し低くなった。私もごくりと喉を鳴らす。唾がないから口で言っているだけだが。
「『でも罪悪感で苦しみすぎるのも可哀想なので、最後は幸せになっていることを確認してから終わってください』だと。とにかく人形自身も感情に歯止めが効かない子が多くて要望が多くなっていくんですよ」
「……そういえば、うちの子も私を殺した後に、殺すのはやり過ぎたと言いつつ借金を押し付ける厄介な子でした」
「でしょう?」
なるほど私はようやく理解した。
これは単純な復讐代行ではない。捨てられた人形たちの、感情の後始末屋だ。
誰もやりたがらないことに今更納得がいってしまう。
「じゃあ、待遇が良いのは……」
「十年間、人材が確保できなかった結果です」
「福利厚生は?」
「十年間、人材が確保できなかった結果です」
「ボーナスは?」
「十年間、人材が確保できなかった結果です」
「入社祝い金十万は?」
「ナイチンゲールさんの私情です」
「そこは会社の努力じゃないんですね」
信号が青になって車がゆっくりと走り出す。
人形になってからちょうど24時間経った。
もうすでに人形二人に騙されているせいで人形に対する信頼が落ちてきている。でも二人とも嘘はついていない。どこぞの魔法少女契約のように話していないだけ。ナイチンゲールさんの方はかなりグレーだが。10万を受け取った以上文句は言えない。
こうして私は、十万呪力分の小切手に釣られ、十年間誰も続かなかったメリーさん代行へ就職した。