ウマ娘達の萌芽 作:ワナシ
「お疲れ様です、ネオユニヴァースさん。予定していた今日の分のトレーニングは終了ですが、どこか身体に異常はありませんか?」
「………………」
夕暮れ時の運動場。
トレーニングを終えたネオユニヴァースに、見守っていたトレーナーが駆け寄る。
そして携えたタブレットにタイムや所見を打ち込みながら彼女に声を掛けるが、その返事は無かった。
息を整えるために返答が出来ない、と考えたトレーナーだが、タブレットから視線を外し彼女の方を見た瞬間、その考えが間違っていることに気付く。
ネオユニヴァースは、ジッとトレーナーを見つめていた。
その瞳には僅かであるが、迷いのようなものが生じている。
「ネオユニヴァースさん? 大丈夫ですか?」
「……大丈夫。『ぼんやり』だよ」
そう言って、ネオユニヴァースはトレーナーとの視線を切った。
そのまま自分が走っていた運動場の方へと向き直り、ゆっくりとその歩を進める。
「トレーナー……また後で、ね」
トレーナーの方を向くことなく発したその言葉は、いつものネオユニヴァースの調子そのものであった。
気になる点はあるが、異常は見られない。
今まで何度も、こうやってクールダウンをする様子を見てきた。
その経験が有ったトレーナーは「分かりました。先にトレーナー室に戻っていますね」と告げ、彼女に背を向ける。
そうして遠ざかっていくその背に、ネオユニヴァースは歩みを止めて、再び目を向けた。
それにトレーナーが気付くことは無い。
そしてネオユニヴァースの胸中には、様々な思いが浮かび上がる。
(『ドキドキ』よりも小さくて、『ワクワク』よりも……『寂しい』? でも、『嫌い』じゃない……)
『不思議』、と。
彼女はそう分析した。
ネオユニヴァースがトレーナーと出会い、担当契約を結んだ当初は、コミュニケーションすらままならない惨状であった。
それはネオユニヴァースの言葉の数々が独特で、それに加えて難解であったことに起因するのだが、トレーナーはそれに怯むことなく交流を続け、その言葉の数々を手帳に記して解読し、ついには淀みなく会話を続けられるようになった。
その状態になってからというもの、ネオユニヴァースの成績はみるみると向上し、入着はもちろん一着になることも増えてきている。
傍から見れば好成績で、申し分など無い。
だがここ最近、ネオユニヴァースは別の事に頭を悩ませていた。
トレーニングやレースなど、ウマ娘として『走ること』に集中している間は問題無いのだが、トレーニング終了後や日常のふとした瞬間に、彼女へと『ソレ』は訪れる。
「…………トレーナー」
既にトレーナーの姿は校舎へと消えている。
彼女の口から零れた呼び掛けは、誰に届くことなく風に散っていった。
────ネオユニヴァースは、自身のトレーナーの事を考える時間が、明らかに増えていた。
それは頻度であり、内容であり、言葉通り時間そのものでもある。
そして『様々な感情』が付随していることも、彼女を悩ませる要因となっていた。
ネオユニヴァースはいっそのこと、トレーナーに相談してみることも考えたのだが、いざ面と向かうと言葉が出なくなってしまい、それ以降改めて直接話すという選択肢を取れていない。
そしてそのまま、もどかしさのような『何か』を感じる日々を続けている。
「………………」
ネオユニヴァースが、視線を地に落とし、深く息を吐いた後、ゆっくりと走り出す。
(予想は……『失敗』。でも『嬉しい』がある? ……『不思議』)
少し遅れてのクールダウンに見えるが、彼女の考えは違う。
走り出したのは『走ることで頭の中を真っ白に出来るかもしれない』と考えたからだ。
しかしその目論見が上手くいくことはなく、彼女の思考は依然としてトレーナーの事で占められている。
夕暮れの運動場を、ネオユニヴァースはしばらくの間駆けた。
その顔に、楽しそうな微笑みを携えて。