ウマ娘達の萌芽 作:ワナシ
強者ひしめくトレセン学園において、ウマ娘の性格や個性、クセやこだわりの強さなどは、それに比例しているかのように尖っている者が多い。
その尖っている部分を尊重しながらより良い方向へと導くのが、トレセン学園トレーナーの大事な仕事である。
そしてその導く過程において、良い部分を伸ばすだけではなく、悪い部分が改善されていくこともある。
ライスシャワーも、その例に当てはまるだろう。
彼女は『自分が居ると周りの人が不幸になる』と考えており、それに自己肯定感の低さも重なった結果、選抜レースで実力を発揮するどころか、そもそも参加を辞めることさえあった。
日常の些細な出来事さえも『不幸を呼び込む自分のせい』だと思い、レースにおいても『ダメな子』という思い込みが、彼女自身を縛る。
抜け出す糸口の見えない、負のループ。
そこにトレーナーが現れたことで、ライスシャワーの学園生活に光明が差す。
少々強面なトレーナーではあったが、ライスシャワーの事を想う気持ちは本物で、当時藁にも縋る思いであった彼女は、なけなしの勇気を振り絞って担当契約を了承した。
トレーニングや体調の管理はもちろんであったが、トレーナーが特に力を入れたのが、ライスシャワーのメンタルケアとメンタルトレーニングである。
好物や趣味や興味の有る話題で彼女のメンタルを良好に保ち、悪化した際の切り替え方や、そもそも悪化しないような思考方法を教え、彼女の心身を支えた。
そして他の子に比べると少し遅めではあったが無事に選抜レースを突破すると、今までの様子が嘘であったかのように、その実力を発揮して重賞勝利を重ねていく。
心身ともに成長したライスシャワーはトレセン学園において疑いようのない強者であり、これから始まるシニア期においても、要注目の一人に数えられている。
────だが、その当の本人は。
(今日はお兄さまとお買い物……!)
評価など、まるで気にしていなかった。
放課後のトレセン学園の廊下を、ライスシャワーはゆっくりと歩く。心なしかその足取りは軽く、表情もいつもより柔らかい。
今日がトレーナーと約束していた、本屋巡りの日だからだ。
本来は資材などの買い出しであり、ライスシャワー側からお願いをして同行を許してもらったもののため、本屋に寄るのはあくまでついでであるのだが、彼女にとっては関係ないことだ。
ウマ娘達が皆年頃であるため、トレーナー達は基本的にプライベートに干渉せず、私事に彼女達を付き合わせたりもしない。
ライスシャワーのトレーナーもその例に漏れない人物では有るのだが、今回の同行については、ライスシャワーが重賞勝利の際にお願いしたものであるため、断れなかったのである。
──絵本を選んでもらったりしよう。
そんなささやかな望みを抱きながら廊下の角を曲がり、その先の光景を見て、彼女はサッと身を戻す。そして身を潜めながら、耳をそばだてた。
トレーナー室の扉の前で、ライスシャワーのトレーナーは、女性と話し込んでいた。
得体の知れない女性という訳ではない。
ライスシャワー自身も話したことがある、別の生徒のトレーナーだ。
そこには怪しさも何も、存在しない。
その証拠に、彼女の耳が捉えた会話の内容はトレーニングに関するもので、どうやら相談を受けているようであった。
何も問題は無い。
何も問題は無い、が。
ライスシャワーは見てしまった。
トレーナーに、普段の彼女に向けられているような感情が『含まれていない』ことを。
ウマ娘は人に比べて遥かに身体能力が高い。
それは五感も同じであり、発汗状態から分かってしまうものなのか、纏う匂いで分かってしまうものなのか、いずれにせよ根拠は定かでは無いが、感情を読み取ることにも長けている。
トレーナーはライスシャワーと接する時、彼女に対し『妹』あるいは『小さい子供』を相手にする時のような感情を、常に持っている。
それが、一切含まれていなかった。
(……ライスは、どうして)
こうして隠れるほどのことでは無いはずなのに、現実として彼女は身を潜めている。
普段の彼女であれば気にせずに近寄って、相手にも挨拶をしていたはずである。
放課後の楽しみに特別思いを馳せていたことが原因の一つかもしれないが、それを確かめる術も無い。
分かるのは、自身が今ショックを受けているという事実だけ。
(……お兄さま)
二人が会話を終え、トレーナーが部屋へと戻っていった後も。
ライスシャワーは角から動けず、視線を床に落とし続けるしか無かった。