ウマ娘達の萌芽 作:ワナシ
トレセン学園第三会議室。
十数名規模の講義や会議に使用されるその部屋で、三名のトレーナーが作業に没頭している。長机はまとめられて一つの大きな台となっており、書類やパソコン、そしていくつかの記録媒体がそこに広げられていた。
「すみません、そっちにこの娘のレース記録映像無いですか?」
書類に目を落としていた男──トランセンドのトレーナーが、書類に貼られた顔写真と記載されている名前を指差しながら、他の二人へと声を掛ける。その声にレース動画を確認していた男と、書類に所見を書き込んでいた男の双方が顔を上げた。
「その娘なら先程見かけました。確かこの辺りに……」
動画を停止した男──ネオユニヴァースのトレーナーは、ズレた眼鏡を直してから近くに置いてあった記録媒体の山を漁る。そうしてしばらく探した後、お目当てのモノを見付け、トランセンドのトレーナーへと手渡した。
感謝を告げるトレーナーに、ネオユニヴァースのトレーナーは、大したことじゃ無いと言わんばかりに軽く手を振った。そして自分の席へと戻る途中で、会議室に掛けられている時計へと目を向ける。
「……もう少ししたら休憩を入れましょう」
その視線の意図に気付いた男──ライスシャワーのトレーナーがそう告げる。
三人にそれほど歳の差は無いのだが、この中では一番年上である彼の提案に、二人も了承の意を返した。
そうして再び会議室が、資料をめくる音、映像から流れる音声、ペンが走る音に包まれる。
三人が行っている作業は、専属トレーナーが付いていない生徒達への、指導資料作りである。
そしてこれはトレーナー達からすれば、『ボランティア』に近い。
トレセン学園には積み重ねてきた膨大なデータも、多種多様な目的に沿ったトレーニング機材も、生徒達を最大限サポートするための環境も、備わっている。
だがそれでも、生徒の数に対してトレーナーの数が圧倒的に足りていない。
自身でトレーナーを見つけること、あるいはトレーナーにその才能を見初められること。
それもまたウマ娘の実力の一つである、という考えが、誰が口にせずとも学園に昔から漂っており、それもあってこの状態は『仕方の無いこと』として、皆に捉えられてきた。
だがその空気や意識は、異を唱えた者──生徒会長のトレーナーによって、壊される。
指導希望者が提出するデータのフォーマットを整え、指導可能なトレーナーの持ち回りを管理するシステムを開発し、何より負担が増大するトレーナーの意識に対し、火を付けた。
当時、担当ウマ娘に全力を注ぐことが何よりも重要だと考えるトレーナーは多かったが、彼は一人一人に真摯に頭を下げ、言葉と行動で誠意を尽くした。
そうして賛同者や協力者が少しづつ増え、今ではほとんどのトレーナーが、この『ボランティア』を快く引き受けている。
僅かに参加していないトレーナーでさえ、複数担当を持っているという状態であるが故なので、その事情を考慮すれば、トレーナーの全員が協力していると言っても差し支えないだろう。
「長距離の娘の映像も、かなり参考になりますね」
「ダート用トレーニングもいくつか、足回りに活かせそうです」
「……短距離のスパートを、上手く長距離の方に転用出来ないでしょうか?」
基本的にトレーナー達は、担当ウマ娘の適正と被るとレースの際に不公平だということもあり、適性が違う娘の指導資料を作成している。
だが優秀な彼等は、そんな異なる情報であっても何かしらを閃き、担当ウマ娘へとしっかり還元していた。
これはこの仕組みを作り上げた生徒会長のトレーナーの思惑通りであり、トレーナー達のレベルアップに大きく貢献している。そしてトレーナー間のコミュニケーションの一つにもなっており、情報や知識の集積にも良い効果を出していた。
────そこに、誤算が有るとすれば。
作業が一段落したトレーナー達は、休憩時間へと入る。
談笑する彼等の話題は、決まって自身の担当ウマ娘に関する事。
「トランセンドが外出を求めることが多くて……。何か理由が有るんですかね?」
「ふむ、トレーニングに不満が有る可能性は?」
「……『未知のもの』を、トレーニングにも求めているのかもしれませんね」
「なるほど、確かに……!」
「ネオユニヴァースさん、私の事を無言でジッと見つめてくることが多くなっているんです」
「……何かを察して欲しい、という事でしょうか? あるいは話し辛い悩み……?」
「とりあえず同室の子に聞いてみるのはどうです? 何かを知っているかも」
「……そうですね、後でちょっと聞いてみます」
「……ライスシャワーさんは、最近は……特に何も無いですね」
「この前、見ましたよ。頭を撫でてあげてましたね!」
「以前に比べると大分雰囲気が変わったようで、良かったです」
「……ええ、少しは私に心を開いてくれているみたいで、とても嬉しいです」
『三人寄れば文殊の知恵』とは言うが、トレセン学園のトレーナーは一般的に凡人とは呼べない。
では優秀だが鈍いトレーナーが三人集まれば?
その鈍さに歯止めが掛かることは一切なく、むしろ加速するのであった。