私から言わせてもらえば、ここが普通の学校ではないことは一目瞭然で、そんな普通ではない事実をこの場を借りてもっと言えわせてもらえると大いに助かる。
可笑しな連中しかいない。
そもそも、学校に通っている点からその身が豊かであることが明確なのだ(建前で言っておくが、そうでない者がいないと言っているわけではない)。 とはいえ、私という人間はそれらに該当しない。商売っ気のない商人故、金は必要な分しか持たないのが私という人間だ。
話は変わるが、学園と学校の呼び方、明確な違いは文字通りである。然し、私は学園を箱庭のように思う。
閉ざされた空間で、一切の敵に狙われることなく、羽を伸ばすこと、飛ぶ練習をいくらでもできる場所と言えばよいか? そんな程度の練習で外を知った気になるのはもっとうお門違いだがね。
話を戻すと、この学園は可笑しく、それからちょいとばかし面白い。ちょいと程度でいいか、匙加減はいまいちですが、私が来てから十五夜と経ったと思います(日誌にそう書いてありますので)。なので、此処がどう言った場所で、何をするのかは大体掴めたかと。自信がないわけじゃありませんよ。まあ、言葉選びが難しいんです。
私の配属ーーなんて言うと、少し職務的に聞こえてきますかーー所謂、組分けのようなものがあり、私は年齢からして、この学園では五年生にあたるそうで、組は『は組』となりました。
つまり、五年は組。
だから何があるというわけではないのですが、数合わせといったところでしょうかーーと、いっても、は組の生徒は私を含めた四人ほどしか居らず、もう二組の、い・ろ、と言えばその倍いるのですーーいや、そんなことはどうでもいいんですよ。
は組に分けられてからというもの、その人数の少なさから、他の組が日を分けてやるような行事を私たちは一日で済ませてしまうなんてこともザラでした。心底羨ましがられるものですが、手持ち無沙汰というのも退屈でなりません(此処へ来たばかりの私に関しては、やることばかりですがね……)。
ここへ来た頃の話ですが、ちょっと妙なことがありまして、私が聞いた話じゃ、寮に空きがあるから一人部屋が与えられるとかなんとか……そう言った話で、私は少し喜んだものでしたが、いざ案内されてみれば全くの嘘でした。
いや、厳密には空きはあったのですが、事実を先に述べると相部屋でした。
一人、学校を辞めて行ったんです。
それは私がやってくる数日前、ちょうど春の門出を皆が迎えた直後のことで、学年も上がってまだ一週間と立って間もないうちに一人学校を辞めたのだと……。それで、同室が減った穴埋めに、ちょうど私が起用されてしまったという。辞めて行った生徒の、元同室の彼には、「一人部屋がよかったかしら。がっかりしましたか」と態とらしく聞かれ、これまた参ったものです。
まあ、残念なことも既に過去になってしまったので、同室になった彼の話でもいたしましょう。
彼、名を「丹後」と言って少し目立つお人でした。隣に置いておくのは些か抵抗があるような……とにかく目立つ。これは容姿の話です。
丹後とは、何かと馬は合いそうなのですが、これが私と違って忙しい身のようで、私が眠る頃に部屋を出て、私が起きる頃に帰ってくる。忍びという職業はなんて不規則なのか、覚悟はしていたものの流石に引くものがある。
不規則な生活を規則的に動かす丹後の優秀さと来たら、その苦労を表に出さない点でまさにーー所謂、スマート的なるカリスマ性を感じるのですーー生徒の大半が彼に敬意を払う理由が実に詰まっている。
そんな彼が私の人生で初めての同室相手でした。
「藤ノ木さん」
『……いかがされましたか。丹後さん』
仕切りを挟んだ隣の相手に声をかけられ、私は猫背った硬い体を捻るだけでなく、その勢いとともに唸り声もあげていた。
私が振り向くと丹後は気遣う様に両手をあげ、「いや、そのままで」と付け加える様子に、私は思わず苦笑をこぼした。
「いえ。随分と眉間に皺を寄せているものですから、それも長い間」
『あら、そうですか?もうそんなに』
「ええ。そんなにです」
『……失礼。そろそろお休みになりたいでしょう。灯りを消しましょうか』
「気遣わなくとも宜しいんですよ。まだ書き物を続けたいのなら遠慮なさらず」
『いいや、こうなってしまったら早々に切り上げる方が気も楽ですから……私だって明日は休みですし、早く布団に入りたいんです』
「……強情ですね」
『まあ、そういうもんです』
なにがそういうもんだと言うのか。
まるであしらうように言って、私は部屋の灯りを吹き消した。
同室になってから、最初こそ気を遣ったものだが、数日共に過ごすうちに、ソレに気づいた丹後は「楽にしてほしい」と言うので、私は以前と変わらないようなルーチーンをこの場所でも行うことにした。
控えていた夜の書き物を再開しただけに過ぎないのだが、それでも、私は丹後の言葉に甘え、そうさせてもらっている。おかげで吐き出し物が随分と溜まっていたことにも気がついた。私はこうやって机に向き合うのが性に合っている。
『それでは、おやすみなさい』
「おやすみなさい……いや、やはり少し」
その言葉の端と重って布の擦れる音が仕切りの向こうから聞こえると私は何となく彼がこちらを向いているように思った。私はおそらく同じように見えない向こう側にいる彼を見ているかのように身体を横に寝返らせ話を続けた。
『会話が必要ですか』
「ふふ、そんなところです。ちょっと、お伺いしたいことがあって」
『どんな』
「明日のご予定など」
『予定……これから考えようかと』
「であれば、私から提案なのですが……その、一緒に町へ行きませんか」
『私と?』
「ええ、藤ノ木さんと私の二人で……です」
『なるほど……いい提案かもしれません』
「でしょう。そう言うことですから……その、これから考える予定に、もしよかったら入れておいてください」
『ーーわかりましたよ。その予定、考えておきます』
「ふふ……それだけです。おやすみなさい」
(如何にもデートの誘いでも受けている気分だ)
私は丹後の雑な芝居に付き合うと、明日の予定に彼との遊びを入れた。
互いに忙しい日々を過ごしているが、私に限っては丹後よりかは比較的にのんびりとしている。彼が忙しいのは委員会の仕事のせいもあるがーー丹後は五年は組の学級委員長をやっている。そんな彼の学級委員長としての面で私も何度か世話になったーー私が思うに、彼は何でも引き受ける癖がある。同室の誼で何度か手伝ってやったがそのほとんどは雑務が多い。それも地味な雑務だ。
物事を俯瞰してつらつらと字を並べるだけ、文面上であたかも踊るかのように多弁な私もそこまで薄情ではない。丹後は『は組』の学級委員長で私もは組の生徒だ。無視をするつもりはない。そう言うわけで、ここ数日間は地味な仕事を私たちは夜通し二人がかりでやっつけてやった。
明日が休みなのは私たちの努力の賜物による褒美なのだ。その気晴らしに出かけようと言われて悪い気はしない。
そういうわけで、私は翌る日の休みに思いを馳せるばかり瞼を閉じた。
*
春も時期に終わりを告げる。
わかってはいたが、私と来たら慣れないことに慣れようと努力をしたはいいが、返って飽きが来る心配ばかりをしている。当面の学費に心配も要らぬわいと学園生活にうつつを抜かすかと思っていたところ思いの外何もしないというのも身が落ち着かず、結局町へ出て仕事を探すのだった。先日の楽しい休みも結局は市場の景気が気になって店の人間に話を聞いては何が流行で何が盛んなのか、そんなことばかりに目が向いて普段と何ら変わりなかった。
(後日、口八丁とはったりで帳場の仕事を手にしたはいいものの、藤ノ木商店と違って計算をするだけの仕事は心底つまらなかった。)
あの休みの日、丹後と町へ出かけるなり向かった先で見つけた小さな雑貨屋で偶然にも見つけた品が西洋の物だと分かるなり彼へ語り始めた私ときたら勢いのままに多弁で、恥ずかしいことに周囲を呼び込む客引きのような、喋る宣伝のようになってしまったのだ。騒ぎを駆けつけた群衆の中に、学園の同輩が居たと後から知って血の気が引いたものです。
私があそこまで語らうとは、丹後は思いもよらなかっただろう。しかし、彼曰く、「藤ノ木がもっと好きになった」と言うので、私も段々と道化面を被るのが馬鹿馬鹿しくなって、彼の前で繕うことはなくなった。それ以来私と丹後間にあった薄い壁のようなものは砂糖で出来た膜よりも脆くパキリと割れ、あの、藤ノ木さん。丹後さん。などといったもどかしい呼び方をやめにした。
そして、ここへ来て二十夜と経ったが、これほど早く打ち解けられたのは不思議でならない。側から見た私と丹後は謂わばベストフレンドのようなもので、不思議でならないのはこちらだけではないというのは明確である。
*
この学園には委員会があることをご存知だろうか。私はここへ来てからしばらくたったが、未だどこにも身を置いていない。一年あまりの在学を約束したゆえに早く決めたほうがいいと教員から催促を受けているのは、その方が楽しめるという遠回しな気遣いなのやも知れんことは承知。然し、私という人間はあまり表情が表に出ない。口では、「そうですね」と言っておいて、建前と口実ばかり達者で、怠惰。と言われても仕方がないのです。決めかねていると言えば良いでしょうか。
「丹後の助手」などと言った肩書きに少なからず誇りを持っているような気がしてならないのも、ぽっと出の私が突然どこかしらの委員会に入って更に気を遣わせてしまうのではないかといった自前の謙虚さもまた(自分で言うべきではないと思うのですが)仇となっているように思う。
そうこうしているうちに、忙しなく日々を過ごしては、ここへ来た当初の目的をふと思い出し、たられば、ありもしないこと、にしっかりと呑まれていると気付かされるのです。
『はあ……』
「どぉしたんだい藤ノ木。ため息とか幸せ逃げちゃうよー?」
『……おや、ほんとうに逃げられた方に言われるなんて』
「うっ。酷いなぁ……」
『耳にタコでしょうけど、はっきりと断ることをお勧めしますよ』
「全くだ。返す言葉もない」
『おやおや、引き際が甘いですよ不破雷蔵くん』
私は手を止めて、その人差し指を彼に指すと芝居じみた口調で言う。不破は気持ちばかり後ろへ下がった。
「な、なんだよ。まだ僕に言いたいことが?」
『もちろん。そこで貴方が返すべき言葉はひとつ、「ふん。左様ならばこちらからも言わせてもらおう」と、そう言われた私は身構え、ゴクリと唾を飲む』
この時、不破はその言葉を聞いて逆に身構えた。そしてゴクリと喉を鳴らす。
『「なんです?一体……」と私は返すでしょう。そして、貴方は言うんです「とぼけるつもりかい?そういうお前こそ、丹後に学級委員長代理を押し付けられ、逃げられたではないか!」……とね』
「……!」驚きのあまり不破、口を開ける。
私は満足し、前のめりに出ていた体を机から剥がすと、行儀よく座り直す。
『これくらい返していただかないと』
「おみそれいった……迫真の演技だね。そんなの、ちっとも思いつかなかったよ」
『それは、まあ。貴方なら言わないでしょうね。優しいですし』
「でも……言われてみれば藤ノ木も頼みを断れなかったんだろう?お互い様って……僕に気を遣ってくれたんだね」
『……そう捉えますか?ではそういうことで。ええ、同室の頼みごとを断れない「御人好し同士の誼で」……ですよ』
「自分で言うものかね」
私の捲し立てるような言い回しにも不破は笑っていた。
学級委員長なんて、聞く分には響きの良い肩書きではある。そして、その仕事の内容なんてもってのほか、表立って目立たないものばかりで、普段何をしているのか口にするのも歯痒いものばかり。(みんなの為になる仕事といえば簡単だが、言えたもんじゃない。)学年の優等生が集まってなんかしている。お茶をしている。突拍子もない行事にこき使われている。それから、ちょっとだけ自分たちに厳しい。そんな印象ばかりが一人歩きして、ありもしないことを言われるのだ。
そんな身になってみようものなら、耐えられないだろう。優等生とて、完璧ではないのだ。
「断れないよねえ」
『貴方も大概ですね』
「もういいって……」
『鉢屋さんと仲がいいんでしょう?』
「まあ、五年間おんなじ組でおんなじ部屋でおんなじ「顔」だし?」途中から笑って言う。
『楽しそうに言いますね』
「んー、楽しそうにっていうか……実際、なんだかんだ楽しかったしね。この五年間は……ほんっとうにうんざりするほど迷惑かけられることもあったけど……! でも、僕は三郎と一緒でよかったと思うよ……あっ!これ三郎には内緒にしといてよ?」
『いいでしょう』
「頼むよ」
言わない。言えないことばかりでも、人間という生き物はなんだかんだ互いを思い遣っているらしい。
見えずとも、口に出さずとも、聞かずとも、それを信頼と人は言うのでしょう。
「ところで、丹後は藤ノ木に代理を頼んでまで何処に行ったっていうんだい?」
『特に聞いていませんね』
「仲が悪いとかじゃないよね……?」
『(少し笑う)ーーいいや。ただ、私が聞かなかっただけですよ。昨夜丹後に「明日、代理を頼まれてくれませんか」と言われただけで、私は二つ返事でーー』
「そ、そんな簡単に!?」驚いて大きな声を出す。
『ちょっと』
「わるい……いや、そうか。僕なんて理由を聞くどころか言いくるめられちゃって聞く暇もないって言うか。へえそう、藤ノ木って聞かないんだね。お前も変わった奴だな」
『迷いのない悪口は言ってくれますね……』肩をさげ俯く。
「そういうわけじゃない!なあごめんって!……いやまてよ?落ち込んだフリして、お前いま笑ってるだろ」怪訝に覗き込む。
『あら、バレました?』
「ほら!まったく。調子狂うな……藤ノ木まで僕をからかうなんて、丹後にどんな悪癖を吹き込まれたんだい?それとも三郎かい?それとも……」
『それとも、尾浜勘右衛門でもありませんよ』被せるように言う。
「うーん。ほんとうかなぁ」気の抜けた声。
納得のいかない様子の不破とは裏腹に、私は自分の場所というものが見え、少し気が楽になったといっても良い。悪いなんて微塵も思っていないが、不破には悪いが、私の無駄話に付き合ってくれる点で彼には感謝している。不破がどう思っているかなんて知ったことではないが、突如現れた東の国の、素性もしれない同輩と突然二人っきりにさせられて困っちゃいないだろうかと心配こそしていたが、もしやすると……いいや、もしやしなくとも私は、『これは二人に図られた』など、そんな思考に至らなかったわけではない。
その、もしそうなのならば、私や不破を置いて尾浜すらも何処かへ行ってしまったことも、全て準備されたことなのだとしたら、私も不破も隣人の策にまんまと掛かったと言って良いだろう。
丹後が素直に代理を頼んできたのは、私が余計な詮索をしないこと、それから丹後の頼みを断らない道理と裏付けが出来ていたとしか考えられない。目の前にいる不破さえも気づいていないだろう(そもそも考えてすらいないやもせん)。振り返ってみればとても単純な話でしかないが、あまりにも成りすぎた話とも言える。
ーー何故か?
学級委員長が揃いも揃って欠席する理由なんて中々ない。尾浜がいないのは兎も角、下級生らが春の課外授業で空けていて本日の委員会が欠席なのは私も前々から知っている。上級生入りしたばかりの四年生が忙しいしているのもわかる。ここ最近、突拍子もない委員会の仕事が特別山積みというわけでもない。
なにも、なにもおかしくないのだ。
ーーいいや、だからおかしいのだ。
何故このようなことをしたがるのか、私にはとてもじゃないが不思議だった。
私と不破は接点こそないが、わざわざこのような場を設けるほどの必要はない。そんなことしなくとも私は彼に話しかけに行くだろう。だから不思議なのだ。
漠然とした推論をいくら推しはかろうと答えがここで出るわけではない。考えれば考えるほど面倒の思うのも、私がこういった内ではなく、外にある思惑にとてもじゃないが、慣れていないというのもあるわけで、これまで人との関わりをなるべく絶って暮らしてきた弊害が絶妙に味を出していると言ってもいい。
つまり、もどかしいのだ。
そんな私と違って目の前の男は楽観的というか、阿呆というか。もちろん、良い意味である。だからこそ良いのである。
「勘右衛門おそいなぁ。何処まで茶を淹れに行ったんだ?」
『なるほど……』
「………?」不破、首を傾げる。
『いやあ。多分、そのうち帰ってきますよ』
「ま。確かにそうだな」
私たちは他愛もなく会話を続けた。それはここでしか聞けない話と、互いの知らないことを話し合う何でもない時間だった。なんとも穏やかで、静かな。
不破雷蔵という男は、今日という日にぴったりな話し相手で、不思議なほど居心地が良く、いまこの瞬間、私は何者でもないような気がした。つまり、彼と話せて楽しかったのだ。無駄に緊張する必要もない。何かを気にして迷う必要のない詰まりのない会話。
まるで、普通の生活をしているようだった。
春風の通り道。少し開けた部室の戸の先の、廊下から伸びる夕暮れの日差しは振り向いた私の顔に暖かな温もりを与える。
春の香りとはひだまりである。ふわふわとした綿毛のようなものが、私の皮膚の不均等に生える毛というものを逆撫でしていく。春の香りは嗅ぐものではない。その肌で感じるものだった。風の足音は微かに聞こえる木の葉の擦れる音である。風は、通りすがり私へ贈り物を落として行く。ほんのり色づいた小さな花びら。
春が終わりを告げようとしている。
「風が心地良いのかい?」
『ええ、春は短い命ですから』
「詩的だね。言いたいことはわかるよ」
私たちは黙って、ただ帰らぬ隣人を待ちぼうけていた。そっと目を閉じて、ただ今この瞬間を確かに感じていた。
このことについて、これ以上私から綴ることはない。