エッチな目で見るな!!女神を!! 作:GNTNTN
ここはゲイムギョウ界。四女神がそれぞれの国を守護し……なんてことはこの世界にとっては常識。
ここはラステイションの教会、その中にあるノワールの執務室。生真面目と評される彼女のデスク周りには書類が大量に積まれている。
補佐官として働いているデュランも同じような状況の中、山積みの仕事に勤しむ。
「悪いノワール。俺はお前に謝らなきゃいけないことがある」
そんなことはどうでも良く、それよりか国に居られなくなるかもしれないレベルの秘密を明かそうとしていた。
「何よ? 書類の記入でも間違った? 面倒だけどいいわよ。最悪もう一度紙にしてもらうだけだから」
「いや、そうじゃないんだが……」
「……じゃあなによ」
きっと緊張した表情をしているのだろう。なにせ、今の今まで気付かなかったフリをしていた事実だ。言い出すのにも勇気がいる。
「すー……」
気持ちを落ち着かせるために、ゆっくりと息を吸って吐き、真っ直ぐにノワールの目を見る。
そんな真剣な様子と、いつか来るかもしれないと、心の何処かで構えていたイベントの予感に彼女は恥ずかしそうに頬を朱に染めるが、こちらの内心はそれどころではなく、今にも爆発しそうだった。
「ノワール。俺は……」
「……っ」
「……お前の身体にしか興味ないかもしれない」
「……は?」
選択肢を間違えたかもしれない。
これが運命に出会う夜であったのなら、間違いなく首が跳ねていただろう。
先程まで熱を帯びていたノワールの顔から表情が消えていく。慈悲深い女神とは到底思えないその顔に、戦慄を隠せない。
今はとにかくやるべきことは一つ。
「殺すわよ」
――生存のための逃走だ。
そして、時は流れる。
ゲイムギョウ界の在り方も変わっていく。
対立ではなく、共存を。統一ではなく、多様性を。
そんな時代がやってきたのだった。
「え、そんなことが理由で長年付き合いのある先輩のとこから逃げてこっちに来たの?」
「元々『ラステイションの守護女神』の補佐官だからな。まぁ、これも職業選択の自由ってやつだ」
「それはちょっと違うと思うけど……というか、私の仕事ってほぼラスラに任せてるから、あんまり頼ることもないし」
ラステイションにも新しい女神が生まれ、世代が変わっていった。
名はシエル。ブルーハート。一人で超高性能AI『ラスラ』を開発した彼女はラステイションの生産性はそのまま、国民の平均労働時間を約半分にした功績もあり、あっという間に国民に認められていった。
尤も、女神としての身分を隠してラステイションの広報担当として活動しているため、その功績と『シエル』本人が結び付けられているわけではない。
「そんなことがあったわけなんだけど、どう思うよシエル。酷いと思わないか?」
「先輩も可哀想に……そしてこんなのを拾った私も可哀想」
「長年の悩みをようやく打ち明けたというのにな……」
「それがセクハラだったらドン引きどころか殺してるけどね」
広報活動のアシスタントとしても重宝しているし、ラスラにはない人間ならではの視点で支えてくれている。口には出さないが、シエルもそれなりに感謝していた。
「まぁ、デュランがセクハラ最低男でも、ラスラが指名したからには信用はしてるけど……あ、今日ノワール先輩がこっち来る予定だったわ」
「お前さぁ!」
「仕事でしょ」
明らかに意図して隠していたであろうスケジュールを告げたシエルに文句の一つも言いたくなるが、仕事と言われてしまえば、それまでの話だった。
「向こうだってそれくらいの分別ついてるでしょ。差し出せって言われたら容赦なく差し出すけど」
「クッソ! ユニもユニだよ! この間飯行った時に教えてくれりゃ良いものを!」
「あんた……よくもまぁセクハラした相手の妹と交流持ち続けられるわね」
ノワールの妹にして女神候補生のユニとの交流はまだ続いていることにシエルが呆れる。
そして、先程の話が話だけに、嫌な想像が脳裏を過る。
「そっちも身体目当てじゃないわよね?」
「んなわけあるか!」
広報活動用という体の事務所の窓から逃げ出そうと窓枠に足をかけるとドアをノックする音が響く。
「来たみたいよ」
「さよなら今世、よろしく来世」
「何言ってんのよ」
辞世の句を読み上げるデュランを窓から引き剥がしたシエルがドアを開いて来訪者を迎える。
「忙しいのに、悪いわね」
「いえいえ、ノワール先輩こそ、わざわざありがとうございます」
「良いのよ。これくらい」
自分用のデスクで何かを確認している振りをしているデュランは気が気ではない。
何せ一度面と向かって本気の殺意を向けられた元上司だ。気まずいとかいうレベルではない。
「アレ、ちゃんと役に立ってる?」
ノワールが来客用のテーブルからデュランを一瞥してシエルに向き直る。
表向きには代替わりした守護女神の補佐官として、そのままシエルの元にスライドしただけなのだが、先程の事情を踏まえると、思うことがないわけではないのだろう。
「助かってますよ。私の活動にも理解して協力してくれてますし」
「まぁ、伊達に私の時代からずっと補佐官をやってないわね……それで、シエル。最近どうなの?」
「どう、とは?」
ノワールの質問の意図がわからず、シエルは思わず聞き返してしまう。
「仕事、大変じゃない?」
「ああ。それなら特には。ラスラがほとんど処理してくれてますから」
シエルが端末を操作すると、今日までに処理された案件が一覧として表示される。
「行政処理の大部分はラスラに任せています。最終的な承認が必要なものだけ私に回すようにしてますから、以前より効率はかなり良くなってますよ」
「そうみたいね。労働時間もかなり減ったって聞いたわ」
ノワールが事務所に来る最中、仕事を終えて家族や友人と過ごす人々の姿を何度も見かけた。
まだ日も暮れていない時間に、だ。
自分が守護女神だった頃には、そう多く見られる光景ではなかった。
「はい。生産性もほとんど落としてません」
「それは本当に凄いと思う」
ノワールは素直に感心しているようだった。
シエルにとっても、それは自信を持って言える成果の一つだ。
「ただ……」
「ただ?」
「そんなに何でもラスラに任せて大丈夫なの?」
シエルの指が止まる。
単純に先輩として後輩を気に掛けているだけの言葉なのに、シエルには別の意味を持っているように思えた。
「もちろん、ラスラが優秀なのは分かってるわよ。あなたが作ったんだもの。それに実績も出てる」
「……はい」
「国をどうしていくのか。それを決めるのはあなたなのよ」
何気ない一言だった。
ノワールはただ、守護女神として当然のことを口にしただけなのだろう。
それなのにシエルの心にズシリと重く響く。
「……そうですね」
「余計なお世話だったわね」
「いえ。ありがとうございます」
そこで話は終わりノワールは事務所を出た。
ノワールにとっては、本当にそれだけの話だった。
「お疲れさん」
ノワールが帰ってから十分以上も固まっているシエルを見かねたデュランが備え付けの冷蔵庫からエナジードリンクを出して、彼女の目の前に置く。
「……いらない」
「じゃ、閉まっとくわ」
「そうじゃなくて、私、いらないのかなって」
ようやく口を開いたシエルが弱々しく吐き捨てる。
「守護女神がいらない訳ないだろ」
「でも、ノワール先輩は私のこと、認めてくれてないみたいだし」
「ありゃあ、アイツはアレで結構口下手なところあるからな……ユニが生まれてすぐの頃もちょっと大変だったんだぞ」
今のシエルには、他愛のない話でさえノワールとの比較材料に聞こえてしまう。
デュランはノワールが守護女神だった頃から、ずっと彼女を支えてきた。
ならばデュランにとっても、自分よりノワールの方がよほど「守護女神らしい」のではないか。
そう思うと、自然と目尻に涙が溜まった。
「う、うう……」
「シエル?」
「うわあああん!! やっぱり私なんか! 私なんかー!」
「シエルさーん?」
急に大泣きしてしまったシエルにデュランは困惑する。
そんなに自分が何か地雷を踏んでしまったのか、もしくはノワールのことが苦手だったのだろうか。
考えを巡らせる。
「ノワール先輩みたいな身体じゃないって思ってるし、広報しかやってないように見える私のことなんて、デュランも認めてくれないんだあああ!!」
「ホントにどしたん? 話聞こか? そら先輩が悪いわ。てか、みんつぶやってる?」
特に後者に関しては、そんな風に思ったことなど一度たりともない。
前者に関しては言及を控えるが、シエルの頑張りを一番近くで見てきたデュランが、彼女を認めていないわけがない。
「やっぱりエッチじゃないから挿れてくれないんだあああ! うわあああん!!」
「それに何言っても詰みじゃねぇか!」
とりあえずハンカチとティッシュをシエルに渡して、涙を拭かせて鼻をかませる。
しばらくすると泣き止んだシエルにデュランはほっとした。
「……私なんてどうせラスラさえあればいらないお荷物ですしおすし」
「誰もそんなこと言ってないって! 誰も置き去りにしない国にするんだろ! だったら、シエルがシエルを置き去りにしたらダメだって!」
デュランはシエルの掲げている目標は心の底から応援している。
それこそ、どんな状況になったってシエルだけは置き去りにさせないために補佐官をやっている。
「私が……私を」
「そうだろ。だから、お前がそうするって言うなら、俺がお前を置き去りになんかしない」
ブルーハートとして国民の前に姿を現すことも少なく、これまではラスラが集めたデータを通して国民の声を聞いてきた。
けれど、今は目の前に居るデュランのその言葉がシエルの心を軽くする。
「……ありがと」
「そりゃどうも。これが仕事なもんで」
立ち直ってくれたこともだが、一部の台詞は都合良く抜け落ちているらしく助かった。
「お腹空いてきちゃった。なんかご飯奢ってよ」
「いや、なんで俺が」
「ユニ先輩とはこの前ご飯行ったんでしょ?」
パワハラだと口に出そうになってしまったが、デュランはキツく言葉を飲み込んだ。
「あ、ルーちゃんも誘って行こうよ。最近美味しいハンバーガーショップに行こうって話してたんだよね」
「こんな昼過ぎに出てくると思うか? 絶対今日は休みだって言って引きこもってるだろ」
余計な支払いを増やしたくないということもあるが、ルーちゃんことルージュは、この時間なら外に出てこないだろうという確信があった。