エッチな目で見るな!!女神を!! 作:GNTNTN
「ラスラ。モーニングルーティン」
シエルは仕事を始める前、エナジードリンクの缶を呷りながら今日のタスクを確認する。
ラスラによって、国民の幸福度推移や対応すべき陳情、優先度の高いタスクがモニターに表示される。
(……今日はこれといって特にないわね)
特筆すべきタスクはなく、広報担当として動画編集だけをしていても問題なく国は回るだろう。
ただ、どうしてもモンスターの出現やイレギュラーの発生による緊急対応の可能性もある以上、気は抜けない。
「悪い。遅れた」
デュランが一言詫びながら事務所にやってきたが、普段より遅れて来ただけで、遅刻しているわけではない。
「珍しいじゃない。何かトラブルでもあった?」
「近所でモンスターが湧いてたから潰しておいた」
「はぁ? なんで私に言わないのよ?」
何食わぬ顔で、本来自分にも報告があっていい案件を済ませていたことを詰める。
付近で発生していたモンスター討伐の依頼が見当たらないと思ったら、ラスラがデュランに回していたらしい。
「なんでって。流通網直撃しそうだったし、たまたま近くにいたからラスラに回されただけだけど?」
「なおのことよ!」
デュランなら、ある程度のモンスターは一人でも対処できる。それはシエルもわかっている。
仕事として問題があったわけではない。それでも何も知らされないまま全部終わっていたことが妙に引っ掛かった。
せめて一言あれば、自分も出向いたというのに。
「わざわざお前を呼ぶほどじゃなかったんだよ。俺で対処できる程度だったし」
「でも、私は守護女神なんだけど?」
「だからだよ。お前じゃなきゃ処理できない案件もある。俺で済むなら、俺がやればいいだろ」
正論だった。
むしろ普段の自分なら、同じ判断をしていたかもしれない。
それなのに、何故か納得できない。
『現場到達予測時間、デュラン二分四十秒。シエル十三分――』
ラスラが算出していた当時の現着予測を見ても、デュランに任せるのが合理的だった。
データとして提示されてしまえば、シエルも何も言い返せない。
そのまま定常業務が始まり、それぞれ黙々と手持ちのタスクを処理していく。
しばらく作業を続けていたシエルだったが、先程のやり取りがどうにも頭から離れなかった。
「あのさ」
声を掛けたものの、いざ聞こうとすると妙に言いづらい。
シエルはモニターから目を逸らさないまま、少しだけ間を置いた。
「私が守護女神じゃなかったら、何してたと思う?」
「レッドハートの追っかけ」
「即答!?」
予想もしていなかった斜め上の回答につい声が大きくなってしまう。
「アクスタとか缶バッジ集めて痛バ作ってそうじゃん」
「……まぁ、ルーちゃんがちゃんと活動してるならやると思うけど」
「だろ?」
今手持ちのタスクが一段落したデュランは休憩がてら話に乗ることにした。
先代の時にも似たような雑談はあったが、女神ではないシエルは想像しやすい方ではある。
「あとライブ終わったら感想を語る配信を長々とやる」
「それは……するかもしれない」
広報活動の中で動画投稿や配信なんかもやっている以上、似たようなことはやっていそうである。
「翌日になって冷静になってちょっと恥ずかしくて、アーカイブを消すかどうか悩んでそうでもあるな」
勢いに任せたオタク語りなど、後から見返せば大抵そんなものである。
笑い話にできるか、黒歴史として封印するかは本人次第だ。
ちなみにノワールは後者だった。
「……なんでそこまで具体的なのよ」
「お前ならやりそうだから」
「女神じゃない私を何だと思ってるのよ!?」
シエルがデスクをペシペシと叩く。
ここまでほぼ普段のシエルを切り出しているだけで、聞きたいことの本質はそうではない。
「普通の女の子だが?」
「……普通?」
シエルは怪訝そうに眉間へ皺を寄せる。
まだデュランとの付き合いは浅く、彼のことは知らない部分も多い。それなのに、自分ばかり見透かされているようなのは気に食わない。
「ライブ行ったり、好きなもん集めたり、配信したり。普通だろ」
「…………」
「なんだよ」
「いや、別に」
ただ、物凄く嫌というわけでもない。
変な感じはするが。
「そうじゃなくて! 仕事の話よ!」
「エンジニアやってんじゃない? 文句言いながら仕事の効率化しまくってそう」
「文句言いながらって何よ」
文句は言いつつも、周囲に非効率なものがあれば、合理性という正しさを盾に効率化を推し進めるであろうことは、今のラステイションが証明している。
「だってお前、意味のない定例会議とか絶対嫌いだろ」
「……嫌いね」
わざわざ時間を確保して、後から振り返りが面倒な録音ログを残すくらいなら、テキストチャットで充分だと思っていることは間違いない。
勿論、中には直接会話をしなければいけないものもあると理解はしている。
「手作業で何時間も掛けてる仕事見つけたら?」
「自動化する」
「ほら」
勝ち誇ったように言って、デュランはコーヒーメーカーからブラックコーヒーを注いで一口飲む。
「……そういうあんたも、苦手なのにずっとブラックで飲んでるわね。普通に砂糖とミルク入れたら?」
「これはこれでいいんだよ」
「美味しいと思ってる?」
「…………」
ブラックコーヒーが好みというわけではない。
長年ブラックハートの補佐官をやっていたせいか、何となく『ブラック』という響きに親しみを感じるようになってしまっただけである。
ついでに、苦いコーヒーを平然と飲んでいる方が仕事のできる男っぽく見える気もする。
我ながら実にくだらない理由だった。
「ほら」
「うっせ」
「人のことは散々言うくせに」
「俺の話はいいんだよ」
図星を突かれたデュランが顔を逸らし、懲りずにもう一口コーヒーを飲む。
案の定、ほんの僅かに眉間へ皺が寄った。
(やっぱり、苦いんじゃない)
自分ばかり見透かされているようで気に食わなかったが、どうやら一方的というわけでもなかったらしい。
「……でも」
「ん?」
「それ、今の私とほとんど変わらなくない?」
デュランは何を今さらとでも言いたげに首を傾げる。
本人にとっては考えるまでもないことらしい。
「そりゃそうだろ。女神だろうがなんだろうが、お前はお前だろ」
「……そういうもの?」
「逆に何が変わるんだよ」
随分と簡単に言ってくれる。
生まれてから守護女神として生きてきたシエルにとって、そんなにスパッと割り切れるものではない。
国の行く末を決める立場にいて、ラスラを開発し、広報担当として国民の前にも立っている。
もし守護女神でなかったなら、今とは全く違う生活を送っているものだと思っていた。
けれど、デュランが想像した自分は、住んでいる場所や仕事の規模が違うだけで、やっていることは今とほとんど変わらない。
「……なんか納得いかない」
「なんでだよ」
「わかんないから納得いかないのよ」
「んな無茶苦茶な」
呆れたように言われるが、不思議と腹は立たなかった。
守護女神ではなくなっても自分は自分。
そんな当たり前のようなことを言われただけなのに、朝から胸の奥に引っ掛かっていたものが少しだけ軽くなった気がする。
『至急。確認を要する案件があります』
「ん?」
考え込む暇もなく、ラスラの声と共にモニターへ新たな情報が表示される。
今朝モンスターが出現したことで一時的に迂回措置が取られていた流通網は既に復旧していた。
しかし、その間にいくつかの集積所で荷物が滞留しており、通常通りに戻すには配送順を組み直す必要があるらしい。
『輸送効率を基準に二案を算出しました』
「見せて」
モニターに二つの配送計画が並ぶ。
第一案は全ての配送を最短時間で完了できるものの、一部地域への生活必需品の到着が後回しになる。
第二案はそれらを優先する代わりに、全体の完了時刻が若干遅れる計画だった。
「第二案で」
『第一案と比較して、全配送完了予測時刻が二十七分遅延します』
「今日中には全部終わるんでしょ?」
『はい』
「なら誤差よ。必要なものから先に回して」
シエルが承認すると、ラスラが即座に配送計画を組み替えていく。
その横でデュランも端末を開き、関係部署へ変更された予定が届いているか確認していた。
「珍しいな。いつもなら前者を選びそうなのに」
「ちょっと、気が変わっただけよ」
シエルは露骨に顔をしかめる。
とはいえ、効率を捨てたつもりはない。全体の遅れが二十七分で済むと確認した上で、それなら生活必需品を優先しても構わないと判断しただけだ。
結局のところ、効率を見て、許容できる範囲を決めて、その中で最善を選ぶ。
やっていること自体はいつもの自分と大して変わらない。
デュランの言う通り、守護女神でなくとも自分はこんな風に物事を決めているのかもしれない。
それが本当に正しいのかは、実際にそうなってみなければわからない。
それでも、少なくともデュランの中ではそうなのだろう。
ラスラによって配送計画の変更が各所へ送信され、しばらくして全ての確認が終わる。
「……ねえ」
「今度は何?」
端末を閉じようとしていたデュランが顔を上げる。
「朝のモンスターの件なんだけど」
「まだ言うか」
「別に、私も行くべきだったって言いたいわけじゃないわよ」
現場まで十三分掛かる自分を待つより、二分四十秒で到着できるデュランに任せる方が合理的だった。
その判断自体に文句をつけるつもりはもうない。
「でも、次からは一言くらい私にも連絡して」
「なんで?」
そう聞かれて、シエルの口が一瞬止まる。
ラスラが適切に処理しているのなら、守護女神である自分が逐一知っておく必要はない。
デュラン一人で処理できる程度の案件なら、なおさらだ。
それでも、何も知らないところで戦闘まで済ませて、全てが終わってから知らされるというのは何となく嫌だった。
「……補佐官がどこで何してるかくらい把握しておきたいの。別の案件を振ろうとして、実はモンスターと戦ってましたなんてなったら困るでしょ」
「ああ、そういうこと」
「そういうことよ」
我ながら尤もらしい理由だった。
少なくとも間違ったことは言っていない。
「了解。次から連絡入れる」
「最初からそうしなさいよ」
「ラスラが全部把握してるからいいかと思ってた」
「ラスラが知ってるのと、私が知ってるのは別でしょ」
「はいはい」
軽い返事ではあるものの、デュランなら次からは本当に連絡を入れるだろう。
それでいい。
シエルは再びモニターへ向き直り、中断していた動画編集を再開する。
守護女神だから知っておかなければならない。
補佐官の仕事を把握しておかなければならない。
理由なんてそれで充分だ。
少なくとも今は、そういうことにしておいた。