エッチな目で見るな!!女神を!! 作:GNTNTN
(終わったぁ……)
デュランはリーンボックスで行われた各国合同の実務協議を終え、予約していたホテルに向かう最中だった。
(明日も案件の処理あるし、今日は休もう)
明日の午前の便で帰る予定なので、観光する気もない。今は一刻も早くホテルのベッドで休みたかった。
「見つけましたわ!」
「ふふっ、まるで生け簀に放たれた魚のようですわ」
「お姉様。それは普通ですわ!」
聞き覚えのある双子の声が聞こえたが、デュランは聞こえなかった振りをして、足を止めずにホテルへ向かう。
「デュラン! 聞こえてますわね!?」
「……」
「歩く速度が上がりましたわ!」
「聞こえてますわね!」
名前を呼ばれてしまった。
しかし、顔は見られていない。まだ人違いで通せることを信じて歩みを速める。
が、すぐに追い付かれて両肩を掴まれる。
「無視しましたわね」
「無視してましたわ!」
「はぁ……何の用で?」
諦めて後ろを振り向くと双子がいた。
リーンボックスの現守護女神エクリプスハートは、二人で変身する珍しい女神。その二人こそ、双子のアンナとロットだった。
「いえ、ただちょっと声を掛けてみただけですわ」
「ええ、ノワール様と揉めたからリーンボックスに逃げてきたとは聞いていませんわ」
「聞いてんじゃねぇか!」
誰から聞いたかは聞かずともわかる。
ベールはようやくできた妹分をでろっでろに甘やかしていて、ついうっかり漏れたのだろう。
しかし、肝心なところさえ隠されているなら問題ない。
「何故、リーンボックスに亡命したのにまたラステイションの補佐官に戻ったんですの?」
「言い方ァ!」
ロットの言葉選びに冷や汗をかく。
大筋だけ見ればノワールから逃げてリーンボックスへ転がり込んだのは事実だが、往来で口にされるととんでもなく角が立つ。
「とにかく、俺はホテル戻るから……」
「お待ちなさい」
いい加減に帰って休みたいのだが、双子にインターセプトされてしまい、まだ帰れないらしい。
「せっかくお会いしたのですから、少しくらいお付き合いくださってもよろしくってよ?」
「俺は今日一日仕事してたんだけど?」
「でしたら、もう仕事は終わっていますわね!」
これはある程度付き合わないと、解放されないだろうと確信した。
他国の補佐官を暇潰しの種にするというのは外交的に如何なものかとも思うが、前世代の時からこういうことは結構あった。
諦めは早い方がいい。
「あー、もう、わかったわかった」
諸手を上げて降参の意を示す。
こういう時は相手をして満足してもらった方が結果的に楽になるものだ。
「良い心がけですわ。では、参りましょう」
それからアンナとロットにお気に入りの店を次々と押し売りされ、食べ歩きに付き合わされた。
海が近いリーンボックスだからか、脂っこい肉より海鮮が多いことが救いだった。
「……もうしばらく海鮮はいらんな」
「まだ半分も紹介してませんわよ?」
「勘弁してくれ……」
ロットの無邪気な発言にデュランはげっそりしながらパンパンになった腹を撫でる。
「先ほどの話の続きですが、どうしてラステイションの補佐官に戻ったのです?」
「いや、普通に現場復帰しただけだが?」
「ノワール様の方には行かずに、ですの?」
アンナが先ほど中断していた話を蒸し返す。
アンナとロットがデュランに向ける視線が恋バナを見つけた少女のそれだったが、残念ながらそういう話にはならない。
厳密には、それが恋バナなのか本人にもよくわかっていない。
確かにノワールの補佐官に就いていた時は、それなりにラブコメ的な展開がなかったわけではない。
ただ、自分なりに気持ちを整理してみたところで、それが恋愛感情なのかはいまだによくわからない。
結局、はっきり断言できたのはノワールの身体が好みだということくらいだった。
「あの時は……そうだな。命が危なかったから逃げただけで、仕事を辞めた訳じゃないし、それに新しい守護女神が誕生したなら近くに誰か居てやんなきゃいけないしな」
女神は一般人とは違い、生まれた時からある程度成長した姿と精神を持っている。
それでも、何もかも一人でできるわけではない。
女神候補生たちを見てきた経験もあるし、何より先代が筋金入りの面倒臭いツンデレぼっちだった。
信頼できる誰かが近くにいるに越したことはない。
それが補佐官に求められる役割なら、デュランに躊躇する理由もなかった。
「ですが、それはデュランでなければいけないことなのですの?」
「ん?」
ロットの問いに首を傾げる。
「新しい守護女神の傍に誰か必要というのはわかりますわ。でも、それがデュランである必要はないのでは?」
「まあ、別に俺じゃなきゃダメってわけじゃないな」
そこは否定する理由もない。
ラステイションにデュランしか人間がいないわけでもなければ、補佐官を務められる人材が他に一人もいないわけでもない。
「でしたら、何故戻ったんですの?」
「いや、だから仕事辞めてなかったからだって」
「でも、別のお仕事をする選択肢もありましたわよね?」
「…………」
アンナが思い出したように微笑む。妙に具体的な言い方にデュランは嫌な予感を覚える。
「ベール様からお聞きしましたわ」
「やっぱりかよ」
「ベール様が秘書にならないかと誘ったそうですわね」
「そこまで喋ってんの!?」
思わず頭を抱える。
ベールが妹分を可愛がっていることは知っていたが、どうやら想像以上に色々と筒抜けらしい。
「しかも、少し迷ったとか」
「……まあ」
「迷ったんですの!?」
「条件が悪くなかったからな」
嘘は言っていない。
会社の秘書として提示された待遇は悪くなかったし、ベールとは以前から仕事上の付き合いがある。
全く知らない相手の下で働くわけでもないのだから、選択肢として検討する程度なら何もおかしくはない。
他にも多少、視線の置き場に困るほど立派なものが目の前にあった気もするが、それについては黙っておく。
「では、リーンボックスに残っていた可能性もあったということですわね」
「なくはなかったな」
「それなのにラステイションへ?」
「そうなるな」
ロットの疑問に答えると、アンナとロットが揃って顔を見合わせる。
「ますますわからなくなりましたわ」
アンナが頬に手を添える。
「何が?」
「デュランはラステイションでなければならなかったわけではなく、こちらで働くこともできた」
「そうだな」
「ノワール様のところへ戻ったわけでもない」
「新しい守護女神に代替わりしたからな」
「では、どうしてラステイションへ戻ったんですの?」
改めて聞かれて、デュランは口を閉じる。
自分には補佐官としての経験があるし、各部署との繋がりも残っている。
前世代の事情を知っている人間が近くにいれば、新しい守護女神にとっても多少は楽になる。
理由ならいくらでも出てくる。
ただ、それはラステイションへ戻った後に自分がすることの理由であって、何故そちらを選んだのかと言われると――
「…………なんとなく?」
「なんとなく!?」
ロットの声が往来に響いた。通行人の何人かは彼女に視線を向けた後「あぁ、女神様か」みたいな表情をして視線を外す。
「いや、そんな驚く?」
「驚きますわ! ここまで色々聞いた末の結論がなんとなくですの!?」
「戻れる状況になったから戻っただけだしなぁ」
デュランとしては、それ以上でもそれ以下でもない。
仕事を辞めたわけではないのだから、事情が落ち着けば復帰する。
そこに新しい守護女神がいるなら、今度はその補佐をする。
自分にできることがあるならやる。
「しかし、それではラステイションに戻ったこと自体には、それほど強い理由はないということですの?」
「まあな。別に何が何でも戻らなきゃって思ってたわけじゃないし」
「随分と適当ですわね」
「そんなもんじゃないか?」
少なくともデュランはそうやって生きてきた。
冒険者をしていた時も、教会で働き始めた時も、補佐官になった時も、その時にやることをやっていただけだ。
アンナとロットはまだ何か言いたそうだったが、やがて二人揃って納得したような、していないような顔で頷いた。
「では、疑問も解けたところで次へ参りましょう!」
「まだ行くの?」
「当然ですわ!」
「もう腹いっぱいなんだけど」
「次は甘いものですから問題ありませんわ!」
「勘弁してくれ……」
海鮮とは別腹だと言わんばかりに歩き始める双子の背中を見て、デュランは深々と溜息を吐く。
ホテルのベッドがひどく遠かった。