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シャーマ星系第3惑星、ボルカン。2040年に自治政府になり、地球を思わせる緑と人々が活気付く豊かな惑星である。
今回の仕事は地球から、ここボルカンまでの探索と安全なルート確保の為である。勿論安全なルートは今までもあったが数が多いにこした事はなく、磁気嵐やデブリの漂流などで迂回した輸送船が狙われたといった報告も多々ある。それでなくとも襲われる事を危惧しウィル達の様な生業の者に警護を頼むのも珍しくない。結果、輸送費がかさみ単価が上がる。どちらの惑星にも旨みが無くなってしまう。純粋な経済発展としての活動とテロ組織の活動抑制、利害は一致しているがウィル達の会社にとっては客が減り少しの不利益でもある。しかし、雇った傭兵団が実はテロ組織だったという話もある中、声高々に主張できない一面もあった。
「さて、後は帰るだけだ。出張先の楽しみは格別だよな。火星で何かやろうもんなら、すぐに噂になっちまう」
「んん、まだどこか行くのか」
夕食を済ませホテルまでの道中でフラックは実に楽しそうだった。
「決まってるだろう。これも戦士の休息ってヤツだよ。子供は早くホテルに帰りな」
「すまんな。ウィルには刺激が強い」
ウィルはもう二十歳を超えているが、彼等からすればまだ入社した頃の十六歳のウィルなのだろう。
「ああ、わかったよ。楽しんでこい」
道中、別れはしたがウィルも直接ホテルに帰る事はしなかった。ふらふらと歩き、何度か路地裏を曲がり巡って淡い光を放つバーを見付ける。中からはピアノの音が流れる。
扉を開けると心地よい音色と甘い酒と煙草の匂いがする。まるで自宅に帰った様な気さえ起る空間でウィルはカウンターに座る。
「何か飲むかい」
ウィルと同世代だろうか、どこか育ちの良さそうな店員はピアノを演奏する女性を眺めたままのウィルに尋ねた。
「ジントニック」
店員はかしこまりましたと言わんばかりに軽く頭を下げ、ウィルは女性を眺めたままである。
落ち着いた曲調のピアノと確かに力強い歌声はこの雰囲気にとても合って溶け込んでいた。
「彼女のファンなのか」
ジントニックを差し出した店員はそう馴れ馴れしく尋ねる。
「いいや。けどいい歌だ」
ウィルの視線に気付いたのだろうか、彼女が一瞬ウィルを見た。ウィルは何の素振りも出さずに見つめ続ける。彼女が少し微笑むと演奏が終わる。拍手に包まれながら彼女はウィルの方へ歩み寄る。
「なあ、あれ使ってもいいのか」
ピアノを指さし店員に尋ねると少し困った様な表情であったが、お好きにどうぞといった素振りを見せた。ウィルがジントニックを一口で飲み干し席を立つと女性とすれ違う。ウィルはすれ違った時に呟く。
「何をそんなに迷ってんだ」
そう言ってピアノに向かった。
ピアノに座ったウィルに少し、ほんの少しだけ店内がざわつく。客の誰もこの上質の雰囲気を壊されたくない。しかし、薄汚れたツナギ姿の青年がピアノの前に座りそれを壊す、客の誰もがそう思った。
ポロンッ
恰好に似つかわしくない丁寧で儚げな音が響く。ウィルの歌声もどこか悲しいものだ。淡々と流れる曲に客の誰もがいつの間にか目を伏せ会話は止まり、中にはじっと手に持つグラスを見つめる者もいる。ウィルが座っていた席の隣で先ほどの女性はウィルを見つめた。ウィルと同じ様に。
ウィルは深く空気を吸う。
ダアンッ
とたんに、曲調に光が入った。ウィルの声にも力強さが宿り、次第に曲にテンポと活気が出てくる。ウィル自身も鍵盤を見つめていた視線が天井の照明に移り笑顔で客1人1人を見る。老夫婦に仲の良さそうな若い青年の集団、数組のカップルのその顔を。春を思わせる様な曲にいつしか客達の顔もほころび、同時にウィルの心も踊る。
弾き終わると拍手が飛んだ。お礼のつもりなのだろうか、ピアノをすぅと一撫でしたウィルは立ち上がり深々と頭を下げ、元の自分が座っていた席に戻る。
「すごいな。正直、何しでかすかと冷や冷やしたよ」
店員は彩の良い真っ赤なカクテルを差出し爽やかに笑う。
「お礼って事じゃないが、出演料、俺のおごりだ」
しかし、そんな店員に視線も送らずに、椅子に座ったウィルは女性を見る。目にずっと、収めている。
「すごいわね。いつもこんな事を」
「いや、たまたまだ」
「歌手なの」
「そんな風に見えるか」
どう取り繕っても、きらびやかな職業の者には見えないウィルの恰好を再確認した様に女性は笑う。
「可笑しな子ね。なんであんな事、私に言ったの」
「そう見えて、そう感じて、そう聴いたから」
「ほんとに可笑しな子。でもね、半分当たりよ」
「半分、」
「君はまだ若いもの。迷う事が悪い事だと思ってるのよ」
少し考えたウィルはおもむろに女性の心臓の上に手を当てる。ドレスの上からではあるが、女性の胸の上である。店員が少し慌てる。しかし、それに狼狽えず拒否するわけでもなく女性はそれをただただ受け止める。
「貴方のここは迷う事無く動いている。なのに貴方は何に迷う事があるんだ。、、、昔そう言われたんだ」
女性はしっかりとウィルを見定め、同じ様にウィルの胸に手を置く。ゆっくりと、そして視線も逸らさず。
「貴方の鼓動は迷った事なんて無かったのかしら」
そう言われウィルは自分の鼓動が少し早くなるのを感じた。何がそうさせたのかも分からず、ただそれを感じ取る。
何の反応も見せないウィルに女性は胸に手を置いたまま、唇をウィルの耳元に近付けた。女性の髪からは甘い香水の香りが漂う。
「どこかに泊まってるのでしょう。貴方の話、もっと聞きたいわ」
ウィルはそのまま立ち上がり開いていた手をぐっと握りしめる。そして笑顔を女性に向けた後、出演料であったカクテルを一気に飲み干す。
「すまん、先約ができた。話はまた今度でもいいか」
そう言って空いたグラスを店員に差し出す様に置く。
「美味かった。ありがとう」
扉ごと飛び出す勢いで店を出たウィルの背中を女性と店員は眺める。
「、、ほんと若いわね」
「何か飲まれますか」
取り繕う様に店員が尋ねる。
「さっきの子と同じ物を」
ホテルに戻ったウィルは譜面にどんどん書き入れていた。何枚も何枚も。
「なんだウィル。こんな所に来てもそれなのかよ。もっと子供は遊べよな」
明らかに泥酔しきった様子のフラックをルカンが担いで帰ってきた。
「お前は遊び過ぎだ」
ルカンはフラックをベッドに投げ飛ばすと冷蔵庫を漁る。
「いいじゃねぇか。ウィル。俺がお前位の頃はよく女遊びしてたもんだ。なのにお前ときたら仕事仕事仕事に譜面とにらめっこだっ」
「よく女遊びしてたヤツが今日の様な醜態か。勘弁してくれ」
水を手に取ったルカンがそれをフラックに投げつける。どうやらフラックの言う女遊びは散々な結果だったようだ。フラックが騒ぎ続けても、ウィルは憑り付かれた様に譜面に書き続けている。
「何かいい事でもあったのか」
散々喚き散らしたフラックが寝てしまった頃、ルカンがウィルに尋ねた。
「そうだな、いい事だ。たぶん、いい事だと思う」
煮え切らない返事であったが、嬉々として譜面に音符を書いているウィルの表情に「そうか」とルカンも微笑んだ。そんなウィルを眺めていたルカンにウィルが出し抜けに聞く。
「何かが変わるって事はいい事だよな」
水を一口含んだルカンは静かに、本当に静かに話す。
「俺はゼントラーディだ、それも純血の。そしてマイクローンになった、文化によって変わった者だ。変わった者として言わせてもらえば良い事も悪い事もたくさん増えた。それだけだ」
その言葉にどれ程の思い出や経験が詰まっているのだろう。そしてウィルはどれほどそれを理解できるのだろう。
「俺はルカンが居てくれて嬉しい事や楽しい事の方が多いぞ」
譜面を書きながら言ったウィルの言葉もどれ程ルカンは理解できたのか。
「ありがとう」
ルカンが確かな口調で言うとそれから二人は何も話さずにいた。ただ譜面を書くペンの音だけが部屋で奏で続く。