1
資料を見つめるセシルは実にいぶかしげな表情であった。先日のヌージャデル・ガーとの接触時に記録した映像から所属の割り出しが行われ、名目上の状況報告という形で大尉に呼び出されていた。
「まあ、例によって所属不明機だ」
資料を片手に大尉は冗談めかして笑う。
「今さらそんな事の為に。珍しい事では、むしろ所属がはっきりしている方が稀です」
「むしろこっちだ」
笑っていた顔が瞬時に鋭くなり写真を指さす。ヌージャデル・ガーの推進機構部分であったが、セシルにはそれが何を意味しているのか分からずにいると大尉がさらに一枚の写真を出し説明を始める。
「これが標準のヤツだ。少し大ぶりだろう、問題はそこではなくこれが跡付けされた物では無いということだ」
「それはつまり」
「調べさせたがこんな開発をしたなんて記録は無い。どこかでこいつが一から作られているって事だ。とてもじゃないがコソコソと運送業をやってる連中が作りましたって代物じゃないんだよ」
「大規模な反政府組織の物だってことですか」
「そうだとしたら行動の説明ができないな。わざわざ改良した兵器をたった一機でフラフラさせておくのもおかしな話だ」
少しの沈黙の後、大尉が付け加える。
「まあなんだ、そんなに物騒で難しい話じゃないのさ。お前はいつも通りに好きな時に飛んでもらって構わん。なんならもっと飛んでいいぞ。今回の事を上に報告したら駄目とは言わんだろうさ」
「分かりました。では今から出てきます」
キチリとした敬礼の後、部屋を出たセシルを大尉は豪快に笑いながら「気を付けてな」と見送った。
2
「ブロック、58番」
ウィルは作業の手を止めず視線も動かさずに、手だけ差出し要求する。ウィルの作業を真剣な眼差しで見ていた幼げな青年はウィルの求める物を工具箱から探し出し手渡す。工具と機体、それの金属音のみが格納庫に響き青年は作業を眺めウィルは作業を淡々とこなす。そこに静寂の居心地の悪さは無く、二人にとっては実に充実した時間だけが流れる。ウィルの作業が終わったのはそれから一時間後だった。
「無理してまで付き合う事なかったんだ。昨日から寝てないんだろ」
「いいんですよ。ウィルさんの仕事は丁寧ですから機体の構造を把握するのにとても参考になります。それとガビーのチェック終わりましたよ、ウィルさんの機体に戻しておきますね」
「ガビーが戻ってくるのか、また機体の調整が忙しくなるな」
シャロン・アップル事件以降、人工知能の研究は実にデリケートな扱いになっていたがそれでも科学者、技術者の活動は止まらず続いている。中には一般市民が趣味で作ったシステムが企業に買われたという話もあるほどである。シャロン・アップル事件は人に恐怖を与えたと同時に技術の可能性も与えたと言っていいだろう。
「ウィルさんの飛行を処理しきれていない所が多々ありました。どんな飛び方をしてるんですか」
「どんなって、機体の行きたい様に飛ばしてるだけだが。それよりストレンジさん、あんた俺よりだいぶ年上なんだからそろそろ敬語で話すのは止めてくれないか。年上だって事、忘れそうになる」
「これは癖の様なモノなんですよ。ウィルさんが慣れてください。それでは」
そう言って自分の持ち場に戻って行くストレンジを見ながら、「敬語より外見で忘れそうになるんだがな」と口には出せない台詞を頭に漂わせて「おう」と手を振った。
整備の各報告を済ませ、だいぶ遅くなった昼食を取っていると同僚が向かいの席に座る。
「また、そんなもん食ってるのか。男なら肉を食えよ、肉を」
男はテーブルにずらりと並ぶケーキにパイ、アイスクリームを甘ったるそうな表情で眺め珈琲をすする。
「新しく入った調理場の子は口説けたか」
「全然、まったく相手にされなかった」
「また、協力してやろうか」
「お前の菓子を格納庫に運ぶ仕事なんてやりたかないね」
そう言いながら二人して笑いあう。
「お前の機体を簡易アーマードにしておいたぞ。多少は無理できるが無理はするな。機体を壊されちゃかなわん」
「機体と俺。どっちの心配をしてるんだか」
「機体が無事ならお前も無事だろう。そういう事だよ」
またお互いに笑いあう。男は珈琲を飲み干し軽く手を上げ席を立つ。
「おう、気を付けてな」
3
「ありがとう、行ってくる」
オペレーターにいつも通りの台詞を投げかけてセシルの機体が空に飛び立つ。家鴨とカーティスの両名は先日の戦闘の結果より、大尉の訓練をたっぷり受けているところであった。いつも通りの一人でのパトロール中、エンジン音に混じりウィルのピアノの音が頭に響く。昔と変わらず力強いメロディーは軍人としてのセシルを過去に巻き戻す。速度を落とし操縦桿を握る指がリズムを刻みだした時、セシルが歌いだす。子供の頃、ウィルと陽介、それとウィルのお母さんと歌い演奏して、ピアノを弾くウィルはいつも変なアレンジを加えて陽介は新しい楽器を覚えてはウィルと弾き競って。私が口ずさんだメロディーを三人でああでもないこうでもないと曲にして、それをメリルさんは楽しそうに見ていたっけ。歌と思い出と晴れわたる空に心地良さを感じていたセシルを警告音が襲い掛かる。前方数キロ先に輸送艦が救難信号を発していた。速度を上げたと同時に通信が入る。
「お姉様。救難信号です、所属不明機に襲われている輸送船一隻。位置データ送ります」
「今向かっている、必要ない」
発見した輸送艦に二機のヌージャデル・ガーが張り付き、型落ちバルキリーが一機辺りを見張る様にその少し上空に位置取っていた。ヌージャデル・ガーは先日のカスタム機だと確認しながら気付かれた上空のバルキリーにセシルの機銃が咆え相手を横切る。弾の二つが右手右足に当たり、大きくバランスを崩したが瞬時にガウォークからファイターに変形しセシルの後を追ってきた。べたりと後ろに張り付く機体がセシルの行動を制限する。敵は攻撃してこないが型落ちとは思えない軽やかな動きを見せ、敵機にセシルは足止めされ続ける。輸送艦に近づこうも上手くいかない。今は攻撃されていないが隙を見せれば、という思いから
大胆な行動も取れずに時間だけが無駄に過ぎていく。「また私は何もできないのか」と思った時、敵機が大きく回避行動を取る。敵機がいたであろう空間に弾がばら撒かれていく。
「遅くなりました」
カーティスは簡素な台詞だけを言い残し敵機を追う。カーティスは容赦なく発砲するがそのどれも敵機には当てられない。弾の合間を抜け輸送艦へ向かう敵機をカーティスは、ガウォークに足だけ変形し急速に方向転換させそれを追う。敵機の向かう先には輸送艦に張り付くヌージャデル・ガーと交戦する家鴨の機体がいた。狙いは家鴨かとカーティスが速度を上げた瞬間、敵機がガウォークに変形し急ブレーキから後ろに飛び上がる。視界から敵機が消え、目の前に飛び込む家鴨をすれすれで躱したカーティスであったが、そのまま敵機は輸送艦に張り付き輸送艦ごとフォールドした。
「何だったんですかさっきのは」
「すみません遅れてしまって。それになんの手助けもできずに」
冷静に状況説明を求めるカーティスと焦った様子の家鴨。先ほどの張りつめた状況からの落差に思わず頬を緩めそうになるが、すっと切り替えセシルは答える。
「いや助かった、ありがとう。状況はお前たちが聞いたであろう事と差異は無い。これから戻り、フォールドした輸送艦を追うぞ」
型落ちの機体で最新鋭と渡り合う様な操縦技術を持つ者が密輸人にいるのか。さらに物資だけを奪わず、輸送艦丸ごと奪う事は前例がない。また頭の固いお偉いさんに一から十まで状況を説明しなければいけないのかと、気持ちが重くなりながら機体を基地に飛ばした。