1
「相変わらずバサバサな髪。いつも埃と油まみれだからよ」
「それが俺の仕事だろうが」
ウィルは滑走路の側で髪を切ってもらっていた。ここに入った時、伸ばしっぱなしの髪を琴音に注意され半ば強引に切られた。ここには身なりをキチンとしましょうなんて学生の様なルールは無いのだが、長い事放置されたであろう髪と油まみれのヨレヨレのつなぎ。それはファッションをこよなく愛する琴音のルールに触れたようであった。それからというものの「また髪が伸びてきてる」とか「ちゃんと毎日洗濯しなさい」などとウィルに口うるさく注意していた。そのやり取りは姉弟の様であり、周りの人間も面白い見世物を見るように扱っていた。
「大体、ウィルは無頓着すぎるの。もっとキチンとした恰好したらきっと女の子はほっとかないわよ」
「そういうものか。よくわからん」
琴音はハサミを動かし溜息をつきながら言う。
「そうね、星間戦争の映画観た事あるわね。リン・ミンメイが今のウィルみたいな油まみれのつなぎ着て髪もボサボサで歌ってたらどう思う」
「いい歌は全てに平等だ」
ウィルはポケットから飴を取り出し口に抛った。
「ウィルの感覚じゃね。けど他の人が観たら感動のラストも台無しになっちゃうのよ」
琴音もウィルのポケットから強引に飴を取り出し口に運ぶ。
「終わったわよ。ちゃんと後ろはまとめられる様に残したから」
琴音が言い終わる前にウィルは後ろ髪をまとめて縛る。
「やっぱり、それも切った方がいいわよ」
「毎朝、洗面台の前でまとめてるとな、一日が始まるぞって気分になるんだよ」
「ああ、そういうのはちょっとわかるな」
「それにな、あんまり切りたくないんだよ。ありがとうな、また切ってもらって」
そう言いながら黒髪に混じる一束の銀髪をウィルが撫でる。「そうね」と笑って見せるウィルに、琴音も笑ってみせた。
2
「出撃許可が出ないとはどういう事です」
いつもは賑わいを見せる昼食時の食堂は、怒号の様な一言で静まり返っていた。
セシルが食事中の大尉に食って掛かっていた。
「あの後、フォールド先の調査が入った。どうやら複数回の近距離フォールドを使って目くらましをしてたようでな。大体の予想は付いているが曖昧な情報でお前達を向かわせさせる訳にもいかん」
「それでは輸送船の乗組員はどうなるんです」
セシルの言葉がより強くなる。大尉は眉ひとつ動かさずにゆっくりとした凄みを効かせながら話した。
「連中はわざわざ乗組員のいる輸送船を襲ったんだ。そして、物資だけを奪わずに乗組員ごと強奪した。わかるか。物資と乗組員、どちらが重要だったかはわからんが強奪しても困らないから強奪したんだ。生きた人間を自分の巣穴に持ち込む利点なんてこれっぽちも無い。俺なら乗組員を殺して物資を奪うか、そもそも輸送船ごとフォールドさせてまで奪ったりはしない」
「つまりどういうことですか」
「労働力として使う事が目的か、奴隷として売り飛ばす。少なくともわざわざ持ち込んで殺すなんて事は薄いと思うぞ」
その話に納得のいかない表情で押し黙るセシルに大尉は続ける。
「少なくとも今の状況で大々的な人数を出して救出に向かうなんて事が出来ない。いや、させてもらえない。そんな人員も腕の立つパイロットも少ないからな」
そう言いながら大尉は周囲の人間に目をやると、バツが悪そうに目を背け中にはそのまま逃げ出す様に退室する者もいた。
「確かな情報と人員が確保できないと出撃はできないと、そういう事ですか」
「ああ、そういうこった」
大尉はそのまま食事に戻る。セシルは数秒ほど何か言いたそうに押し黙るが、一礼し食堂を出て行った。
「いいな、若人ってやつは。向こう見ずで無鉄砲で、見守りがいがあるな」
近くに座って固まっていた隊員に大声で笑いながらそう言った大尉であったが、隊員は固まったまま苦笑いを浮かべ頷く事しかできないでいた。
「家鴨、ククー。今日も飛ぶぞ、何をしている早く準備をしろ」
自室でくつろいでいた二人に、ノックもせず立ち入ったセシルの声が響く。
「今日もですか」
「自分はそう呼ばれる事に決まったのですね」
早々に準備を始めるカーティスと慌しくも急いで準備をする家鴨。人を救う手段が無いのであれば作ってやる、セシルは二人を連れ格納庫へ向かう。
3
「やあ、随分とさっぱりしたね」
ウィルは陽介の所に訪れていた。勿論、たくさんのお菓子を抱えて。
「どうだい。仕事は」
「一段落ついたから来たんだよ。また明日から忙しくなる」
「忙しいのはいい事だよ」
「そっちはどうなんだよ」
「なんとかやっていけてるよ、そのことなんだけどね」
陽介は孤児院をしながら作曲家としても活動している。提供した曲が銀河ヒットチャートに入ったこともあるほどだが、人前に出る活動の時間を全て子供達に使うため名前だけが一部の人間に知られているだけであった。
「今度、月に行かなくちゃいけなくなったんだ。気難しい人でね、曲は気に入ったけれど作った人間の話も聞きたいっていわれてね」
「そりゃいい。ついでにもっと仕事もらってこい、子供達にもっと美味い物食わせられるぞ。それで、その間の子守りをしてればいいんだな」
二人の会話を拾った少女が子供達の輪の中から抜け出し駆け寄る。少女は陽介の服を掴むと泣きそうな不安気な顔で見上げる。
「陽介兄さん。どこか行っちゃうの」
その表情に陽介が何か言いたそうに言えずにいるとウィルが少女を抱き上げる。
「陽介はお仕事だ。たくさんの人に陽介の曲を聴いてもらうんだ。すごいだろ」
そして少女の頬をふにふにと触ると、くすぐったそうに少女が笑う。その光景に陽介が安心したように笑う。
「その間は俺がいるから。なんなら遊園地にでも行くか」
遊園地という単語に反応した子供達が集まり賑わう。
「ははっ、陽介。予定が出来ちまったから安心して行ってこい」
ウィルから降りた少女が「陽介兄さんとも行きたいよ」と言った。
「ごめんね。じゃ今度はみんなで行こう、今回はウィルと楽しんでおいで。みんなが楽しんだお話を楽しみにしておくから」
少女の表情は明るく笑顔だった。