1
窓から見える宇宙にはごつごつとした岩と、何か機械の残骸が見える。なんら変わり映えのしない風景だが陽介はこの風景があまり好きではなかった。火星でも小規模のテロはある。しかし、その痕跡は時間と共に人の手が入り消えていく。記憶は残っても惨状は消える。今見える物は過去に行われた戦争やテロの残骸だ。宇宙に漂うそれは、いつまでもこれからも残っていくのだろう。
月までは数度のフォールドを駆使しても数時間掛かる。固い座席で窓を眺める陽介は思いのほか自分が疲れていた事を実感する。普段は子供達の騒がしさと笑顔に隠れていたが、少し頑張り過ぎていたのかもしれない。これから仕事もあるんだと座り心地の悪い座席に身をよじらせながら、陽介は昔の夢を見る。
銀河標準時2032年、火星が冬期に入った頃。幼い陽介は冷たい路地裏に横たわっている。両親がテロに巻き込まれ亡くなって何日たったのだろう。たった一発のミサイルが建物を崩し、そこに陽介の両親がいた。死に際も遺体も見れずにただ亡くなったと告げられた幼い陽介にはその意味がよくわからずにいた。軍に保護された後、何度か見たことのある大人達の姿が見えた。陽介に会った彼らは口々に「残念だった」などの言葉を向けたが、それに言い知れない冷たさを感じて施設から逃げ出した。大人達の疎ましさや煩わしさが陽介に伝わっていたのかもしれない。勿論、大人達にもそれ以外の心配や労いの感情はあったのだろう。しかし、陽介は負の感情に敏感に反応してしまった。走って走って、夕方でまだ日はあったが、それでも薄ら暗い路地裏の隅で隠れるように潜り込んだ。とにかく誰にも見つかりたくなかった。そのまま心と体の疲れから眠ってしまった。
冷たさと体の痛み、眩しい位の朝日で目を覚ました陽介であったが、胸に大量の砂を詰めた気分にどうする事も出来ずに座り込んでいた。
「あら、どうしたの。こんな所で」
路地裏に差す光を全身に纏う様な女性が陽介に近づきしゃがみ、話しかけた。昨日の大人達と違う優しい雰囲気に何か言わなければと口を開いた時、お腹が鳴った。
「ふふふ、楽しくても悲しくてもお腹はすくものね。おいで」
そう言って差し伸べる手に陽介は素直に受け取る、受け取りたくなった。手を引かれ路地を抜けた先の建物の中に入ると大きなピアノがある。
「さっ、手を洗ってらっしゃい」
促され手を洗っていると、男の子が階段から降りて来てピアノの前に座る。寝起きなのだろうぼさぼさな髪に乱れた服装、歳は同じ位だろうかと陽介が考えていると。ダァンと鍵盤を弾いた後けたたましいメロディーが流れ、それを陽介は手を洗うのも忘れ立ち尽くし、聞き惚れた。弾き終わった男の子はバリバリと頭を掻きながら陽介に近づく。
「んっ。おはよう」
「お、おはよう」
まるで知り合いに挨拶する様な自然なおはように思わず返し、そのまま顔を洗う男の子を陽介は不思議に思っている。
「おはようウィル。今日はそんな気分なのね」
二階から降りてきた女性は「ご飯よ」と言いながら二人を連れそう。テーブルには色鮮やかに調理された野菜が並んでいる。席に着いた陽介は頂きますを言うと、目の前のスープを口に運ぶ。野菜の甘みが広がる暖かいスープに、陽介は思わず泣き出してしまった。あらあらと優しくなだめる女性と黙々と食べるウィル。食事の後、途切れ途切れに事情を話す陽介に優しく微笑み聞く女性は母のそれであり、陽介は次第に心が落ち着いていった。
「陽介君、ここに住まない。部屋は沢山あるんだけど、私もなかなか帰って来られないからウィルが心配なのよ。お願い出来るかしら」
それは決してお願いなどではなく、差し伸べられた手段であることは幼い陽介にも分かった。そして、それしか手段が無い事も理解していた。陽介がコクリと頷く。
「よかった。改めまして、私はメリル・アームストロング。この子はウィルよ。これからここはアナタのお家よ」
そうやって二人を抱き上げくるくると回るメリルは心底楽しそうだった。
勝手にバルキリーを乗り回したり一日中ピアノを弾き競った事もスラム街で絡まれたセシルを助けた時も、今では陽介にとって大切な思い出であった。束の間の就寝の時でさえ昔の夢を見るほどに。
2
陽介が出掛けたその日の昼。子供達と陽介と見送ったウィルはそのまま会社に来ていた。軽い整備状況のチェックと報告の為である。
「何やってたのよ。この私をほっぽり出して、埃が積もっちゃうでしょう」
ガビーがコックピットからやかましく騒ぎ立てる。
「悪い悪い。けど昨日も飛んだだろうが」
「あの位じゃ私は満足できないのよ。早くアナタの操縦を覚えないとストレンジ君に悪いじゃない」
相変わらずのやかましさと同時にストレンジさんを君付けで呼ぶなんて相変わらず命知らずなヤツだと思いながら「今から用事だ」と丁寧に飛行は断った。
「あらそうなの。デートにでもいくの」
「そんなもんだ」
「じゃ、明日の私とのデートも期待してるわね」
ウィルは「何の事だ」と尋ねたがそこから返事は返ってこなかった。そんな約束してたかと疑問に思いながらウィルは報告の為に格納庫を後にする。
ウィルが赴いた部屋には週刊誌を顔に乗せたまま椅子に座る男がいた。男は入ってきた人間を確認もせずに話し出す。
「明日はあそこの子供達と遊園地に行くんだってな」
机に足を投げ出しだらけた態度と服装で尋ねる男にキチリと直立したウィルが答える。
「はい。機体と作業のチェックは終わっています。明日は子供達と楽しんできます」
笑顔で答えるウィルに男はけだるそうに週刊誌を落しながらウィルを見た。
「いい知らせだウィル。明日、仕事が入った」
「いや、だからちゃんと休み取ってますから」
焦るウィルに男は構いもせずに続ける。
「遊園地でフライトショーの依頼だ。人員と機体の手配は済ませてある。どうせお前の事だ、子供達に自分の仕事がどんなもんか話した事も無いんだろ。いい機会だ、話すよりも手っ取り早いだろ」
呆気にとられるウィルを面白そうに眺めた男は実にいい笑顔である。
「行くヤツを募ったらな、驚くほど盛況だ。遊園地で子供達と楽しく遊ぶお仕事だ、俺も行きたい位だ。仕事だから給料も出るぞ、手抜くなよ」
「ありがとうございます、社長」
社長はおうおうと手を振りウィルを茶化し照れ隠しする。ガビーの言っていたデートってのはこれかと少し可笑しくなりながら社長に一礼し部屋を出る。
戻った後、明日のフライトショーの事を話すと子供達に楽しみが増えた。子供達の笑顔にウィル自身も楽しみになる。明日は皆で遊園地だ。