1
慌しい格納庫、活気溢れる声がそこかしこで聞こえる。真新しい機体の光沢が光る。
「新しい機体が来ると、こう、なんと言えばいいんだ。誇らしいというか晴れやかな気分になるな、おいっ」
宇賀神は腕を組みながら機嫌が良さそうに大笑いする。対するセシルはどこか納得できない表情である。勿論、性能の良い機体が増える事はセシルにとって喜ばしい事ではあったが、どうにも腑に落ちないでいた。
「上をどう丸め込んだんです」
「簡単な事だ。最近何かと物騒だから新しい機体をくれって頼んだのさ。どうせ16も持て余してるんだろう。見ろ、この23を」
「ファルシオンを引っ張ってきた時にも言われていましたよ。仕事に趣味を持ち込むなと」
そう言うと、より一層の大笑いをする宇賀神に何がそこまで可笑しいのだろうと考えだすセシル。
「いいだろう。成果はちゃんとあげているんだ。この位の融通は聞いてもらわんと」
いつも豪快で仕事にも実直で信頼できる人間、それがセシルの宇賀神に対する印象であった。しかし、戦闘機乗りとしての彼への印象は全く違うものであった。どこから持ってくるのか各種様々な機体を調達してくる。最新鋭機からカスタムされた型落ち機まで、それを訓練生の練習機として貸し出すのはいいのだが傷を付けたら何を言われる分からないと教官達も苦い顔をしていた。つまり、生粋の戦闘機マニアである。
「一機ならともかく四機もよく揃えられましたね」
「言っただろう、物騒だからと。ちゃんと今の状況とその対策を説明してやれば、この位揃うものなんだよ」
おそらくは脅迫と強行だったのだろうとセシルは思ったが口には出さずにいた。それでも戦力が上がる事に違いはなく先日の未確認機への手応えを思い出し、確かな自信を芽生えさせる。
「そういえば小僧と久しぶりに飛んだんだろう、どうだった」
「いつも通りですよ」
ウィルは機体の試験飛行時よく飛行空域から外れて飛ぶ。勿論、わざとではない。
「機体がそっちに行きたがるんだ」
それがウィルの言い分である。今こそそれは少なくなったがセシルが軍に配属される前、ウィルが今の仕事を始めた時に宇賀神はウィルを追いかけまわしていた。飛行禁止空域を飛ぶウィルを追いかける内に顔見知りになり、セシルが配属された時に知り合いだと知り無理やり自分の下に就け、半ば強引に押し付けたのである。
「いつも通りに、お前と敵機についてきてたのか」
セシルは何か言いたげに口を開くが何も言えずに黙る。
「そういう事だ。それに対して言い訳も逃げもしない事は評価してる。頑張れとは言わん、やってみろ」
そう言ってセシルの背中を叩く宇賀神は楽しそうに大笑いする。何がそこまで可笑しいのか、けれど力強い言葉にセシルの顔もほころぶ。
2
「ねぇウィル。君は何で歌ってるの」
ウィルと共に食事を取っていた陽介が出し抜けに聞く。上品に盛られたスパゲティを突く陽介。ウィルはサラダにフォークを突き刺しそれを口いっぱいに頬張る。
「んっく、なんだいきなり」
よく噛まずにサラダを飲み込んだウィルは不思議そうに答える。本当に不思議そうな顔だ。
「いや僕がそう聞かれたんだよ。この前、月に行った時にさ」
「それで」
「曲は素晴らしい、けどなんで自分で歌わないのか。貴方は何の為にこの曲を作ったのかって。そう聞かれた時にさ。あれ、なんでなんだろうなんて考えちゃって。別に理由なんていらないのは分かってるんだ、あえて言うなら作りたいから作った。けれどその人の中では、お金とか人気とかそういう物が歌にくっ付くと思ってるみたいでね」
ボウルいっぱいにあったサラダがみるみるウィルの口に運ばれてゆく。
「それは間違ってないだろう。歌は買われる物だし、好きになってくれる人も出てくる」
コップを傾け喉を鳴らすとまた口いっぱいに食べ物を詰め始める、頬にはスパゲティのソースを付けて。対する陽介は実に上品に食事を続ける。
「それは分かってるさ、僕だってそれでお金を貰ってるからね。ただ改めて聞かれた時に自分が人に説明できないなと思って。それで聞いてみたんだ」
くるくると巻かれた完璧な一口サイズのスパゲッティを陽介は口に運ぶ。早々に食べ終わったウィルがカランとフォークを皿に抛ると席を立ち、キッチンに珈琲を淹れに行く。ポットに火を点す。揺れる火を見ながらウィルはそっと話す。
「そうだな、俺も上手く説明出来ないが。歌うと自分が分かるんだ、俺はこういう事が言いたいんだ、こういう事を思ってるんだって。そうしたら今度は相手も返してくれる。手拍子だったりゆっくり昼寝したりして。そうするとまた自分が分かるんだ、それの繰り返しだ」
「それがウィルが歌う理由かい」
陽介が興味深そうに尋ねる。そういえばウィルと真剣に「歌う理由」について話した事が無かったなと陽介は思った。歌で喧嘩になるほど話した事はあるのだが。ウィルははぐらかす様に答える。
「そうだな。考えたらまだまだありそうだが、今思いつくのはこんなもんだ。だから歌って金を貰う事や、ちやほやされたいって思う事は変な事じゃない。むしろ純粋な事だとおもっ、おおっと」
ポットが激しく音を立てる。ウィルは火を止めると珈琲を淹れる。
「飲むか」
「貰うよ」
テーブルにカップを二つ並べ、椅子に座るなり珈琲に何個も角砂糖を沈めるウィル。
「ウィルの事は結構理解してるつもりだけど、そればっかりは理解できない」
そう言って珈琲を飲む陽介に「美味いぞ」とウィルは珈琲を啜る。
3
ベッドに寝転ぶ少年。両手に玩具のバルキリーを持ち、二機のバルキリーが追いかけっこをしている。それはだんだんと白熱し、ベッドを飛び起き動きが激しくなる。
「あっ」
突如、少年の動きが止まる。
「また、負けちゃった」
少年は興味が無くなったのか、玩具をベッドに投げ部屋を出る。色味のまるでない灰色が続く廊下を歩き、三つほど曲がった先の扉を開く。
広い部屋にはぎっしりとカプセルが並ぶ。2メートルほどの高さで、中には淡い色合いの養液が満たされている。
「まだ全然足りないや」
カプセルを撫でながら奥へ奥へと歩く少年。時折、「中身の詰まった」カプセルがあったが少年に何の反応もない。奥には並べられたそれより二回りは大きいカプセルがあった。少年はそのカプセルに寄り添う様に座り、目を閉じる。
「ねぇ、おかあさん。不思議な人に会ったんだ。僕と同じじゃないのに、まるでおかあさんと話してる時の様な気分になるんだ。可笑しいよね」
そう言いながら笑う。カプセルに寄り添う少年には液体の流動音のみが耳に響く。何分ほどか、そうしていた少年は突然目を開くと飛び起きカプセルに笑いかける。
「じゃ、行ってくるね。おじさん達が新しい飛行機を作ってくれたんだ。楽しみ」
そう言って伸びをしながら少年はまたカプセルを撫でながら部屋を後にする。