発掘科復活計画開始!
なんで考古学をやりたいと思ったのかって? うーん、そうだなぁ、あえてなんでかって言えば、それは私が知りたがりな子どもだったからだと思う。
私が育った家はめちゃくちゃお金持ちだったってわけじゃなかったから、家にはあんまりおもちゃみたいなのがたくさんはなくって、だから私は一人の時はいつも新聞とか、家の人が勉強するのに使ってる本とかを読んでたんだ。成長して家のあちこちを歩き回るようになると、いろんなところにしまってある本をひっくり返して読んだりしたんだよね。もちろんお仕事の道具とか、うちを整備するための道具とかもいじくり倒して、怒られちゃったこともあったけどね。でも本を読んでる時はあんまりとやかく言われなかったから、わりと自由にさせてもらったと思ってるよ。
それでなんだっけ? ああそうそう、考古学をやりたくなった理由についてだったね。私が家にある本をあらかた全部読んじゃって退屈になって、私は家の中を探検するようになったんだよね。面白そうな本がまだ無いかなって思って。それで見つけたのが地下室だったわけだ、普段使わないものをしまっておくための地下室。そこにはやっぱりっていうかなんていうか、私の知らないもので満ちてたんだよね。だから夕食の時間までずっと入り浸ってて、めちゃくちゃ心配されたこともあったよね。
そう、それでだいたい地下室の探検もやり尽くしたあたりになると、ノレア、妹も大きくなって、二人で外に出て遊んだりするようにもなったわけさ。公園とか小学校とかに行ってさ。そういう時に思ったのが、外にも地下室があるかもしれないってことだったんだ。最初は地面についた扉がないか這いずり回ったりしてたけど、そのうち長いスコップを持ち出して、いろんなところを掘り返したりしたんだよね、ノレアと一緒に。もちろん怒られたよ? いろんな大人に、それはもうめちゃくちゃにさ。そんな姉貴が嫌になったのかノレアはあんまり一緒に遊んでくれなくなっちゃったんだけどね。これはまあ自業自得。だけど怒られたある大人から、そんなに地面の下に何があるか知りたいなら勉強しなさいって、参考書とかをもらったんだよね。地学の図鑑とか、都市計画とかの本だったかな? まあそれでその中にあったのが考古学だったわけなんだ。
不思議なものだよね、地面の下に私たちの知らない何かが埋まってて、それを発掘して解き明かしてやろうなんてさ。だってふつうそんなこと思い至らないよ? 地面の下なんか見えないんだし、気にすることなんてないじゃん? これが例えば空だったらさ、「あの雲の向こうには何があるんだろう?」とか思ったり、夜空の月とか星のところまで行ってみたいとか思ったりできるわけじゃない? 私たちの目には見えるけど、手に取ってみることはできないからさ。だから初めて地面を掘り返して、出てきたものが何か私たちの知らない意味を持った物なんだって気付いた人っていうのは、すごく偉いことなんだなぁって思うのさ。
だから中学生の私は、進学したら考古学がやりたいってなって、そういうのをやってる学園を探して、それで願書を出して、受検して、合格して、それで入学できて……ってやってきたんたけど、まあなかなか上手くは行かないよね? ってなって、今はそれなりに折り合いつけながらやってるよ。
だけどね、私は考古学を専門でやっていきたいってことを諦めてはいないよ。だって今まで足の裏にあって見えなかったものを紐解いて、過去の出来事を解き明かすって営みにはロマンがあるし、それに仲間たちと一緒にその道を切り拓いていくっていうことは、きっと私の後に続く後輩たちにとってもきっといい軌跡を残せるって、そう思うんだ。
ピロロン!
> 先生! おはようございます!
> 先生、おはようございます。新しい生徒さんから着信が来ています
シッテムの箱がスリープモードから覚めて、アロナとプラナの声が新たな物語の始まりを告げた。
「ありがとうプラナ。内容を読み上げてもらってもいい?」
> 分かりました
> プラナちゃん! ここは私に任せてください!
> あっ、先輩。まったく……
少しもたついた様子を窺わせつつ、アロナが受信したメールを開く。
> 『こんにちは! 突然のご連絡失礼します』
> 『私はプレローマ工業高等専門学校2年の赤本セツといいます』
> 『この度はシャーレの先生にご依頼したいことがありまして、ご連絡差し上げました』
> 『どうか、私たちの発掘科の再興に協力していただけないでしょうか?』
> 『私は今考古学について学んでいる生徒なのですが』
> 『肝心の考古学を学べる学科は2年前に廃止されてしまっていて、今は存在しません』
> 『そこでその学科──旧発掘科を再興するために、力と知恵を貸していただけないでしょうか?』
> 『お忙しいところ恐れ入りますが、お答えを頂けますと幸いです』
> 『どうぞよろしくお願いいたします』
> 『──プレローマ高専 生産科2年 赤本セツ』
差出人の名前と所属は、キヴォトスに着任してから未だ聞きなじみのないものだった。
「ありがとうアロナ。それじゃあ、そのプレローマっていう学園がどこにあるか、場所と生き方をまとめておいてくれる?」
> 分かりました! すぐに用意するので、出発するときにまた呼んでください!
当然、生徒の頼みは聞くものだったから、聞きなれない場所であることが赴かない理由になるはずがなかった。手を付けかけていた仕事をキリのいいところまでさっさと済ませ、必要な返信を送り、マグカップをくっと煽って残ったコーヒーを流し込む。
「よし、そろそろ出発しよう!」
> りょーかいです!
> 経路を先生のスマホの方に送ったので、確認をお願いします
地図アプリにD.U.市内を経巡る青いラインが引かれたのを確認すると、私はシャーレを出た。
「おぉ……ここがプレローマ自治区……」
ハイランダーが繋ぐ駅から出ると、すぐに大きな街道に出る。コンクリート建築がひしめく街並みには街路樹のようなものはなく、ひどく無機質な様相を呈していた。レッドウィンターよりは豊かだが、ミレニアムほど先進的ではない、そんな第一印象だ。
「ええっと……それでどこに行けばいいのかな……?」
駅舎近くの周辺地図を眺めて、メールの差出人、赤本セツの所属する生産科のエリアを探す。どうやら出てきた駅よりももっと奥、貨物列車の集荷場の方面にあるようだ。なるほど確かに、生産と輸送の結びつきの強さを考えれば合理的な配置だ。
「さて……行きますか……」
駅舎前の階段をとてとてと降りて、線路沿いに沿って歩みを進める。ところが辺りの様子を眺めてみると、随分人通りの少なさを覚えた。目抜き通りから少し反れた道で、かつ平日の昼間とはいえ、生徒たちの姿も大人たちの姿も極めて少ない。百鬼夜行の商店街や玄武商会の賑わいにいささか慣れすぎた感覚があるとはいえ、このプレローマの日常の営みには血の暖かみというものが感じられなさすぎた。
──ガッシャンプシューッ! ガッシャンプシューッ!
──ゴウンゴウンゴウンゴウン!
──ウィ──ーン、ザラザラザラザラァ──ッ!!
代わりと言ってはなんだが、巨大な機械たちが駆動してかき鳴らすけたたましい金属質の轟音が、心臓の脈動のような音楽を奏でていた。事実、線路に沿って立ち並ぶ建物の様子は、鉄筋コンクリートのビルから、鋼鉄とトタンでできた工場へと変化していた。
「スーッ……道間違ったかな……? 全然校舎っぽくない所に出ちゃったな……」
シャッターの間から覗く人影のほとんどは大人たちで、生徒らしい姿は見かけない。普通に道を尋ねても良さそうだったのだが、この手の工場に土足で入るというのも好ましからざる振る舞いだろうなという確信があった。このまま先に進むか、来た道を戻って広い道から目的地に向かうか迷っていると、視界の端に駆け足で過ぎていく生徒の影を捉えた。私はこれ幸いとその影を追いかけることにした。
「ええっと……確かこっちの方向に……!?」
──バゴォーーーン!!
せり立つ壁と壁の間をくぐり抜けて、人影が消えた先のスペースを彷徨っていると、突如として建物の外壁が吹き飛び、轟音と共に頑丈な鉄筋コンクリートに巨大な穴を開けた。そしてすぐに目の前を重たい鉄の塊のような物体が横切る。あわや直撃の大惨事になりかけたところを回避して、物影を追って上を見上げると、どうも飛んでいったのはガスボンベのようで、くるくると回転しながら放物線を描くと、またどこかのトタン屋根を突き破って落ちた。
「おおーーっ! 今日はいつもより勢いよく飛んだねーーっ! ってイタタタタタタ!」
「はぁ……はぁ……いい加減にしなさいこのバカ! よく見て! 外に人がいるじゃない! 直撃していたら大変なことになってたよ!」
壁に開いた大穴から、感心の声とそれを咎める声が聞こえてくる。私の存在に気づいているらしい二人に声をかけようとするも、その前にこの事態の犯人は相方に襟首を掴まれて私の前へと穴越しに放り投げられてしまっていた。
「イテテテテ……トモリちゃんひどいよーっ!」
「日頃からアンタの尻拭いをさせられている身にもなってよ! このバカショーカ!」
「なにおーっ!」
「なんだーっ?」
「あのー……」
口喧嘩が乱闘に始まる前に声をかける。彼女たちも流石に本来の目的に気づいたのか、ホコリを払って私の前に並び立つ。
「んんっ! 失礼しました、まずはお怪我などありませんか?」
「見た感じ大丈夫っぽそうだよ?」
軽口を叩く相方を咎める手をなだめながら、こちらも問いかける。
「私は大丈夫だから気にしないで。それで、君たちはプレローマ高専の生徒かな?」
「ええ……いかにも……私たちはプレローマ工業高等専門学校、安全科の生徒ですが……」
「ちょっとここらへんじゃ見ない顔ですねえ……先に身分を明かしてくれますかあ……?」
二人は私の無事を確認すると、すぐに不審人物を見定めるようなねちっこい目つきに切り替えて、私の方にジロジロと視線を巡らせた。
「ええっと、先生……シャーレの先生です……」
「……身分証、見せていただいても?」
片時も外れない視線に気圧されながらも、連邦生徒会からの職員証を見せるとひとまずその圧力を込めた目つきを収めてくれたので、なんとか緊張を解くことができた。
「確かに、確認しました、失礼をお許しください」
「大人に許さない選択肢なんかないですし、謝らなくってよくなくない?」
「……まあそれもそうか」
「納得しないで!?」
なんとも粗雑な対応にツッコミを入れていると、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「ところで、シャーレの先生がプレローマに何のご用事でしょうか?」
「ここ、部外者がふらふらほっつき歩く所じゃないはずなんですけど、何してたんですかあ?」
どうにもひどく怪しまれている様子だったので、どうにか誤解が解けないか身振り手振りを交えつつ、赤本セツという生徒に会いに来たことと、彼女の所属する生産科へ行きたい意志を伝えた。
「あれ!? セッちゃんに会いに来たんですか!?」
「連絡は……来てないね」
「もしかして、アポとか必要だった……? あとは検問とかあったりした……?」
「いえ、突然の来客は少なからずありますし、物品の持ち込み規制などはありません、牢獄じゃないのですから」
「単純に生産科の方に来てもセッちゃんには会えないよーって話ですね」
「そ、そうなの?」
「今セツがどこにいるか分かる?」
「さぁ? でもいつも通りなら旧発掘場にいるんじゃない?」
「よければ、案内してもらうことってできる?」
「いいですよ〜まぁ不審者よろしくフラフラされても困るんで、さっさと行きましょっか」
ややトゲのある言葉選びに苦笑いしつつも、土地勘のある人物からの案内を得たことは幸いだったため、素直に好意にあずかることにした。しかし……
「おい! ショーカ!」
「な、何かな……!?」
「アンタ、これどうするつもり?」
トモリと呼ばれているその生徒が指さす先には、先ほどの爆発で開いた大穴があった。詳細には触れずとも、「片付けろ」というメッセージが目から放たれていた。
「いつもちゃんと片付けてるじゃん! それより初見の大人をフリーにはしておけなくない!?」
「ふーん……」
「さあさあ大人1名様ご案内! レッツゴー!」
「あっちょっと待って!」
「まったく……」
ひとまず二人の生徒に前後を挟まれつつ、依頼者のいるという旧発掘場に案内される。道すがら彼女たち個人のことや、学校のあらましについて説明を受けた。肩と機関銃で風を切りながら私の前を歩く銀髪の生徒は
彼女たちが所属するという安全科は、他所で言うところの風紀委員会のような組織だという話だった。しかし一般的なそれと異なるのは、彼女たちは自らの専攻の課程の一環として治安維持活動を行っているということなのだそうだ。工業都市に付きまとう労働災害や、環境保全への義務、技術や機密の漏洩に対するセキュリティ対策やらなんやらを学び、研究すると同時に、実務に従事して知見と経験を養う、そういう理念に基づいているという話らしい。
なのでほかの学園でいうところの部活動や委員会の役割は、彼女たちが所属する学科が包括する形で担っており、そしてそれがそのまま個々人の帰属意識にも繋がるのだそうだ。
「っていうことはもしかして、そのウィンドブレーカーがお揃いの色なのって……」
「そのとーり! 所謂部活Tシャツみたいなやつだよ!」
「緑は安全の色、綱紀粛正の目的としても適しています」
「防火、防弾、耐薬品性能もばっちしな、安全科の理念が詰まった1着ってこと!」
「そんな安全意識があるならもう少し足元の露出に気を遣いなって……髪も巻き込まれたりしたら大変だってのに……」
「うぅ……トモリちゃん厳しいって……大丈夫だからさ……ははは……」
どうも生徒個々人の意識を統一するまでではないらしい。もっともこのくらい自由な方がちょうどいいのかもしれないが。
「はいはい! 湿っぽいのは終わり! もう到着するよ!」
トモリの目線での咎めを振り払うように前へと振り返って駆け出す。それを追って駆け足で進むと、人工建築と郊外の森林との境目を切り拓くように地面が露出した一帯に出た。コンクリートで造成された道路の先に広く掘り下げられ、いくつかの巨大な重機が野ざらしにされているのが見えた。立ち入り禁止を主張しながらも今やその威を示す鉄条網はすっかり錆びつき、ただ忘れられた空白だけが地平線の先までありそうな大穴とともに鎮座している空間に、また二つの人影が見えた。
「おーい! セッちゃーん! ノレアちゃーん! ほらほら先生! あそこあそこ!」
ショウカの呼びかけを聞いた人影は、鮮やかな赤髪と琥珀色の作業着をなびかせながら振り返る。
「セーツ! ノレアさーん! あなたたちにお客さんですよー!」
追いついてきたトモリが後ろから声を張り上げる。遠目の彼女たちも事態を了解したのか、駆け足でこちらへ向かってくる。私たちも落ち合うべく急ぎ足で境界線の切れ目を目指した。
「ショウカちゃんにトモリちゃんも、どうしたの? お客様って……あっこの人?」
「うん! シャーレの先生だって!」
「はぁ……はぁ……どうも、先生です……。君が、連絡をくれたセツだね?」
息を切らしながら挨拶すると、赤髪を上げてまとめた彼女は、まさか本当に来るとは思わなかったかのような表情を見せて首肯した。もう随分懐かしい反応が、再び返ってきたことを実感した。
「あれ? セッちゃんが呼んだんじゃなかったの?」
「いや、まあ確かにそうなんだけど……朝送ってその日のうちに来るとはちょっと予想外でさ……」
「生徒のためなら、いつでも駆けつけるさ」
しばし戸惑いの空気が辺りに広がるが、その雰囲気はもう一人の発掘家の呼びかけで払われる。
「姉さん! 大丈夫そうですか?」
「あああ、大丈夫だいじょぶ……ええっと……」
「そちらは?」
「シャーレの先生です」
「シャーレ? あぁあの連邦生徒会の……ときに今日は何のご用事で?」
セツと同じ鮮やかな赤髪を背中まで伸ばした生徒は、どうもこの件のことは知らない様子で尋ねた。
「えっと、君の……お姉さん? セツから連絡をもらって来たんだけど……」
「あぁ……ノレア、これはね……」
「……姉さん?」
ノレアと呼ばれた生徒は一気に怪訝な表情を浮かべて、姉をじっと睨みつけた。しかし後に続く言葉に込められた感情には、怒りというよりも呆れの色が濃く混ざっていた。
「まったく……学科長や安全科を散々振り回しておいて、挙句の果てには連邦生徒会も介入させるつもりですか?」
「いや……えっとね……お姉ちゃん別にそんなつもりじゃなくってね……?」
「学園外から力を呼び込むことの意味、分からないわけじゃないですよね? 学科長が優しいから何とかなってるだけで──」
「分かってる、分かってるからさ……ね? お姉ちゃんは別に先生にどうこうしてもらいたいわけじゃなくて、ただ知恵をもらいたいだけで……ね?」
「何が『ね?』ですか? 姉さん1人の自由じゃないんですよ? まして連邦生徒会を関わらせることを審査会がどう思ってるか、知らないわけじゃないですよね?」
「うぅ……」
苛烈な舌鋒に針のむしろになっているセツが流石にかわいそうになったこともあり、おそるおそるなだめに入る。
「ええっと、何か勘違いしてるかもしれないけど……」
「なんですか?」
「おっとと……別にシャーレは連邦生徒会の部下ってわけじゃないよ? 私自身がやるべきだって思ったことをやるためにあるだけだから。連邦生徒会に何があったかは分からないけど、告げ口したりしないから安心して?」
なかなか信用できないのか、険しい顔のままノレアという生徒は私の後ろにいるショウカとトモリにも詰め寄る。
「先輩方は何も思わなかったんですか? 正直私から見ると立ち入らせるのもどうかと思うんですけど」
「いや? まあもし何かあったらぶっ潰せばいいだけだし? 監視してればまあOKっていうか?」
「ノレアさん、懐疑主義と猜疑心は違いますよ。安全科も虞犯をわざわざ縛りあげるほど強硬な組織ではないのですから」
怪しい人物判定を未だに受けていることに少し驚愕する傍ら、その後輩は今一度噛み付く。
「どちらにせよ! ここへ来て大人の介入を受けるということ自体、正直受け入れたくはありません! だってそうじゃないですか!? プレローマがいかに生徒たちの自治を達成するために力を尽くしてきたっていうのに、それを逆行させようなんて! 3年生の先輩方に申し訳ないと思わないんですか!?」
「ままままあまあノレアちゃん? 実際に私たちがちゃんと決めればいいだけだし? そんな神経質にならなくたって……」
「先輩!」
激しい反発を制するように、姉妹を呼ぶもう一つの声が道の向こうからやってきた。
「おーい、セツ、ノレア、やっぱりここにいたんだね」
「げ! アキちゃん!?」
「あっ隊長さんおっすおっす~」
「ちょうどいい所に来ましたね」
「お前らも一緒だったか。それはそうとセツ、お前相手に客が来るという話が来たが……、もしかしてそこの大人か?」
「あっうんそうみたい」
「えぇ……随分話が速いな……」
エメラルドグリーンのウィンドブレーカーに身を包んだ生徒はこちらも半ば信じがたいような表情を浮かべつつ名乗りを上げた。
「はじめまして。シャーレの先生、ですね? 私安全科中央本部中隊中隊長を務めております、
「ああえっと、はじめまして。もしかしてなんかいけないことした?」
「いえ、本来は来客対応に馳せ参じるべきだったのですが、こちらの想定及ばず、お出迎えに上がれませんでした。大変、失礼しました」
深々と頭を下げる彼女は制服をきっちり着込み、四角い眼鏡をかけた真面目そうな風貌の一方で、髪はネイビーとピンクのツートンカラーという、なかなかにビビットなファッションをしていた。その一方でクラシックなアサルトライフルを小脇に抱え、治安維持組織での相応の地位を表すような威圧感をも纏っていた。
「いやいや、こっちがちょっと急ぎすぎちゃっただけだからさ、気にしないで」
「いえ、学科長から常日頃、あらゆる状況を想定せよと指導されていますので、次からは必ずお出迎えいたします」
そんないささか角ばりすぎな態度に同僚の二人が茶々を飛ばしていたが、アキは我関せずに姉妹の方へ声をかける。
「ところでノレア、随分カリカリしてたみたいだったけど、どうした?」
「いや……もういいです……」
「セツ……?」
「ご、ごめんごめんって、後は私がなんとかするからさ」
「まったく、責任を感じるのはいいけど、ほどほどにしなよ? ほら、私たちだって付き合い短いわけじゃないんだからさ?」
「う、うん、ありがとアキちゃん……」
「それじゃ、私はこの辺で」
「あっはーい、んじゃねー」
やや込み入った話に区切りを付けるように、セツが会話の主導権を受け取る。
「それじゃあ私たちもこの辺で……」
今までついて来てくれていた安全科の二人もその場を離れようとするが、アキはその去り行く肩をぐいっと掴んで制止する。
「お前たちはやることがあるだろう、なあショウカ?」
「なななななんのことですかな!?」
「覚えてるよ、ボンベ吹き飛ばしたの」
「おうそうさ、せめて自分がとっ散らかした現場は自分で片付けるべきだ、そうだよな?」
「トモリちゃんはともかくアキちゃんはなんで……」
「こっちにはもう連絡入ってるんだからな?」
「いぃ……お慈悲を……」
「片付けくらいきちんとやらなきゃ、行くよ?」
さすがに報いと言うべきか、ショウカは同僚二人に引きずられる形で、工場区域へと消えていった。私はその光景を見届けると、再び姉妹の方に向き直った。
「ええっと、それじゃあお話しよっか?」
「あっはい、そうですね。まあ立ち話もなんですしとりあえず部室に行きましょうか? ほらノレア、行くよ?」
「……はい」
不満そうな表情を引き連れつつ、私たちは発掘科の部室だという部屋へと向かった。
生産科の教室棟一階、その片隅に発掘科の二人が拠点を構える部屋があった。しかしながらその部屋は部室というより倉庫という趣きで、部屋中に資料と思しき物品が詰まった段ボールが所狭しと積みあがっていた。とはいえ長く埃を被ったような黴臭いにおいはあまりせず、それなりに手入れの行き届いた状態であることがうかがえた。
「あはは……ちょっと汚くて申し訳ないんですけど、座ってもらって……」
「ああありがとう、こんなこと言うべきじゃないんだろうけど……もしかして生徒会から邪魔に思われてる?」
「いえ、そんなことはないですが……なにゆえですか?」
「いや、もともと大きな規模の学科だったぽかったからさ、発掘場も結構広かったし」
「あー、まあ確かにそうかもしれませんね、でも発掘科が廃止になってからはずっとこの部屋でやってるらしいので、特別不便を強いられてたりはしませんよ」
「『らしい』」
「あっ、じゃあまずは今の発掘科について説明しますね」
そういうとセツは本棚から一つの手帳を取り出した。合成皮革の表紙には校章らしき七芒星が刻まれていた。
「生徒手帳?」
「少し前の生徒手帳です。ちょうど発掘科がまっだあった頃のやつですね」
セツは手帳をぱらぱらとめくりながら説明を始めた。
「プレローマはキヴォトスの一般的な学校とは少し違って、部活や委員会という概念がありません」
「さっきショウカとトモリから聞いたよ。専攻する学科がそのまま所属するグループになってるんだよね?」
「あら? もうご存じでしたか。じゃあそこらへんは飛ばすとして……。伝統的にプレローマには七つの学科が存在しました。発掘科、生産科、安全科、機甲科、銃砲科、造船科、航空科の七つですね。校章の七芒星もこの七学科に由来しています」
そう言うとセツは手帳を持ち上げて表紙を見せる。
「それで、発掘科は廃止になっちゃんたんだよね? それはなんで?」
「……4年前、発掘中に事故が起きたんです。それで多くの先輩方が大変な目にあって、学科自体がボロボロになってしまって……、それで学科が維持できなくなって、門戸を閉めるしかなかったっていう経緯だと聞いています。具体的に何があったのかは、あんまり伝わってなくって……」
「記録を残さなかったの?」
「うーん、残ってない訳じゃないみたいなんですけど、当時の審査会の方針としては、事故が起きた発掘場は封印して、もう誰も入れないようにしようって感じだったらしいです。自分たちの手には、もう負えないからって」
「そうなんだ……ところで、『審査会』って?」
「ああ、そうですね、説明してませんでしたね。プレローマのそれぞれの学科同士は基本的に独立した関係にあるんですけど、当然全体を取りまとめる組織、いわゆる生徒会みたいなのが必要なわけですよね? それが審査会、正式には『基盤研究審査会』という組織になります。各学科の学科長同士が集まって話し合う場なので、他の学園の生徒会とはちょっと違う感じではありますけど」
トリニティのティーパーティーのような感じだろうかと思った。
「プレローマの政策をはじめ、生徒個々人がする研究の審査も、この審査会で行われます。なので比較的一般生徒たちにも開かれた場所……だとは思います。私も何回か研究計画の審査のために会議に参加したことがありますから」
なるほどと相槌を打ちながら、次は今の基盤研究審査会が発掘科の復活についてどう思っているのか尋ねてみた。
「うーん……まあ、ご想像の通りかとは思いますが、あまり芳しい反応はありません。表向きは過去の審査会の決定を継承するということになってますが……」
「それ以外の部分で反対されてる感じ?」
「あはは……そうですね。まあ言ってしまえば、発掘科の活動を知っている人がもういないんです。だから発掘のノウハウとか、他の学園の自治区との交渉とか、いろんなところで組織として活動する体制が整ってないっていうのがあるんです」
「なかなか難しい問題だね……」
「はい……ただ、何にも認められてないってわけじゃないですよ。機材とか資料の保存のために、発掘技術保存局って部署を作ってもらって、それでこうしていろいろな資料の分析に携われているので、私個人としてはとってもありがたいなって思ってます」
セツは笑顔を作ってみせたが、そこにはやはり苦しさの色が見え隠れしていた。するとふと部屋の引き戸が開いて、お盆を手にしたノレアが入ってきた。
「はーいお待ちどうさまです……」
「おっきたきた、ありがとねノレア」
「別にいいよ姉さん。ちょうど頭も冷やせたし」
「うん……よかった……」
赤本ノレア、今は1年生だというセツの妹は、まだ冷ややかに私への来客対応をこなしていた。私の前にも、お茶とお茶請けが出され──
「ん? 食パンと、コーンスープ……?」
「あはは……びっくりしますよね。プレローマでは食事の保障があって、24時間365日無料で食事が提供されてるんです」
「えぇ!? ま、毎日……いつでも……?」
「はい、在学してるぶんには衣食住に困らないようになってます。まあ今の生産科の方針がこうってだけなんですけど……」
驚愕していると、ノレアが口を挟む。
「それでもちゃんと生徒を在籍させる力があるので、今後も続けられるべきだと思いますね。実際今年の中退者はゼロだと聞いています」
わざわざ不自由な経済環境に身を投じるよりは、多少不満があっても食事にありつけるところにいる。学籍を放棄するよりは、確かによほど良いだろう。
「成績が悪くても追い出されないの?」
「座学で成績が残せなくても、職人として技術を身につけるルートもあります。そうでなくても、労働者として生きるための職業訓練課程があるので、よほどのことがなければ成績不振でもプレローマを追い出されることはありません」
「すごいね……」
「すごいで語り尽くせると思わないでほしいものです。生徒たちが自ら社会を構成し、維持し、発展させることなど、どれほどの自治区でできることなのでしょうか? 少なからず企業や連邦生徒会の力に依存している学園がほとんどであるキヴォトスで、プレローマは最初に完全な自立を成し遂げる場所になるのですから」
ノレアの語り口には怒りがあった。さながらずっと無理解を押し付けられてきたことに対する反目のような、燻った熱だ。私はこっそりとセツに尋ねた。
「何か、いやな思い出がある感じなのかな?」
「ううん……別にそういうわけじゃなくて……まあ、なんというか……その、風土的なやつですかね……」
「風土?」
「うちはキヴォトスの中でも生徒自治志向が高いというか、企業とか連邦生徒会の指示下に入らないことを美徳とする傾向が強いんですよね。いろんな利害関係にかかわることが多いからっていうのもありますけど……」
「そうなんだ……」
「まあその中でも今年の審査会は特に対立的というか、大人との力関係を明確にしようっていう方針の強い代ですね。1年生の子たちはわりとその影響を強く受けてるとこはあります」
ショウカとトモリの当たりがきつかったのもこれが原因かと、そう感じた。そしてノレアは輪をかけて私に食ってかかると、そういうことなのだ。事実ノレアは私の反対側にある椅子に座ると、さぞ不機嫌そうに私を睨んできていた。
「ノレアも、考古学に興味があって来たのかな?」
「は? 違いますが?」
「あーははは……ノレアはまあ、私が引っ張って来たんです。進学先を迷ってるなら、お姉ちゃんと同じところに行こうって」
「それじゃあ発掘技術保存局にいるのも……」
「はい……私が無理矢理連れ込んだというか……」
「まあ、進学先としては悪くなかったと思ってます。見た目の印象以上に有意義な勉強ができているので」
一見して普通に学生生活が送れているように見えるのは、かなり幸運だったようだ。
「発掘技術保存局のメンバーはこれだけ? まだほかにいるの?」
「いえ、私たちだけです。学科長からは、2人いれば必要十分だと言われているので……」
「なるほどね……」
部屋の広さに反して、資料に埋め尽くされた床は手狭で、確かに人が多くても身動きは取れなさそうな印象だ。しかし……
「このノートは?」
「これは私がまとめている発掘調査結果ですね。それと新聞やニュースの情報とかを合わせて遺跡の広がりを予測したりして、あとは現地に行って様子を照らし合わせたりして……みたいな。あっ、最近は測量とかも始めていて、これは1人じゃできない作業なのでノレアが来てようやくできるようになった調査なんですよ。あっ! もっと見てみますか?」
「あああ、だ、大丈夫だよ」
「そ、そうですか……」
「先生……ですか? 姉さんの話の腰を折らないでほしいんですけど。姉さんに頼まれて話を聞きに来たんですよね? ならちゃんと姿勢を正して耳を傾けてくださいよ」
「ご、ごめんなさい……」
「いいよ、ノレア……気にしてくれてありがとう……」
三者三様、発言する意味を無くして、部屋の中に沈黙が降りる。今自分にどんな手助けができるかどうか考える。暖炉の中の小さな火種のように、細々と燃やし続けられた灯火が発掘技術保存局なら、必要なのはその炎を喚起する薪と酸素だろう。燃えたいと思うセツの情熱を、もっと広い場所に持っていく必要がある。そのためにはきっと新しい場所へ踏み出して多くの薪を集め、風を受けるのが良いだろう。ならば……。
「セツ、君はプレローマにある遺跡のことをどのくらい知ってるのかな?」
「えっ? ええと……まあ……3割……くらいですかね……? 埋まっているものが多いのでもっと多い可能性はありますが……」
「それじゃあ、君が今一番調べたい場所とかって、ある?」
「ええと……。っ……できるなら……あの事故の起きた旧発掘場地下を……調べてみたいです……」
「それって、誰かに相談したことはある?」
「ええっと……それは……その、やりはしました。ノレアと……学科長に……」
「ノレアはどうだって?」
「別にいいんじゃないかって……でも私に聞くより学科長に聞いた方がいいよって」
ちらりとノレアの様子を窺う。こちらをじっと見つめたままだったが、沈黙をもって肯定してくれているようだった。
「学科長さんは、なんて言ってたの?」
「ええと……年次の活動費は支援してもらえてるんですけど、旧発掘場に関しては誰であろうと立ち入り禁止だって言ってて」
「お願いはしてみた?」
「いえ……でもお願いしたからって良いと言ってくれるは正直……」
「それは、言ってみないとダメだよ。希望は口に出さないと分からないからね」
「うぅ……」
「正気ですか? あの学科長がちょっとやそっとのお願いに首を縦に振るとは思いませんよ?」
ノレアが口を挟む。所属の人間が言うなら、手強い生徒なのだろう。だが……。
「それならちゃんと、準備していかないとね。理由をしっかり書いて、そのために何が必要なのかを整理して、それができたらどんなことができるようになるのか、しっかり認めてもらえるように準備しよう」
稟議を通すのは簡単ではない。しかし何もかもが無謀な訳でもない。この資料まみれの部屋には、きちんと理論武装するだけの材料があるはずだ。
「せっかくだし、今までやってきたことをちゃんとぶつけてから諦めよう、セツ」
「っ……はい……」
セツは何度か息を飲み込んでから、力強く頷いた。
「──本当にやるんですね……学科長に楯突くのは、正直気が進まないんですが……」
「そんなに怖い人なの?」
「怖いというかなんというか、傲岸不遜を極めた人というか……」
「まあ、自称するだけのことはある人です」
「自称?」
「有名ですよ。誰に対してもそう名乗るんです──」
「「──『新世界の神』って」」
「えぇ……?」