また長い長いエレベーターでの降下は、昇りのときよりもずっと静かだった。ただ話を聞くという以上に、多くのものを宣言する羽目になったからかもしれない。
チーン!
「あっ先いいよ」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
相変わらず北向きの建物は暗く、私たちがエレベーターから出てようやく照明が点灯する。
「さて、それじゃあ次は安全科ですか?」
「……うん、行こう」
「セツ……大丈夫?」
「大丈夫です! さあ! 行きましょう!」
準学士研究科棟を出て、生産科から来た道を途中まで戻りつつ、横道へ逸れて安全科への区画へと向かう。人影に乏しかった街並みには少しずつ行き交う生徒たちのせわしない足音で満ちていく。その生徒たちは多くが既に見慣れた緑色のウィンドブレーカーを着込んでおり、一目で安全科の領域に足を踏み入れたことを理解させた。その一方──
ちらっ……
じろっ……
「なんだろう……なんかすごい見られてる気がするんだけど……」
「先生が外の大人だから警戒されてるんだと思います。わざわざプレローマに来る大人は、私たちの技術を安く買い叩いたりビジネスで一杯食わせようとする大人がほとんどですから」
「そっそうなんだーへー……」
明らかに行き交う生徒たちよりも多い数の視線を受けて、冷や汗が垂れる。この手の話を聞くたび、どうにも自分もその責任の一端を担っていることを実感させられてしまうからだ。セツとノレアは涼しい顔をしているだけに、かえって虫の居所が悪い。
「先生? 気にするのはほどほどでいいですからね? みんな真面目だから神経質になってるだけなので……」
「ああ、ありがとう……」
名もなき視線にぷすりぷすりと刺されながら構内を歩いていると、セツを呼ぶ声が聞こえた。
「あっこの声は……アキちゃんだ! おーい!」
セツが手を振る先には、よく目立つネイビーとピンクのツートンカラーのヘアスタイルの少女がいた。
「おっすおっす、学科長といたんだって?」
「うん、座長にお話し聞くのについてってもらってた。迎えに来てくれたの?」
「もちろん。まあ移動時間考慮してここら辺かなーって目処付けただけだけど」
「ありがと~わが親友っ!」
「ちょっと! 抱き着くなっ! 調べものがあるんじゃないの!?」
2人の戯れがさわやかな雰囲気を醸し出すと同時に、私の皮膚を刺していた視線が消えていく。
「っと! まったくセツの大立回りは何も変わらんね……」
「えへへ~それほどでも~」
「褒めてないっ!」
勢いの良いツッコミの後に一つ息を吐いたアキは、少し心配と安堵が織り交ざったような顔をしていた。
「あんたさ、涙の跡が付いてるけど……大丈夫?」
「あはは……バレた……?」
「バレるわ!」
気付けばセツはしばらく私とノレアの前に立って歩いていた。となるとつまり、ずっと涙を隠してきたということなのだろう。
「まあ、ちょっといっぱいいっぱいになっちゃっててね。思ったよりデカいミッション背負うことになっちゃってたから」
「それホントに大丈夫なの……? ちょくちょく相談しなさいよ? 地味に心配してんだから」
「おーけーおーけー、さすがは……あっはっは長い付き合いだね……、うん、ありがと」
「……よし! それじゃあ行きますか! お連れさまも一緒にごあんなーい!」
そう言ってアキは振り返り、セツもアキの隣に立って歩き出す。
「ノレアは二人の話に入らなくていいの?」
「うぇっ!?」
セツもアキが仲良くしゃべりながら歩いているので、必然的に私とノレアが彼女たちの後ろで二人並んで歩く格好になっていた。
「いや、まあ……学年違いますし……別に話合うわけでもないんで……」
思い返せば、ノレアとちゃんと会話するのは初めてだということに気づいた。
「ノレアはもともとどこの学科に進もうと思ってたの?」
「え……? いや、別にどうでもいいでしょう、そんなこと」
「私は気になるな」
「はぁ……」
ノレアは少しの間、前を歩く二人の背中を見てから、口を開いた。
「まあ……さっきも言いましたけど、私はもともとプレローマを志望するつもりもありませんでした。というか、受験自体もあんまやる気無くて、かったるいなーって思ってました」
「それはどうして?」
「無意味だなって思ってたからです、高校生活なんて」
「それは……なかなかにワルな考えだね……」
「ははっ! ですよね! ……正直、学校通ったところで私たちがなるのなんて社会の歯車じゃないですか。組織の中で仕事して、社会を動かして、ときどき生徒を叱り飛ばすような存在ですよ。そんなつまらない将来のために学園生活やるなんて、ぶっちゃけ価値無いでしょう?」
「そんなことないよ」
私は、少しばかり真剣になってノレアを見つめた。
「子どもの時間はとても価値があるよ。やりたいことをやっていいし、なりたいものになっていいんだから」
しかしノレアは、私の声かけをよそに、セツの方を冷たい瞳で見つめていた。
「そんなことお題目ですよ。姉さんが『子どもだから』で許されたことなんて、今まで一度もなかったので」
ノレアの眼差しが纏う冷たさは、軽蔑というよりは憐れみの色をしていた。
「なりたいものがあったとして、それは何でもなれるわけじゃない。大人が認めた姿しか認められない。先生だって別に本当に何でも許してあげるつもりなんて無いでしょう?」
姉の姿を見て育った妹の目の奥には、確かな失望があった。
「別にそんなこと──」
「いや、そんな取り繕う必要なんてないですよ? 先生にも認めてあげられる領域とそうでない領域があることくらい、私にも分かってるんで……」
反論を、諦めざるを得なかった。
「でもノレアは、結局プレローマに来たんだよね?」
「ええ、姉さんに引っ張ってこられたようなもんですけど」
「それで何か分かったことはあった?」
「分かったこと……ええ、ありますよ」
「教えてくれる?」
「ふふっ、それはもちろん、ここは生徒が主役の場所なんだってことですよ! 卓越した叡智を持つ生徒が上に立って、責任をもって生徒たちをまとめて、そして生徒たちのために学園都市を運営する。不届きな大人どものかけるちょっかいを振り払って、自分たちのために歩いているんです! 生産科に入ったのは、本当に偶然だったかもしれないですけど……胸を張って生きようと思えたのは本当ですから!」
「それは、ムギホのことを見て思ったの?」
「当たり前です! いち生産科の生徒としては、ずっと学科長についていくつもりです! ……あっもちろん姉さんの手伝いはしますよ? 私の大切な家族なので」
一瞬のうちにノレアの表情には光が戻っていた。生き甲斐というものは、やはり一人の人間を支えるものなのだろう。
「ノレアー? お姉ちゃんのこと呼んだー?」
「いや、ちょっと先生に学科長の素晴らしさについて教えてただけ」
「そう? ならいいんだけど」
「ノレアちゃんは先輩を尊敬してて良い子だね。うちの学科長ももう少し真面目にうちらに接してほしいもんなんだけど……」
「あー確かに安全科長って怖いもんね」
「いや、まあそれもあるけど……まいっか。あっ! こっちの部屋ですよー?」
案内された部屋に入ると、そこにはプレローマで最初に出会った生徒たち──
「おっ! シャーレの先生じゃん! さっきぶりー!」
「あれ? ご一緒なんですか?」
「うん、セツがやりたいことに力を貸すのが仕事だからね」
「そんなこと言ってー安全科でコソコソしてたら一発でしょっぴかれるから、覚悟しといてね?」
「き、気をつけるよ……」
「ショウカ……からかうのはやめなさい……」
ケラケラと笑うショウカへ苦笑いを浮かべながら、教室の長机の周りにみんな集まった。
「はいはいそこまで! 本題入るよ!」
パンパンと手を叩いて静止させたアキは、懐から1枚の紙を取り出して机の上に広げた。コピー用紙に印刷されていたのは学内の地図のようだったが、そこには建物や区画を横断するように書き込みがなされていた。特に紙面中央付近の巨大な円形のエリアを中心に、一回り大きく描かれた二重円が目を引いた。
「これは?」
「学園の、特にこの校舎がある本部地域の地図です。学科長からは既に旧発掘場をを調査するため、そこを封印している石棺の建設の際に使用された坑道へ立ち入る旨をうかがっております。ですがその坑道はもう使われなくなってから長いため、あらかじめ侵入順路についてブリーフィングしておきたいと思います」
「おお、準備が早い」
「先生もいることだし、今の旧発掘場についても説明がいるかもね」
「そうだね、だけど旧発掘場についてはセツの方が詳しいんじゃない?」
「うん、いちおうね」
「じゃあまずはセツから頼んだ」
「おっけ、それじゃ全体的なところから話そうか。旧発掘場は発掘科が主要な研究対象にしてる遺跡だね。プレローマの設立当初からある、っていうかこの遺跡の調査からプレローマが始まったようなものだから、学園で一番古い場所だね」
そう言ってセツは地図上のこげ茶色で塗りつぶされた円形のエリアを指し示した。
「穴の径は平均で1.3キロメートルくらい、分かりやすくするために円で描いてあるけど、本物はもちろんちょっと歪んだ形をしてるよ。一周はだいたい4キロメートルちょいで、今は立ち入り防止のためにぐるっと柵で囲われてるね」
「改めて聞くと大きいね……」
「まあ遺跡の調査をするってなったときはこのくらい広い区画で発掘作業をするらしいので、縦の深さを気にしなければこんなものですね」
私の声に混じって、ショウカの感嘆も聞こえた。再び笑い出すショウカの口をトモリが引っつかんで黙らせたのを見て、セツは説明を再開する。
「それで、地上近くは最初期の発掘の跡としてだいたい1メートルくらい掘り下げられてます。いくつか保存のために建屋が設置されてますが、基本地上を覆う構造物はありません」
「なんだか雨がたまりそう」
「ここら辺一帯は降水量がかなり少なく乾燥しているので、その心配はありません。そのため考古学研究には向いた気候だと言われています」
「ありがと、トモリちゃん。それで、次は地下構造物の方だね」
「石棺……って言ってたね、ムギホは」
「はい、ですが石棺っていうよりは、こう……縦穴の途中に蓋がはまってるみたいな感じっていうか、一回下覗いてみたときにはコンクリートの塊で固められてるみたいに見えましたね」
「セツ、あそこの中を覗いたのか……?」
「座長の話だと下手に覗いた人間は大変なことになってたんですけど?」
「いや……あはは、運が良かったってことでひとつ……」
好奇心からあわや生死の境を彷徨いかねないことをやっていたようだ。
「でも大丈夫だったってことは封印自体はちゃんとできてるってことだね」
「そ、そうですね……ただまあ直接外から観察できることはこんなもんですかね」
「それでは安全科側の資料から石棺設置工事の概要について説明しますね」
アキがメモを片手に地図を指し示した。
「外見はセツが言った通り、鉄筋コンクリートのブロックです。しかし穴にぴったりはめ込んであるわけではなく、外壁に溝を作ってそこに円盤の端を引っ掛けてたような設計になっています」
「ってことは穴の大きさよりも大きなものを嵌め込んだの? すごいね」
「いえ、さすがにそんなことはできません。まして下を覗き込めない状態だったので、当時は目標の深度まで穴の周囲にトンネルを掘り、工事スペースの確保と壁面の溝の施工を行ったようです」
「それが例の坑道な訳だね」
「その通り、そして石棺はいくつかのパーツに分割し、上からクレーンで吊り下げて搬入、作業者は溝側で待機してパーツの誘導と壁面への固定を行いました。こうすることで生徒側が穴の底を覗かないように施工できるようにした、というのが記録に残っている情報です」
聞く限りはそれでもかなり難しい工法であるように聞こえたが、流石にキヴォトスの建築技術をもってすれば不可能ではないのかもしれない。今度ミノリあたりにでも聞いてみようかと思った。
「それじゃあ実際にその石棺を見に行くんだね?」
「はい、特別に通路の鍵を使う許可が出ているので、真剣に行きましょう」
そう言うとショウカとトモリは機関銃用の弾帯や銛を持ち出して見せてきた。
「おお、戦闘態勢」
「そんな本気でやり合う可能性があるんですか?」
「現地で何あるかわかんないからねー」
「万全の態勢で行きます」
その様子を感嘆交じりで受け止めて、最初の遺構調査の幕が上がった。
■
歩きながらふと空を見上げると、巨大な七芒星が浮かんでいるのが見えた。キヴォトスのどこから空を仰いでも存在している巨大なヘイローは覆い隠されているのか、どこにも見えなかった。それはまるであの鋼鉄大陸にいた時のような光景で、まさかこのプレローマの地もまたキヴォトスの範疇から外れかけた場所なのではないかと、小さな疑問が脳内に浮かんだ。
「あれが気になりますか、先生」
見てわかるほどボケっとしていたのか、アキに声をかけられた。
「あぁ、うん。シャーレからの景色じゃ見かけないなって思って。何なのあれ?」
「あれはア・バオア・クー……プレローマの誇る太陽光発電衛星です」
「えっ! てことはあれ全部ソーラーパネルなの!?」
「そうだよ〜、すごいでしょ先生!」
「あなたの功績じゃないでしょうに……」
安全科棟でのブリーフィングを終え、いよいよ旧発掘場の大穴を封印している石棺を調査するため、そこへ繋がる坑道の入り口がある銃砲科の区画へと、セツとノレアの赤本姉妹と安全科の2年生3人組と連れ立って歩いていた。
アキの話に割って入ったショウカを嗜めるトモリが、その太陽光発電衛星について説明を続けた。
「ア・バオア・クーは2年前からのプレローマ復興計画のために造られたと言われています。約3万6千キロメートル上空に存在し、受光面積は約4千万平方キロメートル、発電量はおよそ174ペタワット毎時にも及びます」
「すごい! 数字が大きすぎてどれくらいすごいのか分からないけどすごい!」
「まあ自治区の3つや4つの電力消費量を余裕で賄えると思えば良いでしょう。発電した電力は無線送電で地上に送られ、プレローマに数ある生産設備の稼働に使われています。生産科の規模拡大にも大きく貢献したとか、ですよね? ノレアさん」
「はっ! はい! そうです! この2年間で工場の数は30倍、輸出品の量は78倍、輸出総額は23倍になっています」
「すごーい! って思ったけどお金はそんなに伸びてない?」
「これは学科長が可能な限り取引価格を下げて、より多くの人々に物資が届くようにしているためだと聞いています」
「はえぇ……みんなすごいんだね……」
「でしょでしょ!? ようやく先生にもプレローマのすごさが分かってもらえて……私も嬉しいよ……」
「だからショウカ、あなたの業績じゃないでしょうに……」
盛り上がる学友たちを尻目に、セツは1人数歩前を歩いている。時々振り返っては一緒に笑ったりしてはいるものの、その表情にはどこか空虚な印象が入り混じる。
「プレローマの3年生ってみんなすごいんだね」
「えっ? あぁ……そうですね……」
「セツには、憧れてる先輩みたいなのっているの?」
そう尋ねると、セツは少しうつむいて考えを巡らせてから答えた。
「実のところ言うと……あんまり……私が縦の繋がりをわりとかなぐり捨てて過ごしてきたみたいなところがありますから……」
「そうなの?」
「はい……入学したときから発掘やりたいって言っては、先輩に『もう発掘科は無いんだよ』って返され続けてましたから……」
「あれ? 受験はどうしたの?」
「いちおうウチは学科ごとの受験で、私が受けた時も発掘科はもう無かったんですけど……それでも何かやれることとか学べることが残ってるはずだって、懸けてみようと思って……」
「それで生産科に?」
「はい……過去の資料とかを受け継いだのが生産科だって聞いたので、生産科を志望して……それで何か知ってる人は居ないかなって思って先輩たちにいろいろ聞いたけど……やっぱりダメで……」
「でも発掘技術保存局には入れたんだよね?」
「いや……それもぶっちゃけ、当時の学科長にわがまま言って無理矢理籍を作ってもらったみたいなものなので……正直先輩方はみんな私のことを厄介な後輩だと思ってますよ……」
「うーん、でもムギホは結構期待をかけてくれてるように見えたよ?」
「それは、ただ学科長の懐が大きいだけですよ。むしろ学科長は、私があくせくしてても何も変わらないと思ってるからこそ、優しくしてくれてるんだと思います。あの人はもっとずっと大きいものを夢見てますから」
セツの態度は意外にも頑なだった。わがままを一度は押し通した引け目と言うべきなのか、ずっと申し訳なさが滲んだ色が彼女の周りを取り巻いていた。
「それでもアキとはだいぶ関わりがあるみたいだけど」
「アキちゃんは……まあ腐れ縁というか、私が発掘科の資料室を預けられて浮かれてるところをバチバチに追いかけられて……それでよく絡むようになったっていうか、そんな感じですね。むしろ生産科の同期の子とかの絡みは逆に薄いくらいで……まあ、何やってるんでしょうね? 今更ながら浮きまくってますよ。頭おかしいふりして誤魔化してるのがいいとこです」
「そんなことないよ、セツにはちゃんと熱意がある」
「そうですかね……まあ、アキちゃんにはずっと感謝してますけど、そろそろ実績を残さなきゃ、愛想尽かされちゃうかもな……なんて思ったりしてるんですよね……」
「ちょーっと? 何寂しいこと言ってくれちゃってんのさ?」
私とセツの隙間に潜り込むようにしてアキが顔を出したかと思えば、セツの肩に腕を回して顔を寄せた。
「うええっ!? アキちゃん!?」
「あ、の、ねぇ? 今まで1年以上顔突き合わせてきた奴が急に姿消したなんてなったら、誰だって心配するの!」
「うぅん……」
「だーかーらーそんなこの世の終わりみたいな顔やめなさい!」
「うわあっ! ちょっとやめてよアキちゃーん!」
「だいいち、なんでずっと審査会の意向に従わないといけないわけ? 実績上げて、しれっと次期学科長に志願して、自分が審査会に入っちゃえば新しい学科の1つや2つ作れるでしょ!」
「そんなの無理だよーっ!」
「でーきーるー! 私が手伝ってあげるから、目指しなさい次期審査会主査!」
「うわーん!」
愛の鞭か、あるいは純粋な期待か、アキは思ったよりセツのことを案じているようだった。
「ほどほどにしたげなよー? 次期安全科長さーん?」
「まあ、セツも及び腰が過ぎるとは思いますがね……」
「えっ!? アキってそんなに偉いの?」
アキに置いていかれたショウカとトモリが入れた茶々に驚くと、2人さぞ得意気に笑った。
「そうだよー、中央本部隊長は安全科幹部コースのエリートだからね」
「やめろショウカ、役職貰ったからって学科長になるわけじゃないのは知ってるだろ」
「でもすごいんじゃない? リーダー候補ってことでしょ?」
「あのですね先生……実働を動かす人間が学科長になることもありはしますが、理論研究をやってる生徒が安全科長になることもあるので、絶対ではありません」
「じゃあアキも理論をやれば学科長だね!」
「そういうことじゃないんですからからかうのはやめてください!」
そんなことを言いながら、私たちは銃砲科の敷地に入っていた。比較的開けて明るいキャンパスのあちこちを、紅のブレザーを着た生徒たちが行き交っている。機械的な印象が強い生産科とも、冷ややかな空気が漂う安全科とも違い、カラリとして明朗な雰囲気のある──よく見るキヴォトスの風景に近い所だった。しかし時折けたたましい銃声や轟音が鳴り響くなど、その名に恥じない火薬の匂いに満ちた場所でもあった。アキたち安全科の一行ももはや日常そのものだと言いたいのか一顧だにしないようで、私たちは歓談したまま広場をスルリと通り抜けてしまっていた。
そうして表通りから裏通りへ、路地から建物の隙間へと歩みを進めていくと、また再び人気のない空間へと辿り着いていた。それでも以前と違うのは、冷たいコンクリートが剥き出しの無機質な空気感ではなく、建物の数々が瓦礫のように積み重なった隙間に潜り込んでいるような、そんな薄暗さと陰鬱さであった。
「ここです」
私たちを先導していたアキは、ある扉の前で立ち止まって次の道を指し示した。周囲の建物とは隔離された、ただの機器類を収めただけの箱のような、1階建ての直方体の建物だった。
「この先に坑道があるんだね?」
「はい、そう聞いています」
アキはそう言うと懐から異様に錆びついた鍵を取り出して、ドアノブの鍵穴を回した。
──ギイイィィィ──ーッ
扉の先にはすぐに螺旋階段が設けられていた。地下深く下へとずっと伸びているようだった。アキがスイッチを押して明かりを点けると、その闇が湧き出る先が露わになった。
「行きましょう」
「はーい3名様ごあんなーい」
「お化け屋敷ではないのですが……」
アキが足を出すと同時に、ショウカとトモリが後ろから押し出してくる。まるでこちらが足をすくませているのを咎めるようだった。
──カン、カン、カン、カン
縞鋼板の踏み板に足を下ろすたび、乾いた音が空間に反響して重なっていく。しかしとても安心して歩みを進められそうなほど頑丈に思えなかったのは、その踏み板が私の靴より少し大きいくらいの幅しか持っていなかったからだろう。さすがに支えが欲しくなって手すりに手を伸ばすと、神経から伝わってきたのは錆びた表面であることを示すざらりとした触感であった。
「ねえ……この道ってできて2年くらいのはずだよね? なんでこんなにボロボロなのかな……?」
「そうですよ……なんでこんなに棄てられた道みたいになってるんですか……?」
素朴な疑問に、ノレアが追従した。事実足元を照らす明かりは、近年設置されたとは思えない白熱電球によるオレンジがかった光だった。総じて外とは隔絶された荒廃さがその空間を支配していた。
「人の目に晒されないものは、常に朽ちていくものですよ、ノレアさん」
「そ、そうなんでしょうか……」
──カン、カン、カン、カン
浮かび上がった疑問は弾けることもなく萎んで消えて、代わり映えのない視界の中で階段を踏み鳴らす音だけがまた辺りを支配した。縦穴は長く深く、並び輝く電灯の鎖の端は既に真っ直ぐ真上を仰がなければ見通せないほどまで降り続けていた。
「長いね……」
「深さって……どんくらいなんですか……?」
「お姉ちゃんが調べたところだと120メートルくらいだったけど……アキちゃんは何か知ってる?」
「だいたいセツが言った通りかな、深度は126.5メートル」
「なかなか縦にそんなに移動することもないよね……」
チエのもとを訪ねたときはエレベーターだったというのもあるだろうが、地下へ下るというのは思った以上に神秘性と恐怖性を兼ね備えた旅路なのだということを、冷たく少し湿った空気と共に肌で感じた。
「皆さん、底が見えましたよ」
「ふぅ……やっと到着だね……」
「先生、言っちゃあ悪いけどここから先もまだ歩くからね?」
床から照り返した光が螺旋階段の終わりを告げてはいたが、ショウカが水を差した通り、本当の坑道の入り口を示すようにこれまた古ぼけたドアが1枚据わっていた。
「さて、行きましょう」
──ガチャン
アキは錠を開けて扉を開いた。その先にはコンクリート打ちっぱなしの灰白色で染められた冷たい壁が続いているばかりか、先ほどまではあった電灯もなく、ただ真っ暗な空間が伸びているだけだった。
「明かりないんだね……」
「ない……っていうよりは、撤去されたみたいですね。壁にケーブルを保持していた形跡があるので……」
セツの言うとおり、壁には等間隔にホルダーのようなものがねじ込められていた。そんなことをしていると、アキがランタンを点けて辺りを照らした。
「さて、皆さん、足元に気をつけてください」
「おっけー」
「ありがとう、アキ」
明かりに従って歩いていくと、思ったより中の舗装は綺麗ではないことに気がついた。コンクリートはところどころひび割れて、劣化が見え隠れしているようだった。
「ここも、あんまり頑丈に作ってあるわけじゃないのかな……? 意外というか……」
「所詮通路だからねー、もともとしょっちゅう行き来するつもりじゃないんだろうしー?」
「だからといってあまりボロボロのままにしておくのも安全上問題がありますね。今度補修を上申しておきますか」
先頭で明かりを持つアキにセツとノレアが続き、その後ろを私が歩く。後ろからショウカとトモリが反応してくれるからか、地下探検にもかかわらず一抹の賑やかさがあった。
「そういえばセツたちはいつもどんなことしてるの?」
「私たちですか? うーんいつもは生産科の授業を受けて、その合間とか放課後に発掘技術保存局の活動をする感じですね。まあ活動ってったって引き継いだ資料をまとめたり、標本の手入れをしたりみたいなことがほとんどですけど」
「それでも時々、文献や遺物の解釈の依頼を学科長から紹介してもらうことがあります。プレローマにある資料と比較して検討してほしい、みたいな依頼です」
「えっ! すごーい!」
「いやいや、結局私たちにできることがあんまりないので、ちょっとコメント返すくらいしかできません。私も、本物の遺跡を歩いて観察して、ほんのわずかな歴史の残滓も逃さずに見つけて解き明かしたいなって、思ったりするんですけどね……」
「それじゃあ今回の調査は本格的にセツがやれる遺跡調査なんだね」
「……はっ! そういえばそうですね!」
「ね、姉さん!? 考えてなかったんですか?」
「あはは……あんまりにも
「はぁ……まったく……」
「まあまあ、それなら今からでもやれることを考えてみたら?」
「そうですね。うーん、まあまずはやっぱり観察ですよね。いちおうこの坑道自体は作られた時期が古くないのであんまり見どころはないかとは思いますが、工法とか使用された素材とか、あと表面の仕上げとかには当時の工事の様子や経済状況が表れるので、観察と撮影はマストですよね。それに地層に対するアプローチとかも技術と経済が反映されているので面白く見れると思います。粘土層なのか帯水層なのか、あるいは頑丈な岩盤なのか……とか、たとえばこの通路について見てみると──」
──ぼすっ!
「うわーっ!」
「おっとっと!」
壁に目を向けたセツが急に立ち止まったことで、後ろに続いていたノレアと私が玉突き事故を起こしてしまった。突然の出来事に私たちを挟んでいた安全科の3人は驚き半分に私たちに声をかけていた。
「もーっ! 急に止まるんじゃないのセッちゃん!」
「危ないじゃないですか。タダでさえ避けるスペースもロクにない通路なんですから」
「す……すんません……」
「まったく……3人とも大丈夫ですか? 立てます?」
「はい……怪我はありません。いちおう……」
「私も大丈夫」
「はーいそれなら良かったです」
私たちの方を向いていたアキは、安心したように肩をすくめた。
「元気になったみたいで良かったよ、セツ」
「そ、そうかな?」
「そうだよー? 一時期壁に向かってぼーっと突っ立ってた頃を思い出せば、そんな何でもなさそうな壁1つに齧りつけるのは大きな進歩よ?」
「う、うん……」
バツが悪そうなセツを見てか思わず笑いがこぼれたアキは、再び前へと向き直る。
「せっかくだし、いいものが見出だせるといいね」
「うん。ありがとう、アキちゃん」
そうしてまた歩き始めてしばらくすると、前に薄ぼんやりとした光がこぼれて見えるのに気が付いた。
「みなさん、そろそろ到着します」
「おお!」
「つ、ついに……」
その光は扉の隙間から漏れ出ているかのように四角い枠の形をとって近づいてきた。実際、その光の枠が私たちの背丈と同じくらいに見えた頃には、先頭を行くアキの前に合板でできた扉が見えていた。
「では、いきます」
アキは、ノブに手をかけて扉を開けた。
「──丸い……円柱形の縦穴だね。地上から大型の機材を搬入するために最初に開けた穴みたい。天井は塞がってるけど……」
セツが所感を述べた通り、扉の先には広い円形の空間が広がっていた。大型の交差点をすっぽり飲み込めそうなくらいの大きさで、信号機はおろか電柱の数倍はあろう高さを備えていた。しかし、驚くべきポイントはそこではなかった。
「すごい……明るいね……」
「本当です……地下なのに、どこからこんな光が……いや、そんな快適な明るさではないですが……」
縦穴の脇腹を貫くように空いたトンネルのその壁が、発光していたのだ。ぼんやりとして仄明るいくらいの光ではあったが、まるで蛍光色で光るキノコか何かのようにうっすらと有機的に光を放っていた。そのためか鉄筋コンクリート造の縦穴も、さながら寝室で棗電球を灯しているくらいの明るさがあった。
扉の先に設けられた階段を下りると、セツは前へと歩みを進めて、床、天井、壁と手を触れたり視線を向けたりして観察を始めた。私たちも各々が前に出て、薄明かりに目を慣らしながらあちこちを見やっては様子をうかがった。
「セツ、どう?」
「先生……うーん、そうですね、ぱっと見た感じこの縦穴は現代キヴォトスの建築技術で造られたと見て問題ないと思います。ここを起点にして資材と人を搬入して、工事が進められたと考えられます。地上の場所は……ここまでの通路の距離からして、機甲科の敷地内ですかね。坑道が完成した後は地上との接続を私たちが通ってきた通路のみに残して埋め戻したと考えていいと思います」
「安全科が保存してる経緯とも合ってるの?」
「はい、当時の学科間の連携状況に照らして、食い違いはないかと」
セツの後を追ってきたアキとともに、簡潔ながら状況をまとめた。当然、ただ記録との照合ができればよかった訳ではなく、いち早く調べたくなる対象は他にあったのだが。
「なら、次は……」
「はい、あっちの……坑道本体の方ですね……」
やって来た所から見て左側の、縦穴と坑道の境目の部分。セツが示した方には、既にノレアとショウカ、トモリがたむろしていた。不可思議に光を放つトンネルの壁に皆の興味は釘付けになっていたからだ。
「ノレアー? お待たせー」
「あっ、姉さん。そっちはもういいですか?」
「うん、大丈夫」
壁の材質の直感的な感想は、歯か骨のようなものだった。表面は滑らかながら硬く傷に強そうに見え、同時に透明感を併せ持って中の髄の存在を示すような、そんな外観をしていた。ぼんやりとした光はその中にある髄の部分が、まるで血液が湧き出すかのように脈動して放っていた。
「うわぁ……やっぱり変な感じだね……」
「シールド工法……だと思いますけど、壁材としては見たことないですね」
「うーん……ちょっとサンプル欲しいな……表面削れる?」
「いろいろ引っかいたりしてみてるんですけど、難しそうです」
「まずったな……やすりくらい持ってくれば良かったね」
流石の連携と言うべきか、セツとノレアは慣れた手つきで初見の遺構の分析を進めていた。横で見ていた安全科の2人──特にショウカは「よくそんなすぐに興味持てるよね~」とぼやきながら、辺りの不気味さに嫌悪感を示していた。
「まあとりあえず写真撮っとこう。アキちゃん明かりお願い」
「オッケー、そろそろ出発する?」
「うん、んでどっちから行こうか? 坑道自体は円形なんだよね?」
「そう。だからどっちから行っても必要な調査はできると思う」
「それじゃあここから登って出発しようか」
トンネルそのものは縦穴の底からおよそ1メートルほど上の地点から開けられていた。そのため皆は各々がトンネルの縁に手をかけて身体をすべり込ませた。
「さて……じゃあ出発だね」
赤紫色の光が走る地面は硬く、しっかりとした踏み心地がした。乾燥してひんやりとした空気と頭上の広々とした空間の存在もあり、見た目ほどの有機質な雰囲気は感じられなかった。しかしあまりにも非日常的な様相に、ノレアあたりは妙に浮足立った様子がうかがえた。
「ここ、ホントにこのまま進んで大丈夫なんですか……?」
「大丈夫じゃない? もし探検もままならないならトモリが黙ってないでしょ」
「まあ……そうね……」
「最初に会った時も思ったけど、トモリはわりと几帳面なんだね」
「いや……別に、普段湿地や森林を歩いてる分、危なそうな所にカンが効くってだけですよ」
「ははーん……それでトモリは完全防備のファッションスタイルなんだね?」
「まあ……はい、そうです。素肌はそうそう出せないので」
「お仕事に真剣でいいと思うよ」
「えっ!? あぁ……まあ……どうも……」
「先生〜〜煙谷ショウカちゃんには何か興味はないんですか〜〜?」
「あぁそうだね、ショウカは普段何してるの?」
「ふふ〜んよくぞ聞いてくれました! 私の職務はですね……高圧ガスパイプラインの保守と安全管理です!」
「えぇ!?」
「ちょっとお! そんなに驚かなくてもよくない!?」
「いや……ファーストインプレッションが強烈だったからさ……」
「いやいやいや! 安全っていうのは! 危険のことをちゃんと理解してこそですから! ねえ!」
「それで壁吹き飛んだところ見られてちゃダメでしょう」
「ショウカお前……先生の前で吹き飛ばしたのか……?」
「日頃の行いですね。当然の帰結でしょう」
しばらくの間、アキに〆られるショウカのうめき声ばかりが私たちの間に響いていた。
■
「ここが……封印の核心……」
「たぶん、その入り口部分にすぎないと思います……」
坑道の内周の壁に設けられた、私たちの背の丈の3倍はありそうな巨大な扉。金庫室のように丸く、巨大なハンドルがついた扉が、私たちの目の前にそびえ立つ。美しく磨き上げられ表面の質感とは裏腹に、鋼の重さと厚さはまさに不動の者であることを誇示するように、辺りを静謐に包む。
「あれ……鍵でしょうか?」
「ダイヤルがついてるね」
ハンドルの外側、ピッタリと隙間なく閉じられた扉と枠にまたがるように、錠前と思しきダイヤルが備わっている。ちょうど腰ほどの高さに設えられた鍵には、ゼロから1000の数字と目盛りが刻まれている。
「うーん、暗証番号式みたいですね……何桁かも含めて、手持ちにヒントはありません……」
「ていうかこの手の数字って普通100までじゃない? 目盛りが細かすぎる……」
「それこそ、座長なら番号を知ってるんじゃない?」
「ノレア名案! でも確かにそうだよね、石棺建設を主導したのが座長なんだから、その記録も最終的には座長に集まってるはず!」
「どうするセツ? 一回探索はここまでにする?」
アキの問いかけにセツはふと立ち止まって、扉の向こうを眺めるように顔を向けた。
「セツ……? どうかした?」
私の声かけにもセツは少しの間返事を保留にした。そして振り返って仄暗い灯りを背負うと、へへっという声とともに満面の笑みを浮かべて言った。
「ごめんなさい先生、なんでもないです。でもこうして一つの目標地点にたどり着くことができて……ちょっと欲が出ちゃいました」
「欲……?」
「一回だけ、解錠を試してみてもいいですか? もしかしたら、運よく開くかもしれません」
「それはセツ、君のやりたいことなの?」
「うーん、やりたいことの全部ってわけではないですけど……せっかく手にすることができた機会に、できる挑戦はできるだけやっておきたいんです。私、今最高にワクワクしてるんです。プレローマに入ってから、ずっと暗い日陰を覗き込んでいたけど、こうしてやっと新しい光が差し込む瞬間に立ち会えるかもしれないんです。もちろん座学が無駄じゃないってことは分かってますよ? でもいくら待っても踏み出せなかった一歩を踏み出せる場所が、すぐ目の前にあるんですから。だから私はそこに……手を触れてみたいと思うんです」
暗黒の水面の向こうにふと見えた光を追うように、セツは晴れやかな希望に満ちた面持ちで答えた。己の歩んだ道のりと、これから歩みゆくであろう道を、何度も見つめながら抱いた苦悩が、ようやく報われる瞬間を、私はただ肯定してあげたいと感じた。
「それじゃあ、行っておいで」
「はい! ありがとうございます!」
そう言ってセツは扉の方へ向き直る。しかし──
「──残念だけど、そうさせるわけにはいかないよ、セツ……」
いつの間にかセツの前に、アキが立ちはだかっていた。
「アキちゃん……?」
不意の出来事に固まるセツを見つめるアキの立ち姿は、馴染みの友人と他愛もない談笑を交わすかのように自然なものだった。しかし同時に身体の脇に提げた小銃を掴む右手には、確かな敵意──ここから先へは決して通さないという意志が表れていた。
「ど、どういうこと……? 何言ってるの……?」
「簡単なことだよ。この発掘場の調査はここでおしまい。石棺がどんなものかを知る一歩手前で、封印された扉を開ける方法が無くて諦めざるを得なかった。そういう筋書きにするの」
「え、えぇ……? えっと、ちょっと意味わかんないんだけど……」
「そうですよアキさん、先輩だってここまでずっと協力してくれたじゃないですか、なのにどうして……」
ノレアもようやく口を挟むが、それに呼応するようにアキの両隣にショウカとトモリの二人も立ち塞がる。
「分かってないな〜二人とも。今回のこの調査はね、あたしたち安全科が計画したパフォーマンスだったってこと」
「セツ、ノレアさん、あなたたちがこの大穴に向けている興味を失わせることが作戦の目的です」
あっけらかんとして秘密を明かす二人に続くように、アキは憂いを帯びた表情で答える。
「安全科として、この旧発掘場から学園の興味をどうそらすかはずっと課題だった。再び多くの生徒が深淵の恐怖に呑み込まれるようなことは、避けなければならなかった。だからこの暗闇に向く視線を一つでも多く阻む必要があった。そしてこのプレローマの中で最もこの大穴に興味を寄せている者たちっていうのは、セツ、あんたのこと」
セツは発掘科の意志を継ごうという生徒の一人であり、内部統制の支障であることは確かなことだろう。しかしこの旧発掘場を中心としてセツとアキの間に育まれた縁もあるはずだ。それに──
「でも、安全科長はこの立ち入りをOKしてくれたよ? それでも安全科として、ダメって言わないといけないの?」
「セッちゃ〜ん、そういうのはアリバイってやつだよ?」
「え?」
「調べてみることは構わない、だけど結局成果はありません、これ以上の調査は危険ですって流れになれば、セッちゃんだって諦めがつくでしょ? 今回あたしたちがついてきたのも、この『遠足』をちゃーんと成功させるためなの。おーけい?」
「それじゃあ、最初から全部計画通りだったってこと? あのとき安全科長も、それを前提にしてうちの学科長を説得したってこと?」
「うん? あたしはその場面よく知らないけど、生産科長はそのくらい承知じゃない? まあそうじゃなくても一杯食わされるのは食わされた側が下手だったってことじゃん?」
「それなら、座長も騙したってこと? そんなことしたら……」
「座長に権限がありますか? いくら過去の権力者であっても、実権のない者に安全科を動かすことはできませんよ、セツ」
「うぅ……」
ぐうの音を出すのがやっとのセツを、アキは憐れみと慈悲の混じった眼差しで見つめていた。
「アキ……これはいったい……」
「お言葉ですが、先生、私はただ指令に従ってセツを導いたわけでも、彼女の行く手を塞いでいるわけではありません。私自らの判断でこうしています」
「……何をしようとしていたのか、訊いてもいい?」
「……まず大前提として、安全科はこの学園および生徒の安全を第一にしています。それがいくばくかの自由を引き換えにすることになっても、いえ、むしろ安全が確保されてこそ、自由な振る舞いというものが保障されるというが、安全科の基本的な考え方の一つです」
「それじゃあ本来、この調査も許されないものだったってことですか?」
食ってかかるノレアを横目に、アキは冷静なまま答えた。
「そうではありません、あくまで安全対策が確立されないまま容易に未知へと踏み入ることを許容しないというだけであって、安全科がきちんと掌中に収めた事象であれば、そこから逸脱しない限り手出しすることはありません」
「じゃあ、こうしてアキ、君が立ちはだかっているのは、その『逸脱』が起きたからってことかな?」
「……そうですね。あくまでこの坑道の調査は、安全科が既に把握していることを再確認するため。もちろん他学科の知見から新たな解釈が得られることは期待してはいるものの、基本的にはセツが私の定めた領域を越えようとしたからこそ、道を阻んでいるというだけの話です」
「アサヒからは、なんて言われたの?」
「学科長からは、セツとノレアがこの旧発掘場封印工事の跡の調査をすることになったから、適切に情報を開示し、調査に同行して適切な支援を行うようにと指示を受けました」
「それだけ?」
「はい、あくまでもショウカとトモリを呼んで、こうして対峙しているのは、私の判断によるものです。私が必要だと認識したからこそ、こうしてあなたたちの前に立っています」
アキの説明からは、彼女たちが命令に従うまま敵対しているのではないという態度がありありと表されていた。「私の」「私が」……一個人の立場から放たれる言の葉はそれを強調する一方で、アキ自身が親友に対して銃口を向けているという事実を強く押し付けるようにセツの表情を曇らせた。
「アキちゃん……もしかして、私が何か悪いことしたのかな? いや……そうだよね……入学してからずっと、アキちゃんには迷惑かけてばっかりだったもんね……」
「そうじゃないよ、セツ……」
アキの目に、再び憐れみと慈悲の色が宿る。
「私はただ、あんたに危ない目に遭ってほしくないってだけ。ずっとそう言ってるじゃん……」
「じゃあなんで……」
「……あのさ、セツはずっと考古学がやりたくて、発掘がやりたくてプレローマに来たんだよね?」
「うん……そうだけど……」
「でもさ、それって別に、この大穴の謎を解き明かしたくて入学したわけじゃないってことじゃない?」
「え……?」
「セツはさ、この下に眠っているものについて、どれだけ真剣に立ち向かおうとしてる? よくある学園七不思議みたいなものじゃない、本当に命の危機に繋がるかもしれない代物のために、どれくらい本気になってる?」
「それは……」
「私はね、そのためにあんたが永遠にいなくなってしまうのは──嫌」
絶句したセツの二の句を、アキは完全に封じてしまう。
「あんたとそこそこ長く付き合ってきて、発掘にかける熱意ってものは十分知ってるつもり。学科は違うけど、あんたが発掘のためにキヴォトス中を飛び回ろうってんなら、いくらでも付き合ってあげたいと思ってるし、頭だって下げる心づもりもある。だけどここは話が違う。座長をはじめ歴代の先輩たちが、収めようとして成し遂げられなかった場所。私はあんたがこの穴の底に折り重なったモノの一つになってしまうことには、正直耐えられない」
アキの想いにセツは肩を落として項垂れる。ショウカとトモリもその心の内を知っているのか、茶々を入れずに見守っている。
「だからセツ、もう帰ろうって、私はそう思うんだ。本当の危険に晒される前なら、どうとでもなるから。それこそここの秘密を暴けなくったって、発掘科を再興することは不可能じゃないと思うんだ。キヴォトスには何ヶ所も謎めいた遺跡があって、少なからず発掘科の技術と知識を求めている人たちがいる。そうやって実績を積んでいけばまた学科としてやっていけるし、何よりあんたがやりたがっていた考古学の研究も、もっとずっと盛んにできる。そういうんじゃ、ダメかな……?」
とてもリアルで、プラグマティックな提案だった。セツは上手く言い返せない現状に悔しさを滲ませるように、目に大粒の涙をたたえていた。
セツはこの大穴のことを、入学して初めて知ったと言っていた。最初の志望動機からすれば、それほどに意地になってここの調査に心血を注ぐことには必然性が見当たらないということも、その通りとしか言えない。
セツが語ったものは、確かに考古学という学問に対する熱意だった。発掘法のいろは、資料の保存と解釈、文献と技術を繋げた分析、そこにこのプレローマの抱える秘密の話題がすぐに出てきたわけではなかった。
キヴォトスに眠る古代の遺産に向き合う知識が求められていることも、また事実だ。権威と権力、学園のアイデンティティ、あるいは襲い来る未曾有の危機への予言。種々のアイテムに込められた意味やメッセージを読み解くために、セツが受け継いだ知見はおおいに歓迎されるものだろうし、その実績が新たな発掘科を支持する力になることも、十分考えられるルートだ。
しかしセツにとって、そうした妥協は認められない。ただその一方でこの大穴に執着する理由も、安易に言葉にすることは難しい。口を開いて小さく息を吸いこんでは、歯を食いしばって出かかった言葉を呑み下す。その繰り返しがまだ出会って一日も経っていない私にさえも、セツの苦悶を伝えてくる。
「姉さん──っ!」
「ノレア、ちょっと待ってあげよう」
「先生! あなたはどっちの──!」
「どっちも大事だよ。だから待ってるんだ。セツの言葉を」
勇むノレアを留めると、セツはひとりごちる。
「どっちも……か……」
そして顔を上げて、パチンと両頬を叩いて気合いを入れ直した。その表情には空元気の笑顔を浮かべているように見えたが、伏し目がちだった視線をぐいっと戻して宣言した。
「アキちゃん! 私はね! この大穴の秘密も、発掘科の再興も、どっちも諦めないよ!」
その一言に、私はようやく胸をなでおろすことができた。
「確かに今すぐ立ちはだかる壁を乗り越えていけるわけじゃないと思うけど、それでもきっと『仕方ない』って思って目をそらした後に残るのは、後悔しかないと思うから!」
「それじゃあずっとここで頑張る感じぃ? ──うっ!」
「やめろ」
軽率に水を差すショウカを嗜めて、アキは続きを宣言するようにと、無言で伝えてくる。
「そうだね。実際ここでできることはもう無いと思う。もうプレローマに一年以上いるのに、私が知らないことばっかりだったし、一旦出直す必要はあるかもね。だけどさ、こうやってこの場所まで来ることができたのには、意味を感じざるをえないんだ。だってもう地上から眺めているだけじゃなくなったから。明日からやらなきゃいけないことがたくさんあるっていうことが分かったから。じゃあもう何かを諦めてしまう必要なんて、どこにもないよね?」
そう言うとセツは、今一度アキの瞳を真っ直ぐに捉える。
「だからアキちゃん。そこを退いてほしい。私がこの場でできることをやって、私にできないことを確かめさせてほしい。私が抱いた希望を、諦めないために」
アキは、それに応えない。少しだけ目線を伏せて答える。
「ごめん、セツ。私にはやっぱり『どうしても』ここじゃないとダメな理由が必要だから」
「……うん。分かってる。それじゃあ、正々堂々決着付けないとね?」
「……そうだね」
そして二人は振り返った。
「ノレア! やるよ! ──それで先生、指揮をお願いしてもいいですか?」
「うん、任せて」
「結局こうなるんですか……」
「ショーコ! トモリ! 戦闘準備! 配置につけ!」
「よっしゃー!」
「了解!」
■
> 戦闘支援プロセス、起動! 生徒さんの能力を確認します!
アロナが高々と宣言し、シッテムの箱に見慣れた出撃画面が表示される。
> セツさんはSTRIKER、ポジションはBACK、レベル50、攻撃属性は爆発、防御属性は軽装備です!
> ノレアさんもレベル50のSTRIKER、爆発属性の軽装備、ですがポジションはFRONTです!
> 敵情報の解析を完了。共有を行います。
> 相手は全員がSTRIKER、アキさん、ショウカさん、トモリさんの三人。攻撃属性、および装甲は共通して神秘属性、軽装備です。
属性はこちらが有利、人数は向こうの方が有利だが、適切に火力を割り振れば大丈夫だろう。
> 役割はショウカさんとトモリさんがアタッカー、攻撃系のEXスキルを持っており、アキさんがEXスキルでバフ付与を行うサポーターのようです。
ならばアキがバフを撒く前に集中攻撃を仕掛けてダウンを取り、次いでショウカとトモリを一人ずつ対応していけばいいか。これまでの行動を鑑みれば、アキが作戦行動の主軸を担っている可能性が高い。おそらく連携もアキを中心にしているだろうから、そこを重点的に突いていくことにしよう。
> 先生! こちらは準備完了です!
OK、それじゃあ始めよう。私はそう答えて、出撃ボタンをタップした。
■
「では、ポジションチェック、ゴー!」
アキの合図とともに、ショウカとトモリが飛び出してくる。
「う! うえぇっ!?」
「囲まれた!?」
するとちょうどセツとノレアを中心にした正三角形の、その頂点に位置する地点に、安全科の三人はポジションを取って各々の得物を構える。
ズババババッ! バキューン!
「痛たたたっ!」
「姉さん!」
「ノレア、今は眼の前の相手に対応して」
「っ……! 分かりました!」
通常、生徒たちは自身の銃の射程に応じた距離に陣取って、敵と撃ち合いを行う。しかしショウカとトモリはその通例を無視して前へと飛び出し、後方にいるセツにターゲットを向けた。
「この作戦、あらかじめ考えていたんだね」
「当然のことです」
淡々とアキは私のつぶやきに答えながら、向かい合ったノレアに対して引き金を引く。
ズガガガガッ! ズガガガガッ!
「ううっ! でも姉さんのために……私は引きません!」
タタタタッ! タタタタッ!
ノレアも負けじとバースト射撃の応酬が行うが、拳銃弾とライフル弾の間の威力の差は激しく、じりじりと押されていってしまう。
「こっちも何か手を打とう……」
セツとノレアに任せるままではいかないと考えた私は、少し目を離して辺りを俯瞰する。そして一つの見通しを立てて、指揮を始める。
「ノレア! あと5秒だけ耐えてて!」
「はぁ!? いったいどういう──うわっ! と、ああっ! 分かりましたよ!」
ノレアが射撃姿勢を構え直したその後ろで、砲身で銃撃をしのぎながら弾を込め直すセツと一瞬目配せする。5秒という時間の意味を理解したのか、セツは私の視線に口角を上げて応えた。
「よし! いくよ! ……4! ……3!」
「ふっ……! とりゃっ!」
カウントダウンに合わせてセツは弾込めの手を速める。
「……2! ……1!」
「うおおおーっっ!」
ノレアもフルバーストで弾丸をばら撒き、アキの視界を飽和させようとする。
「ノレア! 退避して!」
「っ! ──はいっ!」
「なにっ……」
思いきり頭を下げたノレアの後ろには、アキの姿を正面に捉えたセツの砲身が口を開けていた。
「ファイヤー!」
ドゴォォン!
強烈なバックブラストを背後に砲弾が放たれる。その弾道はアキの顔を貫くようにまっすぐ飛んでいく。
──そう見えた。
「とりゃああああぁっ!」
ズンッ!
迫真の絶叫が轟くと共に、一本の銛が弾頭の脇を貫いた。
ドガァンッ!!
スッと顔を反らしたアキの目の前を弾道は素通りして、後ろの壁に大きな爆発跡を残した。
飛んできた銛の主であるトモリは、これまでに見せた冷静さを捨て去ったような凄みのある表情で私たちに言い放った。
「そんなあからさまな連携攻撃を、私たちが黙って見ていると思いましたか!?」
「だとしても飛んでる弾頭にピンポイントで当てるのは無茶苦茶ですよ!」
「笑止ですね! 弾速、目標、あなたたちと私たちの位置関係のすべてを把握しているのですから! あなたたちがどこで何をしようと、この場のどこにでも当てられますよ!」
「えぇ……」
勢いよく断言するトモリと対照的に、アキは爆風の跡をちらりと目視してからこちらへ向き直り、眼鏡のつるを直しながらいやに冷徹な声色で告げた。
「そう。ここは私たちが用意した戦場だから。ショウカやトモリがどう動けばいいか、どうすれば弱点をカバーできるか、あなたたちの即興の作戦にどう対応すればいいか、全部わかってる」
そう言いながら、安全科の三人はてきぱきとリロードを行う。
「申し訳ないけど、私たちは確実に制圧するために必要な労力は惜しまないから」
ぞわりと背中に冷たいものが走る。
「セツ! 回避して!」
「うえぇ!?」
「姉さん!」
「終わりだ──!」
ズガガガガッ!
ドドドドドッ! ──ッターン!
弾丸の嵐がセツに襲い掛かる。彼女を庇おうとしたノレアの脇腹の一点が貫かれる。
ドサドサッ!
美しい連携による斉射を前に、姉妹は共に倒れこむ。しかしそれだけでは終わりではないという風に、安全科の三人は再装填を手早く進める。そして、彼女たちは正三角形の中心から注意を外し、戦いを後ろから見ていた人物──私に対して視線を向ける。
「先生、いかがですか? 戦いを外から観ていて」
「すごいね、君たちがこんなに戦えるなんて」
「負け惜しみ? 正直に認めたらどう? 私たちを侮ってたって」
「そんなことないよ、私も全力でやったし、君たちも全力でやった。その結果君たちの方が勝ったってことだから」
「ならばセツとノレアさんにはその全力の指示を出したということでしょうか? それにしては随分浅はかな作戦だったように思いますが」
「そう見えたとしたら、そう受け取ってもらっていいけどね」
三者三様の意見が飛び込んでくるが、その語り口には、うっすら彼女たちの周りに漂っていた大人への軽蔑が見え隠れしている。
「先生、それはあまりにもセツとノレアに対して失礼だと思います。正直今の戦いには本気度合いがうかがえませんでした。これが連邦生徒会直属機関として数多の事態を解決したというシャーレの実力なのか? という印象です」
「うーん、そう言われると困っちゃうな……」
「先生、これはあくまでも確認ですが……あなたはセツとノレアに手を貸して、いったい何がしたいというのですか?」
「それは……どういう質問?」
「先生のお力添えは、いったいどのような対価を見込んでいるのかということです。発掘科の再建、あるいはセツとノレアと関わることによるコネクションの形成、なんでも構いません。こうして現場に現れることによって得られる利益とは何かということをお聞きしています」
キヴォトスに来てから何度となく聞かれた類の質問だ。ならば何度でも答えるまで……。
「私は生徒が困っているならいつでも力を貸す、たったそれだけだよ。そこに対価とか利益なんて関係ない。先生としてやるべきことをやるだけだよ」
「……──」
「──正直さあ!」
アキが返答する前に、食い気味に口を開いたのはショウカだった。
「そういう滅私奉公精神? みたいなのって信用できないんだよね! そりゃ私たちだってみんなの安全が守れれば万事オッケーみたいな感じでやってるよ? わざわざそれでお礼もらいたくてやってるわけじゃないし。でも実際私たちはそれで成績つくし、なんの利益も無いわけじゃない! まして大人ならなおのことじゃない? 建前があることなんて分かりきってるんだから、本音の部分教えろってこと!」
思い切りよく不信感を口に出されて一瞬たじろぐ。そこにアキは付け加えるように警告した。
「そうですね。プレローマに来る大人はみな、建前だけは一丁前に語ります。そして往々にしてそういう大人は、私たちの持つ技術を掠め取ろうと目論む産業スパイのような連中ばかりです。ですから先生、あなたもただ見てくれが良いだけの題目を唱えるようならば、私たちはあなたを敵と見なします。それを望まないというなら、ここまでやって来たことの意味をお答えください」
……実益を語るなら、確かに何もないことはない。今でも由縁の分からない謎がキヴォトスの底に溜まっていて、生徒が生徒らしからぬ苦しみに喘ぐ原因の一端になっている。それを紐解く力として、セツたちの知恵は有効かもしれない。だけど……
「先生っていう職業は、生徒を導くのが仕事だ……」
思春期の一部の、限られた時間。多くの人々に出会い、学び、そして成長するための時間。それは絶対に、すべての生徒に対して与えられるべきもの。やるべきことに邁進することも、友達と遊び語らうことも、等しく価値があるもの。おそらく人はそれを、「青春」と呼ぶ。
仮にその時間が、幻惑に囚われ、憂鬱に沈み、安寧にあっても停滞の澱になってしまうとしたら、それはなんとしてでも、防がれなければならないだろう。きっとそれが、先生というものの本質的な役割だと、そう思う。だから──
「私は、生徒が──セツとノレアに限らず、君たちもみんながそれぞれの青春を送れることを望んでいるよ」
「……付け加えることはありますか?」
「無い。こういうのはシンプルなのが大事だから」
「そうですか……ならば私たちはあなたを──」
三つの銃口がこちらへ向けられる。
「──軽蔑します」
久しぶりに感じる空気だった……が──
「させませんっ!」
プシュウウウッ! モウモウッ!
「──っ! 煙幕!?」
私に向けられた引き金が引かれる瞬間、灰色の幔幕が辺りにわっと広がり、その場のすべての人間の視界と注意を奪う。
「うおおおおおっっ!」
「うわっ!」
ガッ! ドサッ!
その隙をついて、ノレアが煙から飛び出してトモリに突撃し、そのまま押し倒す。連携が崩れたかもしれない。
「ショウカ! 10時半から11時の方向へ、掃射!」
「言われなくても!」
ズバババババッ!
さすがの反応速度と言うべきか、アキの素早い指示にショウカは一秒と経たずに煙の中に弾丸の雨を叩き込む。しかしその銃撃に手応えは無く、ただ煙を吹き飛ばすだけの働きのみを果たした。
「マジ!? いないんだけど!」
「そんなっ……! はっ──」
「──アキちゃあああぁぁぁんっっっ!」
一瞬アキが視線をショウカの方へちらと向けたその隙に──いや、図ったわけではなかったかもしれなかっただろうが、セツはアキの懐に飛び込むことに成功した。
ガシッ! ──ズガン!
肩を掴まれ思い切り額を打ちかまされたアキは、セツと共に倒れ込んで地面に背中をついた。そして自らに馬乗りになった親友の顔を正面から捉えた。
「アキちゃん──っ!」
短い呼びかけに、わずかな躊躇いが混じる。しかしアキは、その続きを黙って待つ。
「アキちゃん……あのね、私にとって発掘科として活動するってことは、ただ遺跡調査とかができればいいってことじゃないんだ。私にとっては、アキちゃんと一緒にいろんなことをやれるのも大事なことなの。もちろんノレアも、ショウカちゃんもトモリちゃんも一緒に」
「えっ……ウチらも?」
「セツさん……」
「発掘科はプレローマで最初の学科で、他の学科は発掘のために必要なことをやるために発展してきた……だから私は、ここで考古学をやるなら、そうやって学園全体が力を合わせてできることが、一番いいと思ってる」
「……だから、先に進ませてほしいってこと?」
「うーん……もちろんそれもあるけど、今は少なくとも、こうしてみんなでここまでやってきた遠足の果てを見届けたいなって思うかな?」
「姉さん! 遠足なんて──」
「いや、いいんだよノレア、確かに遠足だと思う。実際アキちゃんたちはここがどんなところか調べたうえで案内してくれてたわけだし。それにアキちゃんはこの先に行くためには『どうしても』ここじゃなきゃいけない理由が必要って言ってたし、それに答えないとね」
セツはアキに顔を落としたまま答えていた。その表情がどのようなものだったかは分からなかったが、声色は少し震えていた。
「アキちゃん、私はこの遺構に何があるのか、どんな危険があるのか、それを発掘科として確かめなきゃいけないの! 安全科はその中身が分かってるのかもしれないし、まして安全科は危険を遠ざけられるなら他の学科がそれを知らなくてもいいと思ってるのも知ってる。でも……だからこそ、私は未来の発掘科としてここにあるものを目に収めて判断したい! だから……最後まで付き合って! 今までそうだったみたいに……今日この場所でも……これからも! だからお願い!」
しかしアキは、苦しそうに笑顔を堪えて瞼を閉じてしまう。結んだ目尻から、涙が一筋の線を引く。
「ごめん……いや、ありがとね……でもダメなの……この先だけは……手を付けないでほしいの……」
「どうして……?」
「聞かないで……」
アキは肩を地面に押し付けられたまま、か細い声で懇願する。セツはもう、どうしようもないのかと言うように肩を落としたまま上体を起こしてから、私に呼びかけた。
「先生、後はお願いしてもいいですか?」
「うん……いいよ」
「ありがとうございます」
セツは立ち上がると、倒れたアキを越えて歩き出す。アキは滔々と涙を流しながらも歯を食いしばって、「お願い……やめて……」と繰り返し呟き続けた。その様子に私たちは一種の不可侵さを感じて、誰も動けずにいた。ショウカもトモリも、固唾を飲んで見守っているようだった。
そしてあの巨大な扉の前へとセツは歩みを進め、腕を伸ばせば触れられそうな距離まで近づくと、大きく深呼吸をしてゆっくりと指先を前へと伸ばした。アキの小さな嘆願だけが響く静謐な空間の中で、誰もがその瞬間を注意深く見届けようと、息を呑んだ。その時──
キンッ──ズガアアァァァンンンッッッ!
坑道の奥から凄まじい爆風を伴って、何かが現れた。