私たちがやって来たトンネルの奥から、凄まじい轟音と共に砂煙を纏った風圧が襲いかかった。それと同時に、
「総員! プランBへ移行! 脱出行動準備!」
「ノレアさん! 立って! 行きますよ!」
「えっ!? えっえっ! ちょっと!?」
「──どういうこと? うわっ!」
「はーい、先生ちょっと失礼しますねー!」
「──何!? 何なに!?」
「セツ! しゃんとして! 逃げるよ!」
「うわっ! アキちゃん待って!」
安全科の3人は示し合わせたように、呆気にとられた赤本姉妹を引っ張り出し、私も
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!
それは、所謂シールドマシンだった。トンネルの直径と同じ大きさの巨大な円状の顔面と、7列に並んだ巨大な掘削刃の数々。しかしその風貌の悍ましさは、顔の隙間から覗く本物のような眼光と、刃が剛直な金属や無機結晶ではなくまるで人間の犬歯か牙のような白さと錐状の形をしているところにあった。さながら骨肉で出来た機械──異形異質の地下孔掘削機は、乳幼児の癇癪のような甲高い叫び声をあげると、顔面を回転させながら迫ってきた。
「あれは……一体何!?」
思わずこぼれた疑問に、セツの手を引きながら追いついてきたアキが答える。
「あれは、人間です」
「人間?」
とてもそうは思えなかった。当然と言えば当然だったが、神秘を宿した異形の生命が闊歩するキヴォトスにおいても、ここまで禍々しい見た目をした怪物は見たことがない。
「それは……君たちが言うところの『人間』っていうこと? ああいう、その……ロボみたいなのも、人間って呼んでるって感じ?」
「少し認識に違いがあるようですね」
「一体どういう──うわっ!」
「はーいちょっと姿勢変えるねー」
やや乱雑に体勢を変えられて、ショウカの背に負ぶさる形になる。一人で走れると言ったものの、すぐに「このまま休まず何キロも走れるのー?」と返され二の句が継げなくなってしまったため、大人しくショウカの背中でアキの説明を聞くことにした。
「それで……『人間』ってどういうこと?」
「まず、キヴォトスには2種類の人間がいます。一つは私たちのような『生徒』、もう一つは学園という枠組みの外で経済活動をする『大人』です。これはいいですか?」
「小さい子供もいるんじゃない?」
「屁理屈かな?」
「ショウカ、やめなさい。しかし先生、子供であっても『生徒』ではないことは確かですよね? 単純な二元論に基づけば、『生徒』と『生徒以外』の2つにキヴォトスの住民は分けられるはずです」
「本当にそんな分け方をしてもいいの?」
「乱雑な分け方に見えますか?」
「いや、人間を区別するということの正しさについてだよ」
「……まあ、一般的に言えばそうですね。しかし実際の問題として、学園を中心とした社会に所属し、その政治的決定に関与することができる『生徒』と、その外側で社会の経済と生産活動を行いつつも政治的主体になれない人々の間には歴然とした差があります。その違いを象徴するものが、『神秘』であったり『ヘイロー』であったりするわけです」
客観的な事実としての、人間の間の違い。そういうものかと思って受け入れていた差異を、アキは明確に境界線として述べた。
「私……聞いたことある……」
一瞬生まれた沈黙に差し込むように、セツが言葉を発する。
「何について?」
「プレローマに伝わる神話にです」
「神話?」
「……はい。そこには、『神性』が『人間』を創造する章があるんです。アキちゃん、もしかして……」
「そういうこと。今話した二元論はプレローマの神話に伝わる創造と被造の関係に基づいてる、間違いないよ」
キヴォトスの歴史の、過去の話。トリニティやアリウスに伝わっていた「教え」や、アビドスの砂の下に埋もれたかつての栄光とはまた別の文献が示す記述……。
「……どういう内容なの?」
「ええと……どんなんだったっけ……」
「私が話すよ。どちらにせよ先生には意見を聞いてみたかったから──」
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!
「全員! ギア上げろ! 追いつかれるぞ!」
生きたシールドマシンが上げる咆哮がビリビリと身体に響いたためか、アキは駆け足で逃げる集団に一度檄を飛ばしてから話し始めた。
「──原初の宇宙、深い暗黒の中から、大いなる神性が生まれました。その神性は自らの力を用いて、果て無き暗黒の中に6つの宇宙を創造しました。そしてその宇宙の王として、6人の子たる神性を産みました。大いなる神性は子たる神性たちの前で、『我は妬む神である。我の他に神はあらず』と言い、自らのことをアルキゲネトールと呼ばせました。そして各々の子たる神性たちに、自身の名前と司る原理、そして支配すべき宇宙を与えると、自らは原初の暗黒たる宇宙に座して、七重の構造を作りました。これをヘブドマスと言います」
──宇宙創造神話。
「或る時、大いなる神性のもとに『光と、光の子たる人間が在る』という啓示が訪れました。それを聞いた大いなる神性はその光を我が物とすべく、人間の創造を6人の子たる神性に命じました。子たる神性たちは、大いなる存在である造物主の姿を範型として、身体の部分部分──脳と瞳、顎と喉、腕、心臓と肺、陰門と脚、そして晄輪を作りました」
──人類創造神話。
「しかしその人間は子たる神性たちの思惑に反して、どのような手を加えても動き出すことはありませんでした。大いなる神性はそれを見て、自ら並べ置かれた身体の中に入り、脊髄となって繋ぎ合わせました。そうすると人間は息を始めて目覚めたのです。これを宇宙の基盤の成立と呼びます」
「……それが人類の創造?」
「はい。少なくともプレローマの文献において、人間を造るという行為の具体的な描写がある記述というものがこれにあたります」
「ねえアキちゃん、私思ったんだけどさ、その人間のパーツに『顎と喉』ってあったよね? 正直後ろにいるあいつってさ、その『顎と喉』の形まんまなんじゃない?」
「えっ、じゃああれが神話にあった人間の一部……ってこと?」
「落ち着いてください。神話は神話です。あれが文献にあった存在と同じであるという保証はどこにもありません」
「うっうん……」
「そうだね……」
「しかし、あれが『生徒』でも『大人』でもない存在であることは確かです。言うなれば神秘を持ちながらも神性ではない存在……といったところでしょうか。私たちはそれを区別するため、敢えてあれを『人間』と呼ぶことにしました。なんらかの意志を遂行するため、神性が創り出したもう一つの人類──
「……」
一瞬、神になろうとした者と、そのために創り出された者たちのことを思い出した。彼女たちの例に倣えば、あのシールドマシンも同じような運命を背負っているのだろうか?
「それじゃあ、あれは何のためにここにいるの?」
「分かりませんか? あれは番人です。大穴に人が立ち入らないようにするための番人なのです」
「番人……」
「当然でしょう? 恐ろしい深淵に、蛮勇をもって挑む者を阻むため、鍵のかかった扉一つでよしとするわけがないでしょう」
「確かにそうだけど……」
「私は──いや私たちは、あの番人、
「アキちゃん……」
「まったく、理解したなら一人で走ってください」
「えへへっ、おっけー! ……ありがとね」
アキたちがやったのは、番人に会わせないための番人という役割だったのだ。
「それじゃあアキ、さっきのプランBってのは……?」
「いたく単純なことです。番人の出現を許してしまった以上、後は逃走しかありません。この坑道を一周して、私たちが入ってきたところから脱出します」
「一周って……」
「しょーがなくない? あのバケモンと正面から戦うなんてプラン普通取れないでしょ。まして安全科的には下策も下策だよねー」
ショウカが私を抱えながら茶々を入れる。ただ安全を重視するなら、ひたすら走って逃げ切るというのは確実な策ではある。あるのだが……。
「先生……? どうかしたんですか?」
「先生、ご安心ください。一人が満足に動けなくても、全員で地上に戻る手立ては整えていますので」
「なんかそういうことを気にしている感じじゃなさそうなんですけど……」
私は思い返していた。敵として出会い、敵として相対され、敵であったまま別れざるをえなかった子供たちを。たとえ本物の自由な意志を持てずとも、思い、感じ、考えることができた被造物を。もし、私たちを追い立てていることに、誰かの意図と思惑があって、それに従っているだけなら、確かめなければいけないと──
「ごめんね、アキ」
「はい? なんですか? 急に」
「あの人間と、戦うことってできるかな?」
「はぁ?」
「ちょいちょいちょおいっ! 話聞いてなかった!?」
「先生、あいつと戦うのは無謀です! 安全科として、私たち3人はそう判断しました! いい加減なことを言わないでください!」
困惑したアキの反応に続いて、矢継ぎ早にショウカとトモリがツッコミを入れる、が……。
「何故そうしたいのか、理由を聞いてもいいですか?」
「えぇ……マジで言ってんのアキぃ?」
「足止めならともかく、倒すのは無理だと判断したんじゃなかった?」
「待って。……先生、何か考えがあるのではないですか?」
「適当なこと言ったら放り投げちゃうよ~」
「やめなさい……」
発言を促された私は、一つの望みを口にする。
「私は、あれが『人間』であればこそ、ぶつかり合って意志を確かめたいと思ってるんだ」
「意志?」
「うん、アキはあれが封印を守る番人だって言ったよね。でもあれはシールドマシンの姿をしている。正直、番人に向いた形じゃないと思わない?」
「……」「……」「……」
「直感的な話になっちゃうけどさ、本当はあれには別の役割があって、今は特別にこうやって封印に近づいた人を追いかけ回しているだけなんじゃないかなって、思うんだ」
「それが真実だったとして、なぜ立ち向かおうと思うのですか?」
その質問に何の意図があるかは分からなかったが、私は、少なくとも今は、後悔のないように知るべきことを知るべきだと思っていた。
「目に見える脅威が恐ろしかったとしても、まっすぐに捉えることで受け止められるものは変わるから、かな」
「──っ!」
「人が何を考えて、何を信じて、何を守ろうとして行動するのか。今は太刀打ちできなかったとしても、いつか受け止められる日のために、知っておきたい」
「あの怪物に二心があるとお思いですか?」
「あると思うよ。だって『人間』って、そういうものじゃない? だからあの人間が抱いている考えとか、思いとか、そういうことを知れる機会を逃したくないなって思うんだ」
「……ふふっ」
「アキちゃん……?」
「いや、気にしないで。やっと先生の本音っぽいものが聞けたなと思っただけ」
すこし間をおいてから小さく笑ったアキの反応は、意外にも好意的なものだった。
「先生、あなたにも希望があるんですね。正直安心しました。さっきお尋ねしたときは、本当に後見人面してくっついてこようとする得体の知れない大人だと思ってましたが、きちんとあなたなりの危機感を持ってここにいるんだということが分かって、良かったです」
「あはは……やっぱりそういう風に思われてたんだね」
「あの……先生……」
表情に柔和さが宿ったアキの一方で、セツはやや恐る恐る私に尋ねた。
「どうしたの?」
「いや、あの、その……なんというか、すみません、というか……ありがとうございます、というか」
「何何!?」
「いえ、その、先生にも気にしていることがあったんですねというか、なんか私はずっとわがままを聞いてもらっていたというか、そういう感じが急にしてしまって……」
「……大丈夫だよ。さっきの理由だって、実際は私のわがままだから」
「え?」
「そうだよセツ。正直なことを言えば、あの場でセツに止まってほしいと思ったのも、私のわがままだし」
「アキちゃんまで!?」
苦笑と微笑が混ざり合い、緊張した雰囲気が少しだけ弛緩する。
「セツ、いいんだよ、わがままでも、身勝手でも。何もかもちゃんとした理由が無ければ望んではいけないなんてことはないんだ。みんな少しずつ身勝手で、お互い様だから」
「そうです、本当にやりたいことっていうのは、大体身勝手なものですから」
「先生、アキちゃん……」
「さて、三者三様わがままを口にしたところで、今の状況を打開する方法を考えましょう。先生、安全科としては、ミルメコレオを倒すための具体的な方法はありません。なので戦闘という手段を取るのであれば、先生からその方策というのを考えてもらう必要があります。良いですか?」
「うん、分かってる」
私は懐からシッテムの箱を取り出して、アロナとプラナを呼び出した。
ゴゴゴゴゴゴゴ…………ガガガガガガッッッ!
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
「アロナ、プラナ、分析をお願いできる?」
>分かりました!
>了解。敵の攻撃属性、装甲属性、地形情報、スキルについて、情報収集および解析をおこないます。
轟音を立てながら迫りくる牙の並んだ壁を視界の端に捉えながら、アロナとプラナの分析を待つ。
>基本情報を共有します! 攻撃は通常属性、装甲は重装甲、地形は屋内です!
セツとノレア、安全科の三人とは属性相性が合わない。こればかりは仕方ないか。
>敵のスキル情報を取得。共有します。
| 獅子の大顎 | パッシブスキル | EXスキルによるダメージを無効化 |
| 蟻の剛脚 | パッシブスキル | 第1フェーズの間、生徒の移動速度を200%加算、 通常攻撃・ノーマルスキル使用不可 |
「……マジ?」
>ちょっとプラナちゃん! 待ってください! 何ですかこのスキルは! めちゃくちゃじゃないですか!
>落ち着いてください。アロナ先輩。どうも第1フェーズはギミック戦闘のようです。続きのスキルの情報を共有します。
| 獅子の大顎 | パッシブスキル | EXスキルによるダメージを無効化、 接触した対象に対して最大体力の100%のダメージを与える
|
| 蟻の剛脚 | パッシブスキル | 第1フェーズの間、生徒の移動速度を200%加算、 通常攻撃・ノーマルスキル使用不可
|
| 無機同化器官【Myrmecoleo】 | EXスキル | 自分が敵を倒したとき、対象の最大体力の1000%のダメージを受ける 対象が遮蔽物であれば、受けるダメージが5倍で計算される |
「遮蔽物……」
>肯定。遮蔽物を召喚して敵に攻撃させ、その反動ダメージによって間接的に攻撃する必要があります。
>でもプラナちゃん、この場にいる生徒さんたちに遮蔽物を設置できる生徒さんはいないみたいなんですけど……。
「落ち着いて。とりあえず聞いてみよう。アキたちが準備してきたものの中に、使えるものがあるかもしれないから」
「アキ、さっきプランBの話をしたときに、『足止めする方法』があるって言ってたよね?」
「え、ええ、確かにそうですが……」
「どんなやつ?」
「材木を組んで作った櫓のようなものです。本来はもう少し頑丈で重いものにしたかったのですが、搬入の都合上このようになりました」
「それってさ、遮蔽物になったりする?」
「まあ、陰に身を隠して撃ち合いができるくらいは可能です」
「えードンパチする感じ? 正直腰据えて戦える感じじゃないよ先生?」
「いや、大丈夫。遮蔽物になるなら十分だから」
「?」
「プラナ、どうかな?」
>肯定。ギミックの対処は可能と判断します。
「よし! ならこれで行こう!」
「アキ」
「どうですか? 先生」
「その櫓? みたいなやつ……足止めに使わせてもらっていい?」
「問題ありません、しかし……」
「あれ? 遮蔽物に使うんじゃなかったの〜?」
「いいんだよショウカ」
「え〜変なの〜」とぼやくショウカを横目に、アキに作戦を伝える。
「遮蔽物をぶつけることでダメージに……?」
「うん、本当」
「……分かりました。やりましょう」
「ありがとう、アキ」
「いえ、それでは……。ショウカはそのまま先生を担いで走れ、トモリは一緒に来てセッティング」
「おっけー」「了解」
「よし! 行くぞ!」
ダッと飛び出していくアキとトモリを見送ると、セツとノレアが近くに来て会話に混ざる。
「すごいですね、先生。本当に攻略法を考えちゃうなんて……」
「シャーレの先生はどんな脅威にも解答を出せるという噂を耳にしていましたが……噂じゃなかったんですね……」
「あはは……そんなことないよ……」
「えーでも足止めするならあんな小手先のやり方より、ドカーンって爆発して岩石を落とした方が良くない?」
「ショウカ先輩……そんなことしたら落盤して私たちみんな生き埋めなんですけど……」
「ショウカちゃんたぶんそれ安全科の中でも却下されたでしょ」
「うっうるさいなぁ……」
「どうかなぁ? 本当に有効なのかもね?」
「どうかな?」
>否定。敵のスキル情報を更新します。
| 獅子の大顎 | パッシブスキル | EXスキルによるダメージを無効化、 接触した対象(生徒、召喚物、岩石)に対して最大体力の100%のダメージを与える
|
| 蟻の剛脚 | パッシブスキル | 第1フェーズの間、生徒の移動速度を200%加算、 通常攻撃・ノーマルスキル使用不可
|
| 無機同化器官【Myrmecoleo】 | EXスキル | 自分が他の対象を倒したとき、その種類に応じて以下の効果を受ける 生徒・召喚物:対象の最大体力の1000%のダメージを受ける 遮蔽物:対象の最大体力のが5000%のダメージを受ける 岩石:対象の最大体力の100%の体力を回復 |
>どうやら効果が無いどころか逆効果みたいですね……
>分析完了。該当存在は岩石などの無機物質を掘削、摂取することでなんらかの利用可能なリソースに変換する機能を有しているようです。
>っていうことは、先生が思ったとおり、私たちを追い回している以外の役目を本来持っているみたいです……。
「なるほどね……」
「どう? 先生」
「うん、ダメみたい。やっぱりシールドマシンの形をしているからか、もともと岩壁を掘るために最適化された機能を持ってるみたい。岩石をぶつけても効果はなさそうだね」
「ちぇ~、じゃあしょうがないか~」
「しかしすごいですね、先生のタブレット。この短時間にそんな高速に演算ができるなんて……」
「連邦生徒会長はいわくつきの品物をいろいろ集めてるって噂があったけど……先生のタブレットもそのひとつなのかな?」
「もしかして中に人入ってるんじゃなーい? それこそ
「そんなことは……ないよ……」
思わず飛んできたアロナたちの存在を見透かしたかのような発言に冷や汗を感じたが、それはすぐに坑道の奥から飛んできたアキの呼びかけにかき消された。
「先生! 遮蔽物、投入します!」
聞こえてきた方向を見ると、立方体形に組み立てられた木製のフレームワークスが2つ、ズシンズシンという重たい音を立てて坑道の中に着地した。近づいてみると、おおよそ1.5メートル程の大きさで、なるほど銃撃戦をするための遮蔽物としては使い物になりそうだった。
「あれ? トモリちゃんは?」
「先に行った。第二弾を用意してもらってる」
「おっけー、了解」
手早く連絡を取り合ったアキは、私たちに合流して再び走り出しつつ、背後を見遣って様子を窺った。
「さて……どう出るか……?」
「予想通りなら、破壊しにかかるはず……」
十数メートル後ろを追ってくるミルメコレオは、目の前に転がったバリケードもどきに対して、顔面の回転を一回り速くしながら咆哮を上げると、突き出すように歯列を立てて粉砕した。
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
バキバキバキバキッ!!
鼓膜が破れそうなほどにけたたましい断裂音とともに、木製の枠組みがバラバラになる。
「ここまでは予想通りなわけだけど……」
「問題は足止めになるのかどうか……」
一見すればシールドマシンはそのまま驀進を続け、私たちを再び追い回すと思われた。しかし──
バリバリバリッ! ゴシャッ! ゴシャッ!
ミルメコレオの牙は、それこそ獲物を喰らうかのように巨大な木枠を噛み砕くと、そのまま顔面の奥へと飲み込んでしまった。
「うええっ!? あれ口として機能すんのかよ!?」
「やっぱり神話の人間の一部なのかな? そしたらあれの機能ってのは……」
「ショウカ! セツ! 急ぐぞ! また動き出す!」
シールドマシンは再び己の顔を回転させ前進し始める。
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
「ちょっと待ってください! あいつスピード上がってませんか!?」
「確かにさっきより距離を詰められてる気がする! 不味かったかなぁ!?」
空洞に響く轟音には、こころなしか怒りのようなものが感じられた。
「……っ! いや、あれを見てください! 奴の顔の隙間から、煙のようなものが見えます! 確かに先生の言うとおり、ダメージが入っているのかもしれません!」
「もしかしたら焦ってるのかもしれない……! このままだと追いつけなくなるから……!」
「どっちにせよ追いつかれちゃ確かめらんないじゃんか! 走れーっ!」
「うわあっ! ショウカ! 急にスピード上げないでー!」
一段ギアを上げた脱出劇を繰り広げて少し経ったところで、トンネルの奥から先ほども見た木製フレームワークと、その上に立って私たちの到着を待っているであろうトモリの姿が見えた。
「!? 皆さんどうしましたか!? もう少し到着に時間がかかると思っていたのですが!?」
トモリは走ってきた私たちを見つけると、ひらりと木枠から飛び降りて合流した。
「いやぁ、ちょっと予想が外れちゃってね……」
「絶賛加速中って感じ!」
「えぇ……」
「……いや、問題ない。想定可能な範囲だと思う」
「アキ?」
「えっ、そうなの?」
焦燥感が隠せない中、アキは走りながらも冷静に状況を分析していた。
「セツが言った『焦っている』という表現、正直間違ってはないかもしれません」
「それはどうして?」
「もう間もなく、私たちが侵入してきたポイントに一周して戻ってくるからです。ミルメコレオはおそらくそれを理解しているんだと思います」
「追っ払うことがあの人間の目的なんじゃなくて、私たちを始末することが目的なんだね。だから追いつかなきゃいけないんだ」
「そう。実際先生が言ったようなダメージが入っているのも事実で、それ故にあれは急いでいるんだと思う」
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
バキバキバキッ! バリッ! ゴシャシャッ!!
私たちの後ろで、ミルメコレオが再び木枠を粉砕する音が聞こえる。しかしながら先ほどよりも咀嚼してから再び動き出すまでにこころなしか間があるように感じた。
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
そして再三聞いた咆哮はこれまでよりも一層大きく、ビリビリと空間を震わせ、同時に煙混じりの砂塵をトンネルの奥から吹かせてきていた。
「確かに、自我がある……みたいな、そんな気がしますね……」
「えっこれさっきよりもスピード上げてくる感じ?」
「急ごう、流石に私も自分で走るから、ショウカは戦闘の準備をお願い」
「えっ!? あああ了解、って先行くなーっ!」
私はショウカの腕の中から抜け出して、先頭を走るアキの隣で次の戦闘の話題を持ち出した。
「アキ、私たちがここに入ってきた所って、割と広い構造になってたよね?」
「そうですね。もしかして、そこでの戦闘を希望ですか?」
「うん、お願いできる?」
アキは仕方がないというように息をつくと、みんなに号令をかけた。
「セツ、ノレア、そしてお前たち……戦闘態勢に入れ、侵入ポイントまでダッシュだ!」
「オッケイ!」
「分かりました!」
「「了解」」
「ありがとう……じゃあ行こう!」
掛け声とともに全力で駆け出した私たちに呼応するように、トンネルの奥のミルメコレオもまた一段と加速する。
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
「急げっっ!」
何年も前に終えたと思っていた全力疾走の機会を前に、身体に記憶されていたスプリントの方策を無理矢理引っ張り出して走る。股を開き、腕を大きく振り、少しばかり息を止めて駆け抜ける。軽々とスピードを上げる生徒たちに追いつくように、年甲斐もなく全力を出す。それはきっと、同じ地平で戦うということを意識したからかもしれない。私たちを追いかける者が響かせる地の振動が容赦なく関節を痛めつけるが、不思議と痛みはなく、バネとなって踏み出す脚を押し出してくるような気配すら感じられた。
「見えました!」
緩やかに曲がったトンネルの向こうに、壁の切れ目を見る。向かうべき決戦の場だ。きっとまだ100メートルはあるに違いなかったが、スパートをかけなければいけないと、そんな気がした。視界の端に映る生徒たちの表情には苦悶は無く、これから向かい合う戦いに備えるための瞳をしていたからだ。私はその団結に応えなければならなかった。そのためには強く収縮して痛みを発する脾臓の動きなどに構ってはいられない。
「飛び込むぞ!」
ふつふつと押し出される空気の圧力を背に受けて、一歩、また一歩とストライドが広がる。脚に込めていた力の代わりにしている、惰性でも走れそうだという感覚に鞭を打って最後の一歩を踏み出し、そして踏み切る。
「はいはいはい! キャッチ! ──ドベちっ!」
思いっきり跳躍した先の着地地点にはショウカとトモリが先回りしており、私の身体をスクラムを組んで受け止めた。流石の手際と言うべきか、倒れ込むこともなく体勢を立て直させてもらったところに、セツとノレアも──そしてこの坑道の番人もが顔を出した。
バゴォン! ブホォッッッ!
栓が抜けた時のように空気の圧力が開放され、爆風を伴って土煙が吹き抜ける。そしてその奥から、堅固な顔面を持つ人間の姿が今一度明らかになる。
「あれ? 飛び出してこない感じ?」
「外形がシールドマシンだからこそ、そこより広い場所には出てこれないのでしょうね……自分を支える壁が無いから……」
「ならもうちょっと余裕あったんじゃ……」
「いや、奴はまだ諦めていないぞ!」
ズルルッ……ガシッ! ガシッ! ガシンッ!
ミルメコレオはトンネルから飛び出すと、顔面と壁の間からいくつか腕を滑り出させて壁の端を力強く掴んだ、そして一段前へと顔をせり出たせ、歯列の側の隙間からまばゆい光を放った。
「全員退避ーッッ!」
キラッ! チュドーンッ!
放たれたビームを皆がすんでのところで躱したところで、ミルメコレオは審判を宣言するように咆哮を放った。
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
「さあ……今度は私たちのターンだ……」
> 解析準備完了、第2フェースにおける対象のスキル構成を分析。
> ミルメコレオは疲弊しています! ここで一気に反撃しましょう!
| 奈落に飲み込まれ…… | EXスキル | 全ての生徒に対して攻撃力の250%のダメージ
|
| 暗黒に落とされ…… | パッシブスキル | 支持脚に対してダメージを受けるとグロッキーゲージが上昇、グロッキー状態になると支持脚の一つが破壊される。支持脚が3つ破壊されると撃破される
|
| 土に還った全てのものよ、再び土から生まれ出でよ | EXスキル | 範囲内の生徒に対して攻撃力の1400%のダメージ。範囲内に遮蔽物が存在する場合、遮蔽物の後方にいる生徒には命中せず、命中しなかった生徒の数に応じてグロッキーゲージを上昇 |
「また遮蔽物!?」
> 安全科の生徒さんが用意した遮蔽物は無いんでしょうか?
> 否定。周囲に敵の攻撃を遮蔽可能な構築物の存在は確認できません。
> そんなぁ! ……先生! 大人のカードの準備をしたほうが良いと思います!
「……いや、ちょっと生徒のみんなを信じてみよう」
> えぇっ!?
「ねぇ、相手の必殺技の間隔って分かる?」
> 回答。敵のATGがMAXになるまでの時間は……90秒と算出。
「オッケー、ありがとう」
「アキ!」
「どうしましたか!?」
「ミルメコレオの後ろから出ている手……見える?」
「見えます」
「あれが本体を支えているみたい、ピンポイントで攻撃できる?」
「……可能ですが」
「アキから見てどのくらい時間があればできそう?」
そう聞くとアキは銃撃の手を止めて、一つ一つ目標と生徒たちに目を配って状況を分析する。そして導き出した結論を述べた。
「60……から70秒といったところでしょうか。ただ先生、その場合一つお願いがあります」
「なあに?」
「指揮を私に任せてもらえますか? そしてそれをセツとノレアにも伝えてもらいたいです」
「いいよ。それだけでいい?」
「……できれば、この部屋の隅で身を寄せておいてください。安全のために」
「了解」
私はセツとノレアの方を見やって声をかける。
「セツ! ノレア! ちょっと聞いてほしいんだ!」
「はい! なんですか!?」
「私もですか!?」
「うん! この戦い、アキの作戦に従ってもらえる? 打開できるみたいなんだ」
そう言うと、ノレアはやや戸惑いを見せるも、セツは嬉しそうに笑った。
「えぇ!? わ、私は別にいいですが……」
「先生……! アキちゃんを信じてくれるんですね!」
「当然だよ」
「へへへっ! 分かりました……それじゃあ──」
セツとアキは互いに目配せすると、アキの口から具体的な指示が放たれる。
「いいか! まず第一に奴の身体下から持ち上げている2本の腕に集中砲火を加える! ショウカとセツは正面左10時の方向へ回り込んで左の手を攻撃! トモリと私は右2時の方向へ進んで右の手を攻撃、打破する! ノレアは正面に残って敵の攻撃を引きつけろ! いいか!?」
「「「了解!」」」
「ええぇえっ! ええい分かりました!」
「セツ! トモリ! 2人は手を撃破したタイミングで敵上方に伸びている手を射程に捉えろ! 射撃の合図は私が行う!」
「「了解!」」
「では……」
アキは一瞬腕の時計に目を落として腕を上げた。ミルメコレオの大技まで残り、80秒相当……。
「始め!」
各々が斜め前へと全力へ駆けだし、ミルメコレオを挟むように向き直る。
「いやっはぁっっっ!」──ズバババババッ!
「ふぅ……せいっ!」──ドォォン……ドガァンッ!
「はぁぁぁあっっっ!」──ズダダダダダッ!
「目標確認……はっ!」──バキュゥーンッ!
──キラッ……チュドーンッ! チュドーンッ! チュドーンッ!
「うおおおっっ! こなくそぉっ!」
ミルメコレオが放つ光の雨を抜けて、弾丸の嵐が巨体を支える手指に降り注ぐ。中央で目標を引き受け、左右へ細かく光線を避けるノレアと、アウトレンジから集中的にダメージを与えるセツと安全科の3人。47秒──決して短くはない攻防の末、続けざまにミルメコレオは掴んでいた壁の端を手放して悶えた。
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
「攻撃! 構え!」
「──っ!」
「──ッ!」
分厚い顔面を1本の腕で支える体勢になった標的に、セツとトモリが照準を合わせる。そして身動ぎを終え、その重量が集中した大蟻地獄の腕の1つを狙いすますように、号令が放たれる。
「発射ぁーーーっっっ!」
──バキュゥゥゥーーーンッッッ!
──ドガァァァァーーーンッッッ!
会心の一撃が決まった。それを証明するように、爆風が晴れた後の壁には、巨体を支える手指は残されていなかった。
「倒れるぞ! 全員退避!」
重力に従って巨大なシールドマシンが一段下の大部屋の床へと落下し、そのまま前へと倒れ込む。丸い影から逃れるように皆下がったものの、ノレアだけは一瞬真後ろに避けようとしていた。
「わわわっ──っとぉ!?」
「はーいこういうときは横に避けようねー」
そこはショウカが素早くフォローしていた。見事なものだ。
──ウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッッ!!
──ズシィィィーーーーーンッッッ!
凄まじい轟音と砂埃と共にミルメコレオは倒れ伏して沈黙した。見えていなかった顔面の裏側には、植物の根のように長く捻じくれて伸びた、尾にも見える黒い胴があり、そこから螺旋を描くように巨体を支えていた腕が7本生えていた。
「うわ! すっげぇキモいデザインだな!」
「ショウカちゃん……そんなこというのやめようね……」
私は部屋の端から離れ、ミルメコレオを前に呼びかけた。
「あなたは、私の言葉が分かる? もし分かるようなら、何かリアクションを返してほしいな」
するとミルメコレオは腕の1本に力を再び入れ、禍々しい指を曲げてサムズアップのサインを作った。
「通じるのか、人間の仕草が……」
「やっぱり、あなたは人間なんだね……。よし、じゃあ単純に、YesかNoかで答えられる質問をしよう。あなたが私たちを追い回してきたのは、あなたの仕事や役割のためかな?」
──Yes
「そうなんだ。じゃああなたはここでずっと番人をしているの?」
──No
「そしたら、あなたにはもっと優先してやる必要がある、本来の仕事があったりするの?」
──Yes
「それじゃあ今日は、特別な理由があってここにいたんだね」
──Yes
「ならいったい、誰に言われてここに来たのかな……ってのは、聞かないほうがいいかな?」
──……
「黙秘されちゃったね。いいよ、それは仕方がないから。むしろ私が一番聞きたいのは、あなたは生徒たちの幸せのために役割を果たしているのかなってこと。どう?」
──Yes
「そうなんだね。安心したよ。ちなみに自分がやってることの意味について、あなたは知ってる? どういう結果になるか分からないけど自分はただやることをやってるだけなんてこと、あったししない?」
──No
「オッケー、ちゃんと分かってるならいいんだ。それじゃあ、ちょっと質問を変えるね。あなたは、自分の仕事以外にやりたいことはある?」
──No
「もし自分の役割を果たさなくてもいい時が来たとして、やってみたいことはある?」
──No
「ふーむ……そうなんだね。っていうことは、あなたはこれからもずっと自分の仕事だけをこなして生きていくってなるんだけど、そう考えてもいい?」
──Yes
「なるほどね……そっかそっか……オッケー。じゃあ最後に、あなたには仲間はいる? 仲間じゃなくても、コミュニケーションをとったり意志を伝えることができる相手はいるかな?」
──Yes
「あなたは一人じゃないんだね」
──Yes
「そっか、じゃあ今日あったことも、話したりするのかな?」
──Yes
「そうなんだ。あっ! 別に私は気にしないよ。今さら隠すようなこともないし。ただ……そうだね……その仲間と、会ってみたりすることってのは……できたりするかな?」
──……
「迷ってるみたいだね……いいよ、大丈夫。会えるかどうかは、『縁』っていうものがあるから。だけど……そうだね、もしまた会える時があれば、私はあなたたちとたくさんの話がしたい。だから……うん、ここであったことを仲間にたくさん話してくれるかな?」
──Yes
「ありがとう」
「……終わりましたか? 先生」
「うん、大丈夫」
アキが真っ先に進み出た。私は肯いて踵を返すと、この調査の終わりを呼びかけた。
「みんなありがとう! それじゃあ、帰ろうか!」
「……はい!」
注意深い視線が私に集まる中で、セツは元気よく返事を返した。
■
地上に再び出る頃にはすっかり日が暮れていた。私はアキの勧めに乗って、今夜はプレローマに泊まっていくことになった。
「セツとノレアもお休み」
「あっ! いえ……計画書書かないといけないので、私はたぶん徹夜かなーなんて……」
「ちゃ、ちゃんと休まないとダメだよ?」
「へへ、明日計画書出したら休むのでちょっと大目に見てほしくて……」
「はぁ……姉さんは私が寝かせます。っていうか曲がりなりにも発掘科の資料になるんですから、一人で無理矢理作らないでください! 私も手伝いますから……」
「あ、ありがとねノレア……」
他愛もない雑談を交わしながら、生産科の給食場で夕食を受け取り、私はみんなと別れた。宿泊室へと歩きながら、手に持ったトレーに目を落とす。
「食パン一斤にコーンスープ……おかずはベイクドビーンズ……これ本当にみんな毎日食べてるのかな……?」
そんなことを考えつつ、わずかな明かりだけが灯る廊下の奥、一つだけ空いている扉の前まで来る。
「来客用宿泊室……あってるね」
部屋に入って電灯を点け、トレーを置いてから扉を閉める。そして椅子の一つに身体を投げ出して大きく息を吐いて、今日の日を思い返した。息の流れに沿って、スープから昇る湯気がたなびく。
「不思議な学校だ……」
無機質でありながらも、脈動のように機械が動き、血潮のように人とモノが流れる街並み。その中で小さく過去を探り当てようともがくセツと、拒絶とも呆れとも言えない目で見るノレア、アキたち安全科の生徒たちは何かしらの秘密を知っていつつも、それを秘したまま笑顔を浮かべていた。その秘密を、基盤研究審査会の生徒たちはどれほど知っているのか、知っていたとしてどこまで素知らぬ顔をしているのか。蟹江チエ──遥か高層の部屋に閉じこもっている過去のリーダーは、今何を望んでいるのか、何に臨んでいるのか……。
「ふぅ……うへっ……」
疑問を整理しつつ目の前の食事をかきこんでいた私は、すぐにその炭水化物の暴力に気圧されていた。若い子たちには容易い量なのか、自分も歳を取ったのかなどという感覚が脳裏によぎる中で、私は残された率直な感覚を口にした。
「この学園は……どこに進んでいるのかな……」
規模の大きな学園は、少なからず安定と継続を望んでいた。自治区という大きな身体を維持するためには、歩みを速めることは難しいからだ。しかしプレローマは、妙に急いでいるような気がした。過去から裾を引っ張ってくる手を、振り切ろうとするように。それが可能なのか、許されることなのかは分からなかったが、今の私はそれが近いうちに知ることができればいいなとだけ思っていた。
「う〜っぷ、お腹いっぱいすぎる……」
なんとかして食事を平らげ、私は食休みとばかりきベッドに寝転んだ。今日のことを、セツたちはどう受け止めているのか、生産科長早乙女ムギホはどう受け取るのか、流れ続ける疑問の渦の中で急転直下する血糖値の波に呑まれて、私は意識を落とした。
■
「……いいんじゃないか?」
「っ……! ありがとうございます!」
あれ? と思わずついて出そうになるほど、ムギホはセツの計画書をあっさりと流し見るだけ流して受け取った。同じ驚愕を抱いたのか、ノレアはすぐにツッコミを入れていた。
「いやいやいや学科長!? そんなサラッと見て終わりにしないでくださいよ!」
「なんだ? まさか提出するに足らない出来だとでも言うつもりか?」
「いや、その……そんなことは……ないんですけど……こう、コメントとかダメ出しとか……ないんですか……?」
「当然あるが?」
「えぇ……」
ムギホはどっかりと椅子にもたれかかって身体を揺らしながら答えた。
「『旧発掘場に関する発掘調査と学園間文献調査による研究の計画』──まあタイトルと
「だからって──」
「あのなノレア、仮にも私は過去1年セツの面倒を見てやってるんだ、少なくとも学科長に寄越す研究計画のクオリティを満たせない実力なぞつけさせてはいない」
「……っ」
「ありがとうございます。学科長」
「まあいつもよりは厳しく見てやらなければなるまい。学科長になろうとするつもりなら、こんなものでは足りない。審査会もそこまで甘くしてやる義理もないのだからな」
「げっ……」
「少なくともこいつは、いつもの100倍の濃度で赤を入れてやろう。死ぬ気で直せよ、セツ!」
「はっ、はい!」
認められた、と言っていいのだろうか。いや、セツの目に宿った光を見れば、自ずから明らかだったのかもしれない。ただ降りてくるままに宿題をこなすよりは、自ら課題を見つけて取り組むほうがよほど良いだろう。ひぃーとこぼれ出てくる唸りにも、不思議と悲壮感は無かったのだから。
「それじゃ、またね」
「はい! ありがとうごさいました!」
「何か困ったらいつでも呼んでくれていいからね」
「本当ですか!? じゃあお気遣いなく──」
「流石に夜中に連絡するのは止めさせます!」
計画書の提出を終えて、駅前まで見送ってもらったところで別れの挨拶を交わした。姉妹の会話にも、活気が湧いたように見える。
「おっと時間だ、じゃあね〜」
「ありがとうごさいました〜」
「お疲れ様でした!」
手を振る2人を車窓から眺めながら、私はひとまず帰路に就いた。
「──今回はどうでしたか?」
「……あまり、うまくは行かなかったなと、そう思います」
「どうことが運ぶのが理想的だったのでしょうか?」
「……セツが過去を気にせず、未来だけを見据えていくことを決意してもらいたかったですね」
「ふむ、ではこれから、あなたはどうしたいですか? アキ」
「……できることなら、アイツをそのまま応援してやりたいと思います」
「その道のりを想定することはできていますか?」
「……はい」
「では予期される事態とその対処について、70000字でまとめて提出してください」
「分かりました」
お読みいただきありがとうございます。
ひとまず第1章を終えました。が、まだこの学園の真の闇の部分はご紹介できていないので、もうちょっとだけ導入が続きます。次回『O Brave New World! ~タダより高いプリンはない!~』編です。
なにかと実際にゲーム・ストーリーとして実装するならどんなギミックがいいだろうか?みたいなことを考えるのが好きな性分なもので、ちょっとメタ表現を入れてみました。話の構成もメインストーリーとイベントストーリーみたいな感じで交互に展開出来ていければなと思います。
次回もよろしくお願いします。