休日。
蒼天魔導騎士学園の浮遊島ではなく、転移門で繋がった
「お、これ家へのお土産に良さそうだな」
女子組が『お買い物女子会』へと出かけていったため、完全に暇を持て余した迅は一人あてもなく街をぶらついていた。
(今日一日は暇だな、特に誰かとも予定は立ててなかったし……ん?)
ふと路地裏に目をやると不穏なオーラを漂わせている三人組が目に入った。無料配布の缶コーヒーをちびちびと啜りながら、路上で暗い顔をして座り込んでいる男たち……先日、決闘を挑んできた荒城隼人とその取り巻きの2人だった。
「おっ、隼人たちじゃん! 奇遇だな!」
「——っ!? 北村!?」
突然上から明るく声をかけられ、隼人たちは跳び上がらんばかりに驚いた。気まずそうに顔を背け、立ち去ろうとする隼人だったが迅が彼らを呼び止める。
「……なんだよ。俺たちはもう、お前を狙う気なんてねえぞ」
「いや、ただ暇だったからさ……何してんだ?」
「……別に。飯食う金がねえんだよ」
隼人は苦々しく吐き捨てた。裏の依頼を反故にして前金を全額返還したため、三人揃って暇なくせに金なしになってしまったのだ。無料のコーヒーで空腹を紛らわせていたという自業自得な状況に、惨めさで腹が立つ。
「なんだ、三人とも腹減ってんのか! だったらなんか奢るよ! ほら、行こうぜ!」
「は!? なんでお前が奢るんだよ! 俺たちは昨日、お前を不意打ちで嵌めようとしたんだぞ!?」
困惑して叫ぶ隼人の腕を迅は楽しそうに強引に引っ張った。
「そんなの昨日終わったろ! 腹減ってちゃ力出ないじゃん。ほら、あそこの店のたこ焼きめっちゃ美味いんだぞ!」
「っ……勝手な奴だな、クソが……!」
抵抗する力もなく、隼人たちは迅に引きずられるように香ばしいソースの香りが漂う屋台へと向かった。
◇
一方、迅たちからは離れた場所にあるブティックのフィッティングルーム。
「きゃー! 氷華ちゃん、このドレスめっちゃ似合ってる〜!」
「マジそれ、こっちの服も普段のクールさとギャップがあって超絶可愛いんだけど〜」
あかりと結衣に囲まれ、氷華は着せ替え人形のように次々と服をあてがわれていた。普段の厳格な制服姿とは異なり、髪を少し崩して年相応の可憐な私服を着せられた氷華の美しさに、二人は興奮しきりだった。
「あの……私には少々派手ではありませんかしら……?」
「そんなことないって! ほら、鏡見てみなよ!」
促されて見つめた鏡の中には、学園首席の怪物ではなく、年相応に華やかで可愛らしい一人の少女が立っていた。
「……不思議な感覚ですわ」
氷華が照れくさそうに頬を染めていると、宵がいたずらっぽい笑みを浮かべて忍び寄ってきた。
「ふふふ、白くて綺麗な、もちもち……えいっ」
「きゃっ!」
宵の手が氷華の細い腰からすっと上方へ滑り、薄手のブラウス越しに豊満な胸の下へと添えられた。そのまま両手で持ち上げるようにやんわりと揉みしだく。
「んっ……!? や、やだ、宵さん……っ!?」
「ん、やっぱりもちもち、ひょうか、かわいい」
「え、やっぱそうなん? じゃあウチは……」
「な、何を……ひあッ!?」
今度はあかりが背後に回り込み、フレアスカートの上から氷華の丸みのあるキュッと引き締まったお尻をポンと触れて、そのまま手のひらで包み込むようにギュッと揉んだ。
「ちょっとあかりさんまで何をして……!」
「うひょー! お尻もすっごい弾力! 氷華ちゃん、ちゃんと鍛えてるのに女の子らしい柔らかさが最高すぎるんだけど!」
「あ、あかりさん……っ! 宵さんもおやめになって……!」
氷華の頬は限界まで赤く染まり、濡れた瞳で抗議するが、二人の手加減なしのお触り攻撃に身をよじらせるばかり。
そこへ結衣が含み笑いをしながら耳を噛む。
「ひゃうんっ!?」
氷華はあまりの刺激に背中を大きく反らし、可憐な悲鳴をあげる。
「ゆ、結衣さんまで……っ! 何をするのですか!?」
「あは、可愛い反応すんじゃん」
「も〜!」
助けを求める氷華だったが宵とあかりはさらに面白がって、氷華の豊かな胸と柔らかいお尻を左右から挟み込むように揉み捏ねた。
「え〜? だって氷華ちゃん、身体も仕上がりすぎてて触り心地最高なんだもん!」
「迅に見せる前に、ウチらがたっぷり堪能しとかないとね〜」
「迅さんは関係ありませんわ——きゃあんっ!?」
フィッティングルームに氷華の甘い悲鳴と女子たちの賑やかな笑い声が響き渡る。
友人と他愛もなく戯れる……だが少し過激に……そんな当たり前の日常が、氷華には照れくさくもたまらなく愛おしかった。
(……迅さんは、これを見たら何とおっしゃるかしら)
戯れも終わって鏡を見ると美しい姿の自分。ふと頭に浮かんだ金髪の少年の顔に胸の奥がふっと温かくなる。
「……ねえ氷華ちゃん、迅のこと考えてたでしょ?」
「なっ! 違いますわあかりさん! 私はただ……!」
慌てふためく氷華を見て、あかりたちは「かわいー!」「迅には勿体なさすぎる〜!」と楽しそうに歓声をあげた。
◇
「アチッ……うっま……!」
屋台横のベンチ。出来立て熱々の大きなたこ焼きをハフハフと口に放り込み、隼人は目を見開いた。取り巻きの2人も「う、うめぇ……」と涙目になりながら勢いよく頬張っている。
「だろ? ここのたこ焼き、サクサクふわふわでマジで美味いんだよ!」
隣で同じように口いっぱいに頬張る迅を見て、隼人は箸を握りしめたまま俯いた。
「……なんで俺たちに優しくするんだよ。理由を言えよ」
「うーん……強いて言えば、昨日のお前らの目が本気だったからかな」
迅はたこ焼きを口に飲み込み、空を見上げた。
「卑怯な手を使ってきたけど、勝ちたいって気持ちは本物だったろ? 俺さ、本気でぶつかってくる奴……嫌いになれないんだよな」
「……お前、バカだろ」
隼人は自嘲気味に笑った。
依頼主から『北村迅を再起不能にしろ』と言われ、金につられて引き受けた。だが目の前でまっすぐに自分たちと向き合い、腹を満たしてくれるこの少年に……もう手を出せるはずがなかった。
「……気をつけておけよ、北村」
隼人は声をひそめ、真剣な目で迅を見た。
「俺たちに依頼を出した奴がいる。お前が零条氷華と急接近しているのが気に入らない……学園内の派閥の誰かだ」
「へえ……裏で誰かが糸を引いてるのか」
迅は驚く様子を見せずになんだか楽しそうにニヤリと笑った。
「まあ、誰が来ても返り討ちにするけどな! それより隼人たちも、今度の合同鍛錬、一緒にやろうぜ! お前らの連携、もっと磨けば絶対強くなるって!」
「……は? 誰がお前なんかと鍛錬……」
「いいじゃん! 友達だろ!」
あっけらかんと笑う迅に隼人は深いため息をついた。だがその口元は不器用そうに緩んでいた。
「……たく。たこ焼きの貸しはそこで返してやるよ」
◇
翌日、1年A組の教室にて、いつも通り登校してきた迅の前に、あかりたちに背中を押された氷華が立っていた。普段の厳格な制服ではなく、昨日買った少し華やかで可愛らしい私服に、軽くアレンジされた髪型。
「お、氷華! おはよう……て、おお!」
「……おはようございます、迅さん」
氷華は上目遣いに迅を見つめ、緊張で指先をぎゅっと握りしめた。あかりたちが遠くから「どうだ!」と言わんばかりの顔で見守っている。
「……どうでしょうか? その……いつもと、違いますけれど」
迅は氷華をじっと見つめ、そして……スカッとした笑顔を浮かべた。
「おお! すごい似合ってるぞ、氷華! めっちゃ可愛い!」
「っ……!」
ストレートな称賛に、氷華の顔が一気に朱に染まる。だが迅は続けて、真剣な目で氷華の目を見た。
「でもさ」
「……でも?」
「俺は、普段の凛とした氷華も大好きだからな!」
「……っ! ありがとうございます、迅さん……私も、そのままのあなたが好きですわ」
「おう! ありがとうな!」
無邪気に笑い合う2人を微笑ましそうに見つめるあかり、結衣、宵の3人組だった。
そしてその日の放課後。闘技場には、氷華と迅、そして観客席から二人を見守るあかりたちと……なぜか気まずそうに腕を組む隼人たちの姿があった。
「それじゃあ試合、開始!」
「いくぞ氷華!」
「ええ、迅さん!」
今日も一日は彩られていく。