学園の浮遊島から転移門をくぐった先——そこに広がっていたのは、深い緑と濃密な魔力に満ちた『魔導大演習森林』であった。
頭上を覆う巨木の葉から木漏れ日が差し込む中、生徒たちは割り振られた討伐および素材採取のエリアへと足を進めていた。
「うー、教室で座学を受けてるよりはマシだけど、やっぱり森の中ってジメジメしてて嫌だなあ……」
あかりが背の低い草を蹴りながら大きなため息をつく。指定の魔導素材『琥珀茸』を回収するのが今回の目標だ。2人1組のペアで『2人組作って―』の結果、北村迅とあかりがペアを組むことになっている。
「文句言うなって。ほら、足元注意しろよ。このへん湿地だから滑りやすいぞ」
手慣れた様子で前方の雑木をサバイバルナイフで払いながら進む迅。その背中を見つめながら、あかりは「へー」と感心したように目を丸くした。
「てかさ迅、マジで森歩くの手慣れてね? ウチより全然足取り軽いんだけど」
「まあな! 学園に入る前、今もだけど冒険者として働いてたんだよ」
「え、冒険者!? マジで!?」
あかりが驚愕の声をあげると迅は「おう」と頭を掻きながらなんてことのない様子で笑った。
「俺さ、妹と……弟が8人いるんだよ。下はまだ3歳でさ。そんで育ち盛りのメシ代がヤバくてさ! だから俺が長男として頑張って、冒険者の報酬で妹たちの学費と食費を稼いでたんだ」
「き、9人きょうだい……長男……っ!?」
あかりは絶句した。自分のことしか考えずに遊んでいる同世代の男子たちとは訳が違う。迅が見せるあの強さと明るさは家族の生活を背負って戦ってきた『本物の長男』としての責任感から来るものだったのだ。
「……そっか。迅ってマジで根性あるし、しっかりしてんだね」
感心したあかりは、ふと思い出したようにクスッと笑いながら言葉を続けた。
「あ、そういえばさ! 全然関係ないんだけど、最近結衣と宵の距離感マジで近くない?」
「え? そうか? 友達ならあんな感じじゃね?」
「ううん、前より絶対バグってるって! 結衣なんて宵に膝枕しながら髪梳かしてあげたり、宵も宵で当然みたいに結衣の抱き枕になってるじゃん? 目の毒っていうか、見てるウチがちょっとドキドキしちゃうんだけど~」
「あはは! 仲良いのはいいことじゃん。まあ、宵はお姉ちゃんぶる結衣に甘えるのが上手いよな」
「ホントそれ! マジで尊い~」
迅とあかりが楽しそうに笑う。他愛もない雑談で場を和ませつつも、あかりは内心で迅のギャップにすっかり惹かれつつあった。
(……やば、迅ってばマジで頼もしくてかっこいいじゃん……)
あかりが不覚にも胸をキュンとさせていた、その時だった。
――ガサガサッ!!
「――ッ! あかり、下がれ!」
迅が咄嗟にあかりの腕を引いて庇う。
草むらから姿を現したのは、十数匹におよぶの大きなトカゲの群れだった。
「マッドリザードだな……凶暴なのはそうだがなんか興奮してるな……!」
「な、何これ!? こんなに群れるとか聞いてないんだけど!?」
「何かに狂わされてるな……! でも、逃げ切れねぇ! あかり、一気に片付けるぞ!」
「……っ、りょっ! 出番だよ、《
「かかってこい、《
あかりが不敵な笑みを浮かべて赤と黒に彩られた二丁拳銃を、同じく迅も青白い雷光が迸る直刀を顕現した。
「『迅雷』ッ!」
迅が雷光とともに一瞬でマッドリザードの硬い頸を刎ねて群れの後ろに着地し、群れの視線をそちらに誘導したところであかりが引き金を引きまくる。
「オラオラオラァ!」
あかりの二丁拳銃から放たれた火球がマッドリザードに連続着弾し、ド派手な爆発と爆風が群れを次々と吹き飛ばしていく。迅はその爆風の隙間を雷光となって駆け抜け、体制を崩した魔物たちを手にした小太刀で一瞬のうちに斬り伏せていった。
完璧な遠近の連携技だったが、森の奥から地響きと共に群れの親玉である一際巨大な『ブラッド・マッドリザード』が木々をなぎ倒して飛び出してきた。
「あかり!」
「任せなさいって!」
あかりが二丁拳銃を交差させ、撃ち出した高密度の爆裂弾が親玉の頭に触れて大爆発を起こす。
巨体がよろめき隙が生まれた一瞬、迅は呼吸を整えつつ魔力を練って凝縮、地面を踏み込んだ片脚で一瞬で何度も蹴ることで『迅雷』の何倍もの加速を実現した。
「――『迅雷・襲』ッ!!」
『ドォンッ!!』と衝撃波、残像すら残さぬ跳躍と突進、稲妻と化した迅が親玉の巨体から頸を切断して吹き飛ばす。
「はぁ……はぁ……っ! できたぜ……!」
新技の反動と急激な魔力の大量消費により、迅の膝がガクリと折れる。
あかりが銃口の煙をフッと吹き消し、「迅、すごーーい!」と駆け寄ろうとした――まさにその瞬間。
倒れた親玉の影から隠れていた1匹のマッドリザードが動けない迅の背後へ向けて毒爪を振り下ろそうと跳びかかった。
「迅ッ!? 後ろ――!」
「んん――!?」
あかりの悲鳴が響く。フレンドリーファイアも気にせず引き金を引こうとした――その時だった。
空気を凍てつかせる絶大な冷気とともに、どこかから一直線に放たれた凍らせた枝が迅の背後に迫っていた魔物の胴体を正確に貫いた。
「枝!?」
「ギ……!?」
魔物は一瞬で凍り付き、地面に着地したところで砕けていった。
「……あぶないところでしたわね、迅さん」
少しして現れたのは静かな、けれど凛とした声。木漏れ日を浴びながら姿を現したのは、白銀の髪をなびかせた氷華だった。
「ま、マジで届いちまった……」
その後ろからは苦笑いを浮かべた隼人の姿もある。どうやら走ってきたようで少し息が荒くなっている……氷華の呼吸は整っていた。
「氷華! 隼人も! お前らペア組んでたのか!」
「ま、まあ余りもんでな」
「あはは……」
隼人が呆れつつも肩をすくめる。氷華は速足で迅のもとへと駆け寄ると、立ち上がろうとした迅を手助けする。
「お怪我はありませんか、迅さん……?」
「ありがとな氷華! 助かったよ……ちょっと反動がきつくてな……」
へらっと笑う迅の顔を間近で見つめ、氷華は心の底から安堵したように胸を撫で下ろした。その瑠璃色の瞳には迅への深い愛おしさと無事を喜ぶ温かな熱が宿っていた。
「大丈夫ー!? てかどっからやったの!?」
「あかりさんもご無事で! ええと、爪の先ほどの大きさでしたので……150mほどかしら?」
「や、やべー……」
氷華が微笑んでいる横で隼人がその精度にドン引きしていた。
「すっご! ウチよりも銃上手く使えるんじゃ!?」
「……やっぱすごいな、氷華は」
あかりが尊敬していた隣で迅が感嘆のため息をこぼす。
「俺もこんぐらいのことができるように強くならないとな!」
迅は木漏れ日の差し込む氷華の姿に綺麗だなと思いながら自分の胸を強く叩く。
「ええ、一緒にやってみたいですわ!」
「ウチもウチもー!」
「俺は……ま、いずれはできるようにならねえとな」
魔物の異常を報告しながらも、2組は別れて課題を進めていくことに。
「……ほんと、すごかったな」
「マジでねー!」
「ちょっとは近づいたかなと思ったけどまだ全然遠いぜ」
改めて氷華の強さを実感しつつ、自分もそれに追いつかんと決意を新たにする迅なのであった。