「迅! ほら、遅い遅い!」
春空の下、王都の大通りに明るい声が響き渡った。
すっかり春になった風が桜の枝を揺らし、淡い桃色の花びらが石畳へひらひらと降り注いでいる。休日ということもあり、通りは甘い焼き菓子の香りと人々の賑わいに包まれていた。
「おいおい、集合時間30分前じゃねえかよー」
「今日はウチらがプロデュースする『迅の強制リフレッシュ休日』なんだから、時間なんていくらあっても足りないの!」
集合場所に立っていたあかりは、トレンドのショートパンツスタイル。伸びやかな脚線美が眩しく、動きに合わせて健康的で柔らかな太ももが覗いている。
「迅って意外と服のセンスあるね」
その隣には胸元のレースが可憐なふんわりとしたワンピース姿の結衣。柔らかな布地越しにもわかる豊かな胸のふくらみが確かに確認できた。
「ん……私の服、どう?」
そして大きめのパーカーに身を包んだ宵はダボッとした服の隙間から華奢な鎖骨を覗かせ、眠そうにあくびをしている。
「うおっ……お前ら、なんか気合入りまくってんな……! すげえ良いぜ!」
少し離れた場所から駆け寄ってきた迅が、三人を見て思わず目を丸くした。
「そりゃ気合い入りまくりよ! 今日は迅を絶対に休ませる日なんだから!」
「最近の迅、放っておいたら休日まで鍛錬しそうだからね」
「じん、休みの日くらい休む。常識……」
「いや、俺だって休むときは休むぞ!?」
必死に反論する迅だが、追及されると昨夜も一昨夜も『迅雷・襲』の鍛錬をしていたことがバレ、あかりに「今日一日は鍛錬・依頼・勉強、全部禁止!」と指を突きつけられてしまう。
そんな賑やかなやり取りをしていると人込みの向こうから、一際目を引く人物が歩み寄ってきた。
「……みなさん、お待たせいたしましたわ」
白銀の髪をハーフアップにまとめ、シックな紺色のブラウスとフレアスカートを纏った氷華だった。普段の凛とした制服姿とは異なり、薄手のブラウスからはしなやかなボディラインがうかがえる。
「氷華……めっちゃ似合ってるじゃん。すごく綺麗だ」
迅の素直な一言に、氷華の頬が一瞬で朱に染まった。
「そ、そう……でしょうか……っ!?」
照れ隠しに視線を泳がせた瞬間、氷華の魔力が暴走。パキパキパキッ、と音を立てて氷華から迅の足元が薄く凍りついた。
「氷華照れすぎ、迅の足元凍ってるし」
「ひょうか、顔真っ赤。かわいい……」
宵がひんやりした氷華にすりすりと抱きつき、豊満な胸をもちもちされて氷華は「ひゃいっ!?」と変な声を上げてさらにパニックに陥るのだった。
「まずは迅のその『とりあえず動きやすい服を着てきました』感をどうにかしなくちゃ始まらないわけよ!」
あかりが迅の背中をバシバシと叩きながら指差したのは人気のブティックだった。洗練された店内には上質な生地の香りと落ち着いたBGMが漂っている。
「おおー、なんか場違いだな……」
「大丈夫、これから似合うようになるから!」
あかりに腕を引かれ、結衣と宵、そしてようやく頬の赤みが引いた氷華に囲まれるようにして、迅は店内のフィッティングルームへと押し込まれた。
「迅って顔立ちがキリッとしてるから、少し落ち着いた雰囲気も似合うと思うんだよね」
「ん……普段が野生児だから、ギャップを狙う。知性派……」
「知的な感じ、ですわね。それなら……少し知的で落ち着いた『大人な眼鏡男子』スタイルなど、いかがでしょうか?」
女の子たちの目がキラキラと輝く。次々とフィッティングルームのカーテン越しに服や小物が放り込まれた。
「これどう着るんだ……?」
「ああ、これはね……」
「あ、眼鏡はこれが絶対似合う!」
数分後、カーテンが開かれる。そこに立っていたのはいつもの無骨な雰囲気とは一変した迅だった。
深みのあるネイビーのテーラードジャケットに、落ち着いたグレーの細身のパンツ。インナーには柔らかな質感の白シャツを合わせ、仕上げにあかりが選んだ細フレームの知的な眼鏡がその顔立ちを引き締めている。いつもは乱れた髪も少し整えられ、まるで名門校の若き天才学者か、良家の上品な少年のようだ。
「……どうだ? なんかソワソワするんだが……」
迅が少し照れくさそうに眼鏡のブリッジを指で押し上げると、女の子たちの息が止まった。
「……っ! やば、想像以上にいい……っ!」
あかりが顔を赤くしてガバッと顔を背ける。
「すごい迅……! いつものとは違う、なんだかドキドキしちゃう大人の雰囲気……」
結衣はうっとりと胸の前で手を組み、宵はパチパチと無表情ながらも猛烈に拍手をしている。
「じん、知性あふれてる。知的な迅……カッコいい……」
「……あ、あまりにもお似合いで、その……胸が締め付けられるようですわ……」
氷華は両手を頬に当て、熱っぽい視線を迅に注いでいた。結局、そのコーディネート一式は女の子たちのゴリ押しで購入決定となった。
買い物を終えた5人は通り沿いにあるテラス席付きの隠れ家風喫茶店でひと休みすることにした。
「迅を着せ替えるの楽しかったー!」
「甘いパフェ、おいしいねじん」
店内は程よく空いており、一番奥のボックス席に通された迅。しかしなぜか迅の左右をあかりと結衣、正面を宵と氷華に挟まれるという謎の密着フォーメーションが完成していた。
「な、なんか距離近くねー?」
「気のせい気のせい! ほら迅、あーんしてあげる!」
あかりがショートパンツから伸びる健康的な太ももを迅の脚にぴったりと押し付けながら、ケーキのフォークを口元へ運んでくる。身を乗り出した弾みにあかりの胸元からふわっと甘い体温が伝わってきた。
「お、あかりやるぅ。迅、私のアイスも食べて?」
反対側に座る結衣が負けじと寄り添ってくる。柔らかいワンピース越しでもはっきりとわかる、結衣の豊満で豊かな胸のふくらみが迅の腕に『むにゅっ』と押し当てられた。ダイレクトに伝わる柔らかさと体温に、迅の心臓が跳ね上がる。
「結衣、当たってる! 当たってるから!」
「ふふっ、当ててる~」
「じん、私のジュースも飲む……? ひんやりしておいしいよ」
さらに正面からは宵が前屈みになってダボッとしたパーカーから谷間が覗いていた。
「宵っ、見えてる見えてる……!」
「くすくす、じん、かわいい……」
「み、皆さん……! わ、私も何かしないと……」
「やらなくていいって……!」
押し寄せる柔らかい感触と甘い香りの暴風雨に、迅の理性が今にも焼き切れそうだった。
「すまん、ちょっとお手洗い行ってくる……!」
熱気に耐えかねた迅は逃げるように席を立ち、店の奥にあるレストルームへと向かった。
冷たい水で顔を洗い、ふぅと息を吐き出す。鏡に映る眼鏡姿の自分を見て「慣れねえな」と苦笑いしながら、ハンドドライヤーで手を乾かした。
(……ん?)
ふと、背後から気配を感じた。
『――振り向くな』
告げられたのは感情の削ぎ落とされたノイズ交じりの機械音声だった。
(――っ!? 鏡には何も映っていない……!)
迅の全身の肌が泡立ち、無意識に魔力が体表を巡る。だが相手に敵意や殺気は感じられない。
「……何者だ?」
迅は背後を振り返らず、前を見据えたまま静かに問う。
『私が何者かはどうだっていい……警告だ。零条氷華にこれ以上関わるな』
機械音声は淡々と宣告を続けた。
『彼女は特別な存在だ。貴様のような劣等種の異物が関わることは彼女の破滅に繋がる……引き返せ、北村迅』
氷華の名前が出た瞬間、迅の瞳に鋭い光が宿った。しかし迅は怯むどころか鼻で笑ってみせた。
「警告ありがとな、だがこれからも関わりまくってやるぜ」
『何……?』
「氷華は友達で……ライバルだからな!」
強い意志を宿した迅の言葉に、機械音声は一瞬だけ沈黙した。
『愚かな……。だが、警告はしたぞ』
チリッと空間が爆ぜる音がして背後から気配が完全に消え去った。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
迅はふぅと息を吐き、何事もなかったかのように廊下を歩き出した。パタパタと足音が響き、曲がり角から氷華が心配そうな顔を覗かせる。
「迅さん……? 遅いので、何かあったのかと……」
「おう、氷華。なんでもないぞ、手が乾きにくくてさ」
迅はいつもの屈託のない笑顔を浮かべてひらひらを手を振ったのを、氷華は嬉しそうに頬を緩める。
「さ、戻ろうぜ。あかりたちが待ちくたびれてる」
「はいっ、迅さん! ……あっ」
氷華はふと思い至って迅の腕を抱き寄せる。彼女の豊満でもちもちの胸が柔らかく歪む。
「ちょっ、氷華……!?」
「ふふっ、私だけできてませんでしたから」
「しなくてもいいと思うんだけどな……」
不穏な影を感じつつも迅は自分の大切な日常と仲間の笑顔を守り抜くことを胸に誓い、賑やかなテーブルへと戻っていくのだった。