第一章 第五話
途絶
先輩達のおかげか、その日の朝は特に何事もなく迎えられた。
寝る前の準備が無駄になったことに安堵しつつ、朝食の準備を手伝い、昨日の残りの食材を投入した簡単な料理に舌鼓を打ち、朝の支度を整え装備の確認を行う。
服装。髪紐にほつれ無し、革の胸当てと手甲、靴紐、靴底の目詰まり、背嚢の位置、全て問題なし。いつも使っている腰回りのポーチ、地図、地図ケース、筆記具、地図関連器具も紛失、損傷無し。
武装。
以上、全部問題無しである。『パーフェクトだ』と脳内サムズアップおじさんも親指を立てている。
今後も演習があるなら
説明も終わりいざ森の中へ。
最初は、昨夜の獣の遠吠えもあり落ち着かない様子だった一年生達も、何も起きない移動の中で緊張が抜けていったのか、段々と学園内での調子を取り戻してきた。私も地図上でランドマークになり得る物を書き記し、班員から今どこにいるかを答えながら歩いていた。
――後列から悲鳴が上がる。隊列全てに緊張が走る。
反射的に悲鳴が上がった方向を見れば、そこには魔獣
教官も生徒を守ろうと動いているが、完全に想定外だった大規模な魔獣の襲撃で、混乱状態に陥った生徒達が勝手に戦闘態勢を取り乱戦状態に突入しかけている。
――興奮状態の魔獣の息遣いが、こんなに生々しいなんて知らなかった。散発的な抵抗で、負傷した傷から流れる血があんなに飛び散るなんて知らなかった。
怖い。
――『意識して深呼吸しろ』と
ならどうする? まずは救命!
判断が決まってからは早かった。銃杖をライフルのように構え、今まさに組み付こうとする
その空隙に、あえて大声で班員に指示を出す。
「第九班!周辺警戒しつつ護衛戦闘開始!魔獣を追い払ってから負傷者を引き摺って来て!」
「お、おう!」
その直後、空から風系統の魔法が大量に降ってきた。
――――――
エルネスティSide
上空から突入して目に付く魔獣を倒した後、一人の少女の姿が目に留まる。
灰色の髪を後ろで一纏めにした小柄な少女。腰には小剣にやけに中身の詰まったポーチ。そして、その手にあるのは、見慣れた形状で見たことのない形の
しかし、注目するのはそこではない。
右肩に
――そう、射撃だ。明らかに杖の使い方ではない。
魔獣を蹴散らしながら覗き見てみれば、銃剣で突き刺し、何らかの魔法の影響か痙攣し動きの止まった魔獣から銃剣を引き抜き後退。動きの止まった魔獣に、別の生徒が両手剣を首に叩き込んで沈黙させている。
明らかにライフルの戦い方を知っている。気になる理由はただ一つ――
(僕、そんな使い方教えた覚えがないんですよね)
記憶力には自信はあれど、見逃していたのだろうかと思いながら、まずは無茶をしたアディを叱りに行くことにする。
――これが、後に長い付き合いになるリヴァルレーネ・オービターを初めて認識した時だった。
――――――
その後、
拠点は、出入り口に普段以上の防衛体制を敷かれ、周囲も即席ではあるが防衛線を強化されている中、即座に教官と防衛役に就いている以外の
一年生は負傷者あれど死者無し。全員拠点内にいるから安全は確保されているが、問題は森の奥で演習していた上級生達だ。現在位置不明、なにせ浅い層でさえあの魔獣の数だ。そちらが襲われていない保証なんて期待出来ない。
「二、三年生の進路は分かりますか?」
「難しいな。演習の目的を考えると森の中の全域に広がっているはずだ」
「その上でこの事態だ。予定通りの場所に居る保証がない」
そんな会議内容を聞きながら、手持ちの地図とメモ帳に情報を書き連ねる。時計を持っていたらもっと正確な時間表記が出来たのに……。
――時刻不明、感覚的には二十三刻頃。クロケの森浅層に魔獣出没。突発的防衛戦開始。大まかな魔獣の出現位置の地図に記録。
――時刻不明、体感的には防衛戦開始から半刻後。
――二十八刻、拠点帰還。不測の事態に備え防衛線強化。上級生の現在地不明、対策――
「何を書いている?」
声がしたので顔を上げてみれば、そこには私に地理の道に引き込んだ教官が居た。
「地図を見て、情報を整理しています」
地図上に目線を戻し、筆記具を動かしながら話を続ける。
「魔獣がどの方角から来たのか大まかにでも判れば、上級生達の現在地の予測になるかもしれませんから」
魔獣は獲物を探す時や地形を避ける時では進路を変えやすいが、追う時や追われる時は一直線になりやすい。一年生達が遭遇した魔獣の大規模な群れは、複数の魔獣の混成編隊だった。
これはおかしい。別種の魔獣が遭遇した際起こるのは、大抵の場合縄張り争いか弱肉強食の戦いかだ。こういった複数の魔獣が争わず移動する場合――
「ナニカから逃げてる…?」
「どうした? 何に気付いた?」
教官の声に、潜り込もうとしていた意識を引き戻し、顔を上げて答える。
「魔獣の動き方がおかしいです。別種の魔獣が争わず一直線に移動している。まるで、なにかから逃げているみたいな……」
情報が足りない。絞り込めない。一体何が起きている?
「…その感覚は重要かもしれない。意見として上げておこう」
そう言って教官は離れていった。
そうして地図を睨みながら過ごし陽が沈む前、上級生達は負傷者あれど死者無しで帰還した。怪我を負った上級生が臨時救護テントや馬車に運び込まれる中、私は疲労困憊の上級生達に白湯を配りながら聞き込みを行っていた。
――複数の上級生からの証言を繋ぎ合わせると、魔獣の移動方向には法則性が見出だせる。
その情報を、私は教官に告げた。
「やはり、魔獣は何かから逃げている可能性が高いです」
時間表記は24時間を48分割したものを採用。つまり一刻=30分になります。0基準点は午前0時。
面倒になったらサラッと24時間表記にします。