やっとシグナル要素の欠片を出せた。
第一章 第六話
情報
上級生達から集めた情報を統合すると、魔獣の移動方向が不自然なほど単一方向に偏っている。合流する前までは近くの広場で迎撃していたようだが、見当識のズレを考慮しても森の奥から浅い層へと向かう魔獣の群れの流れが地図上からも読み取れる。
話を聞いた上級生に事情を説明し、地図を見せて見識を求めても、同じ見解を示した。
――
指揮能力を持った特殊個体が現れたにしては、率いる魔獣が雑多にすぎる。となると、可能性が高いのは『なにかから逃げてきた。あるいは逃げ出すほどのなにかあった』になる。あくまで現時点での仮説だが、考慮に入るだけの信憑性はあるように思う。
「という訳でこちら、聞き取り調査で判明した魔獣の種類に出現方向と遭遇位置、分かる範囲で遭遇時間をまとめた地図になります」
「うむ。確認する」
教官に地図を渡し、少しだけ考えに浸る。
予想外の結果ではあったが、魔獣相手に
刺した時点で致命傷なのは兎も角、方向性としては間違ってはいなかったように思う。
というのも、私は中級魔法…今回の場合は、
そんなことを考えていたら、教官の声が耳を打つ。
「確認だが、この最初の遭遇位置はどうやって割り出した?」
「はい。まず聞き込みを行った上級生の本来の演習行程を確認後、予想される移動速度を地図上で算出した後に、遭遇時間と合わせて計算したものになります」
教官の質問に即座に返答する。
時間と空間は、切っても切り離せない関係にある。
「証言上の誤差はあれど、魔獣は森の奥から移動してきている、か」
「はい。それも、複数の魔獣が人間は襲うのに、別種の魔獣と積極的に争わずにです。指揮が可能な特殊個体が生まれた可能性も考えましたが、それだと共生関係にない複数種の魔獣が徒党を組む理由としては弱いかと」
「それで、なにかから逃げている。あるいは逃げ出すほどのなにかが奥地で起きている可能性が高いと考えたんだな?」
「そうなります」
そこまで言った所で、教官が顎に手を当てて考え込む。数秒後、私の方を見て教官は言う。
「これを前提に動くのは危険だが、小隊級魔獣や大隊級魔獣以上が出現している可能性を否定出来ないか。……オービター、地図を借りても良いか? 他の教官や
「了解しました。後でちゃんと返してくださいね」
教官に地図を預けた後、私は班員の集まる広場へと戻る。負傷者を動かせるよう応急処置をしていった結果、今は既に夕方。この異常事態に、夜間移動するのは危険過ぎるという事で、一晩はこの防衛陣地で耐え抜き夜明けと共に森を抜け脱出。生徒達の安全を確保した後、最寄りのヤントゥネン守護騎士団に、詳細な調査を任せるといった流れになるだろうか?
そう考えていると、情報の伝達速度が遅いと前世の知識が呟く。狼煙や信号弾は伝える速度は速いが、天候や地形、時間に左右されやすく情報量に難がある。伝令や早馬は情報量は多いが、速度や敵襲への対処能力に難がある。
先に気付いたであろう上級生達が狼煙や信号弾を上げていた可能性もあるが、森の中だと安定して確認するのは中々難しい。何か無いだろうかと考えていたら、前世の知識が一つの完成形を提示してきた。
――無線通信。
人の声を別の物に変換し、遠くまで届ける機構。速度で言えば狼煙に並び、情報量は伝令を超える。中間に人を介さないので妨害も困難。妨害技術自体はあるようだが、現時点で考える意義は薄いように感じる。
相変わらず完成形と使用法、メリットばかり投げてくる知識だけど、これは作る価値が高いように思う。だって、情報の速度が文字通り変わる。前線の声が即座に届くなんて、夢のような技術だ。
学園に戻ったら開発出来ないか教官達に聞いてみようと考えていると、敵襲を知らせる鐘が陣地に響き渡る。
どうやら考えている暇は、あまりなさそうだ。
――――――
襲撃を警戒し、度々起こる魔獣の襲撃に生徒達は疲労困憊だった。
大抵の小型魔獣は
それでも、朝になればこの危険な場所から逃げられると交代制で夜警を続け、朝日が昇る前に、激しい警鐘が打ち鳴らされる。魔獣の襲撃よりも明らかに激しい警鐘に、何かしらの異常事態が発生したと見て防衛を
樹木の砕け倒れる音や巨大なものが歩くような揺れを感じながら、いつもの装備に欠けが無いことを確認し、班員と相互に指差し確認を済ませて馬車に乗り込む。
教官と
朝日を遮ってそいつは現れた。
周囲の樹木を容易く砕き歩く巨躯。剣山のような甲殻を全身に纏った魔獣。誰もがその脅威に動けない奇妙な静寂の中、そいつは口を開け、吼えた。
それだけで状況は一変した。
魔獣周辺の樹木が砕け散り、音圧に
(――これ、死――)
人が戦って勝てる相手ではない。最低でも
「我々でベヘモスの注意を引く! 皆、手を貸してくれ!」
白い
荷台の上から白い
――――――
幸い移動中の馬車は魔獣と交戦することもなく、クロケの森とヤントゥネンの間にある街道まで欠けなく撤退することが出来た。轟音や咆哮が響き、外れた
(それでも、ベヘモスが居なくなったわけじゃない)
護衛に就いていた
せめて、ベヘモスの接近を警戒するのが最善だろうか?
「教官」
「ん? …オービターか。お前の地図と予測が無かったら、撤退も遅れていた。礼を言うぞ…ありがとう」
「はい。お役に立てたようで何よりです。…それでですね、教官に許可を頂きたいことがありまして」
「……なんだね?」
「遠眼鏡を借りたいのと、
――――――
物見櫓案は却下されたが、遠眼鏡は貸してもらえた。何をするのかと言えば、ベヘモスの長距離偵察である。師団級とされるベヘモス相手に、ライヒアラ騎操士学園の
そうして狼煙を上げ、伝令を走らせたヤントゥネン方面からヤントゥネン守護騎士団が押っ取り刀で駆け付け、ライヒアラ騎操士学園の教官から情報を受け取り、再度ヤントゥネン方面へ伝令を走らせてから、クロケの森内部へと破城鎚を運び込んでいく。私はそれを見て、地図上に記録する事しか出来なかった。
――十四刻にヤントゥネン守護騎士団が突入してから二刻後、十六刻頃。
ベヘモスの活動停止を確認。死傷者を多数出しながらもベヘモス討伐に成功。しかしそれは、師団級魔獣討伐の記録として、あまりにも少ない被害であった。
リヴァ「なんかヤバいのいるかも」
教官「ほーん、理屈も通ってるし一応警戒しとくね」
↓
教官「ベヘモスやんけ!? はよ生徒逃さんと!!」
これで撤退準備が早まりましたが、間に合いませんでした。
この小説内ではベヘモス遭遇を九刻=午前4時半頃と想定しています。原作でエルが2時間以上戦闘したことを考えても、そこまで致命的な時系列の破綻は無いはず……。