第七話 信号
ベヘモス討伐の功績に沸くヤントゥネンの一角で、教官達が負傷者の本格治療と生徒の人数確認に駆け回っている。
ライヒアラ騎操士学園の被害もゼロではなかった。注意を引き、遅滞戦闘に注力したのが功を奏したのか被害は少ないと言えるものの、幻晶騎士の多くが損傷し、八機が大破した。特に紅い幻晶騎士は激しい機動と戦闘で手脚が崩壊し、胴体と頭部だけはなんとか残り騎操士を生還させたそうだ。なんとも主人想いの忠義者である。
騎操士科上等部の生徒は、五名が死亡。戦闘参加した約半数が負傷した結果となった。
ヤントゥネン守護騎士団にも当然被害が出た。十数名の死者が出たとのことだが、これはベヘモスのような師団級魔獣相手と考えると驚異的と呼べるほど小さな被害だそうだ。だが、クロケの森でベヘモスと遭遇する前に、バルゲリー砦がベヘモスによって壊滅。現在被害確認中との情報もある。
そんなことを考えながら、私は地図上に情報を整理していく。
ヤントゥネン守護騎士団があれほど早く戦力を集結させ、クロケの森まで派遣し、さらに破城鎚なんて通常の魔獣相手には使わない代物まで持っていたのは、事前にベヘモスの出現情報を掴み、戦力集結を待ってから出陣したと見て間違いないだろう。師団級魔獣相手に大隊規模で攻撃を開始する決死隊の様相であったが、それでも彼らの多くは生還した。
私は、それをあまり喜べなかった。
多分、数十名程度の死者で済んだと捉えるか、数十名もの死者が出たと捉えるかの違いなのだろう。私は後者の側だった。
運が良かった、とするのは、あまりにも情がないがそうとしか言えない。その運がなければ、私達も含めて全滅もあり得た。運ばれてくるバラバラに砕けた幻晶騎士の残骸を見ると、余計にそう思う。
誰もが最善を尽くした結果、ベヘモスの早期討伐という髪の毛一本ほどの可能性を掴んだ奇跡という奴なのだろう。
――奇跡。なにやら耳触りの良いこの言葉は、希望の所在を表すものではない。寧ろその逆、
無常だ。あまりにも無常。しかし、それを否定出来ない。
伝令はどれだけ速く駆けても、時間の壁を越えられない。戦力集結にしても、そこにかかる時間の壁は厚い。遅れれば遅れるだけ、死者が増える。
ベヘモス事変。巷ではそう呼ばれる事件の中で、私は一つ教訓を得た。
――情報の遅れは、人を死なせる。
なら、情報の『距離』を短くすればいい。
――――――
ヤントゥネンに滞在して三日後、教官達の人数確認も終わりライヒアラ騎操士学園に戻れることになった。
ヤントゥネン滞在中に何をしていたかと言えば、前世の知識が囁いた『無線機』の概要と、どうすれば作れるか。
専門家に頼る前提ではあるが到達点を提示して、そのために必要な段階を作る。技術に明るくない素人の発想ではあるが、なぜ必要なのかは説明できる。これを比較的関係の深い地理学教官の下に持ち込み、必要と思われる教官へと繋いでもらう。
後から聞いた話ではあるが、この時の私は鬼気迫る様子だったそうだ。近くに居た子にも怯えられていたらしい。
ごめんね……。
ライヒアラ騎操士学園に到着後、地理学の教官を捕まえて要件を伝える。新しい情報伝達手段を魔導具として作りたいと言うと、教官は初めは怪訝な顔をしていたものの、了承してくれた。
そうして放課後、時間を作ってくれた情報科、錬金術科、魔導刻印科の教官たちが集まる部屋へ、地理学の教官に連れられて踏み込む。
「紹介しよう。今回我々を集めた発起人であるリヴァルレーネ・オービターだ」
「ご紹介にあずかりました。騎操士科中等部一年生のリヴァルレーネ・オービターです。教官の皆様には、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
ペコリと一礼。目上の方への礼節は大事だ。
「噂の地図読み少女だね。はじめまして」
「さて、事前に通された話では、新しい情報伝達手段を作りたい。とのことだったが、まず何故そう思ったのか。聞いてもいいだろうか?」
「はい」
ここからが本番だ。ここで躓けば、道がより遠くなる。
「ベヘモス事変の際、私は魔獣の動きを見て違和感を感じ、地図上に情報を集めて整理しようとしていました」
「補足すると、オービターの集めた情報から『魔獣がなにかに押し出されるように移動している』と判断し、撤退準備を早めることになりました」
地理学教官の援護が入る。
「その時に使った地図も持っているので、必要であればお出しします」
「いや、必要無い。話を続けてくれ」
「はい。その時は上級生がクロケの森全域に広がって演習していた為、合流まで少しばかり時間がかかってしまいました。そこで思ったんです。情報の速度が遅いと」
「情報の速度?」
情報科の教官が食い付く。
「はい。より正確に言うなら、情報の伝達速度とでも言いましょうか。魔獣襲撃の際、私は信号弾や狼煙を発見できませんでした。その後の聞き込みでは、遭遇初期には誰も信号弾を上げておらず、魔獣の数が多いとは思っても異常とは思わず継戦。数に圧されて後退した後、見晴らしのいい広場で組織的抵抗を開始し、救援信号を散発的に打ち上げていたようです」
「ふむ…続けて」
「信号弾は、伝達速度で言えば最速ですが、事前に決めた符丁以外での通達が難しく、視認性の悪い環境下では確実性に難があり、伝令や早馬での伝達は情報量に優れますが、人員の物理的な移動をする必要がある上、時間がかかり、襲撃に対する対応能力に難があります。拡声術式も情報伝達手段ではありますが…隠密性や秘匿性を投げ捨てるのは、情報伝達としてどうなのでしょうか?」
「そこまでならまあ、使い分けや併用でどうにかなる範疇ではあるな。…それで、どんなものを考えたのだ?」
情報科の教官が詰めてくる。
「はい。信号弾と同等の速度を持ち、伝令と同等の情報量。物理的な情報遮断に強く隠密性に長ける。そんな夢物語の様な伝達手段――名付けるなら、仮として魔力無線通信です」
そう、まだ夢物語でしかない。最終的にはそこまで辿り着きたいが、一足飛びに行けるはずがない。
そのために必要な段階を作る。
「確かに、実現出来れば夢のような手段だ。では、どう作る?」
「私には専門的な知識が足りません。しかし、必要性は語ることができます。…まずは、魔力を用いて銀線神経等で接続されていない離れた位置に信号を送り、受け取る側は、最初は魔力を送っているか、いないかが判れば十分と言えます。その上で、この分野は基礎研究すらされていない真っ更な研究になります」
「前途多難だな」
「それはもう確実に失敗だらけでしょうね。その上でこの技術の到達点を語るなら、ここからカンカネンとの距離があっても会話ができるようになります」
「…会話?」
「伝令や早馬を使う距離であっても、双方向での即時情報交換が可能になる。最終的な目的地はそこになります」
「…どうやってそこまで辿り着く?」
情報科の教官がどこか楽しそうに聞いてくる。魔導刻印科の教官も興味を持っているようだ。
「簡単な信号を送れるようになれば、それは符丁を作る材料になります。短い信号と長い信号を送れるようになれば、文字と符丁を合わせて短い文章を送ることも可能になるでしょう。これを魔導具として成立させるのが第一段階……率直に聞きます。実現可能でしょうか?」
ここで躓けば、最初からやり直しだ。
「…発想はいい。専門的な知識が足りないと聞きに来るのも、専門外ならまあ許容範囲だな。…その上で答えよう。可能性はある」
「本当ですか!?」
錬金術科の教官の回答に思わず大きな声が出てしまって、慌てて口を塞ぐ。教官方が微笑ましいものを見る目で私を見てくる。
恥ずかしい…。
「最初から会話可能な物を作れと言わないのは好感が持てる。問題は見付かり次第対処する流れかね?」
「そうなります…。私の知る限りまだ誰も手を付けたことのない分野で、どんな問題が起こるのかすら不明ですから」
――――――
そんなこんなで、それなりの数の失敗作が生み出された後に、極々簡単な通信機が試作された。
最初はON/OFFを切り替えるだけの簡単な信号、前世の知識が囁くモールス信号モドキだったとしても、情報の密度を高めれば「声」を信号に変えて遠くまで送れる。そうなれば、最前線の情報を即座に最後方の司令部まで送れるようになる。これは、その為の第一歩。
そして作られた試作機は、距離の問題で躓くことになる。
リヴァルレーネの通信機開発史、はーじまーるよー!