貞操逆転世界のメンズエステで働くことになった 作:カラスあげます
脱衣所で一人、俺――佐伯恒一は、手に持った黒い不織布の切れ端を呆然と見つめていた。
生地の面積があまりにも少ない。どう見ても前後の最低限の部位だけを覆うためだけに作られた、極細のブーメランパンツだった。ただでさえ薄い素材なのに、ゴムの締め付けだけはやたらとしっかりしており、いざ着用すれば下半身のシルエットが容赦なく浮き彫りになるのは火を見るよりも明らかだ。
「……マジでこれを履くのか?」
思わず独り言が漏れる。いくら金のためとはいえ、この布切れ一枚で女性客の前に出るのは相当な勇気が要る。
「はぁ……やるっきゃないよな。仕事なんだし」
元来、俺は押しに弱く、土壇場になると「まぁいいか」「仕方ない」と流されやすい性格だ。神崎さんに「まずはシャワーを浴びて着替えてね」とにこやかに言われただけで、反論する選択肢すら浮かばなかった。
着ていたTシャツ、ジーンズと下着を脱ぎ、シャワールームに入る。念入りに体を洗ってから湯を止め、備え付けのタオルで身体を拭いた。ふと洗面台の横に置かれたアメニティ棚に目をやると、整然と並べられた小物の数々が目に入った。
個包装のマウスウォッシュ、使い捨てのボディスポンジ、ヘアゴム、高級そうなドライヤーやスキンケア用品。そしてその奥、透明なアクリルケースの中に山のように積み上げられていたのは――明らかに女性用の紙パンツと、紙ブラジャーだった。
お客さんも施術前や後にこのシャワールームを使うのだから、ここに客用の着替えやアメニティがストックされていること自体に違和感はない。だが、気になったのはその異常なまでの品揃えの良さだ。
各種サイズはもちろん、デザインや肌触りの異なる紙下着が何種類も用意されており、さらには高級アロマ香水や特別なボディローションまで揃えられている。まるで女性客がここで長時間を過ごすこと、あるいは一度の来店で何度もシャワーを浴び、そのたびに着替えることを前提としているかのような過剰な品揃えだった。普通のリラクゼーションエステで、ここまで至れり尽くせりなストックが必要になるものだろうか。表向きの清潔感と、露骨なまでの受け入れ態勢のギャップに、胸の奥で小さな違和感が芽生えた。
考えても答えは出ない。俺は深く考えるのをやめ、脱衣所のカゴに用意されていたペラペラの黒いブーメランパンツに足を通し、その上から同じく支給された薄手のTシャツを着た。下半身のスースーする心許なさと、Tシャツの薄さに落ち着かない気分になりながら、俺は扉を開けた。
「神崎さん、着替え終わりました――」
広々としたワンルームの施術スペースへと一歩踏み出した瞬間。俺の足はピタリと固まり、喉が引きつった。
「あ、佐伯くん。着替えた?」
施術マットの脇に立っていた神崎美咲さんが、振り返る。その姿を見た瞬間、俺の思考回路は完全にショートした。
「……っ!?」
神崎さんもまた、研修用の服装に着替えていた。だが、その服装があまりにも極端だった。紙ブラジャーと、紙パンツ。脱衣所で見かけた不織布の代物だ。しかも普通の形ではない。胸元と股間の大事なパーツ以外は、細い紐で繋がれているような、極限まで露出度を高めたデザインだった。
30代の成熟した女性の身体。細身ではなく、全体的にむっちりと肉感的な体型。豊かな胸が細い紙ブラから溢れんばかりに盛り上がり、呼吸をするたびにこぼれ落ちそうに揺れている。きゅっと引き締まった腰から、丸みを帯びた臀部、太腿にかけてのラインが、ほぼ生のまま晒されていた。
私服の時ですらどこか色っぽかったが、この紐同然の衣装を纏った彼女は、暴力的なまでの艶やかさを放っていた。
(……いやいやいや! 無理だろこれ!! なんだその格好!? 紐じゃん! ほぼ全裸じゃん!!)
心の中で絶叫しながら、俺は必死に視線を天井へと向けた。ドクドクと心臓が破裂しそうなほど打ち鳴らされ、顔が急速に熱くなっていくのが分かった。
「あ、あの……神崎さん、その……格好……」
「ん? これ?」
神崎さんは自分の胸元に軽く手を当てると、柔らかく微笑んだ。
「研修なんだから、実際のお客さんと同じ格好じゃないと意味ないでしょ? うちに来るお客さんは、基本的にこの紙ブラと紙パンツに着替えて施術を受けるんだから」
「は、はあ……」
理屈としては分からなくもない。だが、目の前にある生々しい肉体の圧迫感が凄まじい。俺が必死に動揺を隠そうとあちこちに視線を泳がせていると、神崎さんの視線がじっと俺の顔に注がれた。
神崎さんは口元に笑みを浮かべたままだが、その瞳の奥にはどこか品定めするような、熱を帯びた肉食的な視線が混ざっているように見えた。俺が彼女の身体を意識して狼狽えているのを、静かに観察し、愉しんでいるかのような雰囲気だ。
(……なんか、すごく見られてる気がする。気のせいか……?)
俺はその視線の本当の意味を理解できず、ただ縮こまることしかできなかった。
「佐伯くん、そんなところで立ち尽くしてないで、こっち来なよ」
「あ、はい……」
促されるままマットの脇へ歩み寄ると、神崎さんからふわりと甘いアロマオイルと体温の混ざった匂いが漂ってきて、頭がクラクラした。
「よし、じゃあ施術の練習に入る前に、接客の流れとホスピタリティの話からね」
神崎さんはマットの横にあるソファに深く腰掛け、足を組み替えながら語り始めた。紙パンツの隙間から太ももの内側が露わになり、俺は慌てて目をそらした。
「うちに来るお客さんはね、お仕事終わりで疲れてる女性が多いの。だから技術も大事だけど、疲れた体と心を癒すホスピタリティが一番重要なの」
「ホスピタリティ……」
「そう。お喋りしたいお客さんには話を合わせてあげる。疲れて静かに過ごしたいお客さんには余計な口数を減らして静かに施術する。相手の表情や雰囲気を察して、『またこの子に指名を入れたいな』って思ってもらうことが大事」
神崎さんの説明は的確だった。長年の業界経験があるだけに、言葉には説得力がある。俺も「なるほど」と素直に頷いた。
「それとね、出迎える時の流れも覚えておいて」
神崎さんが立ち上がり、部屋の設備の前に立つ。
「インターホンが鳴ったら、まずこのモニターで確認して、オートロックの扉を開く操作をするの。ここまではいいわね? でもね、ドアを開けて廊下で待機しちゃダメだよ」
「えっ、ドアを開けて待っておくんじゃないんですか?」
「そう思うでしょ? でもダメなの。お客さんが三階に着いて、部屋のドアの前に立って、再度ドアの前でインターホンを押されたら、そこではじめて笑顔で出るの。これがうちのルールだからね」
「なるほど……一回ドアの前で押してもらうんですね」
「そう。落ち着いてお迎えするためにも、この手順はしっかり守ってね。で、部屋に入ってもらったらソファに案内してお茶を出す。横に座ってコースの説明をするわけ」
オートロックの解除手順や確認のタイミングなど、神崎さんは細かく教えてくれた。
「料金はね、70分15,000円、80分16,000円、100分20,000円、120分24,000円。延長は30分6,000円ね。セラピストのバックは50%だから、100分コースなら一回で10,000円が佐伯くんの取り分になるよ」
「半額ももらえるんですか」
「そうだよ。だから面接で言った通り、頑張ればすごく稼げるの。『1日6万円可能』っていうのも、指名が増えれば普通に狙える金額だし、うちには月100万円以上持って帰る子もいるからね」
「月100万……」
まるで夢のような数字だ。時給一千二百円の居酒屋バイトで細々と食いつないでいた俺からすれば、想像もつかない大金だった。
「あ、あと身だしなみも大事ね」
神崎さんが俺の顔の前に一歩踏み込んで来た。近い。近すぎる。紙ブラから溢れそうな胸が目の前にある。ふわりと香る香水の匂いが、俺の理性を激しく揺さぶる。
「眉毛良し、爪も短く丸く切れてるね。よし」
「あ、はい。爪は一応短くしてます」
「うん。施術中にがさつな印象を与えないようにね。女性客はすごく清潔感に敏感というわけではないけれど、あえて濁して施術の際に不潔感を出さないように整えておくのはマナーだから」
施術中に不潔な印象や嫌悪感を与えないためのケアということらしい。
「でね……ここからが大事なんだけど」
神崎さんの声のトーンが少し変わり、室内の空気がふっと重くなったような気がした。
「ホームページには載せてないんだけど、店内には『オプション』っていうのがあるの」
「オプション……?」
「そう。女性側の服装変更、男性側の服装変更、あとは通常コースとは違う特別なサービスとか。表向きのメニューと実際の店内サービスには結構差があるのよ」
神崎さんは具体的な内容を語らず、ただ含みのある笑みを浮かべている。
(……これって、本当にリラクゼーション店なんだろうか?)
シャワールームで感じた違和感が、ここに来て確信に変わりつつあった。俺は不安になり、思わず尋ねた。
「あの、これって……普通のリラクゼーション店なんですよね? 怪しいサービスとかじゃないですよね……?」
「ふふ、大丈夫よ。そこはお客さんのニーズに合わせて、上手くやるだけだから」
明確な答えを避けられた。俺の優柔不断な性格も見透かされているのか、追及する間を与えないように、神崎さんはパンと手を叩いた。
「さぁ、それじゃあ施術の研修を始めるよ! まずは私が佐伯くんに施術をやって見せるから、佐伯くんはマットの上にうつ伏せになって」
「えっ、俺が受けるんですか!?」
「当たり前でしょ? 自分で体験してみないと、どのくらいの力加減がいいか分からないんだから。ほら、横になって」
「あ、はい……」
俺は言われるがまま、マットの上にうつ伏せになった。
マットのすぐ横には、部屋の壁に沿って大きな横長の鏡が置かれていた。うつ伏せになり、顔を横に向けると、施術している神崎さんの姿が鏡越しにバッチリと映る。
神崎さんが俺の体の横に膝立ちになり、オイルウォーマーから温かいオイルを手にとっていた。薄着――というか紐同然の紙ブラと紙パンツ姿の神崎さんが、鏡の中で艶めかしく動いている。かがむたびに溢れそうになる胸元や、しなやかな腰つきをつい鏡越しに盗み見てしまい、俺は慌てて目をそらした。
「じゃあ始めるよ。STEP1は『腰の加圧』」
神崎さんの温かい手が、薄手のTシャツ越しに俺の腰に乗せられた。じんわりとした圧力がかかる。
「両手の掌底を使って、腰椎の両脇をじわーっと圧迫していくの。体重を乗せる感じね」
「んっ……あ、はい」
「次はSTEP2、『オイル投入』」
温められたアロマオイルが、めくられたTシャツの下の背中に直接流し込まれた。温感成分が入っているらしく、肌に触れた瞬間に心地よい熱が広がる。神崎さんの滑らかな手が背中全体を這うように動き、緊張していた筋肉がゆっくりと解れていく。
「STEP3は『臀部の加圧』」
神崎さんの手が下がり、俺のお尻に置かれた。しっかりとした圧力で揉みほぐされていく。鏡を見ると、神崎さんが深くかがみ込む姿勢になり、紙ブラの谷間が恐ろしい角度で強調されていた。俺は心臓が口から出そうになりながら、じっと耐えた。
「STEP4は『脚の裏側の加圧・揉みほぐし』。太腿からふくらはぎにかけて、ゆっくり流す」
脚を揉みほぐされながら、俺は「マッサージ自体はすごく本格的だな」と感じていた。ツボを的確に捉える指使いは、間違いなくプロのそれだった。
「STEP5は『肩甲骨周りのリンパ流し』。そしてSTEP6が『各関節のストレッチ』」
神崎さんの手つきは無駄がなく、流れるようにSTEP1からSTEP6までの行程が進んでいく。ここまでは、本当に普通の上質なマッサージ研修だった。
だが、一通りの行程が終わると、神崎さんは鏡の中でふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「……よし。ここまでは普通の施術ね」
「はい……すごく気持ちよかったです」
「じゃあ……ここからが『メンズエステ』らしいところだよ」
空気が一変した。神崎さんの醸し出す雰囲気に、むせ返るような肉食的な艶っぽさが滲み出る。
「まずは、カエル足ね。うつ伏せのまま、右足を『く』の字に曲げて外側に開いて」
「右足だけ……ですか?」
「そう、片足ずつやるの。でお尻側に私がつくでしょ?」
神崎さんが俺の右お尻側につき、太腿の付け根にオイルのついた手を滑らせてきた。ひやりとしたオイルと、神崎さんの熱い手のひらが交差する。
「股関節周りをほぐすフリをして……こうやって、指をブーメランパンツの中にチラチラ侵入させるの」
「っ!?」
ヌルッとした感触とともに、神崎さんの指先がブーメランパンツの隙間から中へと入り込んできた。お尻の柔らかな肉を撫で回され、最もデリケートな部位のすぐ近くを指がかすめる。
(は、はい!? ちょっと待て、パンツの中に指入ってきてないか!?)
驚愕で跳ね起きそうになる。だが、「仕事を覚えるためだから」という神崎さんの態度に押され、俺は「駄目です」と明確に拒絶することができずに固まってしまった。
「次は、左足も同じようにやって……そのあとは四つん這い」
「よ、四つん這い……?」
「そう。早く」
流されるまま、俺はマットの上で四つん這いになった。犬のような無防備な体勢。
神崎さんが俺の真後ろにつき、ピタリと体に密着してくる。背中に感じる彼女の柔らかな胸の感触。薄い紙ブラ越しに、その豊かな弾力がはっきりと伝わってくる。
「四つん這いにさせたら、両脚の間から手を入れて……」
神崎さんの手が、俺の股の間から前へと伸びてきた。太腿の内側、鼠径部を撫で上げ、そのままブーメランパンツのフロント部分へと指が潜り込んでくる。さらに片方の手がTシャツの隙間から胸元へと伸び、乳首をチラチラと意図的に触ってきた。
「んぁ……っ!?」
「静かに。動いちゃダメだよ」
耳元で囁かれる、吐息まじりの甘い声。こんなの耐えられるはずがない。35歳の豊満な女性に背後から密着され、敏感な場所を直接弄られているのだ。俺の下半身は一瞬で限界に達し、ブーメランパンツの中でガチガチに勃起してしまった。窮屈な布地を激しく押し上げ、情けないほどに自己主張している。
パニックになる俺。だが神崎さんは何も言わず、ただ指先で俺の反応を確かめるように、じっくりと触れ続けている。その瞳にはどこか愉しげで、男を丸ごと呑み込もうとするような肉食的な光が宿っていた。
手技の一通りを終え、神崎さんが体を離すと、俺は慌てて四つん這いを崩し、体育座りで股間を隠した。荒い息を整えながら、俺は耐えきれずに尋ねた。
「あ、あの……神崎さん。わざわざこういうギリギリな施術をする必要あるんですか……?」
神崎さんはフッと小さく笑うと、少し首を傾げて俺を見つめた。
「必要か、って言われたら……このドキドキ感・ギリギリ感がいいんじゃない」
「ドキドキ感……?」
「そう。別に見せつけたり、直接的な風俗的行為をしてるわけじゃないでしょ? だから法律的にも全然問題ないのよ」
神崎さんは俺の顔を覗き込むようにして、言葉を重ねた。
「それにね、お客さんは安くないお金をたくさん払って来てくれてるんだから、ある程度のサービスは必要なの。特に、オプションをたくさん入れてくれたお客さんに対しては、しっかりサービスしてほしいかな」
「オプションをたくさん入れたお客さん……」
「そう。お金を払ってくれた分だけ、相手を満足させるのがプロでしょ?」
堂々とした神崎さんの主張に、俺はぐうの音も出なかった。
「はい、じゃあ交代ね。今のを私にやってみて?」
「え……俺が神崎さんに、ですか……?」
「そう。教えたんだから実践して」
神崎さんが言葉を続ける。
「あ、そうだ。せっかくだからオプションの練習もやっておこうか。ホームページには載せてないんだけど、店内で直接お客さんからお願いされることがあるのよ」
神崎さんは、ふと思いついたような、それでいて最初から計算していたような絶妙なトーンで説明を始めた。
「女性側全裸が1,000円。男性セラピスト側の服装変更は、上がTシャツで下がブーメランパンツになるのが4,000円、トップレスで下ブーメランになるのが5,000円、そして男性側全裸が8,000円っていう設定になってるの」
神崎さんはスラスラと裏メニューの料金体系を口にした。
「今回はあくまで研修だから安全だし、今後お客さんに言われた時のシミュレーションも兼ねて、フルオプション、つまりお互いに全裸でやってみない?」
「ッ!?!?!?」
頭の中で、原子爆弾が爆発した。
お互い全裸!?
この狭いワンルームで、30代の豊満な美女と、20歳の勃起した大学生が、お互い素裸でオイルまみれになってマッサージ!?
(そ、そんなのもう、ただのセックス前戯じゃないか・・!)
俺は必死の思いで、声を張り上げた。
「だ、大丈夫なんですかそれ!? さすがにマズいですよ! いくら研修でも、お互い全裸なんて……」
すると、神崎さんの笑顔がスッと消えた。
彼女は少し目を細め、圧をかけるような、冷ややかな、しかし逃げ場を無くすような大人の眼差しで俺を見下ろしてきた。
「佐伯くん」
「……はい」
神崎さんは、トドメの一言を放った。
「君、顔かっこよくないんだからさ。そういうサービス精神ないと、この業界で稼げないよ?」
グサッ!!!!
胸に強烈なナイフが突き刺さった。
分かってはいた。自分の顔が普通以下で、特別なイケメンではないことくらい。だが、こんな極限状態の露出プレイを迫られている最中に、店長から直球で「顔がかっこよくない」と言われるダメージはデカすぎる。
「…まあいいわ。じゃあ5,000円の、男性トップレスで下はブーメランパンツのコースだけね。さっき着てもらったTシャツ、脱いで」
交渉があっさりと5,000円のコースに着地し、ホッとしたのも束の間、神崎さんはクスッと微笑んで言った。
「それに、研修が終わったら私がオプション代払ってあげるからいいでしょ?」
(……え? お金を払う……?)
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず息を呑み、うっ、と喉の奥が詰まるような衝撃を受けた。
性的に迫られ、弄ばれるような状況でありながら、今ここでお金が直接手に入る……?
そうか、そもそもここは貞操観念が逆転している世界だ。女性が男性を求め、積極的に攻め、そして「対価」を支払うのが当たり前とされる世の中。
俺は今、男としてとてつもなく得をしているのではないか?
冷静に考えれば、これは一線を越えそうになっていて不味い状況のはずだ。だが「お金がもらえる」という事実と、この世界の逆転した常識が、俺の危機感を急速に麻痺させていく。
元来の押しに弱く流されやすい性格も災いし、判断力が激しく鈍っていく。ハッキリと突っぱねるという選択肢が、俺の中からスルスルと消え去っていった。
「あ、はい……」
俺は素直にTシャツを脱ぎ捨て、上半身裸になった。
神崎さんは満足そうに頷くと、施術マットの上にゆっくりとうつ伏せになった。
部屋の照明は限界まで落とされ、橙色のアロマランプと足元の温かみのある間接照明だけが空間を照らしている。神崎さんの肌に塗られたアロマオイルが、柔らかな光を反射してぬらぬらと妖しい艶を放っていた。
うつ伏せになったことで、豊かな背中のラインから、紙パンツの細い紐が食い込む肉感的な腰、丸みを帯びた臀部、そして滑らかな太腿までが露わになっている。薄暗い室内とオイルの輝きが相まって、息を呑むほど濃密でエロティックな雰囲気を醸し出していた。
「じゃあ、私にやってみてね」
壁際に置かれた横長の鏡。その鏡越しに、うつ伏せになった神崎さんとバッチリ目が合った。
彼女は鏡の中で妖艶な笑みを浮かべ、甘く、そして獲物を狙うような瞳で俺を見つめている。
だが、本当にただの研修で終わるのだろうか?
鏡越しに絡みつく彼女の視線の奥には、弱々しい俺をじわじわと追い詰める肉食獣のような怪しい光が、確かに残っていた。