貞操逆転世界のメンズエステで働くことになった 作:カラスあげます
俺のメンズエステでの初出勤日は、18時から始まった。
指定されたマンションの1階で、俺は指示通りにダイヤルを回し、302号室のポストの中から部屋の鍵を取り出した。カチリと音がして解錠される重みが、これから始まる「初出勤」の現実を突きつけてくる。
エレベーターで上がった部屋は、事前に神崎さんと研修をした通りのワンルームだった。室内には薄っすらとアロマの香りが漂い、間接照明の橙色の光が、静まり返った部屋を怪しげに照らしている。俺は心臓の鼓動を抑えられないまま、タオルの配置やオイルの準備を慌ただしく整えた。鏡に映る自分の顔は、これから客を迎える人間とは思えないほど引きつっている。
ピンポーン。
部屋に甲高いインターホンの音が響いた。固まる全身をなんとか動かし、俺は玄関へと向かう。ドアを開けると、そこには一人の女性が立っていた。
落ち着いたダークブラウンのセミロングヘアー。柔らかい目元に、品のあるメイク。白い長袖のブラウスに黒のタイトスカートを合わせたその姿は、オフィス街で見かけるような洗練された大人の女性そのものだった。だが、そのスタイルは服の上からでもはっきりとわかるほど胸元に豊かな丸みがあり、細身な腰つきとのコントラストが目を引いた。
「は、初めまして……コウといいます……」
声が裏返りそうになるのを必死で抑えて挨拶すると、目の前の女性――白石さんは、ふわりと花が咲くような明るい笑顔を浮かべた。
「はじめまして~、こんばんはー。お兄さん、かっこいいね。予約してよかった♪」
「あ、ありがとうございます……」
靴を脱いで上がってきた白石さんは、まるで自分の部屋に帰ってきたかのように滑らかな足取りで室内へ入ってくる。そして、挨拶もそこそこに、自然な動作で俺の横に並ぶと、さりげなく俺の腰に手を回してきた。
「ねえねえ、ホームページ見たんだけど、新人さん? 未経験?」
「そ、そうです、今日が初めてで……」
至近距離から、甘く上品な香水の匂いが漂ってくる。腰に添えられた彼女の手のひらから伝わる熱と、耳元で響く艶っぽい声に、俺の頭は一瞬で真っ白になった。
「すごく若そうだけど、大学生とか?」
「そうです……」
「ふーん……」
白石さんの瞳の奥で、小さく妖しい光が揺れたのを俺は見逃さなかった。彼女は腰に回した手を解くことなく、優しく撫でるように動かしながら、親しみやすい笑顔のまま言葉を続ける。
「じゃあ、ここのお店常連の私が、施術の流れとか指名取りやすい方法とか、色々教えてあげるね?」
「えっ、あ、はい……」
完全に彼女のペースに呑み込まれたまま、まずは料金の説明をするために二人でソファーに腰掛けた。しかし、ソファーに座った瞬間、腰に回されていた彼女の手が、ジワジワと服の裾から内側へ、お腹の側へと滑り込んできた。
「っ……!」
素肌に触れる指先の体温に、思わず身をすくませる。やめてほしい、と口に出すべきなのに、笑顔で優しく語りかけてくる彼女の雰囲気に気圧され、言葉が喉でつっかえて出てこない。俺は赤くなった顔を伏せたまま、手元の料金表をたどたどしく説明し始めた。
「こ、コースは……その、60分からあって……」
「んー、今日は100分コースにするね。2万円の」
白石さんは俺のお腹に回した手を少しずつ上へと滑らせながら、甘い吐息を耳元に吹きかけてくる。
「それで、オプションは……セラピスト全裸の8000円と、女性側全裸の1000円のフルオプションがいいかな♪ お金たくさん欲しいでしょ?」
耳元で囁かれる露骨な言葉と、じわじわと上がってくる手の感触に、強烈な危険信号が頭の中で鳴り響いた。このまま流されたら、神崎さんの研修以上の目にあう。俺は必死に頭を回転させ、昨日神崎さんに教わった交渉を試みることにした。
「い、いえ……仕事自体初めてなので、まだちょっと怖くて……。5000円の、上を脱いで下がパンツのオプションのみでも大丈夫でしょうか……?」
「えー? もったいないなあ。いいの?」
白石さんは語尾を伸ばしながら、お腹のあたりにあった手を、胸元へとゆっくり引き上げていく。指先が生地越しに肌を撫で上げ、服を押し上げる感触に耐えかねて、俺は反射的に彼女の手首を上から抑えた。
「あ、ちょっと……」
必死に止めようとする俺の反応を見て、白石さんはくすりと小さく笑った。その瞳は、俺の反応を面白がっているような、冷ややかな観察者の光を帯びている。俺が本気で激怒しているわけではなく、単に困惑して動揺しているだけだと、彼女は完全に見抜いていた。
「わかったよ♪ 初めてだもんね、やりやすいやり方でやってみよっか。じゃあ100分2万円と、5000円のオプションでいいよ」
「あ……ありがとうございます……」
なんとか一線を画せたことに、俺は心底ホッと胸を撫で下ろした。
「あの、すみません。コースが決まったら店長に報告しないといけなくて……少し失礼します」
俺は震える手でポケットからスマホを取り出し、神崎さんのLINEへ『100分コース+5000円オプションで決定しました』とメッセージを送った。すぐに『了解!無理しないで頑張ってね』と既読がついて返信が届き、わずかに気持ちが落ち着く。
料金とオプション代金、合わせて2万5千円。白石さんから直接現金で手渡された紙幣は、居酒屋で1日中動き回ってもらっていた時とは比べものにならない重みと、かすかな温もりを帯びていた。
「じゃあまず、私の服を脱がせて?」
お札をしまおうとした俺の前に、ソファーから立ち上がった白石さんがスッと立ちはだかった。
「い、いいんですか……?」
「うん。セラピスト側が脱がせてあげたほうが、女性も喜ぶし丁寧でいいよ」
促されるまま、俺もソファーから立ち上がる。目の前には、上品な白いブラウスと黒のタイトスカートを着た大人の女性。緊張で指先を震わせながら、俺はブラウスの裾を指先でつまみ、スカートからゆっくりと引き出した。
上から順番に、小さなボタンをひとつずつ外していく。ボタンが解けるたびに隙間が広がり、彼女がつけている甘い香水の香りに、一日働いて少し火照った肌の温かい汗の匂いが混ざり合った独特の艶っぽい芳香がむわっと立ち上り、俺の鼻腔をくすぐった。その生々しい匂いに一瞬頭がクラクラしそうになりながらも、ブラジャーが露出するまで胸元を開いていく。
ブラジャーのホックを外すと、豊かな胸の重みが解放され、薄暗い部屋の中で息を呑むほど滑らかな肌の曲線を描いた。あまりに刺激的な光景に直視できず、俺は必死に目線を泳がせる。
次に、俺は中腰になり、タイトスカートの背中にあるファスナーへと手を伸ばした。シューッと金属音が響き、スカートが腰から滑り落ちていく。続いて下着を脱がせようとした、その時だった。
白石さんは「靴下は私が脱ぐね~」と言いながら、片足をひょいと上げて靴下を脱ぐフリをした。そしてそのまま「あ、きゃっ」とわざとらしくバランスを崩してみせる。
グラリと倒れ込んできた彼女の身体を受け止めようとした瞬間、ずっしりとした胸の柔らかさが、俺の顔面に直接押し当てられた。
「んっ……!?」
「ごめんごめん♪」
悪びれもせずに笑う白石さんは、顔を真っ赤にしてフリーズしている俺を見下ろし、優しく声をかける。
「中腰だとつらいと思うから、膝立ちでもいいよ?」
「わ、わかりました……」
言われるがまま素直に従い、床に膝をつく。だが、その姿勢でショーツを下ろそうとすると、体位的にどうしたって目の前に女性の象徴的なラインが迫ることに気づいてしまった。
(見ちゃダメだ……見ちゃダメだ……)
心の中で念仏のように唱えながら、なるべく目線を逸らし、ゆっくりと下着を下ろしていく。間接照明の薄暗い光の中、目の前をかすめる肌の質感に、生唾を呑み込む音が部屋に響きそうだった。
白石さんは俺のむっつりとした必死な様子に気づかないフリを決め込み、「ありがとね♪」と可愛らしく微笑んでいる。
脱がせた衣服を拾い上げ、床で綺麗にたたみながら、俺の頭の中に冷静な思考が戻ってきた。出迎えからここまで、明らかに相手のペースで遊ばれている。神崎さんからも「強引な客には毅然と断るように」と言われていたはずだ。ここでしっかり釘を刺しておかなければ、この後の施術で何をされるかわからない。
「あ、あの……こういうのは……」
意を決して、注意の言葉を口にしようとした。だが、白石さんは俺の異変を敏感に察知したかのように、被せるように爽やかな声を出した。
「ちなみに、シャワー浴びるときはこれに貴重品入れるの知ってる?」
白石さんが指差したのは、脱衣かごの隅に置かれていた小さなビニール製のセカンドバッグだった。
「え、あ……知らないです。そうなんですか?」
「そうだよ。こういうお店だと『お金が無くなった』とか『物が盗まれた』とかトラブルになりやすいでしょ? お互いのために貴重品をまとめて、シャワー室まで持っていかせるのが大事なの。覚えておいたほうがいいよ♪」
「あ、ありがとうございます……」
あまりにも親切に、かつ的確にお店のシステムを教えてくれたことで、出しかけていた注意の言葉は完全に喉の奥へと引っ込んでしまった。親切な「お姉さん」の顔をされた直後に、セクハラだと責め立てる勇気が湧いてこない。
「うん♪ じゃあシャワー浴びてくるから、オプションの服装準備しといてね」
白石さんは軽やかな足取りでバスルームへと消えて行った。パタンとドアが閉まる音を聞きながら、俺はその場にへたり込んだ。
(完全に……遊ばれてる……)
相手の方が一枚も二枚も上手だった。親切なフリをしてこちらの警戒心を解き、言いたいことを封じ込める。本当に断る時は、流されずにビシッと言わなければダメだと、俺は改めて心に決めた。
俺は私服のTシャツとズボンを脱ぎ捨て、指定された5000円のオプション衣装――黒のブーメランパンツ一丁の姿になった。上が全裸で、下は布地の面積が極端に少ない小さなパンツ一枚という、あまりにも心許ない格好。
施術ベッドの横にある大きな鏡に自分の姿が映った。嫌でも身体のラインが強調されるその姿に、火が出そうになるほど顔が熱くなる。火照る身体を落ち着かせるため、俺は深く息を吐き出した。
5分ほど経つと、カチャリとドアが開く音がした。
「上がったよ~♪」
バスルームから出てきた白石さんは、上には紙ブラジャーを身につけ、腰にはバスタオルを巻いていた。
「ありがとうございます。それではバスタオルを取って、ベッドの上にうつぶせで寝てください」
俺が案内の言葉を口にすると、白石さんは「はーい♪」と軽い返事とともに、腰に巻いていたバスタオルをサッと取り払った。
――そこには、あるはずの紙パンツがなかった。
腰から下には何も身につけておらず、無防備な下半身が薄暗い部屋の中に露出している。
「えっ……!? あ、あの……!?」
目を見開き、パニックを起こして固まる俺に対して、白石さんは悪びれる様子もなく首を傾げた。
「ごめんごめん、ちょっと紙パンツの素材が肌に合わなくて荒れちゃうんだよね。この店の他の人に入った時は了承してもらってたから、このままやってもらって問題ないよ?」
「で、でも……さすがにそれは……!」
ルール違反だと抗議しようとする俺の言葉を遮るように、白石さんは滑らかな動作でベッドへ登り、そのままうつぶせになってしまった。
「じゃあさ、終わった後にサービスで『女性全裸オプション』のお金も払うから。下だけ脱いで全部払うんだから、お互いに得でしょ? ね、よろしくねー♪」
「あっ、ちょっと待って……!」
俺の制止も聞かず、白石さんは顔だけを横に向けてニヤリと笑うと、ベッドの上に身を委ねてしまった。完全に流され、主導権を握られたまま始まった100分間。
施術は、まだ始まってもいない。俺は冷や汗を流しながら、これから始まる時間に恐怖と謎の動悸を抑えきれずにいた。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
もともとは「自分が楽しめる物語を作ってみよう」という気持ちから始めた作品でしたが、想像していた以上に多くの方に読んでいただき、そして評価までいただけたことを、本当に嬉しく思っています。
改めて、読んでくださった皆さまに心より感謝いたします。
さて、この物語では投稿サイト様の規約や作品の雰囲気、描写のバランスを考え、R-18に該当するような直接的な描写は避けています。
……が。
実は作者自身がこういう「ギリギリのところ」を超えた場合どうなるのかを考えるのが楽しくなってしまいまして、裏ではひっそりとR-18版のIFストーリーも制作しています。
現時点で制作しているのは、例えばこんな感じです。
第2話 IF:神崎さんのセクハラ激マシ&フルオプション
第3話 IF:あの電話が鳴らなかった、その先の世界線……
ただ、本編ではあえて踏み込まないからこそ楽しめる、メンズエステのような「何が起こるか分からないギリギリ感」も、この作品の一つの魅力として楽しんでいただけたらと思っています。
そのため、IFストーリーについては、現時点では「もし需要があるなら公開しようかな」程度で考えています。
もし「読んでみたい!」と思っていただけましたら、ぜひ感想・評価などで教えていただけると嬉しいです。
一つの目安として、10-20件程度の反応をいただけたら、記念として公開するくらいで考えています。
もちろん、無理に評価をお願いしたいというわけではありません。
ただ、こうした反応は作者にとってかなり大きなモチベーションになります。
「この作品、良かったな」「続きも読んでみたいな」と少しでも思っていただけましたら、そのお気持ちを評価という形でいただけると、とても嬉しいです。
それでは、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
これからも楽しんでいただける物語を書いていければと思います。