よろしくお願いいたします。
外で雨が降っている。もう、3日目だそうだ。
でも雨——”時雨”は僕らには関係ない。無謀にも地上へ、外へ飛び出したりしなければ、あの恐怖に触れることはない。大人はいつもこれがいいことなんだ、と言った。
僕らは地下に広がる都市で生活している。
空を捨て、地上を捨てた人類が。弱い獣がそうするように、地面の下に穴を作って何とか生きている。青空や大地の広大さをカメラを通して、部屋の壁や天井に映し出すことで僕らは外の世界を理解しようとしている。
人類は哀れだ。
なんて無意味な負け犬に落ちぶれて過去を美化するんだろうか。
もう地上に立って、空に手をのばし。海に目を向けて、そこに飛び込んでいく。こうして世界のすべてを手に入れたと傲慢に言い放てる存在ではなくなったのに。
人々の間で絶望が広がっていく。
もう何も恐れる必要のない、この牢獄のような都市に住んで安心を手にしたはずなのに。そこから人の数はどんどん消えていく、減っていく。
何て贅沢な話なんだ。恐怖から離れて、危険を遠ざけて暮らせているというのに。なぜ都市で生きる人々は死を望むのだろうかと目をそらして大人たちは嘆いている。
これがデス・ストランディング。死者が生舎の世界に還って来る世界。
そして互いがが交ざりあえば破壊が起こる、恐怖の世界。隠れることはできても逃げることはできない世界。
ところで話は変わるのだがー。
数十分前に父と母が死んだらしい。
僕、
頭の中は冷静に過ぎて真っ白にクリアであるはずなのに、思考はカメの歩くスピードにも似て動きは柔くて力がでない。
都市で起きる事件で一番最悪なのが勝手に自殺をする連中だ。
彼らは生きることに価値を見出せないからと理由を口にして、自分の死後のことなんて何も考えないで行動することが多い。それがこれまでしばしば町を吹き飛ばす
今回はそれの親戚みたいなものなんだそうだ。
自分で死ぬことができなかった奴が、町中でいきなりどこからか手に入れた銃を持って暴れまわり。その時、運の悪い両親はそいつがおこした騒ぎのそばにいてしまった。
僕達から親を奪った間抜けはお望み通り死体となった。
そして事件はあっさりと終わってしまった。僕たちは大きなものを奪われたが、奪われちゃったねと言われるだけでなにもなかったし。なにもできなくなった。
親たちの葬式は淡々と僕らの前で滞りなく終わった。
ーーやるべきことは我々が分担してお引き受けしますから
死を悼む儀式が終わると、僕らの心が追いつくことなく新しい生活が始まった。
1週間に2回の買い物。毎回、牛乳は2本でパンを買わなくてはいけなくて。肉、魚、野菜は冷蔵庫があってもいつ買ったのか覚えてないといけない。気分の浮き沈みは食料の消費速度に直結し、たびたび冷蔵庫の中から腐臭が漂うことに発狂する。
そうして徐々に気が付いてしまう。
世間が自分たちに向ける視線というものに。
最初は不幸な兄弟に憐れみを向けてはくれるが。そんなのは家族を知っているごくごく近所の人だけに限る。距離が離れれば離れるほど、冷笑が僕たちに向けられていく。
登校を再開して3日後。
自由時間にトイレですれ違った同級生は笑顔で僕にこう言い放った。
「お前さ。親をイカれたやつに殺されたっていうのに全然普通なんだな。驚いたわ」
自分はなにをいわれたのかわからず激しい動揺を隠すことしかできなかったが。自宅に帰ってそれを思い出すと、怒りがわいた。
あいつの家は知っている。
今からあいつの家に行って、親を奪われる理不尽がどれほどの苦痛なのかを思い知らせてやるべきか?
親を奪われたのに、何もできないまま放り出された自分に怒りを感じていたのだとこの時、気が付いた。奪われたなら、そいつの家族を奪えばどんな顔をするのだろうか。
邪悪な計画を加速させようとする僕のそばに、足音を響かせてアリーがやってきた。
メスのボーダーコリー、彼女は桜が満開に咲くという春に生まれた。視線で感情を訴え、牧羊犬なので吠えればどこまでもよくとおるが。沈黙を貴ぶ、ちょっと陰の気をもつ可愛い妹みたいな奴である。
ーーなんでもないよ。ちょっと考え事してただけ
口に出すことなくそう答えながら20キロ近いその体を抱き上げる。
毛を通して感じる犬の暖かさが僕の心を慰めてくれる。僕は理解しなくてはいけないのだと結論を出す。家族が壊れた時、僕の未来の選択肢は失われてしまったのだということを。
この共同体は、両親を失った僕らのために援助をしてくれると言ってはいるが、それに頼ることはおそらくできない。今は僕らを見て悲しみ、憐れんでもくれるだろうけれど。それも彼らの機嫌と時間がたてば変わっていく。
この未来がなく、絶望に締め付けられるような人々の中で。なにかに守られてぬくぬくと生き続ける兄弟など、すぐに冷笑と悪意を叩きこむ輩が現れる。
そいつらは子供として保護されているということを劣っていると変換し、平然と傷つけにやってくる。
親も、親戚も死者の世界に行ってしまったけれど。
抱き上げた彼女を腕の中に、その首筋に顔を寄せる。この暖かさがあるだけで救われる自分がいる。
だが、アリーはもう自分の役目は終わったと察したのか。僕の体から離れようとさっそく体をくねらせ始めるが、僕はそれを片手で許さない。
そして自由な方の手で、コンソールを操作する。画面に何ページが読み進めた後、ついに目的のものが目に飛び込んできた。
——アメリカ再建計画、第2次遠征隊は順調に進捗。政府は配送業の再会に向け、新規ポーター募集を開始した
アメリカ再建、それはブリジット大統領が就任当時から主張してきたものだった。
外の世界を自分の足で歩くーそれを許されなかった僕は、あえてそこに魅力を感じた。
次回は明日のこの時間を予定。