ふと考えると、本当に短い間に自分の未来が変わってしまったなと旅の中で兄弟それぞれが思うことがある。
平坦な場所などない厳しい道を歩き、なにものかの襲撃を警戒し。”時雨”にぶつからない様に活動時間内の天気に気を使ってBTを避ける。
住むべき家のない兄弟の活動は徐々に東から中央、中央から西へと移動していた。
これはある意味で無謀とも呼んでもいい判断であったはずだが。わざわざこの世界で犬を連れている兄弟の姿は妙に浮いているのか、目立っていて。
移動した先々で自分たちと同じようにこの世界に入ったルーキーたちと交流したり。先輩ポーターたちからも心配され、いろいろな情報と共にアドバイスをもらうことが多かった。
とはいえ、兄弟は教えてもらうばかりではない。
意外なことに対BT戦について、兄弟は逆に彼らに話せることが多かった。
ハンターと名称された。人をタールに引きずり込むBTが連れて行った先で大型BTに出くわした、という経験は以前はなかったという話になっていて。どうやらカイラル通信が広がるにつれ、死者の世界にも何か変化が起きているのかもしれないなどの意見が出てきた。
そんな兄弟にある日、新しい危険がやってくる。
時間は昼過ぎ、荒野から丘を越えた森林の中。木々の間で周囲を警戒する武装した人間の姿があった。ヒッグスの兵士、テロリストである。
カエデはすぐに気が付いたのか、弟の肩をつかんでしゃがませ。賢いアリーはそれだけを見て2人の背中側へと回って身を隠そうとする。
「なに?人がいる?」
「まずい……テロリストだ」
「え?ミュールでしょ?」
「違う。見回ってるのは皆、一定の距離を保っているし。全員がライフルを装備してる」
「ああ、そうかも」
「次の砦と絶妙な距離でもある。攻撃するつもりなのかもな」
「え、そっちの方がヤバいじゃん」
端末を起動し、地図を呼び出す。
「地形から見ると、この森の外に野営地を置いてるはずだ。東は駄目だ、西から森を出て。砦まで大きく迂回するようにむかうのがいい」
「時間かかるよ?」
「ああ、でも——」
カエデが何かを言う前に、森を右手に草原を横切っていくトラックの姿とエンジン音を確認した。
「今のを見ただろ?」
「トラックはミュールも使ってるよ?」
「馬鹿。注意してみておけよ、トラックの荷台には兵士がいっぱいに座ってた。さらに運転席の両サイドにも立ってたのがいただろ」
「見てなかった。ゴメン」
「あの一台だけで10人以上運んでる。あれが見回りかどうかは様子を見るべきなんだろうけど、森を出た後で見つかったら最後だな。銃撃戦じゃ勝てない」
「つまりどうするのよ」
「これから考えるってことさ。今回の依頼を受けた都市でテロリストの話は出ていなかった。ということは、もしかしたらこいつらは最近ここに移動してきたのかも」
「だから?」
「つけ入るスキはありそうだってことさ」
めずらしくあのカエデが。兄が緊張した顔で周囲をにらんでいる。
あの雪山のBT退治以来のまずい状況なのだとケンジもようやくわかってきた。
「いつものように隠れながら離れていく、じゃダメかな」
「―—楽観的過ぎる。あいつらが砦を攻撃するつもりなら、そこを目指すポーターもターゲットになる」
「悲観的過ぎじゃない?案外、たまたまこの近くに最近やってきちゃった、って可能性だってあるかもしれないし」
「リーダーが絶滅主義者で、これまでもテロ攻撃を嬉々として起こしてきたやつの仲間。こんな露骨に陣を張ってたら慎重であるべきだ」
ケンジの言葉にカエデは特に反応を見せず。自身の後ろにいたアリーを横に来させて、右側の胸のあたりをやさしくさする。
「決めた。お前、俺の荷物を持てるよな?」
「フローターを追加すればね。さすがに背中に積んだら目立っちゃって隠れて移動はできないよ。すぐ見つかっちゃう。でも2台引くから動きは遅くなるよ」
「準備しろ。あとスモークグレネードと、ポーラガンをこっちによこせ」
「なにする気?」
兄は僕の問いには答えず。地図を見せてくる。
「さっき言った通り。森の西側から出て、今回の目的地へ迂回するように移動しろ。
最近はミュールも武装を強化しているって話だけど、テロリストとして今回は考えよう。見つかったら殺される可能性が高い。あせらず冷静に動け」
「まぁ、わかったけどさ。兄ちゃんはどうするの」
「俺は——この森を東に向かって、どこかで騒ぎを起こす」
「そっちは見回りがうじゃうじゃいるってさっき自分で言ってた気がするんだけど」
「陽動だ、わかるだろ。それにこいつらのことは届け先の都市にも知らせなくちゃ。後から来るポーターに警告が必要だしな」
「もしかしたらさ。もう僕らが気にしなくてもいろいろ手を打っているかもしれないよ?」
ひとりでテロリストの中に突っ込む、みたいなことを言い出す兄の愚かさに少しあきれながらも。
自分はその考えに賛同しないことを伝えたが、この頑固者は聞き入れてはくれなかった。
結局、兄の荷物を新しいフローターの上に積み。アリーとともにケンジは別れて移動を開始。森からはすぐに出ることができたし、恐れていた巡回するトラックにも会わなかった。
足早にアリーと斜面を歩きながら、左手に地平線まで広がる平原とその先にある次の目的地の姿を見る。
しばらく静かな時間が過ぎたが、背後の森の中から銃声が聞こえてきた。
ケンジとアリーは思わず足を止め、背後を振り向く。銃声は重なり続け、そのうち爆発音のようなものまで聞こえてくる。
何が起こっているのかわからないが、おそらくはカエデの陽動がはじまったんだろうか。
僕はアリーに合図を出し、今度は足早に進み始めた。
今から僕が戻っても何かができるとは思えなかったが。あの兄は僕に先に目的地に向かう理由を伝えている。
それをやらねばならないのだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
それから、それから——どうなった?どうした?
荷物を届けた僕はアリーを置いて平原へ飛び出していく。
あの森と砦の間には平原しかなく、そこを突っ切れば最短で到着できる。
兄を心配する気持ちが、あの時の銃声の欧州を思い出させる。
カエデの予想は正しかった。
森の外、木々と丘に囲まれるような場所に大きなキャンプが存在していた。
あそこにいるのが危険なテロリストか。言われていたように、大勢いるのだろうか?
いきなり、空が真っ黒な雲に覆われる。
カイラル濃度が強烈な時にくる”時雨”が降りだした。
さらに地面にタールがわき始め、平原の先にある野営地までの見込み始める。
BTの出現!?
なんで?どうして?
あの時のカエデのように、タールに足を取られ。荒い息は激しくなっても、足の動きは徐々に遅くなり。前に進むのがおっくうになっていく。
だが、休むわけにはいかないんだ。
タールの海は水面が波打ち、そこからどこかで飲み込まれたであろう建物や強大な破片が姿を見せ始めていく。
それにあわせたように、大型BTらしいイルカの群れが跳ねるように踊り。獅子の姿をした黄金の顔の獣が姿を見せて歩き出すが、こちらには一切注意を向けていない。
水底から空まで飛びあがったBTはそのまま空で泳ぎ始める。
異様さと違和感の中でも、野営地に僕は近づいていく。
タールに浸された野営地からは遠くでも嫌なものが見え始めていた。
死体だ。
死者があちこちで、タールに汚されながら不安定に浮き沈みしている。誰かは丁寧に死体袋に収められて、誰かは片手だけが水面から突き出され。ちぎられた足が漂い、白濁した目を開きながら横になっている者まで見える。
テロリストは死者になっている。彼らは全滅している?なぜだ?
足はようやく止まるが、視線は泳ぐと死者たちの姿から目をそらす。
こんな結果は想像していなかった。こんな光景は想像できなかった。
すると探し人が唐突に確認できた。
カエデは。兄は野営地を見下ろすようにタールの中から浮かんでいた建物の屋上に立って地上を見下ろしていたのだ。
あそこにいたなら走ってきた自分に気が付いていいはずだ、そう思ったら叫んでいた。
——×××!!
兄を呼んだ。だが自分の喉から声が出たのか、なぜか自信がなかった。
彼は返事を返さなかったし、自分の弟を見ることもしなかった。
そのうちにカエデの体から黒い煙が絡みだすと、徐々にその姿を変え始めた。煙はそのうち国運から降り注ぐようにしてカエデにつながっていき。兄の姿は消えると見慣れたBTのすがたになってしまった。
僕はもう動けない。声も出ない。
なのに屋上にいる兄の姿はさらに変化を続けていく。BTは形を崩すとそこから地上に影がおりていき、今度は巨人となって仁王立ちする姿になっていく。
ケンジは動けなかった。逃げるべきだと思ったけど、しなかった。
この後に起こることはわかっている。生者と死者の接触、それによる対消滅。僕ら兄弟は地上に残された巨大なクレーターになり果てる……。
軽やかな音が鳴るのに合わせて、急速に覚醒した僕はベットから飛び起きた。
足元で寝て居たアリーは「どうした?」というように起き上がると夢と現実を理解しようとして混乱している僕の顔を舐めてきた。
——お、目が覚めたか。着替えたらプラットホームまで来てくれ。話すことがある。
僕は雑に顔だけ洗い、ポータースーツを身に着けて駆け足で部屋を出ていく。
そうだ、そうだった。
昨日、到着と同時にスタッフたちに助けを求めたのだが。彼らは顔を曇らせた。状況は良くなかった。太陽は西に傾き、夜はせまっていた。さらにその時にはもう交戦している様子もない。それでも騒ぎが本当にあったというならば、連中はおそらく警戒を強化していてもおかしくない。
とにかく夜のうちに情報をできるだけ集めて、明朝に救出を含めた計画を立てよう。そうやって個室で休めとなったのだった。
アリーと共に姿を現すと、スタッフは「おう」とつぶやき金属パイプの椅子を出してきて僕にすすめてきた。
「いや、僕はっ。それよりも!」
「わかるよ。ちゃんと今から話すから、とりあえずこいつに座って落ち着いてくれ」
この職員の指示に従わないと話が進まない空気に苛立ちを感じるが、しぶしぶ僕は椅子に腰を掛ける。
「まずはいいニュースから。
お前さんの兄貴は無事だったぞ。夜中にここに運び込まれてきた」
「えっ!?なんで起こしてくれないんですかっ、自分は家族なんですけど!!」
「冷静に話を最後まで聞けって。
とにかく無事だ。撃たれていたから手術もしたが。今は集中治療室に入ってる。今日は面会できないらしい」
「……っ!?」
「怒るのは理解できる、申し訳なかった。だがわかってくれ、結果が出るまでここで一喜一憂しているお前さんやワンちゃんは、俺たちにしたら邪魔でしかない」
「まぁ、そうかもしれません」
「事情を説明する。実はあのテロリストたちは最近こっちでも確認されたんだが、対策を考えるために情報収集をしている最中でね。
秘密にしてほしいんだが、現在連中の野営地を武装したポーターに監視させている。
昨日、お前さんが引っ込んだあとで連絡を取って当時の状況を聞いた。
兄貴は若いのに戦闘経験があるのかい?かなりいい動きを見せて連中を翻弄していたらしい。助けようかと悩んだらしいが、見事に森を抜けていったので何も手を出す必要はなかったと言っていたよ。
で、もうひとつ手を打っておいた。
今、ブリッジス本体はこっちに戻ってきていてな。
聞いているだろ?例の国道復活計画。遠征隊のポーターが実行しているんだ。一昨日あたりからこの辺も国道開通目指しての作業が始まっていた」
「そうなんですか」
「ブリッジスの責任者にメッセージを送った。もしこの辺に彼がまだいるなら、お前の兄貴の捜索に協力してくれないか、とな。
そしたらやってくれたんだよ!
兄貴を回収してトラックの助手席にのっけてここに来てくれた」
「そ、その人はどこにいますか?お礼を言いたい」
「はっはっはっ、だろうな。だが、残念だがもう行ってしまったよ。
優しい、いい奴ではあるが不愛想でね。お前さんがそう言うのを嫌ったのかもしれんな」
そんな——。
「残念がるなって。
方法はあるな。カイラル通信がつかえるから、彼の……サム本人に直接メッセージを送ることはできる」
「サム?」
「ああ、知らなかったのか?伝説の
今回の第2次遠征隊をひとりで背負っている男だよ。まだ大陸の半分が残っちゃいるが、あの男ならやりきってくれるかもしれないな。凄い奴だよ」
伝説のポーター、サム。
経験を積んでいるポーターらとの会話の中で何度か正体を聞こうとしてきたけれども。なぜかその人の情報を年上のポーター達は話題にしたがらなかった。なにか彼の過去に問題があるのかもしれないが、よくわからない。
ケンジが少し考え込むように黙っていると、奥の扉が開いて女性のスタッフが姿を現した。職員が手を振って彼女に合図をおくる。
「おい、若いの。とりあえずある程度状況はわかっただろ?兄貴は助かった。まだ何か聞きたいことがあるなら後でまたここに来ればいい。
とりあえずお前さんは彼女について行って、兄貴の手術をした医者と話すといいだろう。今日はもう本人とは会えないが、おそらく明日以降の予定を立てなきゃならんし」
「そうですね」
「おい、そんな心配そうな顔をするな。特にひどい怪我でもなかったし。数日で退院するさ」
立ち上がると、別の問題に気が付く。
「あの、アリー。この犬ですけど、ここで待たせてもらっていいですかね?医療エリアに行くとなると動物は嫌がられますから」
「ふむ、構わないと言いたいところだがな。
俺だと犬の面倒は見かねるぞ。正直、あちこちで作業が待っていてお前さんが帰ってくるのを待っていられない」
「それなら大丈夫です。ちゃんと僕の言うことは聞くので」
「そういうなら別に構わんがね。面倒は見ない、ちゃんと伝えたからな。あとで騒いでも、俺の責任などと言うんじゃないぞ」
「はい」
立ち上がると、椅子の隣でちゃんと座っているアリーが僕を見上げる。
「ここで待て。迎えに来るから」
それだけ口にすると、もう目もくれずに女性スタッフへと歩き始める。
アリーは主人の背中が、奥の扉の向こうへと消えるのを確認すると。その場に寝そべってから目を閉じる。
職員はパイプ椅子をかたしながら、自分の作業へと戻っていく。無人の出入口で眠る犬はそのうち珍しくいびきをかき始めた。
その音は草原から入ってくる風のふぉん、ふぉんという音の中で静かに流れ。穏やかな午前中を演出していた。
次回は明日のこの時間に