テロリスト遭遇から5日後。カエデは元気に退院する。
あの日、森の中でテロリストたちを混乱させた後。運が悪いことに、どこからか戻ってきたもう一台のトラックに乗ったテロリストらとばったり出会ってしまった。
岩場がかろうじてある平地での撃ち合いはさすがに分が悪く。さらに火器がピストル一丁のみだったことから、さすがにカエデもこの時は自分の死の覚悟を決めかけた。
その結果、3発から弾丸が体内に残ってしまい。手術でそれらを摘出することになる。
ブリッジスが定期的にポータースーツのアップグレードをしてくれるおかげで。隠れているところに複数人からの一斉射撃でも致命傷を負わなくて済んだからだ。
ではなぜ大騒ぎで運び込まれてしまったのか。
それはサムによって救出されたあと。彼のトラックの背後に回ろうとしたら、背部のカバーが外れかけていてカエデはこれに顔面を激しく痛打してしまったことにある。
かっこ悪い話ではあるが、彼は救助された後のこの事故で脳震盪でひっくり返った方が重症だったのだ。
兄弟は退院後も様子見としてさらに1週間ほど砦にとどまり、サムとの面会のチャンスをうかがうが。残念ながらブリッジスは国道の建設を中断すると、”時雨”農場という施設に向かったという情報を聞いてあきらめる。
かわりにカイラル通信を通じメッセージとして兄弟はサム本人に感謝の言葉を伝えた。
残念ながら返事はもらえなかったものの。ようやくブリッジスのポーターの正体について知ることができた。
サム・ポーター・ブリッジス
配達の世界で高い評価を得ていた彼は、過去にDOOMSとしての力のせいで発生したヴォイドアウトからの生存者だったことを兄弟は知った。
この時の対消滅は都市を丸ごと消すものだったことと、彼自身の奥さんも失ったことで色々と大変だったようだ。そんな人物がこんな無謀としか思えない遠征計画をひとりで背負っていると思うと、英雄的過ぎて個人的に興味がわいてくる。
再び、次はどこに向かおうと目出兄弟は考える。
ブリッジスと同じように西を目指すか、ここで東に戻るか。
砦で集めた情報によれば、ここから西側は厳しい高低差の山岳地帯となっており。そこにミュール、テロリスト、BTがあちこちに出没しているとか。
そんなところをブリッジスはさらに西へ、西へとヤマを越えて突き進む予定であるらしいが。おそらくはそこがポーター達に求められる最前線になるだろうと教えられた。
そう聞かされるとさすがに僕らでも躊躇してしまうものがある。
兄弟そろって色々な経験をこれまで積んでは来ているものの。ぶっちゃけどちらもこの家業を始めてまだ1年も過ぎていない、ルーキーである。
そんな2人が厳しい最前線に入っていって、無事に活動ができるものなのだろうか?
別に自殺願望があるわけじゃないけれど。
彼らは結局、西を目指して進むことにした。そうした理由としてポーターは当初、西を目指しながら活動するのが基本であったはずなのだが。
ブリッジスの計画が順調に進むにつれ。今のポーターは南北にわかれるように分散していってるらしい。このせいで最前線のポーターの数が思ったより増えないと困っているとか。
さらにカエデにすると、前の相棒であるマーフィーとそこで再会したいという思いもあったと思う。
砦を後にし、草原を抜け。渓谷へとわけいっていく。
谷底に流れる川を見下ろしながら昼食をとる。
アリーに凍らせた小さな拳ほどのミートボールを与え、兄弟は子供のように並んで座るといつものようにジェルの入ったチューブを吸う。
宇宙時代の食事は、今の地上でも大変重宝されているのだ。まァ、味とボリュームは期待していけないものだが。
「あれだな、ブリッジスにはそろそろ完璧なランチボックスを開発してもらいたいね」
「なにそれ」
「このジェルドリンク。そもそもは宇宙食からきたものだって」
「そうだね」
「宇宙開発なんて今じゃ大気のカイラル濃度を突き破れないから必要なくなったものだけれど。今は俺たちの腹を満たしてくれてる」
「安いからね」
「だが、望めばタコスやバーガーを食いたいじゃないか。この絶景を見ながらさ」
「どうだろうね。タールの中から出てくる弁当箱とかさ。うっかり中を見て、飢えているから食べようなんて思っちゃう人が出るかもしれない」
「いや、いないだろ。そうなったとしても」
「僕はいると思うけどね。ロマンなんてもつもんじゃないよ」
「悲しいこと言うなよ、弟よ」
ジュルジュルと残るジェルを音を立てて吸っていると。ふと、がけ下に流れる川沿いに動くものをみつけてしまう。
「あれはなんだ?」
「——ふむ、恐らくブリッジスの自動配送ロボットだろうな。今、色々な場所で動かしてテストを繰り返していると聞いた」
「こんな場所でも使うんだ」
「いや、ここだからこそテストしてるんだろう。
おそらくだけど、ブリッジスの国道と配送ロボットはセットのものなんだよ」
「どういうこと?」
「遠征部隊は国道とあのロボットの完成が、おそらく国家再建の次のかなめになるんだろうね。ポーターの数が思ったほど増えなかったようだから、都市間の流通を太くするためにもああいうものが必要だと考えているんだろ」
なるほどね。
ふむふむ、と頷いてはみるものの。ふと、ケンジの頭に疑問がよぎった。
「あれ?ってことはまたポーターは必要ないって話にならない?」
「む」
「だってさ。昔はAIロボットで配送してた時期もあるけど、人に受け取り拒否されてまたポーターに戻ったって聞いたよ?でもまたロボットが復活するってことになると、僕らは必要ないって話になるのでは?」
「まぁ、確かにな。天候や環境はロボットなら問題にならないとされてはいる。運べる荷物の量だって性能を上げればなんとかなる。なにより数も気にしなくていい」
「うわ、僕ら廃業しそう」
岩場の悪路をリズミカルに、一定の速度で駆けて抜けていくロボット達はすぐに岩陰へと消えていったが。
なんとない軽口で暗い未来を予想してしまった兄弟は、アリーに目を向けると。ミートボールを見事に食べ終わったアリーはあくびをしながらこちらを見つめ返していた。
休憩を終わっていいみたいだ。
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峡谷の中で存在する目の前の配送センターは、西進するポーター達にとっての最後の大きな公共施設となる。
到着すると、驚いたことに犬と兄弟たちは職員や同業者たちから暖かいもてなしを受けた。本当は身の程知らずのルーキーが犬っころ連れて何しにきやがった、と吐き捨てられるものだと思っていたので少々気が抜けてしまう。
だが理由を知ると納得もした。
現在、ブリッジスはこの配送センターが管理するエリアでのカイラル通信をつなげることに集中しており。それが終わると、ついにいよいよ西海岸エッジノット・シティを目指して最終トライアルが予定されているらしい。
ところが、ポーターらの中での士気が低下しているのだとか。
当初は息巻いて、この最前線を目指すと口にしていたポーターらは。政府やブリッジスがBT排除もポーターの仕事として扱いだしたことに不満を持ち、ここまでやってこなくなったそうだ。
この話に兄弟は、かつての山頂での経験を思い出す。
自分たちもあの時、決断するのに色々と考えたものだが。あのような経験を他のポーター達も味わうことが多くなったのだと思う。
巷ではカイラル通信が広がる中で、カイラル濃度は低下と安定に向かい。安全な都市間での交流は増加の一途をたどっていると報じられてはいるものの。その実態はポーターらが望んでいないBT退治などを求められ、ビビッて安全な場所から出てこなくなってしまったということなのかもしれない。
その結果が、突然現れた無謀なルーキーの兄弟と犬でもいないよりはマシ。なんだろうと考えた。
この配送センターが管理する山岳地帯の脅威は本当に驚かされるものが多かった。
例えば曇り空の下で、岩場を兄弟が一列に並んで歩いていると。いきなり岩場の陰から飛び出してくる黒い影が、ケンジを飲み込もうととびかかってきたことがあった。
座礁地帯にたまに見かける地面につながれるBTとはわずかに違い。岩の陰に隠れている奴がいるのだ。
その時はケンジも、足元にタールの池が出現し。続いてそこに引きずり込もうと手が伸びてくるが。カエデが境界線から手を伸ばして無理やりに弟を引っ張り出して助けることができた。
アリーは主人の突然のピンチに興奮したのか。無意味にぐるぐる回るだけだったが、ありがたいことに吠えなかったので。他にいたかもしれないBTからの攻撃にはさらされることはなかった。
こんな感じでありがたいことに以前の山頂付近での大型BT遭遇戦の経験から、こうしたトラブルに兄弟は動揺することなく対処することができてはいた。
他にはミュールやテロリストによる。拠点の移動や配置などがあり。このエリアでの天候異常に対処するため、これらの情報は常に更新するためのポーター同士での情報交換が必要となっていた。
こうした経験は兄弟の能力を飛躍的に高めたように思う。
当初は数日後には対消滅をやらかしそうなルーキーとして、嫌味と小言が混じったアドバイスを山ほどもらっていたが。
1カ月もたたないうちに、この目出兄弟は周囲のプレッパーズとそれなりに対等に扱ってもらえるようになっていた。
そんな中でブリッジスは、アメリカは。
静かにその時を迎えようとしていた。
次回は明日のこの時間に