虚無に浮かぶ白銀の月   作:八堀 ユキ

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後半開始!時は流れてデス・ストランディング2へ

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国なき地獄

 最初に爆発があった。

 次に爆発があり。また爆発があった。

 爆発はいつもどこかで。爆発する。

 そしてまた爆発する。何かを失って、何かを生み出すために。

 

 コミュニティに入って数分後に銃口を向けられ、自分たちは罠にはまったのだとポーターのシャロンは理解した。

 相棒も恐らくはそう思っているだろう、まったく2人並んで間抜け極まる話になった。狼の群れの中に入っていった羊、ひどいもんだ。。

 

 前回は歓迎され、友だ再会だと喜びながら抱き合い、再会の約束をして別れたあの人達。だが目の前の老人や女、その子供たちの目が恐怖と怒りに満ちた目と銃口をこちらに向けてきている。

 まったく、悪夢としか思えない。

 ポーターの荷物を渡す相手が、山賊(バンデット)になってしまうとは。

 

 両手を上げて抵抗しないと示す中、荷物だけでなく、ポーターとしての装備まで彼らの手で奪われていく。

 

「武器、武器はどこ?」

「ないよ。ポーターに必要ないものだからな」

 

 フン、と聞いてきた生意気な坊主が鼻で笑ってきたが。

 これは確かにちょっと格好つけすぎたか。

 

 基本、武器はどこのコミュニティでも用意している。彼らは常に貧しく、飢えても病んでもいるのだが。それでも自衛のためにと必ず銃を、武器を信じられないほど多く隠し所持はしている。

 それらはすべてUACの武器だ。向こうは武器の輸出などしていないはずなのだが、現実にはこの地の隅々にまで彼らの武器がいきわたっている。

 

「――なんでこうなったのか説明が欲しい」

「……」

「前回もこちらは約束した通りに物資を届けた。それが今回はなぜこうなったんだ?」

 

 殺気、自分たちに向けられるそのようなものが周囲で膨れ上がっていく気がした。

 こちらは状況を理解したいだけの質問だったのが、マズかったか。

 

「よくもそんなことを言えるな」

 

 コミュニティの代表である老人が前に出てくる。

 これまで彼の陽気な顔しか知らなかったが、今は信じられないほど暗い目と表情になって絶望しているように見えた。

 

「遅かった。なにもかも」「?」

「連絡した、助けがすぐにも必要だと」「連絡?何の話だ」

「カイラル濃度がまた上昇している。体調を崩す者が続出した。老人だけじゃない、子供も倒れた。苦しんだ」

「そうだったのか。その、知らなかった」

「無視したのか。無視したんだろ!」

「落ち着け、連絡。助けを求めたということだよな?でもカイラル濃度が上昇したとも自分で言っただろ」

「まるでかつての政府のいい訳だ。腐敗、腐敗、奴らも言い訳がうまかった」

「カイラル・エネルギーは色々とさえぎる。海も、空も、電波だって誰も何も通さない。水ッと言われていたことだ。知っているだろ?」

「それは政府が言ったことだ。国が言ったことだ」

「ああ、そうだ。それが常識ってやつさ」

「だがその国はどこにある?もうどこにもない。すべて消えた、全て溶けた。今は砂漠と荒野を残しただけ」

「そんなこと——」

「ここにいる子供たちを見てみろ。女たちを見ろ、老人を見ろ。

 空腹に耐え、カイラル濃度に苦しみ。死んでいく、皆があの影になっていく。神は彼らを見捨て、我らからも去っていかれた」

「落ち着けって」

「もう、この村は終わりだ。数日で6人死んだ。遺体を処理する方法は限られている。いつ座礁地帯が出現するのかわからない。死者が列をなしてここに戻ってきたら、我々になすすべはない」

「対処はできる。なんとかできるさ」

「お前ら!お前たちよそ者はいきなりやってきて、偉そうに我々を助けていると言う。わずかな物資を届けるだけで、自分たち善人に感謝しろと強制する。大丈夫だ、心配はない。希望を持て、と押し付ける」

 

 老人が囲んでいる女性たちの一部に指を向けた。

 そこにはまだ幼さを感じる顔は――少女のようにも見える妊婦たちが並んでいた。

 

「あの娘たちを見ろ。新しい母となる美しい娘たち。

 なのにここに夫となるべき父親達はここにいない。皆武器を持って山賊になった。食うために、自分が生き残るためといって家族を捨てたんだ。

 我々もそうすべきだった、もっと早く」

「……」

「もうわずかな物資を与えられるのを待つことはできない。お前たちの助けも必要ない」

 

 マジですか。

 弱肉強食、適者生存。

 誰かに殺されるまで誰かを殺し続ける。山賊野党の理。

 

 このコミュニティは、もう救えない。

 

 

 ポーターは兵士ではない。

 だが抵抗するな、と強く出られたなら。なんであれ生き残らなくては仕事ができない。だから皆がピンチを想定してトリックのひとつやふたつ、用意しておくものだ。

 

 ポーター達は聞くことだけは聞いて。話すだけのことはとりあえず話した、というところでシャロンの相棒は合図もなく自分から動く。スモークグレネードが彼の足元にたたきつけられると同時に銃声が鳴り響き、悲鳴があちこちから重なった。

 

 少数の相手を多数で、武器を所持しながら囲むのは大変に威圧的ではあるけれど。

 射線というものを考えて配置してないところが素人だった。

 

 シャロン達は煙の中から転がり出てくるとそのままコミュニティの外に向かって走り出した。このまま彼らの憂さ晴らしに殺される、もしくは取引のための人質になるか。

 そこまで付き合うつもりはなかった。

 

 皮肉にもポーターを追ったのは大人ではなく、武器を持った子供たちだった。

 あふれる涙をぬぐい、煙を吸ってむせながら逃げていくポーターの背中にむかってひたすら銃の引き金を引いた。

 荷物を届ける相手に撃たれ、逃げていく配達人たちの姿はひたすらシュールで滑稽な姿に見えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ここは今、希望なき絶望の大地。

 複数の国家が消滅してしまった、南米。ポーター達は今、そこで活動している。

 

 

 UAC建国宣言から××カ月後。

 

 新たな希望がもたらす変化を、人々は大きく勘違いをしてしていたらしい。

 政府は最初に民間会社APACと組んだ。そしてAPAC4000をリリースする。活動するポーター達をサポートするため、当初はそんな表現がされていた。

 

 これがUACを飲み込む変化という大きな波のはじまりとなった。

 ポーター達の活動を補助するはずのシステムは、かつてブリッジスがテストした自動配送システムを駆使することで一気にすべての地域を支配してしまう。

 出発と到着、あらゆる環境と障害に対応し、完璧な管理能力ですべてを円滑に進めてみせる機械たち。

 死者を引き付け、魂ある人というリスクを持つポーター達はあっさりと国から必要とされなくなった。

 

 APAC4000の有用性はここからさらに拡大していく。

 運送業だけでなく。都市でやり取りされる資産の管理に手が伸びると。最終的には都市機能まで掌握してしまった。

 毎日を忙しくしていた政府職員たちの仕事の負担が大幅に減り、数は必要なくなった。

 

 APAC社の快進撃はまだまだ止まらなかった。

 都市の管理は、そこに住む人々の管理。もとい監視にまでいきとどいてしまうと。そこに住む個人達の声がすべてAPACにすくいあげられる。

 そう表現する所までいききってみせた。

 

 結果、UAC最初の大統領ダイハードマンは、最後の大統領として短命政権を受け入れることになる。人々の意見の代表として議会に参加する政治家達が必要なくなったからだ。

 カイラル通信によって完成する完璧な管理社会は、しかし人々にとっては快適で自由に息ができる夢にまで見た楽園として受け入れられてしまった。

 

 ただデス・ストランディングによって苦しんだ時代を支えた人々だけ。苦々しい想いをおしつけられてしまったのだけれど。

 それをいったい、だれが気にするというのだろう。

 

 閑話休題。

 

 UACが地上の楽園となるかわりに、南米は新しい地獄となった。

 デス・ストランディングがもたらす死者たちに加え。国が消滅するとともに歴史的な文化も消え、さらに飢餓と病魔が猛威を振るう。

 UACを快適にするカイラル通信は、周囲には悪影響を及ぼしているようで。カイラル濃度は上昇するとともにいっそう不安定となり。人々の精神と健康に悪影響を及ぼしていく。

 彼らの希望と夢は色あせ、死者の列に加わることが正しいことではないかと信じたくなってしまう。

 

 そんな中、国が未来のために残そうとしたのが公共施設である。人々に物資を届ける配送センター、UACよりも明らかに技術が遅れている研究所。それらが最後の希望のはずなのに、人々がそう感じることはなくなっている。

 

 国の崩壊が、終わりのない絶望を実現してしまったのかもしれない。

 

 

 そんな配送センターのひとつでは、現地の元政府職員らが忙しく仕事をしている中。その横で机を囲み、そこにある地図を睨んでいるポーター達がいた。

 

 国なき人々を繋ぐ、この作業のあまりな難しさを前に。彼らは自分たちの無力さをかみしめさせられている。

 

「―—結局のところ答えはひとつなんだろうな」

 

 壮年のポーター、チャックは軽い調子で深刻な結論を口にする。

 

「配送のサポート、これにつきるんだよ。今、ここで活動しているポーターの実力なら大抵の問題には対処できる。

 新しく出現する座礁地帯のBT。もしくは拡大するバンデットのキャンプ。最新の情報、何らかの対処。コミュニティでは治療できない病人の搬送も。なんとかなる。

 でも俺たちのリスクは大きすぎている。

 リスク、リスク、リスクで解決が全く追いつかない」

 

 同世代のコナーもそれに続く

 

「極論、ここに今必要なのはカイラル通信だ。もしくはあれに代わるものだ。

 我々が来たことでポーターの数は解決してる。だが、俺たちに必要なフォロワーがここにはない。ゼロだ。

 我々をささえているはずのコミュニティ自体も数が減り始めた。西海岸線は2カ月前から連絡が絶たれている。あそこにもあったはずのコミュニティがどうなってしまったのか、確認のために調査する必要があるのだろう。

 恐らくは楽しくない光景を確認するだけの可能性が高いが」

 

 カイラル通信、か。

 UACから流れてきたポーター達に複雑な想いがわいてくる。我々を強くサポートしてくれた最高の技術は、彼らを祖国から追い出してアウトローにした忌々しいものとなった。

 だがあの卓越した処理能力!

 

 あれは今、確かにこの場所にも欲しい。

 国家というつながりのない世界で人をつなげるには、強い縄が必要なのは道理だ。

 

 沈黙に沈むポーター達の中で、女性職員のジュリアは無表情、無感情のまま。無線から流れる情報を机の上にある地図に新しい情報をペンで書きこんでいる。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「おい!アンタらの仲間がもどってきたぞ。なんかあったみたいだ」

 

 ひとりの職員が地上から叫んでポーター達を呼ぶ。

 彼らが驚いて地上の出口に行くと、職員と相棒に肩を借りたシャロンがいて驚いた。

 

「なにがあった!?バンデットの待ち伏せか」

「――違う、もっと最悪だ。俺のコミュニティはバンデット化してた」

 

 シャロン達の言葉に全員が動揺する。

 普通はコミュニティから脱落していく者たちがバンデットになろうとする。だが、まるごとが堕ちるというのはこれが彼らには初めての経験だった。

 

 あの時、シャロン達に向けられた銃は非殺傷武器ではあったものの。十数発を両者はもらっていたようで、シャロンの体にはスーツに穴があけられていた。皆が地下の医療施設へと連れていかれる彼らを見送る中、非常な裁きが下される。

 

「仕事が減ったな。新しいルートを構築しないと」

 

 職員のノルンは冷酷つぶやきながら手に持った書類に赤ペンで塗りつぶしていく。

 この地で生きる者たちにとって、バンデットに堕ちるというのはもっとも憎まれる行為となっている。国が消え、正義をなす力は失われたと感じても、悪事を許さぬ人の根源的な感情が揺らぐことはないのだ。

 繋がりを捨てて裏切れば。事情など関係なく容赦なく切り捨てられていくー。

 

 ポーター達は意識せずに次々とため息を漏らしていく。

 彼らにもわかっていた。

 

 バンデットに堕ちても、バンデットに仲間として迎えられるとは限らないことを。

 以前であれば老人には知恵を、女には快楽と安堵を求める風潮はあったが。恐らくだが今はそんな奴は少ないだろう。

 

 暴力による独占を重要視するバンデットたちは、足りないことや飢えることを何よりも嫌っている。弱い者を受け入れると物資を彼らにも分けなくてはならない。それではすべてを捨ててコミュニティに背を向けた意味がない。

 なので受け入れられなかった弱いバンデットは、集団もキャンプも作ることができず。最後の死者の行進を始めていく。

 彼らは息絶えるまで荒野をさまよい続けるのではなく、失った信仰心に全てを掛けて歩き続けるのだ。

 安息の地とそこにいるはずの神の元へ旅立てること、それだけを考える。そうして自分の最後を迎える場所にむかう。

 そんな彼らが願うのは途中であのけがれたBTに捕まり対消滅などしないよう、自分だけの天国への道を探しに行く。それはさながら己のビーチに、向かう作業と今風ならたとえてもいいのだろう。。

 

 悲しく、厳しい話ではある。

 だからこの地は今、地獄と呼ぶにふさわしいのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そして目出兄弟とアリーも、この南米で活動していた。

 現在の彼らはUAC側の国境線から5日ほどかけて南米とUACを行き来する生活をしていた。自宅を出発してから3日目、兄弟はそれぞれがフローターを引き、そこにUACから運んできた荷物を積んで目的地の配送センターに向かっている。

 

 そんな彼らの背後に砂嵐が迫っていた。

 おそらくは数分以内に彼らに追いつき飲み込むのは間違いない。とはいえこの迫ってくる脅威にすでに彼らは気が付いてはいて。本当の問題はもうひとつ存在していたのだ。

 

 砂に足を取られ、彼らに近づいてくるひとりの中年男。

 それが常識ではありえない、理解しがたいことに自宅にくつろいでいるときに身に着けるような軽装で、何も持たず。ただ必死な形相で何かを叫んでいてーー恐らく助けを求めてると思われるーー兄弟に接近していたのだ。

 

 砂嵐は、目に見えて理解できる脅威だ。

 だがこんな危険な場所で、それも軽装で必死に助けを求めてくる男をどう考えたらいい?

 バンデットの罠?それとも正気を失った男?どっちにせよ数分後に襲ってくる砂嵐にあの姿で飲み込まれたら。彼は無事ではいられないし、兄弟が助けることもできない。

 嵐の中で巻き上げられた砂にはカイラル物質が付着していて、それが暴風の中でひたすら肉体にたたきつけられる。するとカイラル・エネルギーの影響で人は正気も、健康も奪われてしまう。

 だからポーターが嵐の中で、苦しみ錯乱して暴れるであろう他者にしてあげられることなんてないのだ。

 

 

 カエデは素早く判断を下した。

 怪しい存在は見捨てる、という誘惑をあえて捨てる。

 

「嵐に追いつかれる。俺の荷物を持ってくれ。こっちがアリーとアイツを引き受ける。急げ」

 

 反論を許さぬ兄の指示に、ケンジは返事をせずに自分の顔を守るヘルメットを起動することで了解との返事をした。

 兄の背中に回ると、兄のフローターを自分に繋ぎ。同時に新しく兄のベルトに自分のベルトから延ばしたワイヤーもつなげた。これで嵐の中でもはぐれることなく、兄弟は列をなして進むことができる。

 

 カエデは2枚の袋を取り出すと、地面に敷いてアリーに中に入るようにまず命令する。

 彼らの犬は「わかった、またやるんだね」というように自分から嬉々として中に入って座り。これから来るものが分かっていても安心しているのか笑みを浮かべている。

 わずかにその頭をなでるとチャックをしめ。続いてもう一枚を砂の上に敷く。

 

 徐々に風が強くなるのを感じていた。袋が飛ばされないように抑えて待つが残り時間はあまりない。

 嵐の到達まで1分を切ろうとしていた。

 

 十数秒後には息も絶え絶えの男がついに追いついてきたが、兄弟は彼の話など全く聞くつもりはなかった。それどころか強い口調でいきなり命令する。

 

「黙れ!すぐに袋に入れ、死にたくないだろ」

 

 ぶしつけではあるが猶予もないのだ。

 相手は疲労のせいだろうか。激しく呼吸をしながら頭を縦に振るとこちらの指示に従って、袋の中に入り地面に横たわる。

 

 ゴウゴウと強い風の咆哮が背後に迫ってきていた。

 

 カエデは砂が中に入り込むのを気にせずに袋のチャックを閉じると、袋に入っておとなしくしているアリーを抱き上げながらその場にしゃがむ。かわりにケンジの方がそんな兄の背中に人を乗せようとする。

 座らせたら急いでベルトで固定した。

 

 その瞬間、嵐がついに兄弟達を飲み込んだ。

 

 強風は荷物を載せたフローターを雑に動かし、兄弟はそれぞれよろめいて地面に崩れ落ちて倒れこんでしまう。

 だが、ギリギリで間に合ったのだ。

 

 立ち上がりながらケンジはヘルメットの中でチクショウとつぶやくと、準備は完了したと「いけるよ」と言いながら兄の肩を2度叩いた。

 ヘルメットの中から発せられた言葉は、強風のなかでは伝わることはなかったはずだが。弟のこの合図にカエデはひとつ頷くと、アリーを抱きながら彼も力強く立ち上がる。

 

 

 この砂嵐は風と砂だけが危険というわけではない。

 見上げても確認できない空の上で、雷鳴がひっきりなしに叫び声をあげながら飛び回り。空と地上の間をひっきりなしに雷の柱で攻撃する。

 

 この嵐から無事に抜け出るには、立ち止まることなくひとつの方向に正確にひたすら移動し続けること。

 足を止めれば、ただそれだけで落雷の危険が上昇するのだ。

 

 

 2時間後、砂にまみれた兄弟は砂嵐から無事に脱出した。

 砂の荒野に吹く風はなくなり、遠方の嵐の咆哮も聞こえなくなっていた。

 

 ケンジと違い、カエデはヘルメットをしていなかったことで顔が砂まみれになっていたが、ようやく安心したのか。ここで足を止めると後ろを振り返り、砂嵐から距離をとれたことを確認する。

 

 彼が抱いていたアリーを袋から出して解放すると、体を震わせながら抱かれ続けて疲れたんだとでもいうように兄弟に背を向ける。

 ケンジはヘルメットを解除し、兄の背中に座っていた男を自由にした。嵐の中ではおとなしかった男は、自分の喉を指すと

 

「の、のどが」

 

 とアピールしてきた。

 そこでカエデは自分の水筒を差し出したが、受けとった男は一気に煽って全部飲んでしまいそうだ。

 もう止められないのだろうと、しかたなくケンジが自分の水筒を出し。自分の口に少し含ませると。兄の前に立って、彼の顔についている砂を手を濡らして落とそうとした。

 

「適当でいいーー水は残しておけ」

「口元と鼻は洗わないと。どちらもカイラル物質が付いてるんだから、よくないよ」

「ちょっと行った先に川もあるし、センターも近い。演説(スピーチ)でもしなければ大丈夫だ」

 

 確かに。

 一息ついたところで、ようやく兄弟は一番知りたかった疑問をこのへんな男にぶつけた。

 

「自分はケンジ。名前は?なんて恰好で砂漠にいたんだ」

≪感謝します、旦那方。もうだめかと思った≫

 

 スペイン語で返してきたよ、参ったね。

 語学に弱い弟に代わってカエデが対応する。

 

≪兄弟、なぜあそこにいた。ひどい姿だ≫

≪バンデットに捕まって。逃げてきたんだ≫

≪本当か?バンデットに追い出された。逃げだしてきたように見える≫

≪違う、違う。確認してくれれば分かるよ。本当のことだ≫

≪俺たちセンターに向かう。一緒に来るなら、オマエを信じよう≫

 

 軽装の大人をどうやって捕まえたんだよ。

 いまいち納得できない説明を受けたが。本人がセンターまで来て事実を説明できるというなら――嘘ではない、ということなのだろう。

 

(こんなこともあるんだなァ)

 

 ここでこれ以上問い詰めても時間の無駄だ。兄弟は再び荷物を分けると、男を挟むようにして再び出発する。

 おそらく日没前にはセンターに到着できるだろう。

 




次回は明日のこの時間に
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