気分転換から配送センターの出入口で座り込むと。カエデは調子の悪いフローターや梯子の調子を確かめていた。
南米ではモノは大切に使わないといけない。これまでの経験から壊れる寸前まで使い込む、なんてことはしないが。ちょっと調子が悪いからね、で気軽にリサイクルにだして新品を求めるというのは今では贅沢な話だ。
かわいた空気、砂をしきつめた平地。太陽は燦燦と輝いてはいるのに、気温は妙に心地よい。そんな午後だった。
南米の配送センターはUACのものと同じ形状をしている。
これは少し事情があって、前ブリジット大統領時代に関係しているようだ。彼女の思い描いていたアメリカの復活の次にあったのが、人類絶滅からの回避にあったのだろう。
まァ、逆によその土地の様子が想像以上に悪化していたことがわかったので、助けないとダメかもと仕方なく支援した、とも考えられるけど。
とにかくこのような南米の配送センターをすべてUACにあるもので統一したというのは、彼らに侵略的な野心があることを示した、と考えるポーターは多い。
こんにちは
明るく、耳に涼しい響きを感じさせる女性の声だった。
カエデが顔を上げるが、太陽の位置が悪くて黒いシルエットがそこにあるとしかわからなかった。
「砂、目に入りましたか?」
「大丈夫だよ。ありがと、ええと――」
指で目を拭った後で視線を彼女に向け確認した。
黒いボディスーツは明らかにポーターのものではなかったし、体のラインをはっきりと浮き上がらせているのは自分を男として誘惑しているように感じた。短い黒髪はウルフカットと呼ばれる髪型だと思うが、カエデはこだわりがないのでよくわからない。
装備としてポーターと同じ背嚢とオドラデグを背負ってはいるものの。手にしている脱いだマスクの黒い呼吸器と、そこから背後につながっているチューブが威圧感を与えてくる。
「前に会ったかな。初めて?」
「そうです。今日、初めてお会いしました」
「でも――お互い知っている感じがするね」
「そうかもしれません」
とりあえずこちらから手を差し出して握手を交わす。。
うん、これはUACの人間だなと確信できた。南米のあいさつは情熱が常に先走ることが多いのでハグが多い印象だ。そして判断できる基準になっている。
「ポーターじゃないね。呼吸器?それはわかるけど、ここだと君のきれいな髪や目もちゃんと保護しておかないと痛むよ」
「目はサングラスで何とかできます。安全が欲しくて全部を隠すと、ここの人達から信用してもらえません」
「それはわかるよ」
ここのセンターには妙にUACを高く評価している職員たちがいるのだが、その理由としてたびたびUACの関係者がやってきて接触しているから。そんな噂があった。
そしてそれが恐らくこの彼女のことなんだろうと思う。
UACから追いやられたポーターで彼女を直接見たという話は聞かないことから、あえて避けていたのだろうと考えると。
こうして目の前に立って挨拶する、相手の態度が変化した理由がなにかあるのだと結論に至る。
「ノルン達に会いに来た?下にいるよ、昼食は終わってるから仕事してるはず」
「ええ、でも今日はあなたに会いに来ました」
まだ年若く、なんなら自分とそれほど変わらない年齢のように見える彼女は。自分の美貌の価値を理解し、自信をもって口を開くことでこちらを引き付けようとしている。
訓練されたコミュニケーションの成果なのだろう。
「話がある、と」
「フラジャイル。そして跳ね橋部隊、この言葉に聞き覚えは?」
「どちらもあるよ。去年、本人のフラジャイルに誘われた時に聞いた」
「よかった。覚えてくれていたんですね」
「でもその場で断った。胡散臭くて、聞く価値もなかったよ」
言葉の通りだった。
昨年末、目の前の彼女と同じように。ブリッジスの活動になみなみならぬ力を貸したといわれているフラジャイルが南米に、自分たち兄弟の前に現れていきなり勧誘してきた。
彼女はUAC誕生後、新しく跳ね橋部隊なる組織を作ってなにがしかの準備をしているらしい。そんなことを言っていた。
「なぜ断られたのですか?まずそれを聞かせてください」
「胡散臭かったから、それだけだよ。アメリカ復活の英雄のひとりが、自分の会社を潰された後なのにまだ政府の犬をやっている。信じられない忠犬ぶりだよね」
「警戒していますか?ちょっと、悪意を感じる受け取り方に聞こえます」
「信用できない。それで十分だった」
おそらくは彼女もあの時のフラジャイルと同じ交渉人なのだろう。
そうなると笑顔でよくわからない商品をおしつけてくるセールスマンとして応対するべきだと思った。
「もう一度だけ。話を聞いてもらえませんか?」
「フラジャイルにも無理だったのに?君が?」
「私、人に好かれやすいので今度は気に入ってくれるかも。チャンスをください」
「別にいいよ」
興味はなかったが、なぜ彼女が自分たちのところに来たのか。
その理由が知りたかった。
彼女は自分をルーシーと名乗った。
彼女が口にしたことはフラジャイルがしたものと大きな差はなかった。
UACは再建後、次に混乱している世界に目を向けている。目指すゴールはカイラル通信によって人類を繋ぐこと。
だがその方法には慎重さが必要だと口にした。
UACという国ではなく、民間組織を用意して実行する。これによってUACによる侵略的な戦略という疑惑を回避したい。
カエデは聞いているうちに作業する手を止め、砂地の向こう側へ視線をやる。
鼻で笑うとはこのことだ。
UACが自らの”善意”を主張するためだ、と言ったとしても結果が変わるわけじゃない。
カイラル通信が南米にやってきたらその時点でUACのAPAC4000に組み込まれるという現実が実現する。
そしてその先には希望なき世界が終わり、すべてが一変したと感謝と喜びの声が沸き起こるだろう。これはすでにUACでおこったことだ。
彼らが自分たちもUACに入れてほしい、そんな希望を口にしない未来なんてあるのだろうか?侵略とは別に武器を持った自国の兵士を送らなくても可能ではあるのだ。
「同じだね。侵略ではないからうんたらかんたら。全く信用できない」
「理由を聞かせてもらえますか?」
「いいよ、2つある。
ひとつはこの南米にカイラル通信が来れば、人々はUACを歓迎するよ。
いくら侵略の意図はないとしても、繋がった通信の中ではUACは救世主さ。UAC主導の世界構築、それは当然の未来だろ?」
「2つと言いました。もうひとつは?」
「俺達がUACに背を向けたのは、UACを知っているからだ。君はAPAC4000をどれくらい理解している?」
「理解、ですか」
「あの日の光景は忘れられないよ……」
振り返る過去は、毎回だが不愉快極まりない苦い味がする。
APAC4000のサポート開始は当時のポーター達の間でも評判が良かった。でもすでに自分たちの仕事の出入りにあわせるように自動配送が活発に入れ替わるように外に出ていくのを目にもしていた。
そんなある日、目出兄弟は配達中に新しい人型ロボット達が集団となって部隊が進軍するように移動しているのを外の世界で見かけた。
その時のポーターは基本、国道を使って移動していたが。ロボット達は目的地までの最短距離が設定され悪路を気にしないルートを突き進んでいた。
なのでミュールは自然と、国道を利用しないロボット達を待ち伏せるようになる。
高地に配置された国道から見下ろすとロボット集団は明らかに相手の待ち伏せポイントに突入しようとしていたので、兄弟は慌ててミュールの情報を端末を通してAPAC4000に連絡を入れた。
まだ襲撃ポイントまで距離がある。今なら避けることはできるはず、だった。
だがロボット達は進路を変えなかった。
自分たちの報告では処理は間に合わなかったのだろうか、国道からそれをただ見下ろすしかなかった兄弟たちの前で、ミュール達が銃撃を浴びせながら襲い掛かかる――。
そこから確かに悪夢のような光景が始まったのだ。
「APACはちゃんとこちらの通報を受け、理解していた。
理解はしていたけれど、ロボット達で十分にミュールは撃退できると判断したからそのまま通そうとしたんだ」
「……」
「殺せない銃を持った人とロボットの激突さ。そして戦闘はAPAC4000が勝利した。
荷物を守り、慌てることなく自分たちへの攻撃に対処してみせた。襲撃を受けた方は散開し、個々に動き、ミュールを処理した。連携はスムーズで、明らかに練度に差があった」
「それは、良いことではないのですか?」
彼女の言葉を聞かなかったことにして、俺は話を続ける。
「終わった後も見事だったよ。
相手の攻撃で体のどこかを破壊され、配送に支障をきたしただろう仲間をさ。ロボット達は自分たちの手で仲間をバラバラにして部品で回収していた。
そいつの部品と荷物もまとめてね。倒れているミュール達をそのまま放置して。何事もなかったように進み始めた。
わからないか?
APAC4000はただのサポートシステムじゃない。あれは軍用としても使用できて、そしておそらくだが未来において人ではない兵士の部隊がつくられ、戦場に投入される」
「それは、まだわかりませんよ」
「本当に?すでにそれが実行できているのに、やらない理由があるって?
アメリカには昔、銃の歴史があった。銃で権利を奪い、銃で個人の自衛も認めていた。新たなアメリカが新しい武器の発見をモラルで見なかったことにするとか冗談だろって話さ」
「言いたいことはわかりますけど」
「ここに来たポーターはみんなそれぞれ理由と想いを抱えてきている。
俺達はね、UACはポーターを窒息させたと考えている。職を奪ったとかじゃない、生きる場所すら奪ったんだ。
カイラル通信とAPACは明らかに危険で、おかしいと思うのに。誰も疑問を持たず、復活からのストーリーに酔って誰も気にしていない。現場の声はないものにされた」
最後のカエデは冷笑を浮かべていた。
「では私の誘いも断るのですか?」
「それで終わりならね。UACが善意と笑顔でカイラル通信を他国にくれてやる、なんて信じないよ。それなら素直に武器を持ったロボット兵士を送ってくれた方が誠実ってものさ」
ルーシーは少し目を閉じ、それを開くとそこに再び強い意志を輝かせる。
「実は跳ね橋部隊の計画には、南米にカイラル通信を広げることが目的のすべてではないのです」
「?」
「本当の目的はその先。プレート・ゲートが重要なんです」
カエデの表情がわずかに変わるのをルーシーはすばやく確認した。
若いのにかなり現状を冷たく見ていることでダメかもしれないと思ったが、これに興味を持ってくれたならまだ舞える。
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目出兄弟の今回の配送も無事に終えることができた。
コミュニティに荷物を引き渡し。彼らの好意で一晩泊まった。
翌朝、女性たちが朝食の準備をする中で、彼らは子供らに囲まれ。笑顔に見送られて出発する。次、ここに来るのは半月後になるはずだ。
歩きながら彼らは彼らの朝食であるジェルを吸う。
「僕たちのところは無事だったね」
例のシャロンの件を思い出して弟は言っているのだろう。
「そうだな」
「少し興味があるから聞くけどさ。兄貴、もしあの人らがバンデットになって銃を向けてきたらどうするの?」
「どうするって、どうすると思ってるんだよ」
「それ答えてないよね」
カエデは肩をすくめるだけ。
答えられるわけがないだろ、それが”例え”であったとしても。話題を変えたいと思ったのだが、脳裏に浮かんだのはあの黒いボディスーツ姿の先日の彼女だった。
「やっぱり、カイラル通信か」
「なに?例の美人の話?」
「まぁ、そうだ」
「兄貴もやっぱ、美人に鼻の下のばすんだねぇ」
からかう弟の声は無視する。
だが実際の話、ルーシーと名乗った彼女の誘いにカエデは不覚にも揺れてはいたのだ。
南米の果てに出現するプレート・ゲート。その先には海を越えた先にあるオーストラリアがあるかもしれない。
そしてあのサム・ポーター・ブリッジスが跳ね橋部隊に参加するという。
カエデにとって恩人であり、尊敬するポーターが、である。
動揺しないわけがない。
サムはUAC再建後、ブリッジスから逃亡したと噂されていた。そもそもにしてブリジット大統領死去に立ち会い、参加を決めたという話も聞いていたので。
彼が政府から逃亡する理由が何かあったのだろうと思っていたし、疑問はなかった。
その彼が、また政府の誘いを受ける?
ちょっと信じられない。
――3カ月後、フラジャイルは跳ね橋部隊を動かします。サムはそこに参加します
ルーシーはどうだ!というように胸を張って断言して見せた。
勧誘の材料として口に出している以上、後で調べたら嘘だった。そんなことはないと思いたいけれども本当だろうか。
――南米にポーターが必要だったように。オーストラリアにも、アナタたちの協力が必要なんです
彼女の勧誘をカエデは結局、断ることはできなかった。
そのかわりに考える時間を求める。「弟の意見も聞かないと」がどれほどの意味があるのかわからなかったが、UACへの不信が残っている状態で命を懸けるような話には飛びつきたくはなかった。
「お前はどう思う、ケンジ」
「オーストラリアに行くってこと?なんだろうね、そんなにここから行く人はいなさそう」
「いない、か」「だって考えてみてよ。ここにカイラル通信が来るなら、安心して配達できるって意見の人は多いからね。ここで真面目に働こう、これが普通よ」
「確かに」
「それにだよ?ここでこれまでひどい目にあってきたのにさ。オーストラリアなんて次の地獄に行きたいよね、とか冗談じゃないよって」
まったく弟の言うとおりだと思った。
反論の余地はない、安定した人生は普通の人が求めるものだと理解している。
「それじゃ、俺達もなし。この話はなかったことに、が正解か」
「それはどうだろう。兄貴なら美人に騙されて次の地獄にホイホイいくんじゃないかな」
「なんだ、それ」
「だって覚えてないの?あの時は『マーフィーと再会する』って強情張って。
お互いがルーキーのくせに最前線に突き進んでさ。高山のミュールやテロリストなんかを襲って。彼らを丸裸にして遊んでた野蛮人がここにいるんだよ」
「そうだな。どしがたい”ルーキー達”だったよな。皆もあきれ顔で文句を言ってたよ」
結局、あの場所でカエデはマーフィーとの再会はかなわなかった。
それどころか彼は、UAC内でポーターとしての活動できなくなったと分かると引退する。旧友と共にこれからはポーターの技術を未来に伝えることを決めたらしい。
ああ、もうひとつ。彼は婚約もした。
彼の最後の相棒、その妹がお相手だとか。新しい出会いが新しい生活を始める理由になったということなのだろう。カエデは祝福のメッセージを送っていた。
「そんなオカシイポーターが、平和になる予定の南米なんかで満足するのだろうか」
「俺達やアリーにとって命がけの選択なんだ。
半月以内に返事を出さないと、跳ね橋部隊とやらの後にオーストラリアに渡る第1陣に入ることができない」
「僕は命預けてるからさ。心配はしてないよ」
「俺は、お前のちゃんとした意見を聞いているんだよ。真面目に考え――」
叱り終える前に、兄弟の間で地面の匂いを嗅いでいたアリーが足を止めた。
顔を上げ、まったく関係ない方角を見つめている。なにかを感じている?経験としてこういう時は良くないことが起こっている可能性がある。
兄弟も足を止め、互いに周囲にオドラデグの照射を連射する。
感覚が自分の肉体から離れたところまで広がるのを感じながら、その中に異変がないか探っていく。
最初は荒野が広がっていることしかわからなかったが。最後の方でわずかに動く人の存在を感じることができた。ケンジにはそれが何かわからなかったのだが、カエデは「まずいぞっ」と口にするなりアリーを引き連れて走り出した。
ケンジは遅れて走り出すが、兄とアリーの様子から警戒を強めていく。
ひび割れた岩場の中で、2人のバンデットに追われているヘルメット姿のひとりが確認できてきた。
「アリー走れっ!!吠えろっ!」
後ろから追っているケンジの声にアリーは反応した。
それまで兄弟に並ぶ程度の速度から、全身の筋肉が躍動するトップスピードに達し。同時に前方に向かって立て続けに吠え始めた。
当然だが山賊たちは兄弟の存在に気が付くと迷いはじめた。
片方が追うのをやめて、ライフルでアリーに狙いをつけようとする。発砲が始まるが、アリーは速度を落としつつ右に左にと飛び跳ねるように走るので弾があたらない。
その間にカエデは背中に手を回すと、そこからショットガンのユニットを引き出す。
展開させて手の中に武器が収まると相手との距離がわかっているのかわからないが、こちらも攻撃を開始した。
自分の兄だけど狂ってる、ケンジはそう思う。
片方が片膝ついて、片方が全力で近づいていく中で撃ち合うのだ。どちらも無事でいられるはずがない。
カエデは何度かはじかれたような状態でも動いたが、相手は2発目が着弾した時点で後ろにひっくり返った。そこにカエデが走りこんでいきながら、すれ違いにとどめの一発をぶち込んで次に向かっていく。
冷酷なうえに恐ろしくタフ。映画に登場するサイボーグのような兄の無茶な姿に呆れてしまう。
逃げているのか、足をもつれさせて小川に転がり落ちていくと、ついに追われていたポーターにバンデットが追いついてしまう。
だがそこで自分が今度は追われていることに気が付いたが、もう遅い。
いつの間にか水路に降りていたアリーがいて、ショットガンを持ったカエデもすでに射程内へと入り始めていた。
ライフルとショットガンの銃声が重なる。
小川に倒れ伏したのはバンデットの方だった。
ケンジは結局追いつこうとしただけで、すべてが終わってしまっていた。
兄はバンデットの様子を調べていて、なんでかしらないが追われていた人の確認を後回しにしている。なら、自分の役目は決まったようなものだ。
「おい、おい!大丈夫か――って、カイじゃん」
信じられなかったが、あの最前線でルーキー同志として仲良くしていたカイの青白い顔がヘルメットの下から出てきて驚いた。
南米に来てからも何度か顔を見てはいたが、再会したのは数週間ぶりだった。
「やだ、ケンジじゃん」
「そうだよ!何やってんだよ、アンタ」
カエデも気が付いて近づいてきた。
「カイ、どういうことだ。なぜ俺たちのポータースーツを着ていない」
「緊急の配達が入ったんだ。タイミングが悪くていつものスーツが用意できないって」
「お前のソレはここの旧式のスーツだ。ヤバいだろ」
「カイラル濃度が落ち着いてるって話もあってさ。へへ、油断しちゃった」
兄弟はカイを半身にして、背中の傷を確認した。最悪だった。
手足に着弾の形跡。だが、腰とわきにはスーツを破って出血していることが分かった。どちらもしっかり穴が開いていて。脇のほうはとくにひどく、スーツの下に着ていた衣服や下着をあらわにしてしまっている。
「相棒はどうした。生きてるのか?」
「わからない。でもバンデットはバカじゃない、殺したら死体の処理に困るからきっと――」
「そうだな」
まだ生きている。
どうだろうか、期待はできない。
生きていれば人質交渉ということもあるのだろうが、無事に戻ってくるかどうか。いつ戻れるかは運に任せるしかない。
そんなことを許せるか?
「ケンジ、アリーとカイを連れてセンターに戻れ。出血しているから、気にかけてやれ」
「兄貴は?」
「コイツの相棒を探す」
そういうと無造作にカイのスーツに手を突っ込み、地図を探し出した。
それを空に掲げるように広げて記載されている情報を確認する。
「カイ、もし相棒が捕まったとしたら。ここにある2つの集団のどっちだと思う?」
「北じゃない、東の気がする。でも、断言はできない」
「予想できるならそれでいい。でないと、ここにいる奴らから丁寧に教えてもらわなくちゃならなかった」
どのような方法で聞き出すのかまでは口にしなかったが。恐らくこの兄ならばどんな残酷な方法をとってもやりとげようとするだろう、そう思った。
「僕のショットガン持っていく?」
「いらない。とにかく急げ、弾丸が体内に残ってると手遅れになる」
弟をせかし、カイを背負わせると尻を叩くようにして送り出した。
あいつはバカなことをしたな、と思う一方で痛いほどカイの葛藤も理解できた。時間がないときに資源が枯渇し、準備が完ぺきではない時についつい考えてしまうことがある。
彼女の相棒が取引に使われたりしてしまうと、ポーターとしての信用を大きく損ない。自分のように選択肢を失って厳しい立場に立たされる可能性が高かった。
地図を再度確認すると、おすすめの東のバンデットのキャンプまでは1時間とかからないことがわかる。そこで偵察し、いたら救出する。簡単な話だ。
決別したはずの毒々しい感情が沸き上がるのを感じて笑みが浮かぶ。大した任務じゃない、誰も”殺す”つもりはないのだから、別に問題はないのだ。
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齢34でヒアゴは2人目の子供を授かると、大きな決断を下した。
ガラクタあさりの日々に別れを告げ、愛する妻と子供のために自分のすべてをささげようと考えたのだった。そこでセンターに出向き、ポーターになりたいと訴えた。
彼らはヒアゴが本気だと分かると、師であり相棒となる自分よりも年下の女性を紹介してくれた。
カイはまだ若いポーターだが、経験値は多いようでヒアゴの足りないことを指摘し、努力することを求めてきた。尊敬できる先生だとわかった。
だが今回はしくじってしまった。
キャンプのテントのひとつに、下着以外のすべてを奪われ。バンデットたちの憂さ晴らしにボコボコにされたヒアゴは横になっていた。
喧嘩の経験はあったが、そこでは経験したことがなかったほど長い時間。殴られたことで自分の状態がどうなっているのか、わからなくなっていた。
まだ呼吸があり、意識も何とかあって生きてはいるが家族のもう戻れるかわからない。
ふと、異変を感じて頭を持ち上げた。
――ひどいな。わかるか、ヒアゴ?
目がはれただけでなく、ぼやけてもいるから声をかけてきた誰かはわからない。
声を出そうにも喉がはれ上がっているのか。ヒューヒューと呼吸するのが精いっぱいで繰り返し頷くことくらいしかできない。
相手はなにか一錠の薬を飲めといい、右腕の肘をさすってなにか針のようなものをさした感覚があった。
――連れ帰ってやる。でもその恰好はまずい、ちょっと寝てろ
ヒアゴの意識が再び遠のいていく。
彼はポーターだ、となんとなく思って安心した。すくなくともこれが幻覚だったとしても、自分はまだ仲間に見捨てられていないと感じられるのは希望となった。
カエデは捕らえられていたポーターの扱いに静かにだが激怒していた。
ヒアゴ、気のいい男だ。恐らくカイだけは逃がそうとしたことで馬鹿共の怒りを買ってしまったのだろう。
テントを出ると再びオドラデクでバンデットたちの位置を確認する。同時に腰のホルスターからメ―サー銃をとりだした。
ブリッジスの解散が決まるころに開発された奇妙なスタンガン。カイラル・エネルギーで放出する電撃を飛ばすらしい。
相手を傷つけたくない女性のポーターなどが持つことが多いが、カエデもこれを使うようにしていた。というのも、ポーターにはひもを用いた拘束術というものがあるのだが、彼はこれを覚えることができなかったからだ。
正確には、なぜかいつも絞め殺そうとしてしまうので呆れたマーフィーから絶対使うなと禁止令が出されていた。
夜のキャンプで彼らの背後に回るのは簡単だった。
発射される雷撃はバンデットを麻痺させ崩れていく。その時、派手に倒れないように優しく抱き留めてやるところまで面倒を見てやるから、何が起きてるのか知られることはない。
ヒアゴは再び意識を取り戻した。
先ほどと違い、本当に少しだけだが何かがよくなった気がした。
見ると自分の腕には血液袋が置かれ、そこから管が伸びて輸血されていた。もだえるようにして体を動かし、テントから外を確認しようとした。
奇妙な光景があった。
2人のバンデットがちょうど、並列で何かに向かって走り出していた。すると視覚の外から何かが飛んできて片方の男の体を貫ぬいた、と思った。
夜でもはっきりとわかったのは輝く電気が体を駆け巡り、派手に前のめりに顔面から倒れていったこと。
そして姿が、確認できた。
ポーターは新しいスタンロッドを背中から取り出すと、かついでみせ。悠々と迫ってくるバンデットに挑みに行っている。
迫るバンデットもロッドを振りかぶって打ちかかっていくが、それを受け止め。次に鋭く己のロッドを振り回すと相手はあっという間に吹っ飛ばされて動かなくなってしまった。
夢だとしても最高の景色だったが、ロッドを担いだポーターがこちらに向かってくるのを見て現実だとなんとか認識できた。
「お、起きてたかヒアゴ。うるさかったか?」
「――凄い、せいあ、つしたノか」
「話せるのか。服も着れる?ポータースーツは駄目になってたから、あいつらのをもらってきたんだ」
言いながら2足の靴と新しい服を渡してくる。
ヒアゴはそこでようやく相手が、あのメデ兄弟の片方だと気が付いた。
「やルよ。なンとしてモ」
「帰りはドライブだ。トラックを見てくる」
そういうとメデ カエデは踵を返す。
こんなことは手慣れているのか、ヒアゴに甲斐甲斐しく世話することなく。次の行動に移っていくのに迷いがない。
痛みにうめき声をあげながら、それを誰にも聞かれず。見られなかったことに神に感謝していると、トラックがテントのそばまで近づいてきてカエデが降りてきた。
「血液袋、空になったんだな。回収しておくよ。
それと座るのは助手席だ。本当は後ろで荷物と一緒に寝てもらおうと思ったが。悪路だし、様子が変わって意識失ってももわからないからね。頑張って乗ってもらうよ」
ここでつかわれているトラックは旧式のものだ。
運転席は高いところに位置し、そこまでは必死にのぼっていかないといけない。調子は悪かったが、助かったのだ。このくらいの困難ならヒアゴは受け入れられる。
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カイを背負い、アリーと共に先にセンターに戻ってきたケンジはポーター達に事情を話し。すぐにも武器を手に取って再びたとうとした。
だが、その必要性はなくなってしまった。
数時間後、手術を終えたカイの病室にケンジは訪れた。
開口一番「相棒は助けられたよ」と伝えると、まだ麻酔が切れてない眠そうな彼女が飛び起きる。
「本当!?」「嘘じゃない。ほら、横になって。傷口が開いたら怒られるよ、僕が」
「気休めじゃないって説明できる?」
もちろん、ケンジは簡単に一言で説明した。
カエデがバンデットのキャンプから通信で伝えてきたからだ、と。
その言葉に安堵したか、もしくは呆れたのか。カイの体から力が抜ける。
「カエデってさ、マジでイカレてる」
「わかるよ。僕も20年近くそれで迷惑してきた家族だから」
「適当に答えるな、バカ」
ケンジはカイの手を両手で握る。
「あの兄貴が気分よくバンデットをぶちのめしたんだ、復讐するひつようはないよ。きっとひどい目に合ってるだろうしね」
「へぇ、どんな?」
「知らないのかい?あの人、使える物資は基本根こそぎ持って帰るか、吹っ飛ばしちゃうんだよね」
恐らくポーターなら聞きなれない単語にカイは眉をひそめた。
「え、吹っ飛ばすの?」
「誰にも言わないでよ。なんでそんなことできるかも興味持っちゃダメ。UACでミュールを襲った――ていうか荷物を回収したことがあってさ。
でもそいつら、トラックとか持ってなくて。なぜかめちゃめちゃ不機嫌になった兄貴はちょこちょこなんかやって。ひとつにまとめたそいつを吹っ飛ばしてから帰ったんだ」
「ウソでしょ」
「今回の山賊共も悲惨だろうよ。使えるものすべてが奪われて、きっちり動くものは壊していく。ホント、容赦ないんだよね」
つぶやきながら、やはり彼女の相棒の状態がよくないことだけは伝えないことにした。
車を使うならセンターの出入り口に立って朝日が昇るのを兄弟で見ることもかなうだろう。そして――跳ね橋部隊の勧誘にも決着をつけよう。
兄はあれで弟から見ると分かりやすい部分が多いのだ。
南米の次はオーストラリア、ね。
面白そうじゃないか。
次回は明日のこの時間に