3ヶ月後、ルーシーの予告は実現した。
南米にカイラル通信が本当につながったのだ。
旧地球物理学研究所の早朝。
アレックス・ウェザーストーンは珍しく地上に姿を現すと、建物の周囲などをチェックする。以前はめったに地上には出なかったが、最近は立場が少し変わったことでこのような外の空気を感じる機会を作っている。
まぁ、理由としてはもうひとつ。
先日のこと、ついに出現したプレート・ゲートに跳ね橋部隊が向かい。オーストラリアに到着したと報告があった。
これによって跳ね橋部隊と契約を交わしたポーター達が現在、ここを通って連日プレート・ゲートに向かって忙しくなっていた。
端末の起動テストをしていたところに、心地よいバイクのモーター音が聞こえてきた。
振り返って目を細めると、出入口の外に広がる光の中から犬を乗せた2台のトライバイクが入ってきた。
それだけでウェザーストーンは誰が来たのか分かった。
「やぁ、メデブラザース。ついに君たちがやってきたね」
「おはよう、アレックス」
「バイクをついに使う決心がついたのかい?若さを理由にかたくなだったことを思うと、感動するよ」
降りてくる2人だが、荷物の受け渡しがあるようでケンジが端末に近づいて操作を始めた。カエデはアリーを連れて話してくる。
「これは借り物なんだ、IDでわかる」
「夜中にC1センターを出たのはそれが理由か。連絡を受けた時は、ここには昼過ぎに到着するのかと思ってた」
「1カ月ぶりの雨が降るって情報があったからね。借りたんだ」
「なるほど確かに。ここ連日はポーターの出入りが多かったけれど、君たちに続くポーターはしばらくいないだろうね」
1カ月ほど前、跳ね橋部隊と共にここに姿を現したサムは。
異常数値をたたき出すカイラル・エネルギーの中で大型BTと戦ってくれた。あれ以来、ずっと晴れが続いていたが、再び雨が戻ってくる時期がきたのだ。
荷物の引き渡しを終えると次にバイクを研究所の中に駐車していく。
「持ち主は10日前後で取りにくると話していたけれど……」
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと預かって管理するよ」
「ありがとう」
「とりあえず休憩するかい?時間はあるし、シャワーでも浴びてすっきりして。お腹を満たしてから出発?」
「いや、このまま向かう」
兄弟は答えながら、端末を操作して今まで使っていたもののリサイクルと新しい装備の注文を始めた。アレックスはそんな兄弟の姿に不安を覚える。
「プレート・ゲートは確かにここから距離はあるが。一晩走ってきたんだろ?一息ついてもいいんじゃないか?」
「強行軍だけど、雨の降る中での出発は避けたい」
恐らく彼らは”時雨”がやってくる、BTも戻ってくると考えているから急ぎたいと考えたのだろう。さすが無謀なルーキー兄弟と言われた2人だ。
ちゃんと考え、経験もふまえて行動はしている。
「なら、紹介させてほしい。君たちの役に立つものがあるんだ」
言いながらアレックスは場所を譲ってもらい。新しく開発したライフルを呼び出す。
「これは軽量アサルトライフルだ。グレネード一体型との2種類ある」
これまでは強度の問題などもあってゴツゴツとしていたデザインが。プラスチックのおもちゃの銃のように見える形になっても重量も性能もすぐれている。
「BTには十分な効果があると保証するが。どうやら向こうに向かった連中の話だと、あっちだけで出現するBTが手強いらしい。これが少しは役に立ってくれると嬉しいんだが」
それぞれが渡された銃の調子を確かめながら、満足そうな笑みを浮かべる。
「いいね。軽いのも、選択肢があるのもいい。きっと役に立つと思う。これは出たばかりなのかい?」
「そうだね。3日前に来た連中が最初にもっていった。君たちがむこうで活動を始めるころには、設計図をカイラル通信に登録できているはずだ」
言いながらアレックスは忘れていたものを思い出した。
「そうだ、カエデ。君の美人の彼女から預かりものをしていた」
「彼女?誰だ」
「ルーシーというUACの可愛い子さ。メッセージもついている」
そういうと指にはめた端末から建物の中にいるスタッフに指定したものを持ってくるように頼んだ。
届けられたのは小さな黒いカバンで、中には2つの彼らのために用意された指輪端末と太いワイヤーがとぐろを巻いていた。
「女性から贈られる指輪、か。以前は手錠で。重い、重い」
「受け取りたまえ。色男達」
それぞれの指にはめると個人認証を含めて起動したが、カエデの方にだけメッセージが残されていた。
それを呼びだしたカエデは顔が険しくなるも無言だった。
「このワイヤーは何だい?」
「ああ、これか」
カエデはそういうとワイヤーを取り出し、片方の先端部分を片手で握った。
するとワイヤーは石を取り戻した蛇のようにウネウネしながらも勝手にひも状に変化していく。
「アリーためのリードさ。契約にこの娘の装備の更新と追加を入れたんだ」
「犬のリード!?」
「賢いから別に絶対必要、ってわけじゃなかったんだけどね。それでもあればもっと安心できたはずってことがこれまで何回もあったんだ」
犬に常に冷静させてこちらの意思を伝えるには、やはりこれがあるのとないのとでは違うのだ。
「しかし、おもちゃみたいだな。本当に使えるのかい?」
「アリーのスーツはブリッジスの好意で作ってもらったんだけど。このリードに関しては時間がかかったみたいで、結局解体が決定したことで援助も止まってしまったんだ」
「確かに。遠征計画の仕上げの頃は大騒ぎでパニックになってたからね」
「これが届くまでは向こうに行けない、そう思ってたから今日まで待ったんだ。無事に届いてよかったよ」
このワイヤー状のリードは持った人の考えに反応して動き。アリーの装備の首の部分につながるとリードとしての役割を始めて力なくぶら下がるようになっているらしい。
”時雨”への耐性もあるので使い始めたらすぐに壊れる、なんてことはない。他の装備と同様に管理すれば、ちゃんと役目を果たしてくれるようになっている。
兄弟の準備が終わった。
彼らはアレックスと別れの握手を交わすとプレート・ゲートに向かって歩き出す。
プレート・ゲート。
地球を覆い、大陸からなにものも外に出さないカイラル・エネルギーの層を無視し。海を越えた先の大陸、オーストラリアに行ける門。
近づくにつれて黒雲は厚くなり、その中を走る雷は徐々に地上に降り注ぎ始めている。
門とされるその場所は異界の異様な雰囲気がただよい。
荘厳なものを感じることもできる。
「あそこの下に行ったら、本当に別の大陸につきますよ。そうなるんだろうか」
「跳ね橋部隊の他にもポーターが何組もむかった。大丈夫だ」
「まァ、兄貴が言うな一緒に行くよ。死ぬときは同じだ」
同意する、というようにアリーはタイミングよく見上げる2人にひと声、吠える。カエデは微笑んだが、このまま黙っていることはできないと思って口を開く。
「その前にお前にいわなくちゃならないことがある」
「なにさ」
「俺もお前と同じDOOMSになった」
「――え?」
「ああ、そうらしい」
ルーシーとは返事の後に個人的に数回会っていた。その際にカエデの血液の提出を求められたのだが。それを調べた結果、どうやら能力がなかったカエデにDOOMSの反応が出たと報告があった。
別にうれしくもなんともないが。そうなった心当たりがあるかと言われると、ありすぎてわからないとしか答えられない。
カイラル物質との接触に特に気を付けてなかったし。
BTとの戦闘も逃げ回ったわけでもない。影響を受けたとするなら、そういうこともあるだろうくらいの気持ちではあった。
「ど、どういうこと?」
「それだけだ。他にない」
「嫌、何言ってるの。ハートマン博士みたいに死んだり、生き返ったりする、みたいな」
「お前に比べたらはるかに弱い反応というから特にないのさ。もう行くぞ」
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オーストラリア上陸はあまりにもあっさりで、しかしありえないような経験をした。
ゲートをくぐる瞬間、いきなり真っ暗な海底の底に送り込まれたような感覚に満たされる。兄弟は一瞬、その不快感から呼吸を止めてしまったが。
脚を動かして進むとすぐにその感覚は消えていった。
並んでたアリーも「なんかヘンだった」みたいに不安そうにしていたが。
無事だったようで安心した。
「おいおい、来て早々これか」
目の前に広がる向こう側の門からの景色は、UACとも南米とも確かに違ったが。
デス・ストランディングの中にいるのは間違いないようで。荒野である。そして同時にちょうど雨が降っている。
スーツが防衛機能を起動する中で、指輪端末で地図を呼び出す。
「ガバメンツとかいう、旧政府の要人たちが暮らすプレッパーズが最初の目的地だ」
「おじいちゃんたちってことか」
「だな。先に来ているポーターもそこにいるという話だ」
「え、そうなの?」「プレート・ゲート出現の影響で問題が出ているらしい」
言葉と違い、カエデが調べているのはこの”時雨”でおきる現象についての情報だ。
APAC4000の優秀さは変わらないようで、すぐに最新の情報を提供してくれる。
ウォッチャー。
通常のBTよりも何倍も大きな存在で、このタイプは聴覚はないが目(?)が見えて人を追っかけ、対消滅をはかろうとするらしい。
(目で見る。目玉があるのか、BTに)
想像できない。
だが視覚で判断するというなら周囲への警戒もいつもと違うと考える必要があるわけか。
実際にホンモノを目にすると言葉がない、そういうことはある。
ゲートから降りてきた兄弟の見下ろす先に自然の岩場に作られた十字路があって、そこに目のあたりをふたつ、不気味に輝かせている巨人が浮遊している。
カエデは腰を下ろしつつ、背後からついてくるアリーとケンジを呼び寄せる。
ここから少しの間情報を集めようというのだ。
ただ巨大という以外では他のBTとは一見同じようだと感じたが。
観察していると確かに何かを”見ている”ようで向きを変えるあたりで目の動きが先にある気がする。
他に何かないだろうか、そうおもっていると。珍しくアリーがクーンと雨の中で鳴いた。
それと同時に、いきなりウォッチャーの視線が崖の上の兄弟達に向けられた。
ヤバい、すぐにわかった。
背中に冷や汗が流れ、形のないプレッシャーが自分の心を押しつぶしてくるのを感じる。
なによりもフワフワしていた巨体が、いきなり信じられない速度で接近しようとしてきた。巨大な脚は動いてはいないのに、悪路関係なく滑るように移動する。
カエデは慌てて声を上げた。
「撃て!すぐに撃て!」
言いながらライフルの引き金を引く。思わぬスピードで弾が外れることもあったが、巨体のおかげで火力が足りないということはなかった。
両者のマグがからになったあたりで、ウォッチャーは天にゆっくりと昇っていく。
アリーは直前の経験からか後ろでぐるぐる回りながら悲鳴を上げている。やはりあの不快感が、あいつらに”見つかった”ことの証明なのだと思った。
リロードをしながら周囲に目を配っていく。
「さすがにキモが冷えた。本当に見て動くんだな」
「速いのも聞いてない。あれだと一気に距離を詰められて終わっちゃう」
オドラデクで照射すると、何ヵ所からか気配のようなものを感じた。
「それに思ったより数が多い。想定外だ」
「迎えに来て、はどうかな?」
「出来ないわけじゃないが。この”時雨”だ、助けを待っている間に装備が壊れていくのを考えるとな。それに彼らは無事にここを切り抜けていったわけだし」
「わかった。新しい対消滅がおこったらそれは僕たちだってメッセージを出しとくよ」
自分の安全策を潰されたのが不満か、皮肉をたたく弟を無視する。ポケットに入れていたあのとぐろを巻いたリードを取り出してアリーに装着。
血液グレネードの数を確認して出発した。
新しい世界の新しいBTは想像した以上に脅威であると考えざるを得なかった。
あいつらの正面に飛び出せばしっかりと認識してくる、程度に考えていたが。目立たぬように体を小さくして、距離をとったとしても。
認識することがある、ということがわかってきた。
さらにカン(?)のようなものもあるようで。
一点を見つめて浮遊しているだけだとしても、雨音の中に混ざる音に反応するわけではないのにいきなりあちこちを確認するような動きをする。
さらに倒した後では、苦痛のような声とともに悶えて上昇していくのだが。それが距離をとっている他のウォッチャーには見えているようで、異変のあった場所を確認するように接近することもわかってきた。
兄弟は最初、進路をふさぐウォッチャーを気にせず処理していたのだが。
妙に追ってきたり、こちらの位置が分かっているように近づくのがいるとわかってその原因に思いが到ったのだ。
慌ててリードをつけたアリーと小走りで突き進み、囲まれることを回避できた。危ないところだった。気が付かなければ血液グレネードも弾も尽きて、どうにもならなくなるところであった。
ウォッチャーが徘徊する自然が作り出したあい路を抜け出すと、もう太陽は地平線に落ちかけていた。想像以上に時間はかかってしまったが、兄弟と一匹は無事にプレッパーズハウスを確認することができた。
薄闇の中、ガバメンツの家の前では変なことが起こっていた。
なんと軽装の知り合い連中がビールを飲みながらBBQをしていたのである。
「ナニあれ」
「ここに来て一番の最悪なものだ。マジで悪夢だな」
直前まで”時雨”とウォッチャーに追い回されていた兄弟は呆れてしまうが。向こうは逆に「お、ブラザーズが来た」と喜び騒ぎながら手を振っている。
再会のあいさつと歓迎の後に出てきた第一声が、「どうだ、狂ってるだろ?」である。
自分たちよりも長く、それも歴戦のポーターが笑顔でそういうならそのとおりだとしか答えられない。
「ここは飯とビールに問題はない。”時雨”はここまで来るのはまれだから、こんなバカができる。どうだ、この地獄も悪いものじゃないだろ?」
「からかわないで。真面目な話、本当にバカをやっているだけ、なんですか?」
軽蔑、とまではいかないが。あきれた様子を隠さない若い2人の前でポーター達は笑顔をやめると眉を顰めて悩ましげな表情になる。
「本当はこんなバカをしなくちゃならん状況になってるんだ。俺達はな、ここから動けないんだよ」
沈痛な表情の大人たちは、黙ってビールを再び飲み始めた。
デス・ストランディングによってこのオーストラリアでも苦痛に満ちた歴史があったらしい。人々が武器をとって殺し合い、何かを守るはずが結局は国が”時雨”によって溶けてしまった。あの南米で起こったことはこのオーストラリアでも起こってしまったらしい。
状況が悪化していく中、UACが跳ね橋部隊を通して接触。
最後の希望として提供を申し出たカイラル通信を受け入れる――これが最新のもめごとになってしまったという。
ブリガントを名乗る奇妙な保守派(?)が、再び武装し。UACの関係者を狙って活動しているらしい。
「先行して動いている跳ね橋部隊は連日攻撃を受けているという。俺達だって自分のケツの世話くらいできると言ってるんだがな。ガバメンツの爺さん達と跳ね橋部隊のリーダーで意見が調整の真っ最中というわけだ」
「おかげで俺達はここにくぎ付けになってる。待ってたら俺たちの小さな村ができてしまってな、やることもないから食って飲んでして暇を持て余してるわけだ。
こんなことをしていると誰かのいい的になるはずなんだけどなァ。そうなってほしい気もしてる」
物騒な願望を口に出し始めているが、どうやら思ったよりも問題が多いようだ。
「それじゃ――俺達も参加する、でいいんですかね」
「ビールはやめとけ。それに自分たちの寝床を用意してこい。ガバメンツの爺さんたちは俺たちの住処の援助を申し出てくれているからここの近くならどこでも大丈夫だ。
でも挨拶は明日の方がいいだろうな。老人は寝るのが早い」
とりあえず参加して久しぶりの肉を堪能してもいいらしい。
翌朝、ガバメンツに挨拶に行く。
厳格そうな老人が出てきて、一通りのあいさつが終わると
「今度は若いポーターなんだな。ありがとう」
「はァ」
「君たちの後には何人ほど来てもらえるのかな?」
「あと数組といったところでしょう。自分たちも準備に時間がかかってここに来るのが遅くなりましたから」
言葉のとおりである。
UACにあった自宅を処分し、資源を売却。南米に入ったら、担当していたコミュニティにあいさつ回りをしつつ。後任のポーターに引き継ぎをおこなった。
あまり非難をしたくはないが、自分たちより先に来ている先輩の半分くらいは放り出してきたのがいると聞いている。
なるほど、かつてポーターには種類があると言ったマーフィーの言葉に間違いはなかったということだろう。
「配送業の許可が下りていないと聞いて驚いています。正直に聞きますが、自分たちは帰った方がいいですか?」
「それは困る!いや、君たちの困惑は理解はしている。だがな――」
「はい」
「実はブリガントの動きが気になる者たちがいてね。跳ね橋部隊の到着を聞いていきなり大量の武器をもちだしたんだ。これはUACの策略ではないか、とね」
「策略、ですか」
「大きな声では言えないんだが、彼らの装備がUACのものだとわかってる。表では笑顔で握手を求め、裏では大量の武器を反抗する者たちに流す。これがどういう意味を持つか、まだ若い君たちにもわかってもらえるだろうか」
「理解はできます。信じてもらわなくても構いませんけど、自分たちも同じようなことを南米でも経験しましたからね」
「そうだったのか」
「とはいえ、さすがにこれからも連日BBQはやっていられません。なんでしょうかね、ここはサブオーダーとしてウォッチャー狩りなど出しませんか?」
「BTをかね」
「血液グレネードを山ほど作る羽目になりますけど、ここで飲んで騒いでは士気にかかわってくるかと」
「わかった。考えさせてもらう」
挨拶が終わり、家を出るとやはり兄弟で相談が必要になる。
「仕事がないとか思わなかったよ」
「でも聞いたろ。UACの”善意”で、ここで悪いことが始まってる」
「影の政府が蠢いているってこと?」
「そんなことは言ってない」
とりあえず待つしかない、というのは変わらないようだ。
とはいえ若者としては先輩たちと肩を組んでビールと肉に1日溺れるというのもどうかと思ったので、兄弟はアリーと共に散策に出て時間を潰すことにした。
次回は明日のこの時間に