オーストラリア西部に希望の光が静かに輝き始める。
国道の開通によってUACでもそうであったように、拠点間の物流の流れが爆増した。これによってブリガントの勢いは大きく失われる。
これによって彼らは目前を悠々と横切っていくポーター達の姿に歯ぎしりし。なんとか追いつこうとトラックで国道に乗り込むこともあったが。
皮肉にも跳ね橋部隊が提供する車両は最新型で、APAC4000に管理する車道にはいっても追いつけるわけもなく。
オーストラリアの変化を嫌う勢力の未来は暗いものになったといえるかもしれない。
乾いた砂の大地と違い、少し湿りを感じるジャリジャリした地面に大の字になっているカエデは静かに目を開ける。
見上げた空は見慣れた曇り空で、いきなり”時雨”でも降りだせばたちまちのうちに自分は老人となって人生の大半をうしなってしまうのだろう。
だがなぜ彼はそんなことをしている?なぜ彼はひとりでいる?なぜ彼は――腹の上にアリーに横になられ、近い距離で愛犬に表情を見つめられているのだ?
「なァ、アリーさんよ」
犬に語り掛けるが反応は薄い。
「子犬の頃なら、これで喜んで昼寝もしたがね。君はもう大人だよ?
体重は30キロに達しようとしてる。いや、ごめん。30は嘘だ。3.4キロほどサバを読んだ。
とにかくだよ、重いんだ。重くて動けない。
何とかしてほしいと思ってる。っていうか、降りろ。デブって呼ぶぞ、コラ」
なんとも緊張感のない会話をしていると、身近に足音がして2人の男女のポーターが顔をのぞかせてくる。
「なにやってんの、カエデ」「外でイチャイチャよくできるよな」
どうも移動中のポーターに見つかってしまったらしい。
カエデはアリーを腹の上から両手でずらすようにおろしたが、なんとこの犬はあろうことか今度はカエデの上腕に頭を乗せてゴソゴソと横向きに寝てしまう。
「すまない、御覧の通り昼寝の続行気分らしい。この姿勢でいるのを許してくれ」
ポーター達はわらいながら「いいよ、いいよ」といってしゃがんできた。
「ひとりでこんなところでどうした?弟を置いて散歩?」
「ケンジは仕事中。あそこだよ」
指さす先には、まだ動いていない大陸の北西にある採掘場である。
「え、ひとりで任せているわけ?ひどくない?」
「ひどくないよ。モノレールを繋げるのは俺がやったからね、役割分担。弟は不器用なんだなァ」
「よくいうわ。先日は可愛い弟をプリガントとまとめてぶっ飛ばしてたし。ひどい兄貴」
言葉が刺さりすぎてため息しか出てこない――。
兄弟でポーターとなって以降、カエデは定期的に同業者からヤベー奴あつかいされることがおきる。もちろん騒ぎを起こしているのは自分なので、そこは反省すべきではあるのだが。時にサイコパスだのシリアルキラーだの言われることがあって、大変に遺憾であると思っている。
この際、指摘が事実かどうかは問題じゃない。
遠くに見える採掘場から、唸るような駆動音が聞こえてくると。一斉にあちこちの採掘機が動き始める。「ほら、弟は仕事をやったぞ」皮肉を耳にしながら、カエデはアリーの頭をずらして立ち上がる。
「それより、新しい武装勢力の話は聞いた?」
「聞いてるよ。フラジャイルやガバメンツの爺さん連中、国道をこのまま延伸すればブリガントは抑えられると考えてるみたいだけどな。もっと厄介なのが出てきたな」
オーストラリアにはかつて内戦という大きな傷が人々を絶望させていた。
殺しあうことで相手の意見を叩き潰しつつ、BTの座礁地帯を増やしていってしまった。この流れがヒッグスの手によってふたたび火をつけられようとしているようだ。
オーストラリアに日々ばらまかれている武器が。
新しい思想、新しい国の形、思想なき暴力衝動のみの解消。なんであれ武器を手に何かに攻撃する存在が北部にボコボコと出現していることが分かった。
それらは不思議と複数が最低限の連携を見せたかと思えば、潰しあいを始めたりしてすべてを把握するのが難しいらしい。結局、APAC4000は彼らのような武装組織を総称としてASと呼ぶことにした。
「奴らが厄介なのはなんであれ、自分じゃない誰かを殺すという強い意志がある。迷惑な」
「フラジャイルなんかは困ってるみたいだよ。死体を見た場合、ポーターが処理するのを義務とするかどうかって」
3人の溜め息が重なる。
死体は放置すると数日で肉体を消滅させてBTに変貌する。これだけでいきなり座礁地帯が生まれるわけではないが、BTという危険な存在を新たに誕生させ。考えもしない場所に移動でもされると人との接触の危険が増してしまうわけで。
しかしだからといって、変貌のさなかにある死体をDOOMSの能力を持つポーターに処理してもらおうというのも乱暴な話ではある。
ここは遺体の焼却施設を用意されていたUACとは違う、他国なのだから。
「考えたくないな。UACと違ってここには焼却場はあちこちにあるわけじゃない。確かにBTとなる直前の死体の状況はDOOMSなら”なんとなく”はわかるけど。なんとなくだけだからなァ」
「そもそも荷物を抱えているときだと、荷を捨てなくちゃならないなんて事になるのは最悪だよ。あたしは絶対反対。どれだけこっちに責任追わせてくるんだよってハナシ」
跳ね橋部隊の本隊は、西から北上し。大陸に右回りの円を描くようにカイラル通信をつなげようと動いているのだが。
このASはもちろん、カイラル通信の影響を受けているらしいBTの活動なども変化し始めているようで身動きが取れない時間が増えていると聞く。
「そういえば――この先にあのハートマン博士がいるって知ってる?」
「らしいね。再会できると嬉しいけど」
「それは無理かもしれない。どうやら跳ね橋部隊に合流する予定らしい。
確かにそれが自然なんだろうな。マゼランとやらに乗っている半分くらいは彼のブリッジス時代の友人だしね」
「あの人の研究所は、最高だった」
「聞いてるよ。アンタたち兄弟、何時間も風呂に入ってたらしいね。時雨が降るかもしれないのに露天で裸になれるって、やっぱイカレてるよ」
そんな会話の中、採掘場からモノレールが出発するのを見た。
カエデはそこに捕まって一足先に還ろうとする弟の姿があるのかと思ったが。コンテナだけ積んで出発してしまったらしい。
「あのバカ、先に戻ればいいのに」
「ハハハ、優しい弟は兄貴を置いては帰ることができないのさ」
「そうそう、可愛いアリーを置いてはいけないってだけでしょ」
2人の仲間はそういうと手を振ってカエデから離れていった。
アリーを立たせると、ひとりと一匹は採掘場に向けて丘を降りていく。
この日、オーストラリアで2番目の大型採掘場が稼働したことで、APAC4000は国道の延伸計画の前倒しを決定した。
同時にとんでもなくおかしな報告も共有された。
あのヒッグスが西部配送センター、もといウェスト・フォートノットで暴れさせた巨体な機械の解析から見たことのない技術が使われていたことが判明したのだ。
仮説として機械の肉体に魂となるBTを使う――なんか、過去に目にした不快な映像の答えのような気がする話が出てきたな、目出兄弟はとりとめなくそれについて話し合いもしてみたが。そもそも与えられた情報以上の証拠はないわけで、彼らにも結論はなかった。
ヒッグス、テロリストとして敗北したはずの男がどうやって新しい力を手にこの地上へと戻ってきたのか。
謎は深まるばかりで、同時に存在に向けられる光に再び力が戻ってきているのを感じる。
次回は明日のこの時間に