雨の中、迷子のように手をつないで歩くポーター達がいた。
”時雨”から頭部を隠すフードが彼らの視野を邪魔してはいたが。このままの速さで歩き続けることができるなら、日が暮れるまでには目的地に到着するはずだった。
「しっかりしろよ!しっかり、大丈夫。この調子で進めば、雨が止む前に目的地さ」
「……」
「とにかく足を動かせ。足を動かしさえしてくれれば、俺はお前を見捨てたりはしないから」
自分よりも体が大きい、筋肉量も見事な今の相棒に声を掛けながら。前を歩く中肉中背のマーフィは。複雑に湧きあがろうとする感情を殺し、握っている手と前後に動かす足にだけ集中している。
デスストランディングの世界で活動する配送業。通称、ポーターたちは個人で活動することはない。だいたい2~4人で固まって行動するようにしている。
これを個人で行動するというのは豊富な経験をもつか、なにかそうしなくてはいけない事情があるくらいなもの。道なき荒野をこえて移動する作業は命がけ。リスクを下げる努力は絶対に必要だった。
かつて、ポーターは都市間をつなぐ血管に流れる血液の役目を担っていた。
だが、
だが、ブリジット大統領は状況を少し変化させたようだ。
噂されていた第2次遠征隊の存在が明らかにされると、カイラル通信によってつながった都市間の物流をポーターにまかせようとなったらしい。
だが、かつてのポーターの全員が戻っては来なかった。
そもそも配送の会社自体がほとんど解散していて。ポーターの多くも過ぎた時間、新しい生き方に向き合っていたのだから仕方のない話ではあった。
なので当然、新人たちがここに入ってくることになる―。
5時間後。予定通りにマーフィは相棒を導きながら都市に到着すると。
荷物を引き渡した瞬間に、しっかりと握っていた相棒の手を投げ捨て。シティーの職員を呼び出して死者のように無言の相棒を預けるとその場を去っていった。
マーフィは激怒していたのだ。
本当ならば用意されている寝所へ向かって、しっかりと次の仕事の前に眠るべきなのだが。この時は夜の町に出て酒を求めていく。
今夜は酔って記憶があいまいになりながら、アルコールをチビチビとなめることで朝の到来を告げる音楽が流れるのを待つつもりであった。
そんな不機嫌なマーフィの席に、突然誰かが座ってくる。
「おい、なんだって……」
「俺の思った通り、不機嫌な酒で朝までコースか。わかりやすいなっ」
「ジョッシュ!?俺の邪魔しに来たのか?」
「そんな暇じゃない。だが、スタッフが話しているのを耳にしたんだ」
「ああ、ナルホド」
「大変だったな。人生の再出発だって気合入れてたのに」
「まぁね」
マーフィはグラスの中を一気にあおって空にすると、新しい一杯を求めて、酒の瓶に手を伸ばしていく。
突然の友人。いや、知人にするべきか?
昔の知り合いと会ったことで、さっきまで腹の底でのたうち回っていたどす黒い怒りが静かにうなり始めているのを感じた。
「相棒は俺よりも大きな体でさ。頼りになるなと安心してたんだ。
実際、ミュールなんか素手で殴り倒して回るとんでもないやつではあったんだけどな」
「なにがあった?」
「BTだよ、BT。
”時雨”であいつらが出現した途端にぶっ壊れやがった」
あいつの目が恐怖に見開き、声も出ず。最初は体を動かすこともできなかった。
「そんなことがあるんだなぁ」
「冷や汗しかなかったよ。10メートルくらい先で連中が俺達を探してぷかぷか浮いているのに、2時間近く動けなくなって。ようやく動いても体のでかいガキを連れ帰ったみたいにして、ようやくここまで来た」
「それで大丈夫なのか?お前は」
「明日……もう今日か。ひとねむりしたら、明日くらいには会いに行こうと思ってるがね。解散だろうな、BTへの恐怖なんて簡単に消せるわけがないんだから。医者の助けが必要になるだろうよ」
話しているとムカついてくるものがある。
病院であいつは何もなかったように、大したことのないように。頭を下げて謝罪して、自分は大丈夫だからとかなんとか口にして。
医者とは話し合ったとか、話し合うとか。治療も容易だと言うのかもしれない。
――そんな簡単な話で済む話ないだろうよ
本当ならばあの相棒ともっと危険なエリアに移動して活動する予定だった。
なまった体をほぐしながら、徐々に難しいルートを征服していく。それが可能だと思っていたのに。
コンビは解消、また新しい相棒を探さないといけない。
「ふ~~む」
「なんだよ」
「お前を助けてやれると思う。話があるんだ」
「キモ」
「おいっ」
友人から目をそらし。冷たくなったタコボールにフォークを刺して口の中へ放り込む。
「俺の未来の設計図はゴミになった。憂さ晴らしに飲んだくれた後にはしみったれた気分で帰り道の計画を立てるだけ。
なのにお前はへんなおせっかいを俺にしようとする。どうせへんなのを俺に押し付けようって魂胆なんだろ」
「まぁ、ちょっと待て!ちゃんと話すから聞け」
「言ってみろよ」
ジョッシュという白人の元ポーターは姿勢をただすと話し始めた。
「アメリカ再建計画からの第2次遠征部隊が思いのほか順調に進んでいることから、政府は俺たちポーターに再び役目に戻ってこいと調子よく言い出してきたのが今回だ。
でもな、俺たちというか。かつての仲間たちみんなが理解しているんだよ。戻ってこないってな。
俺は知っているんだが、政府は復活するポーターの数を発表するつもりはないらしい。そりゃそうだ、できるわけがない」
「まァ、そうだよな」
マーフィも鼻で笑う。
そもそも政府のアホ共が自分たちポーターすら対消滅のリスクのひとつ、などと言って仕事を、業界を潰しにかかった。結果、壊れた世界でも義務感だけで仕事をしていた連中はミュールとなって外で活動しはじめ。
さらに政府の横暴だと怒りにかられたのはテロに参加して武器を手に暴れまわっているらしい。
「政府は困ったからって簡単にお願いをしているわけだが。あいつら、どうせ自分の都合だけで言ってるだけさ。みんなそう思っているせいで、お前みたいな奴でも相棒を選べないでいる」
「辛気臭い話だな」
「まぁ、ここからが少し違う。
俺はお前みたいに素直にポーターに戻らなかったが、その代わりに新しいことを始めた。新人発掘だよ」
「へエ」
よろしくない皮肉を込めた笑みが浮かぶ。
「自分の価値がわからないと死にたがってる馬鹿か。今のイキがっているガキどもに。配送の仕事の意義を教えるってか?あいつらがそんなの理解するかよ。
忠告してやる。お前が見つけてくるそいつらの最期は、BTに抱きつかれて世界に大穴を増やすだけさ」
「悲観的過ぎるだろ」
「いいや、現実を知っているだけだね。
BTとダンスしないくらいには利口な奴だとしても。ミュールやテロリストの存在に触れて、あいつらに同調しない保証はないぜ。俺たちを冷笑する世界の絶望を増やしたいか?」
「マーフィ、お前に紹介したい。任せたい新人がいるんだ」
こちらの辛辣な反論を無視してジョッシュは強引に話を進めていく。
端末を操作すると、マーフィの手錠端末に誰かの履歴が転送されてきた。
「このガキ?何歳だ、18歳ね」
「目出 楓。アジアの血が入っているからまだ子供に少し見える。本当は俺のような奴が教師となって2週間ほどで基礎をたたきこもうとも思ってたんだが。本人の希望もあるし信頼できる奴がいるならまかせたい」
「学校をやめていきなりポーターに?どんなヤケを起こしたらそうなるんだ」
「それには事情がある。
先日、ここじゃないシティーで自殺できなかった奴が暴れて道ずれを増やそうとした」
「どこでも定期的に馬鹿が出てくるよな、嫌になるぜ」
「そいつが希望をかなえられるまでに11人が亡くなった―その中にこの楓の両親がいた」
「気の毒に」
「政府は生活の援助を約束したが。ほかに頼れる親族がいなかったせいでな。あとはわかるだろ?」
これからくるであろう。都市という牢獄に耐えられない連中からの攻撃に対処したいのか。賢い奴のようだ。
弟がまだいるらしいから、そいつのためってこともあるのか。なんか、泣けてくる話だな。
「わかった。ひとつ聞くが、そいつは大丈夫なのか?精神探査で異常が出てるとか、調べてるんだろうな?」
「家族がなくなったから動揺はしている。だが、大丈夫だ」
「俺が断ったらどうするんだ?」
「別に。お前が俺のリストから消えるだけだ。お前は相棒を失い、自宅に帰って黙々と知り合いに連絡してまた相棒探し。いつお前の望む相手が見つかるかはわからないが、お前を思う友人としてお祈りくらいはしてやるよ」
もう聞くことはないなと思った。
どうするかは決まっていた。俺はポーターに戻りたいが、それには相棒が絶対に必要なのだ。選択肢は、ない。
突然、兄は狂ってしまったのだと弟の目出 憲治はそう思っている。
両親が死んで、葬式が終わって。周囲からは「なにがあったのかい?」「大変だったね」「助けがいるならいってね」と優しい言葉をかけてくれて。それでなんとかやっていけると、そう思ったのに。
兄はいきなり学業を捨てると宣言して、ポーターになると言い出した。
そして翌日、出ていくともう数日戻って来ない。その間に家のメールに学業プログラムから辞めることの了承や。新たな銀行の口座開設などが送られてきている。
ケンジのそばにいてくれるのは兄が両親から買ってもらった犬のアリーだけ。
これが僕らの新しい生活ということなのだろうか?理解できない兄の暴走に、この弟は何も口にできないし。向き合うことすらできなかった。
次回は明日のこの時間に