かつてポーターは太陽の光が照らさない荒野を決して歩くなと警告していた。
闇の中でなによりも恐れなくてはならないのが”時雨”であり、BTという異形なのだ。
しかし過ぎてゆく時と共に技術が上がるとそれを否定する奴というのは必ず現れる。
問題を自分たちは理解し、解決に努力していた。だから今の夜はそれほど恐れるものじゃない、と。
用意されるのは消費電量が高めの高輝度LEDライト、出力を上げて積載量を増やしつつ、パワーも速度も上がることで”時雨”のエリアから最速で脱出が可能となった最新のトラック。
最後にこれらツールによってこれまでの危険度は過去のものとなり、大幅に安全に移動が可能になったとする数字。
これを全部だしてくるのが。
そう、あのくそったれのAPAC4000だ。
今夜の荒野を走っている運転席にはカエデが座っていた。
夜の移動にはどうしても恐怖と、それを含めた緊張感が終わることなく続くのでパニックを起こさないように精神を安定させる作業も並行してしなくちゃならない。
とんでもない労働なのだが、アイツらは絶対にこれを理解しない。そしてこんな死にそうな思いをして無事に帰還すると記録にひとつが追加され、後のポーターの抵抗を丸め込む材料にされちまうのだろう。
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目出兄弟はいつぞやのように大きなハズレくじを引いてしまった。
通信を通じて2つの任務が直接送られてきて、拒否することは許されなかった。
ASと呼んでいる連中の小競り合いは想像を超えて悪質なもので、ポーターというのも困った性質を持つ連中であるということも証明してしまった。
なんとあいつらは小競り合いから死体が出ても処分しないことが増加したた。まったく信じられない話なのだが、どうも跳ね橋部隊が北部で活動を開始すると同時にこのようなふるまいをするようになったらしい。
戦闘、もしくは襲撃によって死体ができると放置される。
だがそうなるとDOOMSが多いポーターが存在を感知してしまい、死体の発見と回収をAPAC4000に知らせ、処理を求めてしまう。
普通のポーターならこう思うものだ。
死体があるのは確かに問題。だが、それを回収して処分しなければ”ならない”となると最悪の最後を覚悟しなくちゃならない。UACのあちこちに大きな穴ができたのは苦いケイケイんがあるからだ。
逆にいえば例え死者がBTとなったとしても。
荒野を彷徨うか、もしくは何を考えているか不明なままその場にとどまるか。それ自体は、大っぴらには言えないが問題はないと考えることができる。
ところが公的に「死体がつくられて放置されている」が問題として取り上げられると、これをどうにかしろとあちこちから声があがり続け。”やらない奴らの声”の大きさにポーターと経験から来る感想というものはかき消されてしまうのだ。
かくして夕刻、とんでもない依頼を与えられた兄弟は。
砦でついに自分たちが使うトラックを用意してもらい、夜の海岸線でヤバい状態の死体を袋に入れて回収。深夜に背筋を寒くしながら運転する羽目になっている。
そしてついに最悪の事態がやってきた。
走行中に迫ってくる岩場をかわしていたカエデの耳に、スーツからあの聞きたくなかったビープ音が聞こえた。それを知っていたかのように、後部の荷台の壁をケンジが激しくたたきながら「兄貴ッ、兄貴ッ!!」と叫び出す。
――ついにきたか
急ブレーキで車体を停止させ、降りると。ケンジとアリーも荷台から慌てたように飛び降りてきた。
「ダメだった!時間切れみたい」
「わかった。準備しよう、急ぐぞ」
回収した時点で遺体のBT化は進んでいて。顔をしかめるケンジは、大丈夫かもとあやふやな調子で判定していたが。どうやらやってきた”時雨”が残り時間を奪ってしまったようだ。
指輪端末を起動して確認すると、やはりAPAC4000も緊急予報としてこの周辺に”時雨”が来ていると知らせていた。わかっていたことだが、カエデは舌打ちする。
ケンジはポケットから、最近はウミヘビと愛称をつけたウネウネするリードを取り出すとアリーのスーツの首元にあるわっかにとおす。
このリードの優れた部分はこの後で、スーツの先端が穴を通ったと認識すると蛇が自分の体にかみつくような動きでロックした後。胴体部分の力が抜けて紐になるのだ。
ライフルを構えて準備完了の兄にケンジは言った。
「で、この後はどうするの?」
「車はここに置いていく。方向は定まっているから、後は静かに脱出するだけ。もちろん――」
2人と1匹にプレッシャーと不快感が迫り、悪寒が背筋を走った。
「ケンジ、終わらせてやれ」
荷台に立ちあがる影がチラと見えたが、ケンジは無表情に血液グレネードを放り込む。
オドラデクの2つの光以外が闇に包まれる中、生れ出たばかりの赤子のように声を上げるBTが血によって穢されながら天上へ登っていく。
強めの雨音の中、オドラデクを四方に発するとかなりの数のBTが出現していて、今の声に反応する動きを見せていることが分かった。
「急いで移動する。お前とアリーで先行しろ」
「わかった」
「俺は背後を。避けられないと思ったら、武器を使え」
ライフルを構える兄の前で腰をおとしアリーとともに動き出すケンジは、進行する先にいるBTの気配に集中する。
「こんなトラブルまみれでもポイント1つ追加か。やってられんよな」
つぶやきながらカエデもその後を追う。
朝焼けと共にようやく”時雨”から逃げのびれた兄弟だったが、彼らの問題はまだもうひとつ残っている。
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彼らが受けざるを得なかった、もうひとつの依頼。
それは先日、跳ね橋部隊が北部の廃工場を占拠したヒッグスが、そこを武器工場にしていたと確認した事件があった。
その時、伝説のサムが大暴れして無事(?)に壊滅させたらしい。
が、その後もこの工場跡になにか、もしくは誰かの影を見かけたという証言が出ていた。
その調査をなぜか目出兄弟に担当させることになったらしい。
データサイエンティストのプレッパーズハウスに寄った後、トラックに乗った兄弟は砂漠の中に噂の廃工場を見つけていた。
昼過ぎの太陽の下にあるそこは朽ちかけた建造物にしか見えない。
「なんか、どうみても普通の廃墟だよなァ」
「あれだよね、学生のノリみたいなやつ。あそこには呪いだ魔術だ、盛り上がるやつ」
「だが、俺たちの知っているテロリストはあそこを武器工場にしていたというし。あのサムは大暴れしたというから、機材の残骸はのこっているはず」
「――残骸から使えるものを探してるってこと?絶滅主義者の元テロリストが騒ぎの後をゴミ拾い?」
しっくりこない。
というか、単純に気のせいではないのか?しか出てこない。
「それでも調査しろというからしないわけにはいかないか」
兄弟の視線は自然に下に降りて、足元のアリーを見た。
今日の彼女は兄弟と真逆の方角に向き、細目でキリッとした表情で風を受けている。なんかとても絵になる頼もしさがある。
「じゃ、どうする?」
「そうだなァ……車はここに。警戒して近づいて、中と外を調べる」
「雑じゃない?」
「アドリブは嫌いか?なら指揮はまかせるけど」
結局、いつも通りカエデの計画で調査することになった。
重ねて言うが、兄弟はハズレくじを”連続”でひいてしまったのだ。
廃工場に近づき。一旦停止して外周を目視で確認しなおしたが、気になるものは特になにもなかった。
だが工場内をのぞくとそこにヒッグス本人がいた。
崩れた壁際からちょっとだけのぞいただけで本人は確かにそこにいた。
心臓が飛び跳ねて、動機が激しくなる。
祈りをささげてる?わけではないのだろうが。ウィトスウィウス人体図を思い起こさせる姿勢――立って股を開き、両手を広げている。
頭部はなぜか細かく病的にぶれているように不規則に動かしていて、何かつぶやいているのか細かくアクセントのある小声がもれてきている。その後ろ姿は奇妙に狂気をかんじさせるが、こちらの存在にはまだ気が付いていないようだった。
(どうする!?)
(いや、どうしようか。マジでわからない)
まさかの有名人と出会うチャンスに珍しいことに兄弟はうろたえていた。
確かに任務にはヒッグスかもしれない人影を見たから調査しろ、とはあったが。本人がいたらどうしろ、とは聞いていない。というか思いつかなくて自分たちも質問してなかった。
こんな状況にうろたえる自らの愚かさが恥ずかしく、同時に悩ましい。
次の行動が決められない中、数十秒を数十分にも感じている兄弟だったが。
突然、ヒッグスのそれまでの小さな声が、大きくなった。
「……ッガッ!!」
「ワンワン、ワンワンワン!」
隠れながら静かに動揺していた主人たちの影響を受けてしまい。
ついアリーがヒッグスの動きに反応してしまった。慌ててケンジが彼女の体を自分に引き寄せ抱きすくめ、片手で犬の口を封じようとする。
「おやおやおや。こんなすたれた場所に、可愛いパピーちゃんがいるのかな」
バレた、これはもう誤魔化せない。
逃げたいところだが、困ったことに自分たちがここに来たのは調査のためなのだ。対決を避けました、は言い訳としては最悪だ。
(会うしかないか)
少し冷静になった頭で覚悟を決めながら、カエデは弟に犬を連れて壁沿いに移動しろと指示を出す。うなづいたケンジがアリーを抱えたまま壁の向こうに姿を消したところで、ホルスターの大型ハンドガンを抜くと飛び出して銃口をつきつけた。
「ヒッグス。まさかあんたがここへゴミあさりに戻ってくるとは。驚きだ」
勢いに任せて挑発的なセリフを口にできたと思ったが、その声は震えている。
しょうがないだろう!あのヒッグスだぞ。アメリカを、人類までも消滅させたいと真顔で実行していたテロリスト。
カエデの暗黒面を生み出す力を与えた偉大な存在――。
ヒッグスはカエデを見ると、カエデの言葉には反応しなかった。
逆に彼は目の前に飛び出してきた若者の顔を見てなぜか嬉しそうに、楽しそうに笑みを浮かべた。
「驚いたな。ここでまさか俺の同胞のなりそこないに再会できるとは」
「は?なに?」
「またポーターに戻ったのか。そしてまだやってるか。面白い、この世界でヒトとヒトを繋げることにまだ希望とやらをみているのか?」
まさか、信じられない。そう思った。
カエデはこれまで彼に会ったことはない。彼に直接話したこともない。それどころかあの時の不安定だった己の渇望を癒すために利用しただけ、それだけだったはずだった。
だが相手はそうではなかった。
「カエデ、可愛らしい名前だ。覚えているぞ、そしてついに会ったな。
見ればすぐにわかる。お前は変わらない、当然だな。人は簡単には変われない」
ついに銃口の先が震え始めた。
かつての彼が訴えた言葉に耳を傾けた大勢のアウトローたちの中のひとりが自分。ずっとそう考えていたのに。
それがこの言葉で否定されてしまった。彼に自分は知られていた。あの日、調子よく罪から背を向けたことも含めて。
ダメだ、しっかりしろ。なんで俺はライフルを選ばなかった、バカなのか!?
「デス・ストランディングは絶望に満ちた世界だ。そしてお前は絶望の因子のひとつ。
ポーターという皮をかぶって偽装し。自分をだますために都合のいい2重螺旋の思考で誤魔化そうとしても本質は隠せない。
カエデ、お前は自分を信じていい。
この世界を破壊してもいいんだ。俺がお前にその力を教えただろ?」
緊張が限界に達しようとしているのを感じる。
あと何秒たえられるだろうか?それが来た時、自分はどうするのだろうか?
その瞬間、解放されたアリーが吠えながら工場内へ突入し。それに続いてショットガンを構えるケンジも姿を現した。
雄たけびを上げながら、アリーがヒッグスの膝に飛びつくように体当たりをしてよろけさせると。ケンジは容赦なく引き金を引く。
弟たちの行動で緊張が説かれたカエデもまた、ハンドガンの引き金を引いた。
両者弾倉が空になるまでヒッグスという存在を破壊しつくした。
――ハアハアハアハア
複数の荒い呼吸音の中でヒッグスは崩れ落ちる。
痛みを感じないのか、喜びを感じているのかわからないが。くぐもった笑いをひびかせ動かなくなっていった。
ケンジは近づいて確認すると、信じられないものを見ていることに気が付く。
そこにあったのはヒッグスではない。機械の体の残骸が転がっていた。
「ど、どういうこと?ヒッグスはどこ?」
「……」
弟の問いにカエデも答えられない。
確かに自分たちはヒッグスに会っていた。だが、彼はここにはいない。残っているのは機械の残骸だけ。ということはヒッグスはロボットだった?
そんなわけがないだろ!!
「チクショウ!」
徐々に恐怖から怒りへと感情が塗りつぶされていくカエデは混乱する感情を吐き捨てる。
ホルスターにピストルを戻しながら、工場の外へ出ていく。とにかく新鮮な空気が、青い空が必要だった。
「ただの悪夢じゃないか。どう報告したらいいんだよ」
残骸を持ち帰って「これがヒッグスでした」はキツ過ぎる。
会話はしたものの相手から情報は全く引き出せなかったし、そのせいで説明に説得力をどれほど持たせられるのかわからない。
混乱の中で兄弟はついつい、気を緩めてしまっていた。
工場の中のケンジがいきなり警告の声を。「兄貴ィ!」と驚きと警告を発した。
太陽を見上げていたカエデは気が付かなかった。
建物の角から飛び出してきたBTが、まだ動揺するカエデの横から飛びついてきたことに。
途端に足元にタールの池が生まれると。なすすべもなくカエデはそこに突き飛ばされる形で倒れこんでいってしまう。
タールの中ではハンターと呼ばれるBTがそれをきれいにキャッチするように受け止めてみせる。まるでスポーツにみられる流れるような動きで、カエデはタールの中へ吸い込まれていき。引きづりまわされ、自然と池は湖を越え海と表現したくなるほど拡大していった。
砂漠のうららかな午後の時間は、暗雲ただようタールの海とそこに出現する巨大BTことイルカ状のそれを出現させていた。
それに対峙するように、タールの中からカエデは立ち上がる。
その顔は憤怒の形相となっていて、ここに連れてこられる前に思わず口に入ってしまったタールを吐き出す作業をしながら背中のライフルを乱暴に引き出してくる。
「飲んじまったじゃねーか!!」
ヒッグスに恐怖した自分。動揺するあまりBTの接近に気が付かなかった自分。
気を抜いて危険にはまった馬鹿な自分!
怒りが今の彼のすべてを解決してくれる。
危険な大型BT、いいじゃないか。今、殺すならこれほどふさわしい相手はいない。
次回は明日のこの時間に