跳ね橋部隊の進撃は北部に移ってからは停滞に停滞を重ねる難しいものになっていた。
彼らが使っているマゼラン号は何度も攻撃を受け、同時にタール潮流の変化にも悩まされながら――それでも少しずつ前へ前へと動いてはいた。
それはポーター達にとっても同じ状況を強いていて、前に進もうにも常にASの小競り合いと邪魔で身を守ることに意識を向けなくてはならなかったし。
なかには過激なポーターもいて、ブリガントにしたように彼らの活動に茶々を入れることで士気をくじこうとするのもいたが。
ポーターは非致死性の武器しか使わないと舐めているASは倒され、物資を奪われ、武器を失ったとしても気にする様子もなく。ヒッグスに要求しているのかすぐに新しい物資の補充を受け、その攻撃性と凶暴性が弱まる気配は全くなかった。
そしてヒッグス。
跳ね橋部隊に砂漠の武器工場を破壊されたはずなのに、相変わらず大量の武器や物資をASなどの武装勢力に景気よくバラまきつづけている。つまり彼の武器工場は他にもあるのは、間違いなく。状況に変化を生むことはなかったようだ。
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そんな中でAPAC4000はこの状況を打開すべく、北部への国道延線計画を発表する。
再起動された採掘場のすべてがフル稼働し、建てられた計画に沿って資源を運ぶポーター達の姿が目立つようになってきた。
だが、その中に彼らとともに忙しくする目出兄弟の姿はなかった――。
カエデもケンジも、疲れ果てていた。
西部ブリガント制圧作戦から、先日の2つの依頼は2人を大きく疲弊させた。
BT出現のおかげで、ヒッグスだったかもしれない残骸はタールに沈んだのか、それとも砂漠のどこかに流されたのか。もっともありそうなのはタールに飲み込まれた、というのも。
とにかく帰還しても報告できることは証言くらいしかなく。せいぜいあのあたりにもBTでますね、程度の話にしか信じてもらえなかった。
ひどい目にあって帰ってきただけ、つまり最悪の経験と結果を出してしまったのだ。
ここ数日、カエデは半日以上。だいた15時間ほど寝て、起きたら食べてシャワー浴びて、VRトレーニングをしたらまた寝る。
ゾンビのような感情を消した目で無表情にそれをくりかえしている。
一方で、ケンジはポーターになる前のような生活。規則正しく寝起きし、体を動かし、アリーと付近の荒野を散歩するのを楽しんでいた。
今日も朝の散歩を優雅に楽しんで戻ってくると、センターでは伝説のチャンピオンとこのオーストラリアでは噂になっている職員のサムソンが出迎えてくれた。
「帰ってきたか。今日も兄貴は寝てるのかい?」
「寝ても寝ても足りない、そんな感じ」
「長期の休暇をもらったんだから、それくらいダラダラしたっていいさ。おお、それよりお前さんに連絡してくれとメッセージをもらったんだ」
「メッセージ?誰から」
「同業のカイって女性らしい。知ってるか?」
「ああ。うん」
「ちゃんと連絡してやれよ。なんか困ってる風だったからな。美人を悲しませるな」
「わかった。でも、彼女とかじゃないし」
ケンジの言葉を最後まで聞くことなくサムソンは地下に戻っていってしまった。
出入り口に立ち尽くすケンジは、足元のアリーをなでながら指輪端末を起動する。そして南米のカイをリストから選んで呼び出した。
数回のコール音の後、出てきた画像はかなり刺激が強かった。
シャワー上がりらしいカイはバスローブ姿で、別れた時と違い。髪を長くし、巻きが入って女性らしさが増していた。
「ああ、えっと。連絡をくれ、って聞いたんだけど」
「うん、そうだよ。ついでに久しぶりだね、ケンジ」
「シャワー入ってた?ごめん、こことの時差を考えてなかった」
「別にいい。これから髪を乾かすところだっただけ」
「ちょっと驚いた。前に自分の髪は邪魔だから長くしないって言ってたのに」
「気分転換だよ。それだけ」
もともとは年上ではあったのだが、画面越しに感じる色気が段違いに感じるのは気のせいと思いたい。つまらないことを口にする前に、ケンジは話を進めることにする。
「それで、なにか用?」
「――休暇中だって聞いたんだけど」
「そうだよ。キツイことが重なってね、跳ね橋部隊に休暇をくれって。かなり奮発してもらったんだ」
「そうか……あのさ、実はちょっと頼みがあるんだけど。いいかな?」
そう言うカイの表情は暗いものだった。
2日後――。
兄弟はアリーを乗せてそれぞれがバイクを走らせていた。彼らが目指すのはこのオーストラリアに来たプレート・ゲート。
予定ではこのまま今日中にプレートゲートをくぐって南米に戻り、彼女と待ち合わせする約束をした配送センターまで一気に向かうつもりであった。
一旦停止すると、水分を取りながら巨大なあの門を複雑な思いで見つめて口を開く。
「やっぱり変わってないね、プレート・ゲート」
「そうだな。でもなくなってもらっても困る。俺達は海も越えられないし、空も飛べないからここから戻れる場所を失うことになる」
「UACに戻りたい?」
「そんなことは言ってない。そろそろ行こう」
アクセルを踏むと、悪路の続く岩場を乗り越えていく。
南米の配送センターに到着したのは予定通り、正午。
途中、旧地球物理学研究所でアレックスから最新の天候とBTの出現状況を挨拶がてらに聞いたので、特に問題なく南米への帰還を果たせた。
カイの到着は夕方とのことなので、ここの職員のリベラと雑談して時間を潰す。
「オーストラリアはどうだった?かなり刺激的な場所だって聞いてる」
「そうだね。人間に関しちゃ、あっちでもロクデナシが問題を起こしてるのは間違いない」
「ハハハッ」
「BTについては味付けがワイルドって感じかな。グレネードとライフルがないと一歩も外を歩く気になれない」
「そんなにか!」
「ああ、大きくて早くて殺しにくる。外を歩くには常に忘れ物ができないってのが悩みだったね」
言いながら出入口を見回して異変を感じる。
とくになに、とは言えないのだが。変わらないはずなのに空間がさらに広がっているような寂しさや冷たさを感じた。
「――最近こっちはどうだい?」
「どう、とは?」
「なんか事件とかないのかなって。あっちは行ってから連日いろいろ騒がしくてさ、こっちの様子をチェックしてなかったんだ」
「そうか――」
リベラの表情が曇る。
だが彼はこちらの問いには明確に答えず、カイが来たら彼女に聞けばいいとだけ口にして奥に引っ込んでしまった。兄弟はここまで戻ってきてようやく、聞かされた以上になにかトラブルがあるらしいと理解できた。
カイもバイクに乗ってひとりでやってきたが、到着したのは日が沈んだ後だった。
若者同士で再会を喜ぶと、施設の地下に降りて食堂でピザを囲んで近況を語り合うことになった。カイは「それで」とまず兄弟がオーストラリアでどんだけひどい目にあったのか状況を知りたがった。
だがカエデはそれは後で、というとなんで自分たちを呼び戻したのかをまず聞く。やはりこちらの休暇を潰して助けに来たのだ、互いの近況報告でうやむやにはされたくない。
「せっかくの休暇にゴメンね、悪いと思ってはいるんだ」
「それは別にいいよ。でもなにか相談か、頼みたいことがあるんだろ?さっさと言え」
「アリガト、それじゃさっそくだけどさ」
カイが語りだしたのは、最近の南米で発生する問題についてだった。
カイラル通信によって残っていた公共施設とコミュニティ間のつながりが生まれ、南米にようやく穏やかな日々が戻ってくる、かのように思えた。
だがそうでもなかったようだ。
飢えたバンデットはその凶暴性をさらに悪化させ、ポーターへの襲撃どころか。最近ではセンターやコミュニティにまで攻め込む姿勢を見せており。ケガ人、死人が少なからず出て問題はさらに難しいものになってるらしい。
これは当然、BTの出現にも関係するわけで。コミュニティの間で議論が交わされ、バンデットの更生を約束させることで再びコミュニティに受け入れるべきでは、という風潮が出てきているらしい。
どれだけ秩序を乱す悪党と弾劾したとしても、バンデット達はもとは自分たちとつながりのある家族のだれかである。ここにきて自分たちの状況が改善の方向に流れていることで、柔いというか。判断に甘さがだいぶ入り込んできているのかもしれない。
そしてそれぞれが自分の意見を理由にとんでもない事件を起こす奴らがいるらしい。
「簡単に言うとね。武器がバンデットに流れているの」
「はい?コミュニティがバンデットに武器をってこと?」
「そう。信じられないでしょ」
カエデは思わず天を仰いだ。
馬鹿極まれり、それしか感想はない。
かつては国が消え、法律は失ったが規範はしっかりと残っていた。独善的な裏切り者は決して許さない。
だがそれが彼らの中の秩序を保つ力であったはずなのに。互いに力を本当に合わせることができる状態になったとたんに失われたというのか。理解ができない。
「当初はバンデットは淘汰されると思われてた。でもそうはならなかった。実際まだはっきりとした数字は出ていないけど、あいつらの数はむしろ増えているって言われてる」
「ウソだろ――」
そして国の再建についてはこれが原因で意見が全くまとまらないらしい。
「カイ、ここで一体何が起こってるんだよ」
「冷静になって。これはまだ最近の状況説明ってだけ。そもそもポーターが政治をどうこうするわけがないんだから。本番はここから」
いや、まだ本題にたどり着いてないのかよ。
「実は最近、ポーターの数が減ってるの」
「え」
「そう引退者がまた増えてる。
原因は、はっきりとはしないんだけど。おそらくUACの時の経験がフラッシュバックかそんなので、ポーターという職業に希望を持てなくなってしまったみたい」
「つまりAPAC4000が再び、か」
「そう」
UACの運送網をAPAC4000によってハックされた後の出来事が、ここでも別の形で再現されたことでショックを受けているということか。
「だが自動運送システムを走らせる、なんてことはまだないんだろ?あれはUACのもので、ここでやろうとするなら。国同士の話し合いをしないことには実現できない」
「手順としてはそうなんだけどね。でもカイラル通信がきているから、やろうと思えばできないわけじゃないの。そもそも国も、法も、規制もないのが今のここなんだから」
ケンジはわからなかったようだが、カエデは理解した。
なるほど、跳ね橋部隊を真似ればいいということか。民間の組織をとりあえず用意してAPAC社と接触。UAC側の問題が解決できれば、南米に自動輸送システムを強引にでも配置できる。李理由としてはポーターの数が足らなくなった、などの理由から新しい人道支援でいいだろう。
そこからはAPAC4000による独壇場だ。輸送網を完成させれば独占していることからすべてのコミュニティと公共施設に強い発言力が持てる。
回避するはずだった侵略行為が、再びはっきりと姿を現し形となっていく。
「無法で強欲な運送会社が中心になって国に成長する未来も出てきているわけか」
「まだ、実現はしなさそうだけどね。可能性はある」
「あのさ、カイは僕たちに何をしてほしいのさ」
彼女はラージサイズのカップの中にあるアイスコーヒーを喉を鳴らして豪快に一気飲みすると、すわった眼で言い放った。
「休暇返上で助けてほしいんだ。まずは新人ポーターを増やしたい、ここでね」
「本気か?」
「本気。っていうか、あたしがやらないとダメになった。相棒だったおばさんやほかの人も、なんか考えこんじゃって話しても埒が明かないんだ」
「ふむ」
「あんたたちに見捨てられたら、いよいよあたしもポーター辞める!そんでどこかで男ひっかけて、そいつのガキを生んでさ。
ボンボン生みながら育てて。畑仕事で婆ァになってここで死ぬ。もうそれしかない!」
最後によくわからない宣言がされたが、とにかく色々と分かってきた。
兄弟は考え込みながら互いの顔を見た。つぎに足元のアリーを見る。彼らの愛犬は足元で幸せそうに体を丸めてキラキラと輝く目をこちらに向けて見上げていた。
彼女から読めるのは、机の上のピザのチーズの匂いがおいしそう。ひとつくれないか?という感情のみ。
「とりあえず、休暇返上については跳ね橋部隊との契約があるから抜け道を探す必要があるかな。あと、新人については――」
「助けてくれるの!?見捨てないってことだよね?」
「先走るなよ、うざいな。もうそれでいいよ、それで」
このデス・ストランディングの世界。結局はどこも同じなのかもしれないな、と思う。
大きな絶望が消えたとしても、常に新しい問題が立ちふさがってくる。でもそれを何とかしたいと誰かが声を上げ、人が集められる。そればっかりだ。
次回は明日のこの時間に