UACで始まっている変化はとどまることを知らない。
ローズ中佐はかつてP229と呼ばれていた愛用している銃を解体してメンテナンスをしている中、ショックを受けるニュースを受け取った。
最近まで連携をとっていたかつてのテロリスト仲間、チェイスが率いる一団があろうことかUACに屈して投降したとのことだ。しかもご丁寧に交友のあった元テロリストらに「時代は変わった」などと泣き言を振りまいてから実行したらしい。
なんて早まったことを、と思いつつ。そんなわけがないだろうと否定にすがりたい己に恐怖を感じる。
かつてヒッグスのテロリストと恐れられた存在達は、生き延びるために今ではミュールのようにふるまわなければいけなくなってしまった。UACのニュースでも最近の自分たちが起こした事件にはテロリスト、とは表記されずミュールと記載されている。
屈辱、ここに極まれり。
ヒッグスと共にこの国に恐怖をもたらし、対消滅テロを成功させて湧いたあの日はまだ数年前のはずなのに遠い昔に感じる瞬間がある。それも無理もない、もはやヒッグスのようなことを実行できるテロリストは自分を含めたとしても誰もいない。
彼らも自分も、出来ることといえば優秀とされるAPAC4000のロボット達を”たまに”解体してやつらから運んでいる荷物だけを奪いつくした時くらい――。
作業を止めた手で目頭を押さえつつ、副官にすぐにここへ来るように命令を出す。
数分後に中佐はやってきた副官にこの悪いニュースを共有してから話題を振った。
「ヒッグスから、その後どうだ?」
「メッセージ?ありません。武器や物資は要求すれば送られてきますが、他には何も」
「こちらの呼びかけに答えない?」
「まったく」
中佐は内心では(チクショウ!!)と叫んだが、表面上では骨とう品とも呼ばれてしまう愛銃のメンテを終わらせようと組みなおしていく。
「状況は悪い。正確に言うなら最悪に近づいている。
我々の目的も、想いも。なにひとつ動くことはないが。我々はこのUACで窒息させられつつある状況だ」
そこでギロリと彼の前で直立不動の部下に、貴様の考えを聞かせろといきなり要求した。
こういう急な要望は今だけではないらしく部下は顔色一つ変えることなく。姿勢を改めて正すと口を開く。
「中佐。我々の士気はおっしゃる通り。昔も今も変わることはありません。
だからこそ我々ひとりひとりが一本の指となり。中佐をもって手となり、何者も我々の目的に立ちふさがることを許さぬ拳となるのです。
この拳は強く、すべてを破壊しうる力を持っております。疑うまでもありません」
この部下は冷酷で頭も切れるし上司の機嫌の取り方もよくわかっている。
「確かに中佐のおっしゃることはわかります。我々の現状は深刻なほど悩ましい。
かつてヒッグスの言葉の通り。アメリカを破壊し、人類の未来すら破壊する。あの心震える美しい破滅から遠く距離が離れていくばかり」
とたんに不愉快な言葉も容赦なく口にする。
毎度のことこの時間、寛大な自分が耐えなければとうにこの骨とう品でこいつを永遠に黙らせていただろうと思う。
「ですが我々が絶望する理由はありません。我々こそが破壊者の側であり、我々の拳によって世界は滅ぼされるべきなのです。動揺は弱すぎます」
弱いときたか。そろそろ限界が近いが、皮肉に口角をあげて「続けろ」と要求する。
この先に何も出ないなら、こいつもついに用なしになったというだけだ。
「話は変わるのですが――最近、交流関係から面白い話を聞きました。あるミュールの一団の話なのですが」
そこから聞かせてきたのは、APAC4000の輸送網に叩きのめされた哀れなミュールが。
あの、こき使われた末に逃げ出していったポーターとおなじように南米に向かった。
その話なら自分も知っている。結末までも含めて。
「聞いたことがある。確か、再出発してそうそう盗賊共ににらまれて震えあがったというオチだった」
「そうです。しかしこれには続きがあったのです。
まず、前提として南米について話します。あそこはごく最近まで崩壊と貧困の世界――あの忌々しいサムやフラジャイルによってカイラル通信が設置されまでは。
今ではUACのように我が世の春を謳歌していると聞きます。
しかし、彼らの脅威であった山賊どもは違います。彼らへの拒絶は強まり、彼らだけの飢えは変わらない」
「不思議と己の胸に苦しさを覚える話ではあるな」
「その山賊たちにとってミュールとは同胞ではなく、理解できない異物。当然でしょう、あれは病人たちです。結果、敵と認識されミュール達は活動するのが難しくなった」
「で?」
「南米最南端、そこにプレート・ゲートがあります。
ご存じのようにあの跳ね橋部隊。サムとフラジャイルがその先にいる」
「だから?」
「思い出してください、中佐。我々はかつて拳でしたが、それはヒッグスの拳であったということを。我々に必要なのはヒッグスです、彼は今――」
「オーストラリアだ」
「因縁の相手に堂々と復讐を宣言したそうですよ。あの、ヒッグスが」
「ふむ」
付き合っていた時からなにを考えているのかわからず。我らのリーダーはたびたびそのアイデアに驚かされた相手だった。
それが今更戻ってきて、いきなり素直に「復讐します」を信じるのは馬鹿というべきだろう。
「だがヒッグスは我々を無視し続けるのでは?」
「無視できなくすればいい、と考えます。彼に我々の優秀さを思い出してもらわねば。
我々が今も力ある拳であることを証明する必要があるでしょう。このUACではなく、オーストラリアで」
納得できるものがある。
なにより誰からも自分たちが無視されない、というのが最高だ!
「具体的な計画はあるのか?」
「現状の我々の装備すべてを処分します。一般人として南米へ」
「すべて?やりすぎではないか?」
「武装集団の大移動は目立ちすぎます。
また、南米はいまだ混乱しています。現地人と接触し、跳ね橋部隊のポータースーツを手に入れ奴らに偽装。同時にヒッグスに武器を頼みましょう。
あとはプレート・ゲートを越えた先。これについては現地の情報も必要になるでしょう」
「わかった、悪くない話だ。
今夜は久しぶりに皆と食事をとる。そこでこの話を私がする。皆の意見も聞いて、最高の計画を作り上げよう」
中佐の脳裏に、かつてのヒッグスとの関係はすでにない。どちらかといえばこれまで姿を隠し、自分たちを相手にしなかったあの男の花をどう明かしてやるかが重要だった。
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跳ね橋部隊は結局のところ、目出兄弟の南米でのポーター活動は許さなかった。
別に文句はない、そもそもそういう契約を結んだ以上こちらの都合で好き勝手していいわけがない。
しかし抜け道として、いわゆるサブオーダー。もといバンデットに対する復讐、もとい報復攻撃にかんする依頼はポーター業とは認められないとされていることを逆手に取ることができることがわかった。
この悲しい事実にケンジは顔を曇らせ、カエデは裏でにっこりと笑みを作る。
ひさしぶりの南米での活動はよい気分転換にもなったが。
再会するベテランポーター達がそろってこの先の未来に悩んでいる姿を見た時はさすがに言葉を失った。カイの言う通り、今のUACにミュールが誕生したように。ここでも独自の社会病が発症したのかもしれないと思ってしまうほど悩み顔で動けない彼らの症状の深刻さが見て取れた。
だがそれならそれで話は早いと頭を切り替える。
まずカイとヒアゴに運送会社を即日設立させた。
色々と考えることはあったが、ポーターを増やす環境というならやはり組織がどうしても必要との結論にいたっていた。
新人ポーターを募集しつつ、同時にUACのマーフィーに連絡して彼らに仕事を依頼した。
新人がどれほど来るかわからないが。不安定な今のここにいるベテランたちに任せるのはマズい気がするので、ここはUACにいた引退者たちに助けに来てもらうのがいいと思った。
ひさしぶりに連絡を受けたマーフィーはカエデとの会話の中で楽しそうだった。
「助かります。自分も知らなかったんですが、困ったことになってまして」
「いいさ。最近はトレッキングの延長みたいなことしかしていないからな。短期集中で今の俺達の集合知がどれだけ現役の連中の役に立つのか知りたかった」
「まだ募集を始めた段階なので、どんなのが来るのかわからないんですが――」
「そこはしょうがないさ。川から金をすくい上げるには、多くの砂利とも付き合わないといけない」
「それと、申し訳ないんですが。自分とケンジは10日ほどでオーストラリアに戻らないといけないのです。跳ね橋部隊との約束があるので」
「そうか、残念だ。今回も俺達は入れ違いになるんだな」
「こればかりは仕方ありません。それより結婚するんだから、相手の女性とちゃんと話し合ってくださいね。あとでこの仕事で別れた、なんて恨み節聞かされたくないんで」
「ハン、独身男が何をエラそうに。お前も危ないことに首を突っ込むのをやめて、女でも作れよ。その努力をしろ。そうすりゃ今の相棒にも見捨てられないぞ」
「ハハハ、ハイハイ」
通信を切る。
椅子に深く寄りかかると、先日のことをふと思い出していた。
目出兄弟に共通で言えることは、女心の機微に敏感か?と問われればよくわからない。
カイは自分たち兄弟を頼ってはくれたが、まだ弟をどう思っているのかまでは聞いてはいない。あれはあの時だけのことだったのかどうなのか。
よくわからなかったが、カエデは南米に来てからわざとアリーと自分から弟を突き放すように意識して行動し始めた。
いらない気を使っている、と思われる行為だとはわかっていたが。実際には自分がアリーと歩く時間を増やすことで自分自身について考えたいと思っていた。
その時も、山あいに流れる小川にアリーを連れて行って考える時間を作ろうとした。
水辺に何かないかと思っているのか、アリーはあちこち歩きながら嗅いで回り。それを岩に腰を下ろした毛では見守っていく。
すぐに思い出すのはあのヒッグスの姿と言葉だ。
奴は自分を知っていた。奴の声や語りにはまったく興味を示さず。ただなにかを破壊する力だけを奪いたかった。利用しようとした、盗んだ。それで終わると思ったのに。
――お前は変わってない。人は簡単には変わらない
――貴様は俺の絶望の因子のひとつ
必死に両手で締め上げて窒息させなくとも、振り下ろす己の一撃だけでヒトを破壊する喜び。
壊れた世界におもうことはないし。
では弟とアリーと歩くこのポーターというものにどんな価値があるのか、自分はちゃんと理解して行動しているのだろうか?自分は大丈夫なのか?
殺したかったが、殺すことへの喜びはなかった。
止めるつもりはなかったが、皆に止められて自分はやめた。
後悔はないのに罪は背負って。その技術で今もその場の都合で暴力をふるっている。
怒りはある。腹の底で絶えず吹き上がる赤い炎の川は今も流れている。
でも今の家族との生活に不満はないし、何かに向けて炎を噴きあげたいわけでもない。
そして自分は止めてもらえた。出来たばかりの友人に、家族に。人殺しと軽蔑され、見捨てられてもおかしくなかったのに。
ツイていた?
運がよかった?
そんな風に思ったことがあっただろうか、よくわからない。問われない罪をあえて犯したことはわかっている。だが反省しているか?などと問われたら答えられないだろう。
あの日、自分の家族を”壊された”と感じた瞬間から、自分は良くないものに変わってしまったのかもしれない。
外の世界になぜ出ていきたかった?
誰もがそうであるようにBTに恐怖はしたけれど、それだけだったのはなぜだ?
アリーが戻ってきて「どうしたん?大丈夫?」というように首をかしげながら見上げてきた。俺は笑みを浮かべ、横腹を軽くたたいてもう少し好きにして手を通して伝える。
まるで無理やり思い出すように悩みを作る作業の中で確かに理解していることはある。
あの日からアリーは俺の背中を見守り続けている。弟も、ケンジも俺の背中を見ている。
家族は俺を心配していて、同じ場所に入ってきてくれた。彼らを裏切るようなことはしたくない。この愛だけは、はっきりとこの胸に残り続けてくれている。。
「こんにちは。いつも変なところで会いますね」
背中に声がかけられた瞬間に相手がだれか分かった。
ルーシー、UACから外の世界にむけた使者。
自分を隠し、嘘でごまかすことを厭わない女。この再会だって彼女の意図から生まれたものに違いないのに。
南米の熱い太陽をさえぎる山影での再会は、これまで太陽の下で会っていた彼女とはまた違う雰囲気を感じる。
次回は明日のこの時間に