配送センターに2台のバイクが徐行して入ってきた。
カエデは荷物の集積所前で停止すると、急いで荷物台に乗せていたヒトの入った袋を抱えて床におろす。
ケンジはいつものように荷台にいたアリーを連れて受け取り端末で手続きを始めた。
休暇を無事に終えた彼らはほぼ1カ月ぶりにオーストラリアに帰ってこれた。
カエデはジッパーを下ろすと、袋の中からまだあどけなさの残る妊婦の少女がでてくる。
目元を隠すアイマスクか、もしくはヘアターバンをずらし「お待たせ、ついたよ」と優しく伝えつつ手をさし伸ばす。
おずおずとその手を取る少女を立ち上がるのを助けつつ。カエデは奥に向かって「サムソン!サムソン!」とここにいるはずの職員の名を連呼する。
その声に反応するように扉が開くと、サムソンは職員と白衣を着た女性らを従えて姿を現した。カエデは彼女らに少女を任せ、奥に消えていくのをサムソンと並んで静かに見守る。
「南米から本当に連れてきたのか。大変だっただろう」
「あっちはそうでもなかった。こっちに戻った時が大変だったよ。いきなりウォッチャーが元気に徘徊しててさ。バイクでくぐりぬけるのも難しくて、海上を走ってきた」
「スティルマザー症候群か。あんなに小さい、というか幼く見えるのに」
「彼女は実際に若い。眉をひそめるくらいにはね」
「信じられないな」
まァ、あの娘の家族は信じたくはなかった現実だっただろう。
南米のある場所で幼い少女と少年が恋をした。で、最悪の展開になった。
少女は少年の子を孕むと、少年は彼女の家族に殺されると思ってすべてを捨ててバンデットに走った。半狂乱になった親達は互いをののしりあい、殺し合いにまでなりかけた。
「このままマザーフッドまで彼女を運ぶのか」
「そうなるけど、すぐに動けるかあそこのドクターが検査やらなにやらで決めるはず」
「出産に至らない母と子。あの跳ね橋部隊にも同じような女性が参加していると聞いているが、心配だな」
「そうだね」
「あの子供の父親は?」
「もういない」
カエデは冷酷に言い切る。言い切るのは理由があるからだ。
子供の父親が逃走し、母親と子供が捨てられた。それだけで殺し合いが始まりかけたのに、その母と子がスティルマザー症候群だと診断されてさらに怒りの燃料が追加されてしまった。
2つの家族の対立にそろそろ周囲があきらめのため息をついている頃。
ひとりの少年の行動によってポーターが巻き込まれることになった。
カイの新人募集にやってきた少年はポーターになって妹を辱めて逃げた男を殺すと断言して新しい騒ぎになってしまったのだ。
冷静な人間の力が必要なのだとカイに縋られ。仕方なく兄弟が面会したのは、娘が神に見捨てられ悪魔の子を宿したのたのだと信じてしまった希望を失った一族であった。
(何を深刻なふりをしてるんだか)
カエデは当初、この一族に呆れかえっていた。
少女に知識を与えず、管理もできないほど放っておいたくせに。自分たちのミスを反省することなく、今度は報復だの復讐だのに取りつかれている。肝心の少女といえば、周囲の声とお腹の子供に押しつぶされているのか、目の前の騒ぎに何も口を開けない。
もう、両方に武器を与えてどちらが生き残れるかレースでもさせてやれ、とすら思うのだが。提案した瞬間に周囲からごみを見るような目を向けられた。ちょっと傷ついた。
翌日、バンデットのキャンプのひとつが麻痺した。
カエデとケンジはいつも通り居住地の全員を叩きのめすと、そいつらの物資と装備をすべて回収。本当の目的である逃げた少年だけは近くに流れる川に放り込んで流した。
よほど運が悪くなければ来ているスーツのおかげで死ぬことはない、多分。だがこの経験から家族の元に戻ろうとは、もう考えないだろう。
そしてこの事実をあの少女が知ることは絶対にない。
「それで、バイクの使い心地はどうだった?」
「処分で」
「おい、何が不満だ。良かっただろ?楽しかっただろ!」
「アリーの奴がスピード出せって要求するのを覚えちゃったんだ。走っている最中に飛び降りたりする前に。やめさせないと」
「――そういうことなら、お前たちにとっておきの面白い奴を見せてやる」
サムソン・フックは不敵な笑みがよく似合う。
サムソンが出して来たとっておきは確かにとんでもないシロモノであった。
真っ黒なタール色の棺。見せたいと言って紹介するのがこれとは不謹慎以外の感想がない。
なんだ、これは?
「えっと、葬式に使うアレだよネ」
「そうだな」
「これ、なに?」
「観てろ。面白いからな」
そういうとなんとサムソンは棺の上に飛び乗る。
すると棺の左右からタールがあふれ出て、棺が前進し始め出入口で鋭く円を描いて見せた。
「!?」
「びっくりしたな?そうだろう、そうだろう。こいつはコフィン・ボードという」
「はァ」
「こういう風に使う、どうだ?どう思った?」
「イカレてるの?バカなの?」
「わはははは。やっぱりそう思うかっ」
ここでサムソンは、教えてくれたのだが。なんとこれはあのヒッグスが使っていたものを跳ね橋部隊で再構成させたものらしい。サムがあの廃工場から回収してきたとのことだが、どうしてそんなことをしたんですか?と問いただしたい。
「どうするんだよ、コレ」
「みんなお前さんたちと同じ反応してたよ。面白がってたけど、結局だれも使わない。いや、サムは使っていると聞いてる。彼も変わっているからなァ」
ケンジが後ろでサムソンとあれこれ話している間。カエデはなぜか逆に棺桶に近づいて観察する。
最初はあまりの異形に度肝を抜かれたが、ストーリーを聞かされると逆に興味が出てきたのだ。
「兄貴?」
怪しい雰囲気を漂わせ出した兄の背中に声をかけ、全員が首をかしげると。いきなりカエデは棺桶に飛び乗り、力強くそれを片足で踏みつける。
それに反応するようにタールがバルバルと音を立てて激しく噴き出し。かなりのスピードで地下のエントランスを素早く数週。円を描いてから飛び降りる。
「なっ、なっ」
「よし!気に入ったぞ,これ」
『嘘だろ』
最後のセリフはケンジとサムソンの声がㇵモった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
人々から冒険者と呼ばれる男がいた。
彼は何かを探し、何かを求め。この大陸で歩き続けていた。
そこはヒョウのふる荒れ地に突然現れた。すたれた都市の一部と表現するしかないものがあった。もうどこにもそんなものはみえないのに、明らかにタールの海から浮上したらしき建物の数々。
薄暗い太陽の下でそれを見つけた冒険者は写真を撮るとさっそく建物の中に侵入する。
小さな店の数々は入口から中をのぞくくらいしか出来ない惨状だが。逆にビルは不気味なほど中身が空っぽで、外よりもなぜか少し暖かい空気が流れていた。
冒険者が会談で6階までのぼった時、フロアの中央に変なものを見つけてしまった。
彼は溜息を吐くと、それを様々な角度と位置から撮影し、カイラル通信上にテキストと共に映像をアップしていく。
『それはどこかの国、どこかの町の一部が切り取られたような奇妙な存在として荒野の中に存在していた。6日前、これは突然出現したのだとポーターの声を聴いた。
彼らによるとたった数時間の間に景色が変わってしまったのだ、と。
私は今、その中に立って奇妙なものを発見した』
そこまで書くと冒険者は改めてその奇妙なものを再確認する。
床のコンクリートのあちこちにタールをこびりつかせている中にあって。誰かがそこで事件が起こったのだと伝えるように、倒れた人を連想するように新品の白いテープが張られている。
そして匂いだ。
この階だけ、大量の血液が流されたことを訴えるように。不快さに眉を顰めるあの匂いが漂っていることを感じる。
『ここは死者の形跡だけを知らせている。これ以外はなにもない。BTの存在も感じない。
ならば誰かのいたずらではないかと考えたいところだが。それをゆるさぬ形跡だけが残っている。
これをどう考え、どう受け止めたらいいのか。
だがこの世界には多くの謎があり、我々はそれに常に触れる立場にある。なら、この事実だけを記録し。私は次の目的のために旅を続けることにする』
改めてフロアを、周囲を見回すがやはり認識しているもの以上の異変はわからない。
するとさっそく自分のメッセージに反応があった。ゴーストハンターとサインがある。
『素早い行動に感謝する。この場所の情報は私にも知らされていた。
残念ながら私は今、別の件を調査中なのであなたがしてくれて助かった。時間ができたら私自身も調査に向かおうとは考えている。
状況から考えるに、強いメッセージ性を感じるので危険な罠かもしれないと危惧する。
ご自身もわかっておられると思うが、その場から一刻も早く離れてほしい』
ゴーストハンターは直接会ったことはないが、あちこちに移動する冒険者と頻繁に連絡しあう間柄ではあった。
最近ではカイラル濃度の変動が激しいせいか、おかしな噂話は増え続けているとか。カイラル通信によって明るい話題は確かにあるというのに、夜明け前の闇が深いといわれるように。この大地は今が一番、厳しい時期なのかもしれない。
冒険者はその場から去っていく。
切り取られた町の一部はなにをするでもなくそこに残っている。いつまでそこにあるのかは誰もわからない。
棺桶を乗り回す、などという不埒な遊びをやめて。
バイクを処分しつつ、兄弟は預けていたトラックを呼び出す。
「サムソン、なんかトラックの装備にマシンガンとかミサイルなんて物騒なのが表示されてるんだけど……」
笑っていた彼の顔がわずかに曇る。
「ああ、そうだ。そうだったな、お前たちがいない間に少し大きな事があったんだ。
ASの連中の武装レベルがはねあがった。信じられないハイテク装備を使うらしい。正直、この北部での小競り合いは徐々に戦争に近づいているようだ」
冗談なのかと思ったが、サムソンの顔に笑顔はなく。本当のことらしいと納得しなくてはならなくなった。
「じゃ、死体の処理とか大変じゃないのか?」
「それについてはひとつ、いい話がある。国道を無理やりだったが通したことで、連中の動きに制限を生むことができたんだ。ブリガントにもあったように効果はあった。
ここにポーターは今いないだろ。
皆、東か西で活動している。ここら辺は今は通過点でしかないな」
「そんなことになっているとは」
「とはいえ、死体は出ているからカイラル濃度は高くなるし。BTの出現率も高い。
映像としてASが大型BTから逃げ惑うなんてものも撮られてる。あれがポーターや俺達になる日があるのかもしれんな」
「じゃ、BTが問題になるってことか」
「いや……それもちょっとな」「?」
「まァ、調べればわかることだからな。実は跳ね橋部隊では大型BTの捕獲が始まっていると言ったら信じるか?」
兄弟は言葉に詰まる。
あのサムが色々なところで出没する大型BTを捕獲して回っているらしい。BTを捕獲、この言葉の意味が理解できなくて。兄弟は沈黙するしかなかった。
戦闘は終了した。
死者はゼロ。重傷軽傷は3名出たが、全員が新人だ。問題ない。
ローズ中佐は満足の微笑を浮かべつつ。制圧した居住地を歩く。指示を受けている部下たちは投降者を中佐の右に、死者を左に並べている。
この後、開始されるのはリクルートとゴミ出し。勝者だけが味わえる楽しい時間というわけだ。
「さて、話をしよう。
私の名前はローズ。ローズ中佐と呼んでもらいたい。
まず、君たちには武運がなかったようだ。だが悪くない戦いだった。私の部下を負傷させたというのは、見るべき点があるということだ。
我々はUACからここに来た。
あの場所で、我々はかつてテロリストと恐れられアメリカの破滅、人類の滅亡のために邁進してきた。残念ながら……我々は敗れた。
アメリカは再建され。南米は服従した。
そして今、我々はこのオーストラリアで再生する。我々を屈服させてきたカイラル通信がこの大地をむしばむ前に」
部下の手で用意された椅子に座り、地面に膝をつく投降者たちの顔をねめつける。
「ということで、リクルートタイムの時間だ。
私はUACで失ったかつての我々の姿をここで取り戻す。誰にも恐れられ、何者にも立ち向かえる。共に打ち砕く鋼の拳となれる意思をもつ同胞を。
もちろん見返りは用意する。
恐怖と力によってもたらされる利益は多い。絶望することはないし、期待してもらって構わない。
返事は自由だが、よく考えてしてもらいたい。
目前の死から逃れたくて首を縦に振ったとしても。私を失望させる弱さは嫌悪ではなく憎悪に匹敵する。愚かで弱いという滞在には最大の苦痛で報いるとも約束する」
膝をついている列の前に元バンデットだった新兵が立ち。無表情に死体袋を広げて待つ。
――では返事を聞かせてもらおうか
勝者は隙に奪い取り、敗者はうなだれて運命を受け入れる。
善悪など関係ない。正誤などクソくらえ。適者生存、美しくも醜い現実がここにあった。