虚無に浮かぶ白銀の月   作:八堀 ユキ

25 / 30
感想、評価を良かったらお願いします


ゴーストアタック

 オーストラリアにつくられた新しいハートマン博士の研究所からアリーを連れてカエデは出てきた。そのまま近くにある崖のへりに立ち、眼下に広がる光景を見回す。

 右手には一本道になっている険しい谷が地平線の先にまで続いていて、左手にはそこから広がる平野に森林、そしてさらに向こう側に中央部の山岳地帯にまでつながる湖が見える。

 今は谷にしっかりとした国道が一本敷かれているが、自分たちが休暇中にこれを完成させた仲間たちの苦労を思うと感激などという単純なものではなく、様々な感情がわくのが複雑なところだ。

 

――それでも、ようやくここまでこれたか

 

 当初、この国道がどんなものなのかわからなかった兄弟は。

 サムソンのところでトラックに乗り換え、強引にこの谷を突破するというとんでもない計画を立てていた。

 ありがたいことにそんな無謀な計画は無意味だと、サムソンがもっと良い方法を教えてくれた。国道敷設による影響でブリガンドでもおこったのと同様にASらの動きにも制限が入り始めたらしい。

 おかげでさらに北、タール海が広がる海岸線が秘密の裏道としてとりあえず安全に移動することができるようになったとか。

 実際、一発も誰かに撃たれることもなく。徹夜でここまでやってくることができた。あとはさらに東に伸びる国道にどこかで入り、北東の砂漠地帯へ向かう。そこが今の自分たちの目的地だ。

 

 足元で腰を下ろし、自分と同じ風景を見つめるアリーを見る。

 この犬の目はこの危険地帯はどう見えるのだろう。ここから見える一面は紛争地帯、誰かに見られたら無事ではいられない場所。

 それでも笑顔が自然と浮かび「アリー、戻ろうか」と声をかけ、その場から立ち去る。

 

 ガレージではまだピカピカのトラックが待っていた。

 今回の配達、ようやく終わりが見えてはきたがかなりキツイものとなっている。妊婦を連れた長旅というのはそれ自体がもう移動する間に限らず気に賭けなくてはいけないことだらけで心労が重なってしまう。さらにその荷物――妊婦自身とのコミュニケーション不足がさらに事態を悪くさせていた。

 

 少女は、彼女はとにかく自分から話そうとはしてくれない。

 兄弟がどんなにかみ砕いて次のルートの説明をしたとして「なにか質問は?」と聞いても彼女は何も言ってくれない。

 2つの目でこちらをただ上目に見つめてくるだけで反応が薄い。生きている人間で、しかもそのお腹に赤子がいるという繊細な扱いが必要な相手が。自分の考えや状況を教えてくれないなんて最悪だった。

 

 最後の手段にアリーを近づけさせて懐柔をこころみたのだが、少女は愛想を振りまく犬にまったく興味を示さなかった。それどころか迷惑、とでもいうように自分に近づかせないような姿勢だけはっきりしていた。

 兄弟はこれを見て今回の依頼に大きく後悔し、頭を抱えた。

 繊細な扱いが必要な生きた荷物が沈黙でもって常にこちらにプレッシャーを与えてくる迷惑をかけ続けてくる。

 こうなるともう、体力的にキツかったとしても早く任務から解放されたいという感情が強くなるというものだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 ハートマン研究所から出てすぐ、運転していたケンジが大声で何かを訴え始めた。荷台に横になっているアリーは何も動かなかったが、立ち上がって周囲を見回したカエデはそれがなにかわかってしまった。

 

 跳ね橋部隊がまだオーストラリアにやってくる前のこと。

 北の配送センターはタールの海の中へと飲み込まれてしまう大事件が起こった。これによって大陸北部に空白が生じ、のちにASが入り込む原因となったのだが。

 そこは今、タールに浮かぶ無人の孤島となっている。

 

 だが今、遠目でもはっきりとそれは見えていた。

 島を覆う真っ黒な雲の下、巨大なカニが静かにタールの海で移動していているのを。

 

 かつてあのサムがエッジ・ノットで巨人のBTと戦ったという記録があったが。

 どうやらここでも似たような存在がついに出現するようになったのか。だが、今はそんなことにかまっている暇はない。あっちもこちらに気が付いている風でもない。

 

 カエデはトラックの鳥居の部分を数回叩く。弟に黙ってアクセルを踏めと指示を出す。

 今、自分たちはデス・ストランディングの世界が見せつけてくる脅威に動揺している場合ではないのだ。

 

 

 

 自分の名前を捨て、孤独な司令官などと古傷を名称に変えた男の家にコール音が鳴り響く。連絡してきた相手を見て、わずかに動きを止めたが――結局応答してしまう.。

 そこにはもう会うことはないだろうと思っていた老人があらわれた。

 

『応答に応じてくれてありがとう、コマンダー』

「いや、別に」

 

 互いの短い言葉の中に多くの感情が込められていた。

 だが表面上は、それ以上を求めたりはしなかった。

 

『その……話がある。でも、そうだな。

 知っているかね、跳ね橋部隊はついにこのオーストラリアの70%をカイラル通信でつないでくれたんだ』

「情報はここからもチェックしている。それでも苦しんでいるようだな。最近はあちこちでカイラル・エネルギーの変動も激しく。進むも引くもひどい状態だと聞いている」

『ああ、確かに。それでもさすが跳ね橋部隊だよ。1年もかからずにこれだけ広げてくれた。ノース・フォート・ノット消滅という悲劇をこえてこんな状況になるとは想像も――』

 

 コマンダーの顔がゆがむ。

 かつての同志であり、友人でもあった相手との再会は。冷え切ったマグマに熱を込めるように、いかにも不自然でどこか不快に感じさせてしまうものが出てしまう。

 

「すまない。俺達はもう世間話をする仲でもない――」

『……そうだな、確かにそうだった。申し訳ない。

 あらためて司令官。君に相談がある、くりかえしてしまうが』

「司令官もやめてほしい。私は軍から退いたし、国だって本当はもう存在しない。あんたらがガバメンツを名乗って何かを継承させたいと望んでいることは知っているが。俺にはもう関係ない」

『すまない、我々もそれを理解はしている。

 だが理解をしてもなお、我々には君という司令官が必要だから言わせてもらうのだ』

「どういう意味だ?」

『司令官。再び戦争が始まる』

 

 ローン・コマンダーは思わず息を止め、同時に目を閉じていた。

 冗談だろ?再建とは名ばかりで再出発しているかどうかさえ怪しいこの大地で、またあんなバカなことが起きる理由が残っているというのか?

 冷笑することも、冗談だろうと笑うこともできたが。彼はかつての古い友人には「話を聞こう」とだけ短く答えた。

 

『かつてこの大陸では変化を嫌うブリガンドが一番の抵抗勢力とされていた。

 だがUACは。APACの予想からその脅威は短期的に終わるとされ。実際に現在、彼らの動きは徐々に緩慢なものとなってきている。

 

 だが、ここで想定外の因子が入ってきた。

 名前はヒッグス。かつてUACのテロリストだった男だ』

「先日、フォート・ウェスト・ノット襲撃の犯人だな」

「奴は同時にこのオーストラリアに武器や物資をばらまいて混乱を引き起こそうとしているらしい。おかげでブリガンドにかわり、ASが台頭してきた。ここまではいいかな?」

「ということは、そのASが戦争を始めるということなのか?」

 

 老人の表情に変化はなかったが、無言で頷くことで正解だと伝えてきた。

 ローン・コマンダーは激しく否定した。

 

「バカバカしい!アイツらは不満分子ともよべない馬鹿共だ。政治心情はバラバラ、野心か強欲かもわからない連中が武装して暴れているだけ。奴らができることなんて小競り合いがせいぜいで、戦争なんておこるはずがない」

「その通り。我々もそう考えていた。これはUAC、というよりAPACが内密に伝えてきた未来のシミュレーション結果だ」

「APAC?UACではない?」

「フフフ、君も混乱したな。そう、我々も同じく混乱している。

 APACは所詮は一企業でしかないはずだが。彼らのシステムが現在、UACを支配しているのかもしれない。それがこの警告自体の重要性を測りかねる」

「だとしても説得力がどれだけある、という話だ。

 ASが今以上の脅威となりえるというのも。それに対抗する軍が必要というのも無理がありすぎる。UAC側からの情報工作と疑うべきではないのか?」

『インフルエンス・オペレーションの可能性というのは当然考えた。

 しかし、恐らく何らかの証拠を向こうが持っているのではないか。その可能性が大きいというのが我々の結論だ』

「この世界では国の中では簡単に分断され、殺しあうというのに。国同士では疑う理由はないのか。何とも皮肉な」

『APACのデータでは戦争開始の予測は右肩上がりに上がり続けているそうだ。未来に起こりうる脅威に我々は対処を求められている。これを無視するという選択肢はない』

「だから俺を引きずり出そうというわけか」

『我々には持てる戦力はもう存在しない。だが、この脅威に立ち向かう存在は絶対に必要なんだ司令官!』

「前提からおかしいぞ。俺だってもう実戦から離れて引退した。跳ね橋部隊じゃないんだ、俺一人で戦争をどうにかできるわけでもない」

『それでも、それでもだよ司令官――この国ではじまる戦争をUACに代理でやってもらうというわけにはいかないんだ!そうなれば今度こそわがオーストラリアはっ』

 

 返しきれない借りがある、隷属から始まる新国家。

 希望なんて感じられない未来。

 

 だからこそ逃げられない戦い――脳裏に浮かぶこの言葉の不快感にローン・コマンダーの顔が歪む。

 かつて彼は消えていった国のために自分の部隊を失った。今度はこれから再建される国のためになにを失えばいいというのか。

 彼にはもう、失うものはない。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 最後のルートの旅立ちに不穏なものを目にしてしまったが。

 その後は特に何があるでもなく、兄弟のトラックは無事に国道に入る。カエデは指輪端末でマップを呼び出し確認すると、この先には東部配送センターへのルートと北東の砂漠地帯へ進めるT字路があるとのこと。

 こうして思うと、北西部から大胆に東にむかうこの道を完成させた仲間達の苦労を思うと、とんでもない大仕事をしてくれたのだと改めて思えるのだが。おそらく休まずに自分たちも参加していれば、当分はこの辺りには近づきたくはなくなっただろうと想像もできる。

 

 今回の運転はケンジがやっていた。

 この長旅の最終工程、気が抜けているとは言わないが。兄弟がこの先にあるかもしれないと考える脅威は砂漠に入ることで起きるであろう気候と天気くらい。

 しかし、すでに彼らのそばに脅威は音もなく迫っていた。

 

 兄弟が進む国道の先で金色のカイラルクリーチャーが侵入していた。

 それは道の真ん中まで進むと、唐突にその姿をタールの水たまりに変え。そして次の瞬間、タールの中から人が浮き上がる。

 ああ、なんてことだ。

 それは静かな笑みを浮かべたヒッグスであった。

 

 荷台に立って指輪端末でこの国道の先の事を考えていたカエデであったが。

 突然、運転席からケンジの声が。「兄貴!!」と叫ぶただ一言に驚き、恐怖、警告が含まれている声に反応して自身も前方に注意を向けた。

 

 奴がいた。

 ヒッグスが、あろうことか道の真ん中に立って迫ってくるこちらに笑顔で手を振っていた。弟と同じく驚愕がカエデの行動を麻痺させてしまう。

 

 何を指示すればいい?

 このまま進めろ?アイツは避けろ?それともまさか、停止してお話でもしろって!?

 

 答えが出ないままトラックは直進し、ヒッグスに正面から直撃の衝撃!

 それはなかった。代わりになんと国道の。舗装道路の”中から”武装バイクに乗ったゴースト・ゲイザーズというロボット達が現れた。

 

 前回の遭遇後、兄弟達はこの危険な元テロリストについて何もしなかったわけではない。

 彼がこのオーストラリアに来てから、不気味なロボット達。動かすための動力を持たず、さらに行動を制御するAIも積んでないモノ。

 機械の体にタールを詰めているという、不気味なそれで跳ね橋部隊を攻撃していた。

 

 それらの攻撃は基本、この計画のコアを担う跳ね橋部隊に向けられていたのだが。どうやらついに彼らと契約したポーターも目標に加えられたようだ。

 左右からトラックを挟んで体当たりされ、カエデはバランスを崩して袋に入っている妊婦の上に倒れこんでしまう。

 

ーー襲撃だ、動くな!

 

 声をかけてはみたものの彼女に聞こえただろうか?

 だが今はそんなことはどうでもいい。隣に横になっているアリーが心配そうな目をこちらに向けている。その眼を見れば力がわく、怒りと共に立ち上がり。背中につるしていたライフルに手を伸ばす。

 

 ケンジにとってもこの状況は想定外のものだった。

 車体の両方に現れて体当たりしてくる彼らのバイクは、明確にこのトラックとそこに積まれた荷物の破壊を目的としているのを理解させてくる。

 トラックに乗り換える際、物騒な武器はやはりいらんだろうなどと話していた自分たちのうかつさには反省したい。

 

 荷台から兄がののしり声と共に攻撃を開始したようだが。

 ゴーストメックと呼称された連中はまったくひるむ様子はない。というか、ライフル弾では効果が薄いようだ。

 背筋に冷たいものが流れる。

 

 UACで見てしまったあの兵士のような動きをしたロボット達が脳裏をかすめる。

 

 そんな中、国道は予定通りT字路に突入。

 急カーブを切りながら、どさくさに紛れて左側のゴースト・バイカーにぶつかって国道から弾き飛ばした。

 これには効果があった。

 

 バイクは見事に国道からはじき出され、宙を舞ってのちにバランスを崩すと。後方で派手な破壊音と共に地面にたたきつけられる。

 カエデは荷台で歓声を上げたが、状況は好転しなかった。

 

 さらに前方の国道からあらたなバイカーが。今度は3台が姿を現し、4台に囲まれての追撃が始まってしまう。

 

 周囲は砂漠地帯に入っていた。

 このままこいつらを連れて目的地に到着されはたまらない。カエデのライフル弾は切れかかっていた。

 

ーー覚悟を決めるか

 

 ライフルについているグレネード発射装置に切り替える。

 こちらにも被害が出るのも構わず、ゴースト・ライダーズに向けて引き金を引く。炸裂音と共に自分も、車体にもダメージがあったが。想像通りロボットは国道からはじき出されると、先ほどと同じように砂の上にたたきつけられ粉々になった。

 

「なにやってんの!?」

「黙れ!アクセル踏めよバカ野郎!」

 

 まだ3台へばりついてくる。

 3発で終わらせられれば、恐らくこのトラックも壊れたりはしないはず。

 

 だがこのような瞬間にコントロールが効かなくなることはよくあることだ。

 トラックを囲むライダー達の動きが変わった。グルグル回って位置を変えつつ、体当たりに加えてその手にはライフルが握られていた。

 

 カエデは慌ててしゃがみ込むことで身をかくしたが。運転席のケンジは、車体の前に入って邪魔するライダーズが。後ろを確認することなく手にしたライフルを引いたことで攻撃を食らってしまった。

 胸に衝撃が走り、息ができなくなる中で喉から飛び出す自分の血の味を感じた。

 痛みは引くことなく。また次の奴が同じことをしようと前方に移動し始めていた。

 

 弟のピンチをカエデはまだわからなかった。

 どちらかといえば月のことに気を取られていた。

 

 アリーが、あの賢い犬があろうことか。

 車体に新しい攻撃が始まったことを理解すると、いきなり荷台から飛び出していってしまったのだ。

 

 

 カエデの中で何かがキレた。

 悪化していく状況への怒りに加え、アドレナリンがその下から姿を現す憎しみで塗りつぶされていく。

 

 

 そこはデス・ストランディングが始まる前。

 大病院であっただろう跡地につくられたのかもしれない場所だった。

 

 激しい攻撃を受け、ぼろぼろにされたトラックが止まると。荷台から降りるカエデは珍しく焦っていて、大切に扱っていた荷物もアリーも放って前方に回る。

 運転席から降りてくるケンジの目は虚ろで、ポータースーツの前面にはいくつも穴が開いてそこから出血しているのは明らかであった。

 

 そんな弟に肩を貸しながら、建物の入り口から中に入ると。

 入口のボタンをカエデは乱暴に蹴飛ばして見せる。

 

「ポーターだ!助けがいるんだ、助けろ。早くしろよっ」

 

 扉の向こう側に人の気配が集まってくるのを感じた。でもまだ扉はウンともスンとも動かない。先ほどとけた怒りが、再び戻ってきそうだ。

 ここは本当にムカつく。

 本当に、本当に大っ嫌いだ!!!

 




次回は明日のこの時間に
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。