虚無に浮かぶ白銀の月   作:八堀 ユキ

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追い詰められて、おそらく最終作戦。

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傷

 ルーシーからの連絡が終わると、意外なことにカエデは自分がひどくショックを受けていることに気が付き。少し動揺した。

 彼女が自分ではなく、フラジャイルの助けを選んだのは当然とは思うのだ。だが、悲しいというか不満というか。変な感情が残っている。信じたくないことだが。

 今の自分が誰かのやさしさのようなものを欲しがっていたとは思わなかった。知り合い程度のはずの彼女にそれを自分が求めていたとは。

 

 そんな若者の動揺が収まる前に、再びコール音が鳴り響く。

 今度は匿名の相手からのもの。しかもかなり強引でこちらからの操作がロックされ、無視することは許されないようだ。

 

「はい?」

『こんにちは、メデ カエデ。そしてはじめまして。

 私はAPACのプレジデント。プレジデントの意味は分かるかね?』

「代表、もしくは独裁者。色々似たような表現はあるものさ」

『どうやら私の存在はキミの機嫌を悪くしてしまったようだ』

「そもそもあんたがAPACの関係者と、どうしてわかるんだ?

 あの会社の幹部は皆情報が隠されていて名前も顔も知られていない。あんたの言葉を信じる理由はないように思えるんだけど?」

 

 画面の老人は表情も感情も感じさせないまま、淡々と会話を続けている。

 

『APASが私の考えに従って君と連絡を繋げている以上の証明が必要か?

 現実の痛みを感じるまで理解しない、できないというのか?それならそれで構わないが、そこまでキミが愚かだというなら。話し合いではなく、鞭でキミをしつけてやろう。

 我々の関係は雇用する側とされる側。こちらの都合でキミに連絡する、これが事実だ』

 

 どうもマジで言っているようだ。

 しかも何をするつもりかわからないが、アリーの状態に心配しかない現状でトラブルを山ほど送りつけると宣言されたら、とぼけるのは間違いなのだろう。

 

「話があるとか言ったね。なに?」

『改めて難しい話ではない。ガバメンツの依頼を受けてほしい。これはおそらく我々の今回の契約における最後の難しい依頼となる。このオーストラリアに問題を先送りして新たな夜明けを迎えるのは楽しくない未来とは思わないかね?』

「俺達には関係ない気がする」

『そうだろうな。だが、人間とは楽な選択肢を常にとるものだが。残念ながら雇用する側として、君たちに楽をしてもらうために契約したわけではない』

「随分強引なんだね」

『もちろんそれはこちらも引き受けてもらえるという目論見があってのことだ。その理由は様々、キミのように強気で交渉することもあるが、他にもや目の前のものに飛びつかずにはいられない、困った奴も当然いる』

「へェ、何人も思い浮かばないね」

『キミの知り合い、ビリーという老人。彼は秘密にしているが末期のガンでね、普通であればベットに横になり身動きもとれないまま死ぬ運命にある。

 だが彼はそんな日が来ることが許せない』

「おい……」

「君たちが頼りにしているコナー、チャック。彼らも十分に変人だ。

 経歴を見ると面白いぞ。軍人、警官、警備員、そしてポーターだ。この世界でも自分たちが社会のモラルを守れる存在になれると信じる狂った殉教希望者たち。

 救世主症候群と呼ばれるものだ、普通なら治療して”マトモ”になろうとする。彼らはそんなことは考えず、悪化するのを放置している」

「クソ野郎が」

『そして君だ、カエデ。キミは殺人者だったな。ミュールはいまだに我々の社会から逸脱した存在ではあるものの同じ人間だ。彼らを狩っていたキミのような獣が、のうのうといつまでもポーターのふりをするのを我々が許すとでも?』

「何の話だ。証拠は?」

『作るさ。今のAPACはそのままUACと同義だ。ミュールの人権を回復し、キミの狂った犯罪を立証するためにいくらでも社会を動かし、証拠も生み出す。

 我々のAPASがそれを可能にした」

「犯罪者一人にご苦労な話だ」

『もちろん飴玉も用意してあるぞ。こちらの願いをかなえてくれるなら、この先の未来でキミの過ちが掘り起こされることがないと約束しよう。キミがこの先もお行儀よくいるなら、薄汚い殺人者であった過去を我々も協力して隠してやろう。これは取引であり、キミにとっての贖罪だ。そして今なら我々はこれで構わないのだが?』

 

 答えはひとつしかなかった。

 なにか別の方法もあったかもしれないが、APACは自分たちの望みを”かなえない”という選択肢は持っていない。雇用する者、雇用される者の関係で抵抗は無意味なのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 AS制圧、という物騒で危険極まりない最終作戦であるはずなのに。

 参加したポーターはわずか5人。老人のビリー、壮年のチャックとコナー。そして若き目出兄弟そして彼らの怯えた目をする犬のアリー。

 東の配送センターに集められた彼らに、ガバメンツの老人が回線を通じて出席し。そして今回の任務の責任者としてローン・コマンダーが出席する。

 古強者は今回の危険な任務をあえて引き受けてくれるポーター達を見回すと、無言で手を差し出して手を握る形で感謝の意を示す。

 

 悲壮感こそないが、静かな空気の中でミーティングが始まった。

 制圧対象であるASの現状が、数字とグラフで示され。この先の未来において新生オーストラリア政府への脅威度の予測値。

 さらにその際に起こるであろう被害の規模と内戦の可能性。

 

 どれも「今、やらねばならない」を訴える内容ではあったが。ポーター達の表情に変化はない。そもそもにして無理やりに押し付けられた任務なのだ。押し付けてくる側が説得の材料が何もない状態でこの場を用意するわけがないと、うんざりさせられていた。

 

 だが、映像が現地の映像に代わると彼らの表情は一変する。

 ビリーが「ちょっと前のところ、アップにしてくれ」と要求したことで、彼らの顔がさらに険しいものになった。口火を切ったのはコナーだ。

 

「断言する。今回の任務はやめるべきだ。我々では無理だ」

 

 姿こそ見せていなかったが、確実にここにいるであろうプレジデントはすぐには姿を現さなかったが。ガバメンツの老人が「なぜ?」とポーターらに問う。

 

「この映像に映っているモノが問題だ。こいつはUACの西側で見た記憶がある」

 

 そういうと画面に映っている行き交う兵士の間から見えるテントの布の下に設置された装置を差す。3本の足が付いた装置は、新品には見えない。年季の入ったものに見えた。

 

「これは環境測定用の探査装置だ。見ての通り旧型さ。性能はあまりよくない。

 だが、コイツは少しいじってさらにAIをくっつけるとやっかいな警報機として使えるようになる。というか、使ってた奴らがいる。

 ああ、ヒッグスのテロリスト達だ。あの頃、俺たちポーターが定期的に奴らの動きをけん制しようと邪魔したことがあってな。その対策でつかわれた」

 

 話しながらビリーはチラと目出兄弟の方に視線をやる。一方、向けられたカエデの表情は変わらず。会話に参加することもなかった。

 

「ってことは、だ。こいつらはただのASじゃない。

 このローズとかいう奴はUACから来た、元ヒッグスのテロリストというわけだ。ポーターのやり方は熟知している。今の俺達が出ていったら八つ裂きにされるだけだ」

「それは……」

「まさかとは思うが、俺達に情報を隠してやらせるつもりだったのか?」

 

 最後のチャックの言葉には明確な不快感が込められていて、場の空気が冷たいものに変わる。するとついに回線を通じ、APACのプレジデントが姿を現した。

 

「疑われてもしょうがないことだが。彼らの情報で明確ではないものは公開できなかった、というだけだ。君たちが見てくれたことでここで新たにローズ中佐なる人物らの前歴は確定した。それと同時に、ヒッグスを追ってここに来たであろう元テロリストの問題は現在の我々UACにとっても明確な脅威、ということもわかった」

「だからケツを拭くのも俺たちポーターがふさわしい?冗談だろ」

「真面目な話だ。君たちと結んだ条項は、そもそもUACが責任をもって他国であるオーストラリアに提供するサービスだった。

 そこに君たちの”やり残し”が問題となるのなら。君たちに協力してもらう今回の任務の価値はむしろ上がったとみるべきだろう」

「自由契約の配送屋にテロリスト退治を押し付けて言う言葉じゃないだろ。思い出してもらおうか、俺達は兵士じゃない。戦争屋の仕事は俺達にはできない」

「ふむ、確かにそれは理解はする。だがないものねだりをしてもしょうがない、というのも事実だろう。

 攻撃のタイミングは今しかないが、揃えられる戦力はここにいる者たちだけ。貧乏くじを引いた、と君たちは考えているのだろうが。その決断には十分に報いるつもりだ」

「そうかい」

 

 この野郎、と思う。

 ようするにやれ、というから素直にやればいいんだ。任務の成功可否は気にしていない、そう言われたも同然であった。

 依頼が成功すれば未来の戦争は阻止できて万歳。失敗したとしてもUACも寄り添って血を流したし、未来においてなにがしかの援助は惜しまない。

 すでにシナリオは用意されていて、APACは。いや、UACはまたもポーターを使いつぶすことを考えているのだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 時は夜明けまで数時間。

 オーストラリア北部、渓谷に敷かれた国道から奥に進んだその場所は背後の左に湖、右に険しい切り立った崖。入り組んだ岩場の中で隠れるように陣を張っているのが今回のターゲットであるローズ中佐率いる部隊がいる。

 

 役割としてアリーを連れたケンジ、そしてローン・コマンダーはAPAS4000が割り出した狙撃ポイントへ。残りは距離をとって林の中に身を潜めてその時を待っていた。

 男たちは狙撃手たちが配置につくまでの間、ついこの作戦についての考えを口にしてしまう。

 

 はじめはチャックの「なぁ、どう思う?」から始まった。

 

「失敗する。当然のことだ、相手はこっちのやり口に対してピンポイントで対処しているし、それをわざわざ知らせるように撮影もさせていた。

 あの映像、俺達が気づくまでもなく。UACの馬鹿共でも解析されてたはず」

 

 老齢のビリーの疑いの言葉にコナーは顔をしかめる。

 

「気持ちは理解できるし、同意できる部分もあるが。UACは立場から軍をここへ派遣できないという事情がある。任務の失敗は彼らの希望する結末ではないはず」

「まぁ、そうなんだがね」

「正直、成功も失敗もどちらでもいいってのが本音じゃないか?跳ね橋部隊の任務完了は同時に俺達との契約の終了を意味する。

 あいつらは前にUACの再出発にいいように使ってた俺達を国から締め出した。

 ここでも同じことを繰り返すというなら。この先、この国も俺達ポーターを使うつもりがないという認識がガバメンツを動かした、と考えられる。

 へっ、どうしたって俺達は捨てられる運命にあるんだろうな」

 

 チャックは皮肉を口にしたが、己の言葉から感じる不愉快さに我慢ができず。つい、沈黙しているカエデに目を向ける。

 

「カエデ、弟が心配なのか?」

「……ごめんなさい。集中しないとダメですね」

 

 どこか追い詰められたような目をする若者を見て、彼らは少し気の毒に思った。

 

「わかるよ。こんな汚れ仕事にケンジを関わらせたくなかったろう」

「ええ、まぁ」

「俺達が言うべきことじゃないんだろうが、どうにか説き伏せられなかったのかい?」

 

 カエデは静かに、そしてあきらめたように首を振る。

 

「俺だけ行くことをアイツは許さないんです。そもそも俺は――アイツがポーターになってくれたからここにいられる人間なんで。

 アイツが来るというなら、俺が断ることはできない」

「そうか…」

 

――家族なんだから離れないよ

 

 兄弟がポーターとして歩き始めたあの日。

 ご機嫌で前を歩くアリーの後ろで、カエデは弟に感謝と謝罪を口にした。彼はただ、それだけを口にしてもう聞くつもりはないと話を打ち切った。

 自分だけが外に出ていくはずだったのに、家族でこの世界に飛び出すことになった。

 

 それはカエデにとって救いであると同時に、重荷でもあったのだ。

 

「バカなことをこれから言いますが、いいですか?」

「ああ」

「その、この任務に成功の可能性はないんでしょうか?」

 

 コナーは縋るようなカナエの問いに苦笑を浮かべる。

 

「お前だってわかっているはずだ。地上からあそこに入り込もうとすると、50センチあの装置に近づくたびに気づかれる可能性が上がっていく。

 目の前の脅威を無力化して進めたとしても、活動する反応の減少は隠せない。必ずどこかで不自然だと数値の低下で気づかれる。我々でどうにかすることはできない」

「ま、ひとつだけだがないわけじゃない。

 例の司令官殿だ。引退前の武勇があれば、ローズとかいう奴の頭を狙撃で派手に吹っ飛ばす。これでもオーケーだ。

 だが、昼間でも奇跡を起こすのは難しい。期待はできないよな」

「そうですね。自分もそう思います」

 

 コナーは肩を落とす若者の肩に手を置き、力づける。

 

「とにかくやれることはやって、全力で生き残る。俺達は兵士じゃない、ただの配送屋なんだから。それだけを考えるんだ」「はい」

 

 指輪が作戦開始の時刻を知らせてきた。

 ポーター達は背中の荷物からライフルを取り出すと、中腰の姿勢で列をなして進む。

 

 

 狙撃ポイントに到着したケンジは、初めて手にしたアンチマテリアルライフルを設置し終えると。まだ不安そうなアリーにあの海ヘビと呼ぶリードで自分とつなげることで落ち着かせようとする。

 ケンジの役目は失敗した場合、逃げる兄たちを追跡しようとする部隊へのけん制が役目となっているが。殺傷用のライフルを初めて扱う自分が役に立つかどうか、正直なところ自信はない。

「アリー、そこで落ち着いて座っててくれよ。もしかしたら兄貴達が逃げてきて大騒ぎになるかもしれないけど。ここから僕らでそいつらを適当に追い散らして逃げるから」

 

 いつもと違う不安そうな目をするアリーだったが。横たわって見つめてくるだけのその姿でも彼ら犬の血を感じさせる優雅さが見てとれて。ケンジは場違いと分かっていても思わず笑みが浮かんでしまう。

 アリーとのリードでのつながりをもう一度確認し、ケンジはライフルのところでうつぶせになって構える。すでに作戦決行の時刻は過ぎていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 AS制圧任務は失敗した。

 それは予想通り、完璧なまでに予想された最悪の事実がそのままおこってしまった。

 陣地とされる場所に入って1分とたたずにポーター達の侵入がばれた。問題は、それがここのキャンプにいるASだけが知るのではなく。

 峡谷の全体に向けて設置されたサイレンが大声でわめき始めたことだ。

 

 信じられなかったが、なんとAS共はポーターらの動きに苛立ったのか。侵入を知らせるこの騒ぎで峡谷のASすべてが、この早朝に何が起きたのかを理解してしまったのだ。

 手にしたライフルを投げ捨てて、脱兎のごとく回れ右して走り出すポーター達の姿を。夜を切り裂くあちこちのASたちが操るライトのビームが姿をとらえている。

 

 複数のライトに照らされたポーター達をねらい、周囲のASらの攻撃が開始された。

 青白いライトの中で、足元の地面を弾丸が派手に跳ね上げ。同時に彼らの体に命を奪うのに十分強力な弾丸が叩きつけられる。

 死の恐怖と苦痛の中でも、彼らに残されたのは遠く先に見える光に照らされた国道。

 両者の間にある荒野で力尽き、倒れたら間違いなく命はない。

 

 脚をもつれさせ、倒れそうになるビリーやカエデをコナーらは支え。必死に前へ、彼らを狩ろうとする兵士たちから逃れようとする。

 

 

 ケンジのライフルは何度も何度も火を噴いた。

 峡谷に響き渡った警告が、寝ぼけ眼のAS達の怒りに火をつけ。逃げようとするポーター達に向けられる殺意の火線の数は2丁のライフルだけではどうにもできないものだった。

 せめてライトを潰すことで彼らを闇の中から浮かび上がらせようとするのをやめさせようとするも。ポーター狩りの意識を喪失させるほどの結果は望めそうにない。

 

――ポーター、トラックだ!彼らを拾って国道沿いに脱出するぞっ

 

 通信機を通して聞こえてきたローン・コマンダーの声でケンジも助けられないかも、逃がすことができないかもと絶望しかけていたケンジの頭を切り替えることができた。

 ライフルをそのままにして立ち上がる。アリーに逃げるぞ、と声を掛けようと腰につないでいた海蛇に触れて――全身の血が凍り付いた。

 

 先ほどまでライフルのスコープをのぞくケンジのそばで座っていたはずのアリーの姿がなかった。海ヘビにつながっていたアリーのポータースーツがバラバラになって脱ぎ捨てられていて、周囲を見回しても彼女の姿がどこにもない。

 

 なぜ?どこに?と共に大量の感情が嵐となる中。

 ケンジはアリーがついに楽しくなかった自身のポータースーツを脱ぎ捨てる技術を獲得してしまい。自分を失って飛び出して行ってしまったという可能性に思い至ってしまう。

 

 もう、自分にできることは何もない。

 そして兄たちに残されているチャンスも少ない。

 

 心拍が速すぎて心臓が飛び出しそうだった。アリーを探す選択肢はない。だって、この瞬間にも自分の兄はクソ共の的にされかかっていて助けが必要なんだから!!

 一瞬目を閉じ、つばを飲み込む。

 バカ兄貴を助ける、誠実な弟はそれだけを考えてトラックに向けて走り出した。

 

 

 状況は刻一刻と最悪というハードルを越え、全滅というゴールに向かって突き進む。。

 あちこちでASが運用するトラックが動き出し、脚と腕に自信のある兵士たちは撃ちながら距離を詰めようとその数を増やしながら追跡を続けている。

 

 それでも逃げ続けるポーターらは死神に追いつかれまいと自分たちを引き裂こうとする弾丸の苦痛に耐えながら前へ、前へと突き進む。

 彼らを助けるのは常に防御能力を更新し続けてきたポータースーツの真価が発揮されていた。殺意の嵐に飲み込まれまいとして、肉体を貫いて破壊せんとする弾丸からまだ何とか耐えてくれている。。

 

 だが、追ってきている死神は確かにその距離を縮めてきていた。

 

 右半身に攻撃を受け続けたカエデは歯を食いしばるも、チャックに左腕を捕まれ。半ば引きずられるようにして逃げていた。

 だが、自分たちに向けられる殺意と銃声の向こう側に聞こえる声に意識がいきなりはっきりとさせられる。

 そして浮かぶのは小さな違和感と疑問。

 

――アリーの声?

 

 ありえないものが、自分が背を向けている背後の向こう側から聞こえてきたような気がした。振り向いて確認すべきだと思うも、それは同時に死ぬことを意味するというのも理解できた。

 

 戸惑う中で、コナーの「あと少しだ。もう少しだ」の声が上がる。

 眼前には夜の闇の中でもはっきりと輝いて安全を主張する国道に迫ることができていた。

 

 自分たちのところに間抜けにも忍び込もうとしたポーター共が、彼らが想像もしていなかったであろう歓迎に度肝を抜き。絶命する姿を見ようとローズは走るトラックの荷台から峡谷を見つめていた。

 

 唐突に奇妙な声が聞こえ、次にその違和感の姿が見えた。

 崖のどこからか興奮した風の犬が飛び出してきて、死にかけながら必死に逃げているポーター達に向かって吠えながら走ってきていた。

 

「中佐?」

「いい。横につけろ、俺が」

 

 闇を切り裂く白い稲妻は、力強く躍動する筋肉があればこそ。

 そんな獣を見れば、冷酷な狩人がすることはひとつしかない。

 ローズ中佐はそれまでのように。誰に対しても、何に対してもやったように自然に構えたライフルの引き金を引く。

 

 闇の中で何かが地面を跳ね、絶望と悲しみの最後の声をあげた。

 

 ケンジはコマンダーが操縦するトラックの荷台に飛び乗る。荷台から軽機関銃を取り出し、国道沿いを走りながら、あちこちに向かって弾をばらまいていた。

 そして見てしまった。

 太陽の気配を感じる夜空の下で、信じられないことに殺されかけているカエデの後を追うように走っているアリーの姿を。

 

 そして撃たれた彼女の最後を。

 

 ケンジの中で、人生で初めて自分が壊れたことを感じた。

 腹の底から湧き上がる絶叫。だが、引き金を引くことは忘れることはなかった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 散々な夜が終わり、太陽が地平線から顔をのぞかせる。

 ポーター達は……カエデたちはなんとか死者を出すことなく全員撤退することができた。

 

 トラックの荷台で揺れる彼らは痛みと疲労の中、自分たちが無事に逃げきれたことを神に感謝しなくてはならなかった。とはいえ、犠牲がなかったわけではない。

 

 目出兄弟の様子は一層のこと不気味であった。

 瞬きひとつなく座り込む兄。そのそばで崩れるようにならぶ弟。彼らの中ではあの瞬間の記憶がもう何度繰り返されているのだろうか?

 

 走っている国道の先に、彼らが出発した東の配送センターが見えてきた。

 彼らは誰かの期待で敗者になるべく出発し、敗者として大切なものを失って帰還した。

 

 うつむいていたカエデの顎が上がる。

 それは悪夢のリフレインが終わった瞬間だった。

 そして報復の時間の始まりを告げる、復讐者の顔だった。

 

 

第30章 ヒッグスの因子

 

 早朝、レオン・イーストンは車庫に入ってきたトラックの悲惨な姿に驚き、さすがにうろたえてしまった。昨日、ピカピカの2台のトラックで出ていった男たちが。車体をひとつ減らしただけでなく、とんでもない攻撃を受けて必死に逃げてきたという印象しかないほど。ボロボロの姿で全員が帰還してきたからだ。

 

 自分が地上に出るだけではなく、医療技術者と他の仲間にも来るように連絡を入れ駆け足でロビーに向かって走り出ていく。

 

 トラックが静かに停止すると、にわかに荷台の方角が騒がしくなった。

 停止すると同時に飛び降りてきたカエデは明らかに尋常な様子ではなく。その後に続くコナーが慌ててその足を止めようと追いついていく。

 

「カエデ、カエデ!落ち着け、バカなことを考えるな」

「……」

「冷静になれ。あの状況ではほかに選択肢はなかった。俺達にできることはなかったんだ!おまえだってわかってるだろ!?」

「離せよ、コナー」

「ダメだ。冷静になれよ、任務は失敗した。俺達は負けたんだ!」

 

 レオンがスタッフを連れて奥の扉から飛び出してくるが、戻ってきた連中のおかしな空気になにもできなくなって皆で立ちすくんでしまう。

 

「クソ任務がなんだってんだ、コナー。それでも俺は戻らなくちゃ」

「やれることはなにもない。もう終わってるんだ」

 

 これまで同業者には常に敬意を示す礼儀正しい若者だったカエデだが、今の彼の声も雰囲気も。いつ爆発するかわからない、危険な爆弾のように感じる。

 

「ポーターになって最初に教えられたのは、俺達はただの配送屋だってことだった。誰かの荷物をもって、誰かの代わりに送り届けるだけの仕事だ。依頼する奴も、送り先の奴も、そもそも運ぶ荷物だって自分のものじゃない。難しく考える必要のないことだって」

 

 自分はいいポーターになろうとしている、と嘯いていたマーフィは最初は軽い調子でこう言ってきた。だが、この言葉には続きがあった。

 

「でもポーターになるとやらなくちゃならないことができる。やりきらないといけない、と思ってしまう事がある。自分に関係ないことなのにやめる、それができなくなる」

 

 あの時もそうだった。

 わずかな隙を突かれ、理不尽に命ある荷物を力で奪われた。

 荷物を失ったポーターは役立たずでしかない。だが、そこから選べる選択肢はあった。

 

「荷物は取り返す。あれは俺のものだ。俺たち家族のものだ。

 誰かの手にあるものじゃないし、そんなことは絶対にありえない」

「確かにポーターはそうあるべきだ。お前の考えを俺は否定はできない。

 誰かの荷物だが我々がそれを届けることに意味はある、どんなポーターであってもそう考えないわけがない。

 だがポーターはミュールと紙一重、思い出せ。今のお前のその執着は苦しみと怒りを生み出すだけだ」

 

 社会性を失い、生き方を見失う。誰かの荷物を手にすることでしか安心を感じられなくなったあの哀れな姿は、確かにポーターのなれの果てだった。

 

 だが――

 

「鏡を見ればもうひとりの自分の姿が映る。コナー、俺の鏡にいる別の俺はミュールじゃない。わかってるでしょ?」

「お前はポーターだ、バカ野郎。ポーターとしてやってきたじゃないか」

 

 カエデの口元に皮肉をふくんだ笑みが浮かぶ。

 それはどこか壊れているようで、悲壮感のあるものだった。

 

「自分の本当の姿は偽れない。俺がやることは変らないから」

 

 振り返ると端末装置に向かって操作を始める。

 

――メデ カエデ

――個人使用:トラック呼び出し

――装備はDランクの最新を更新

 

 操作する中、最後にトラックの荷台から降りたケンジは声なき慟哭の中で静かに兄の背中に向かう。

 

「今度こそ留守番でもいいぞ、ケンジ」

「兄ちゃん、アリーは僕らの荷物だ。留守番はあり得ないよ、ずっとそうだった」

 

 弟の言葉に振り向くことがなかったカエデだが。作業を続けながら一度だけ頷く。

 

 操作が終わると、車庫から装備を荷台に詰め込んだオレンジと黒のトラックが。わきにポーターとロゴが入ったそれがせりあがってくる。

 

 目出兄弟はそこから誰の声も、誰の顔も見ることはなかった。

 彼らは並んで運転席に乗り込むと、戻ってきた時と同様にエンジンをふかして出て行ってしまった。

 

 結局、レオンら東の配送センターの職員たちは何も口出しできないまま兄弟を見送ることになった。見送ってからようやく、ため息とあきらめのポーターらに「大丈夫か?」と声をかけることができた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 カイラル通信の中で、APACプレジデントとガバメンツの老人は作戦失敗の報告を共に聞いていた。老人はなんとか生き残ったポーターらを思うと心が痛むが、同時に今回逃した未来への脅威。それに対して次の攻撃を思うと暗い気持ちを払うことができなかった。

 

「彼らの経験と予測が当たってしまった。攻撃は失敗した」

「ん、確かに。だが、まだ希望はある」

「なに?」

「理想とは違う展開で終わってしまったが。これならまだ勝負は続けられる」

「何を言っている!?そもそも強引に作戦を決行した、これ以上彼らに何ができるっ」

 

 老人は何かを操作しようとして、目の前に新しいウィンドウが開くが。プレジデントは変わらぬ調子で声をかける。

 

「どうするつもりだ」

「あの気の毒な兄弟を止める。このままいかせては彼らはただの無駄死にだ」

「冷静になりたまえ。手札の最後のカードが勝負に出るのだ。我々は黙って結果を見守ろうではないか」

「……なにをいっている?まさか、彼らを行かせろと?」

「あのローズ中佐とやらはこのままでは確実に君たちの大きな問題となることを我々は示した。これに”共同”で対処する最後のチャンスが今回の攻撃だ。あのポーターらの活躍に共に期待しようではないか」

「若者たちを見捨てろと言うのか。正気とは思えん」

 

 プレジデントの言葉に納得しない老人の姿に呆れた表情を見せると。片手で払うだけでいきなり回線からガバメンツの老人を締め出してしまう。

  通信システムはAPAS4000が支配している。彼らは疲れたようなので、しばらくは沈黙してもらうことにしよう。

 カイラル通信はAPAS4000が完璧にコントロールしている。つまらぬその場の感情で判断を下されるのは、ポーター達の立場を利用しての制圧作戦のシナリオに余計な邪魔というものだ。

 

 プレジデントはかわりに小さな画面を呼び出すと、そこになにがしかの実行を指示する。

 貧乏くじを引いたポーター達に用意した飴玉を渡すように指示した。カエデが特定の機関に見せた外出記録は抹消され、彼の罪は永遠に葬られた。

 こちらから彼に求めたことはこれで終了、ということになる。。

 

 この状況は予想された台本(シナリオ)の範囲の中にあった。このルートはケンジが死亡した場合のものに近かったが、まさか自身の飼い犬でやるとは想像できなかった。

 

 配送センターを出ていった兄弟のトラックは、今もリアルタイムでAPAS4000に監視されている。

 作戦はこれから第2段階、サブシナリオ「まさかの2回戦」へと入る。それによって迎えるエンディングもすでにいくつも用意されている。どれも大した問題ではない。

 

 プレジデントの手元に別の新たな通信が入ってきたことが知らされる。

 

「おはよう、フラジャイル。そろそろ良い知らせを聞かせてもらえるのだろうか」

『ええ、そうね。高山での装備換装は想像していた以上に大変だったけど、タールマンの話だと今日中には終わりそう』

「それは良かった。世界は君と君の跳ね橋部隊のメッセージをまだかまだかと待ちかねていたからね。むろん私もそのひとりだった」

『そうね。いよいよだわ』

「この後の計画はどうなっている?サムの様子は?」

『彼……サムは、大丈夫そう。心配していたけれど、良い兆候を見せてくれてる。この後に恐らくヒッグスの邪魔があるというのも、皮肉だけどそれを助けてくれているのかも』

『ふむ、予測される未来でおこる戦いが彼の力になっている。私も同感だ。

 だが心配はいらないだろう。君が集めた跳ね橋部隊の仲間たちに支えられ、彼は再びこの人類の。滅びかかけているオーストラリアという国を救ってくれる」

『――プレジデント?今日は表現が過激ね』

 

 おっと、フラジャイルはカンが鋭いらしい。

 プレジデントの映像に揺らぎが生じると同時に、マインドリセットが行われ。感情を消した表情と声に戻して彼女との会話を続ける。

 

「昨夜ポーター達がちょっとした襲撃にあう騒ぎがあった。なに、心配はいらない。

 怪我はしているが、彼らは”全員無事”だったからね。その影響だろう」

『そうなの?』

「ああ、問題はない。

 それよりサムはわかったが、この後の計画の方は?」

『そうね。VHマゼランの作業終了の号令を出したらブリーフィングね。APAS4000に提出する作業のレポートと動作確認。

 私たちの最後の旅の確認が終わったら、40時間ほど休憩を入れようと思ってる。高山での換装作業は想像以上に大変だった。皆は元気いっぱいだけど、興奮してアドレナリンが出ているだけのようにも見えるし』

「良い判断だと思う。君らの最後の大仕事、しっかりと仕上げてもらうためにも。休息は大事だ。ヒッグスに限らず、カイラル濃度の変動も激しく。厳しい環境でこれまでも戦ってきたからね」

『ありがとう、プレジデント。また連絡を入れるわ』

 

 APAS4000はすでに過去、現在の状況と環境の把握を完璧にこなしている。

 予想される未来はまだ確定されてはいないものの、シナリオは順調にタスクを更新し続けている。

 

 腑抜けたサムへの気合と跳ね橋部隊のために利用したヒッグスの処理も、みじめな元テロリストがオーストラリアに潜り込んでASとしてふるまっていることも。

 もうすぐ解決する。

 

 ヒッグスはサムが。

 元テロリストはポーターが。

 

 彼らはまたも”誰か”の思惑という手のひらの上で激しく踊り、捨てられる。

 それはすでにおこったことであり。それが繰り返されたという、ただそれだけのことになるのだから。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 夕刻、兄と共にトラックで出発したはずのケンジはひとり。

 国道の上を自分の身長ほどもあろうかという荷物を背負って歩いていた。荒い息はリズミカルだが、わずか半日しかたっていないはずなのに頬はコケ。目はぎらぎらと輝いている。

 

 データサイエンティストというプレッパーズハウスが見えるあたりで腰を下ろすと。その場で背負ってきた荷物を開封していく。

 出てきたのは複数の大型のドローン。

 どこから、いつの間にかはわからないが。兄がメカニックというプレっパーに用意してもらったこれは、跳ね橋部隊に配布されている設計図よりも大型で。下部にマシンガンを搭載する自動攻撃システムを積んでいる。

 

 しばらくすると、遠く東の方角からカエデが乗ったトラックがやってきた。

 弟のそばで停止すると、荷台に乗れと言う。

 

「――できるかな。もう起動する?」

「いや、大丈夫だ。どうせ乗っている客は文句は言わない」

 

 客とはなんだ?

 なぜ助手席に座れと言わない?

 

「もう終わったのか、早いな」

「あのさ、システムがスタンドアローンのAIユニットになってるけど、理由はあるの?」

「APAS4000は高性能だが、向こうの判断で邪魔されるのは避けたい」

「邪魔が入ると思ってた?」

「最初は5人で失敗した。それを2人でやるなら信用できないものは排除しないと」

「確かに」

 

 ドローンの頭頂部に指を突っ込んでいたケンジは外に出していた配線を中へ押し込めると、終わったよという。カエデは地面の上に置かれていたドローンの一基を手に取り、ケンジはそのほかをまとめると背負って立ち上がる。

 

 トラックの背後に回り、荷台に上ろうとして一瞬ぎょっとなって立ち止まった。

 荷台の中央にはあのヒッグスの黒い棺桶がよこたわっていて、それを覗き込むように左右に3列、6人の遺体が設置されていることに気が付いたのだ。

 

「6……助手席を含めて7人」

「ああ、まとめてつれてきた」

 

 落ち着いた声を出そうと苦労する弟と違い、兄は冷酷にそして当然のように言い放つ。

 ”これから何をするか”は説明を受けてはいたが、そのために必要な新鮮な死体を手に入れるため。たち寄った場所にいた全員をここに連れてきた。そういうことなのだろう。

 理解はしていたはずなのに、これから自分たちがドス黒い狂気と暴力を巻き起こすのだと思うと今更だがビビっている弱い自分が顔を出そうとしている。

 

――止めるべきだろうか?

 

 ケンジは自分に問いかけてみる。

 兄に言うべきか。復讐は無意味だ、と。アリーの最後は悲劇だったが、そうなる運命だったと受け入れて前に進むことはできるはずだ、と。

 自分はそれができるかもしれない。

 だがこの兄はどうだ?

 

 血は繋がっているのに自分には全く理解できないものをこの兄は持っている。弟に説得される彼の姿は想像できない。恐らくひとりで立ち去り、ひとりでやりきろうとするだろう。

 それすらとめるとすると、自分はどうすればいい?

 それは想像できる。ライフルを構え、銃口を兄に向け。復讐をあきらめて帰るぞ、と言い放つのだ。

 

 心が痛む。両親が殺されたことで、その先の未来がこんなみじめな想像が現実になるしかなかったのか、と。

 

「ケンジ?」

「……」

「ああ。ここが最後の別れ道だぞ。手を引いたっていい。俺に付き合う必要はない」

「――大丈夫。行こう、最後まで付き合うよ」

 

 兄を止めるべきだ、という心の声にケンジは耳を貸さない決断をした。

 その意味は理解している。

 僕たちはこれから兄弟だけで戦争を始めるのだ。

 




最終話は明日のこの時間に
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