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この日は満月の夜だった。
太陽は地平線の向こう側に消え、峡谷に敷かれた国道は冷たい青とグリーンが混ざった光で道を照らし始める。
明け方に騒ぎが起こったこの峡谷で、その日の最後に続きが始まると誰が想像するのだろうか?
死者たちを乗せたトラックで高台に建つカエデは、手にしたラップトップの作業を終えると、助手席に縛り上げた死体袋の胸に乱暴にテープで固定させた。
そして振り返り、峡谷のあちこちに陣を張るAS達を見まわした。
「ランニング中に蜂の巣にされかかる経験は痺れたさ。今度はこっちからくれてやる。
お前らにふさわしい体験だ。ようこそ、未来の戦争へ」
荷台に回り、そこからヒッグスの黒棺桶を引きずり出す。
そして荷台の死体を棺の中へと次々と放り込んでいく。この棺桶にはおかしな性能ばかりが注目されるが、その用途のひとつが遺体を直接地下に流れているタール海流に送り込んで処理する、というものがあった。
むろん、そんなことをしてもこの世界ではいいことはひとつもない。
遺体の処理に困ってタールに沈める、というのはこの世界では避けられないことではあるものの悪い影響は必ず起こると理解されている。
カイラル・エネルギーは急上昇から不安定になり。”時雨”もBTも出現させてしまう。
もちろん、こんな峡谷の中で6人分の遺体を処理したとなればすぐに変化は現実に影響を与える。
作業を終える間だけで、はれた夜空に雲が集まり。
その中で雷鳴が龍のように声を、姿を見せ始め。”時雨”が降り始めた。
最後の遺体を放流し終えると、戻ってきた黒棺の上にカエデは飛び乗る。背中につるしていたライフルを手に戦闘開始の準備を終える。
棺からタールが噴き出し、その場から離れていく。
トラックの遺体にくっつけられたラップトップの画面に作戦開始の文字がでる。
エンジン音と共に無人のトラックも走り出す。走りながら車体の両サイドに設置されたアームがせわしなく稼働し始めた。
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突然始まる天候の変化はASらにとってはなれたものではあったが。
この夜が誰かによって作られたものであることに気が付くことはなかった。だが、彼らもこの日を生き残り。思い返せばそれがわかることもあるかもしれない。
雨の中で、突然現れたポーターのマークを付けたトラックが国道を横切ってASらの目の前を走り抜けようとしたとき。今日の彼らは自分たちの問題ではないと考えた。
というより、朝に逃してしまったポーター共への攻撃が。この時の彼らの戦闘意欲を回復させてなかっただけなのかもしれない。
自分たちはここにいる、そんな無謀なトラックは深夜の峡谷の中でライトを煌々と点けて走っている。が、一瞬。
すべてを覆うような光の刃が一帯を切った。
これがなにがおこったのか、正しく理解できたのはおそらくこの時の跳ね橋部隊関係者だけであっただろう。
BT捕獲技術。
それを実現させたことによる、大型BTの武器化。
彼らを倒した時に出現する金色のカイラル物質とは違う。白色の鉱物。
それを使うことで”誰かの意思”によって武器として召喚される大型BTがここに出現する。一面の大地に生えていた植物は雨ですでに生死を忙しく繰り返していたが。その下の地面から広大なタール湖が湧いて出てくる。
そして現れるのは巨獣か?
それとも異形の存在か?
タールの水面に地面の底から泳いで浮上する存在があった。
その姿を見ただけで理解したものはいないかもしれない。
クロノサウルス――。
この大地に生息していたとされる古の海の暴君。
この大地に残された太鼓の記憶。体調10メートル、頭部だけでも3メートルはあるという見るものをそれだけで恐怖させる姿。
最大級の首長竜、海棲爬虫類。これまでまだ誰も目にしたことがなかった異形の怪物。
それは死者をくくりつけて走るトラックには興味を示さず。
周囲でうろたえるASの兵士たちに反応した。巨体をくねらせ。大きく円を描くように地上のタール湖を泳ぎ始めた――。
ケンジは地獄と化した峡谷を見下ろし、準備を終えようとしていた。
彼が運んできていたものは対大型BT用の兵器として、対人に使うべからずの注釈がついているロケットランチャー。
これらはすべてあの兄がひそかに集めていたオモチャだった。
肩に担ぐとローズ中佐のいる遠くの陣に向けて構える。
リズミカルに装てんされた4発が発射され、ケンジは空のランチャーを放り出すと。弾頭の先に注力する。
このランチャーに装てんされた弾頭は兄曰く特別製らしい。
BTの中には危険な種としてゴールドハンターと名づけられたものがある。タールの中から人の姿となって囚われた人間にまとわりつき、他のと違ってタールの中へ引きずり込むなり対消滅をおこす。
跳ね橋部隊にはこのゴールドハンターを弾頭に封じ、着弾地点に存在する敵を攻撃するものが用意された。
これと同型の試験用弾頭、兄はこれをどこで手に入れたというのか。
弾頭は飛んでいる途中で姿を変える。
黄金の死者という矢が、それぞれが両手を広げて中佐のキャンプの中で混乱する兵士たちに向かって飛びついていく。
この武器の真の真価は本物と違って対消滅爆発を起こすのではなく、飛んでくる死者に触れたことで生者を地下のタール潮流まで一気に引きずり込んでくれることにある。
形は違えど効果は同じ。死を簡単に振りまく攻撃は、容赦なく生者を死者へと導く。
目の前で雨の中、空から降ってきた輝くBTと共に仲間が消え。混乱から半狂乱への気配が広がる中。ケンジは感情を消し、2つ目のランチャーを構える。
用意されたゴールドハンターの弾頭は16発。
兵力差は37対2だから、これで大きく差は埋められるはず。
突如の環境の変化、突然の新兵器の的にされたこと。
この中で自分を。自分たちを恐れられる存在と自負するローズ中佐は無力な存在として終わってしまう。
これらがすべて自分たちに向けられた恐ろしくもおぞましい報復心の表れであるとも気づかずに。彼はキャンプの外に出て何を口にするか迷う中で。
ゴールドハンターらによって消えていく部下を目にし。無様にも足を滑らせ、岩場に頭をぶつけて気を失ってしまったのだ。
トップがそんなざまになったとて、部隊への攻撃が終わるわけではない。
ついにここから逃げよう、そう思った兵士たちにドローンと棺に乗った怒りをあらわにする敵が襲い掛かる。
夜の闇と雨、そして雷鳴が彼らの感覚を狂わせる。
自分たちが正しい方向に逃げている、そう思えないうちに復讐者とそのドローンに見つかり。追い立てられて次々と自分たちも使ってる無慈悲な実弾によって”処理”されていく。
結局、5人の男女の投降者と気絶したローズを残し。
かつてはヒッグスのテロリストに加えられていた部隊は壊滅した――。
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怯えた目の5人の兵士たちを拘束し終えると、焚火の周りにケンジは座らせた。
彼らが恐怖しているのは、彼らが数時間前まで心の中では恐れていた男が。ローズ大差と呼ばれた男が意識を失った状態で椅子に座らされ。ワイヤーでもってその皮膚を割いて血を流させながらも、自由を奪われている姿を見せつけられているからだ。
ケンジは焚火に背を向け、雨がやみ。いつも以上に静かになった峡谷を見つめている兄の背に立った。
「終わったよ」
「ああ……大型BTは消えてしまったな。適当なところで対消滅を起こしてくれるんじゃないかと思ってたが」
「まぁ、そうだね」
召喚された漆黒のクロノサウルスの効果は抜群だった。しかしあまりにも効果的に過ぎて、AS達は戦うことではなく己の恐怖心に従って逃げていってしまった。
古の恐竜は結局、タールの湖から飛び出していく兵士たちを選びきれず。地面の中へと引っ込み、雷鳴は去り、”時雨”は止んだ。
いずれここに戻っては来るのだろうが、復讐者たちが望んだほどの死者も悲劇も起こることはなかった。
とはいえ今、ここは復讐者たちの時間となっている。
「どうするの?」
「――話をする」
そう答えるとカエデは焚火の前に立つ。
「さて、一つ質問がある。今朝――ああ、もう昨日の朝になるな。お前らは俺を撃つついでに犬を撃ったな?あれは俺の、俺達の犬だった」
拘束された連中の顔に困惑が広がる。
カエデの言っていることがうまく理解できないでいたのだ。
「あの娘はどうした?どこにいる?」
「どこにいる、だぁ?バカじゃねーの。とっくに死んだよ、中佐の手でな」
「それで、どこだ?」
「死んだ犬か。そりゃ色々と表現が難しいぜ、あっちだったり。こっちだったりするんでねェ」
「どういう意味だ?」
拘束されてはいたが、相手がガキのようなことを言っていると理解し。立場を半ば忘れたように兵士たちは嘲笑しながら、からかっている気になる。
「食ったよ」
「なに?」
「お前の犬を食ってやった。マズかったぜ、でもおやつくらいには満足できた」
「食った。お前らが」
「ああ!」
何がおかしいのか、兵士たちは露骨にバカにするように声をはり上げて答える。
すると拘束されて意識のなかったローズ中佐が低い笑い声をあげてしゃべりだした。
「か、間抜けな飼い犬のために戦争とは。ご苦労な話だポーター。
俺はお前を知っている、メデ・カエデ」
「……」
「ヒッグスはお前に怒りを向けていた。当然だ、彼の言葉を聞き、彼の導きに従ってやるべきことをやったのに。お前は彼が侮蔑していたポーターになった。
今はここにいない、あの運のいい俺の部下はお前をずっと覚えていた。それで俺も思い出したよ、確かにヒッグスは怒っていた。
意味のないことをする奴、バカな奴だってな。
でもお前はあの男を怒らせることができた。感心するよ、今もまた感心している」
そこまで一気に口にするとローズ中佐は軽く咳をする。
「飼い犬のために戦争か、いいな。俺は理解するぞ、同胞よ。
お前は間抜けなポーターだとしても、やはりヒッグスの遺伝子を持っていた。面白いやり方を知っているんだな、今回はやられたよ。どうだ、楽しかったか?
生きることも、死ぬことも価値がなくなったこの世界を自分で壊せるのは最高だったろ。ところでどうだ、俺と組まないか?」
中佐の誘いに反応せず、カエデは無機質に自分の問いだけを口にする。
「食った後、どうした」
「ゴミ捨て場にあるぞ。この土地じゃまだ食える動物が多くいて狩りができるからな」
中佐がそういうと、兵士たちが口々にその場所について教えようとする。
カエデは静かに弟に「わかったな、先に行っててくれ」というと、あまりの答えに肩を震わせライフルを落としそうになっていたケンジは頷いて背中を向けた。
弟の背中が視界から消えると同時に、カエデはマシンガンを逃げられない捕虜たちに向けて弾倉が空になるまで撃ち続けた。
倒れた男女の肉体は徐々に損壊されて行き、腕が吹き飛び、指が欠け。腹の皮がめくれて中身が零れ落ちてもやめようとはしなかった。
続いて銃身を振り上げると、ローズ大佐に飛び掛かって座って動けないその体の上に乗っかっていく。
「なにがヒックスだ!何がヒッグスの遺伝子だ!
あんなイカレタ妄想狂に従って世界を滅ぼすだぁ!?んなことガキの俺だってバカじゃねーかと真面目に聞くわけがないだろうがっ。
それよりもムカつくのがテロリストだの粋がってたテメーらがまだ生きてるってことさ。ふざけやがって、ミュールよりも哀れな間抜けになったのにまだ夢見てるのかぁ?
ヒッグスが何だってんだ。
あいつがなにをした?アメリカ再建は結局成功した。サムはヒッグスをぶっ飛ばした。フラジャイル・エクスプレスはアイツが壊そうとしたが、結局フラジャイル自身が破壊した」
ローズの姿が変貌していく。
降りかかる暴力にあがらうことができず、皮膚を割いていたワイヤーはさらに深く食い込み。積み重なる苦痛の山に新鮮な痛みが加えられていく。
世界の破壊者のひとりを自称する男の心は折れていく。悲鳴を上げたくとも口も明けられず、奇妙な音だけ喉から発して傷口から血を流している。
「ヒッグス、ヒッグス、ヒッグス!
クソうぜェんだよ。てめーは今のヒッグスを知らないんだろ?俺は会ったぜ、見事にぶっ壊されてたさ。サムに負けて、サムに復讐だとか粋がったらしいが。あんなのがそんなことできるわけがねェんだよっ。
なのにそのぶっ壊れた負け犬の元部下とやらが俺を同胞だと言いやがる。ありがとうよ、感謝はしないぜ。
ヒッグスにすがる間抜けなテメーに俺のアリーが殺されたことだけは全く受け入れられないから。このままきっちりぶっ殺してやる。よかったな、テメーの首には賞金がかかっているようなもんさ。俺の悪行も少しは認められるってわけでなぁ!」
正気を失った目で、荒い息に肩を揺らすカエデは。
ようやく体を離すと腰のホルスターからピストルを抜く。
「お前を殺す俺を覚えておけ。俺も帰ってくるお前を探してやる。
お前を見つけたら必ずまた殺すし、この不愉快さが消えるまで。テメーには何度も何度もこの世界に戻ってきてもらっても構わないぜ」
ヒッグスの因子たちは最後の別れを告げる。続く2発の銃声が、ついに今夜の戦争が終わったしらせとなった。
すべてを終わらせたカエデが弟の後を追う。だが、ケンジはゴミ捨て場と呼ばれる場所から離れたところで足を止めて立っていた。
その背中にカエデは声をかける。
「ケンジ、どうした?」
「――近づけない。これ以上は無理だ、兄ちゃん」
「?」
「あそこにアリーがいる。それはわかる、穴の周りが血で汚れているし。あいつらが狩った他の動物の残骸もあそこにあるのは見える」
「ああ」
「でもその中にアリーもいるんだよ。ねェ、どうしたらいい?
あそこにいってアリーだったものを僕らで探せば、僕らのしたことが報いられたってことになるのかな」
「……」
「僕には行けない。これ以上足が動かないんだ。アリーは連れて帰るって決めてここに来たはずなのに。ひどいことでもやったのに。あそこに行ったら、もう」
無言の時間が流れる。
そのうちに嗚咽する声が聞こえてきた。
だがそれはケンジではなく、カエデのものだった。先ほどまで復讐者としてすべてを奪い破壊しつくそうとした若者の目から涙があふれ出し。深い悲しみに襲われ、苦しむ姿を表に出してきてしまった。
復讐者が得たのはまさしく復讐することだけだった。
奪われ、破壊されたものを持ち帰ることはできない。永遠は存在しえない、このルールは世界が変わる前からあったものだから。
すべてを失った兄弟は帰路につく。
深夜の国道の上を並んで歩く2人の顔に涙はとどまることをしらず、流れ続けた。
遠い地平線に大地を飲み込むような巨大な満月が彼らに変える方角を静かに示している。冷たく、それでも白く輝くその道の中で彼らの目は失ってしまったアリーとの日々を思い返し、その悲嘆の深さに挙がらうことなく涙を流した。
この夜も、この月も朝が来れば去っていく。
過ぎた時は昨日となり、過去に加えられていく。
兄弟は愛する犬を失い。愛した家族をまたも失ってしまった。冷酷なその事実が彼らの傷から血を溢れさせ、涙となって大地に流れ落ちていく。
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跳ね橋部隊の役目がついに終わった。
オーストラリア全土にカイラル通信がつながったのだ。
最後の戦いは簡単なことではなかったし、ついに部隊からも犠牲者が出た。
フラジャイル。
跳ね橋部隊を、サム・ポーター・ブリッジスを支えた女性はこの戦いの中で倒れた。
彼女と共に戦った友人たちはそれを悲しんだが、彼女がなしとげたことは確実にこの世界の未来に大きな希望をもたらしたことは間違いなかった。
そんな跳ね橋部隊はただちに解散、となるはずであったが。
彼らとポーター達はわずかな間、活動を延長することにした。ガバメンツが正式に新政府へと権限の移譲を宣言し、その準備が整うまでの間はということだった。
しかし、その中にあの目出兄弟の姿はなかった。
カイラル通信によってオーストラリアは確実に大きく変化した。
新政府は自分たちの都市間の輸送を新たに模索、UACから提供される自動配送システムを採用する。これによって新たな国に必要とされる配送システムが構築されることになるのだが。そこにポーター達の姿はなかった。
新政府が正式に動き出すのに合わせ、ポーター達はオーストラリアに背を向ける。
今の彼らをまだ必要といってくれるのは、まだ世情が不安定なままの南米だけ。もちろん、これを機会に配送業から足を洗う者もいた。
では目出兄弟はそこに戻ったのだろうか?
驚いたことに兄弟はオーストラリアに新しい自宅を用意した。
各配送センターをはじめとして、あのハートマン博士との友誼も利用し。大陸の北北東、ダウジングとDOOMsとしての能力を使うダウザーのプレッパーハウスから東の山間部。
緩やかな山肌に地下に住居があるプレッパーズハウスではなく、地上に母屋を置く旧時代にあるような割と大きな家が、彼らの新築した家であった。
旧世界の豪邸を夢見るものなら間違いなくドリームハウスと表現するその家だが。前面には一面の不気味なタール海、後ろは切り立つ丘を一つ越えるだけであのASが跋扈する峡谷につながる奇妙な家ではあった。
この日の早朝も、広いフロアには曇り空と変わり映えのないタール海があったが。カエデは気にせず、顔を洗い、歯を磨く。
実は先日からケンジを南米のカイのところに向かわせていた。
あちらにこっそり新居の情報と今の自分たちは暇だと伝えた。もちろん、それを知って嬉々として手伝いにこいと要求してくることを見越してのことであったが。こちらのパスをちゃんと受け取ってくれたようだ。
アリーのいない生活に慣れた、とはとても言えない。
この家に一度も踏み入れることのなかった彼女が何かを求めてフロアの上を走り回ったり、覗き見るようにこちらを見つめてくるような幻影を見ることはまだある。
朝食は何にしよう?そう考えていると通信が入った。
相手はゴーストハンターである。この場所に家を建てる、と伝えて以来の連絡であった。
「おはよう、ゴーストハンター。久しぶりだね」
――カエデ、新居の暮らしはどうだい?
「悪くない。地下から見上げる空と違って、ここじゃ地上から不気味なタール海と晴れることのない空を見渡せる。王様の気分だよ」
――君たちは本当に変わってるよ。まぁ、近くを通ることがあればよらせてもらう
「いつでもいいよ。それで、今日は何か?」
――今は何をしてる?
「別に……ポーターとしての依頼もないしね。今は自由を楽しむふりをする無職さ」
――ふん、それはよかった。実は次の調査の結果次第では君の力を借りれないかと思ってね
「BT退治かな?」
――似たようなものかも。南東の沖の海で泳ぐ巨人の姿を見たって話があってね
「冗談じゃないのか?」
――確かめてみないとな。どうだろうか?
「構わないけど、実は弟が今ここを離れてるんだ。俺ひとりってことになるけど」
――それでもいい。感謝するよ
「カイラル通信がいきわたることでBTの活動は収まったんじゃないのか?」
――落ち着いては来ている、が正しいな。デス・ストランディングがやってきてからずっとおかしなことはあちこちで起こった。この時代が終わるまでは、俺の役目も終わることはないと思ってるよ
話が終わると、カエデは自分用にコーヒーを淹れる。
跳ね橋部隊とヒッグスの最後の対決は、驚くことのないそれでいて笑えない秘密を暴くことになった。
オーストラリアに現れたヒッグスと彼の操るゴーストメックという技術。
それらはすべてAPACが用意した自演であった。彼らはこの先の未来にある世界のコントローラーになろうと考えていたようだが。元ブリッジス、さらに元初代。そして最後のUAC大統領であったダイハードマンらの暗躍によって阻止されたらしい。
APAS4000は今もカイラル通信をサポートする強力なシステムとして動いてはいるものの。本国のUACではAPAC社へ捜査が入ると連日騒ぎになっていると聞く。本当にそうなるのかどうかはわからないし、興味はないが。
そんなAPACは律儀にも約束を守りつつ、狡猾に情報の統制をおこなっていた。
深く知りたくはなかったのでよくは知らないが、彼らはローズ中佐のAS制圧に関しては成否関係なく様々なシナリオを用意していたらしい。
あの時カエデら兄弟がどのような非道な手を用いたのか、彼ら自身が報告しなかったことも理由にはなるが。記録の中では任務は武力制圧からASの要人誘拐に書き換えられていると聞いている。
もちろん任務は失敗となってはいるし。
対象であったローズ中佐の生死は不明(A.K.A)となっているらしいが。カエデにとっても、ケンジにとっても。もうどうでもいい男だ。
トレーニングルームで体を苛め抜いた後。
シャワーを浴びていると、驚いたことに何の連絡もなく客人がやってきたようだ。玄関から聞こえてくる、繰り返されるベル音に慌てて飛び出していく。
扉の前にいたのはあのルーシーだった。
いつものようにUACのロゴが入った、ボディスーツ姿でヘルメットなのかマスクだかをわきに抱えて玄関の前に立っていた。
「いらっしゃい……いきなり来たね」
「ハートマン博士から情報を得てましたから。この家に使われている資材の手配に私もかかわったもので」
「なるほど。入るかい?」
「いえ。実は今日は外に出ないかと、誘いにきたんです」
「えーっと、デートの誘い?もしかして、の話だけど」
「そんなことは言っていませんが。もしかしたら互いの努力でそうすることができるかもしれません。どうですか?」
冗談で交わせる話かと思ったが、どうやら真面目に誘ってくれていたようだった。
久しぶりにポータースーツに袖を通して外に出ると、驚いたことに彼女はいつものトライサイクルではなく。車体にフラジャイル・エクスプレスのロゴが入ったトラックに乗ってきていた。
エンジンがスタートする。
道なき道を走りながら、お互いの近況に触れようと雑談から入った。
「前に話した時は、フラジャイルの手伝いに行くと言っていたね。あれからどうしてた?」
「あの時も話したと思いますが。フラジャイルのファンコミュニティに砦のスタッフとして派遣された人がいまして。あちこちで不足する物資や情報を得るために走り回ってました」
「ずっと跳ね橋部隊について回ってた?」
「違います。彼らの見えないところで調整する、手伝うって感じでしたね。
チャンスがあればフラジャイルや跳ね橋部隊の方々に挨拶できるかも、と期待していたのですが。そんな暇はなかった、残念です」
視界に国道が見えてきて、丁寧な運転でそこに侵入していく。
この先には最近ご無沙汰しているサムソン・フックのところにでるはずだが。そういえば彼女はこのドライブの目的地をまだ教えてくれていなかった。
「フラジャイルのことは聞いたよ。残念だったね」
「はい。ありがとうございます」
「大丈夫だった?」
「いえ、しっかり寝込みました。1週間ぐらい寝込んで、入院させられたし」
「そ、そうなんだ。大変だったね」
「もう元気ですから、大丈夫です」
サムソンのセンターの前を抜けると、別れ道から坂を上り始めた。
「私に連絡しよう、としてくれました?」
「したよ。1回だけ、君から聞いていた連絡先にね。でも返事はなかった」
「ああ、あれですか。他の方法は探す気にならなかった?」
「というより、冷静に君との関係を整理したらこれ以上の深入りはやめようと思って。
そもそも君とは跳ね橋部隊を通して。もっといえばフラジャイルの要望でつながってるだけの関係だった。
そのどちらもなくなるんだから、関係もそこまでと考えるべきだろうって」
「……諦めがいいんですね。私、そんなに魅力ありませんでした?」
「違う、違う。これが自分らの時代の常識だって思ったんだよ。俺達はもうテクノロジーのサポートがないと関係を築けないけど。それが容易に他人との繋がりを生み出してしまうから、長く付き合ってる腐れ縁みたいな感覚に陥ってしまうと思った。
常に自分の感覚に確認をしておかないと、どこかに美人エージェントを彼女のように扱うバカになるってのは御免だった」
「へェ、思ったより賢いのですね」
「他人に期待はしてないだけさ。同業でも俺への評価が人殺しのサイコパスと呼ぶポーターもいる。そいつらの認識を訂正しようなんて思わない。
それが事実だから、というより。近づいて無理やり関係を正そうなんて、フン」
この会話がなんだか楽しくない気がした。
「話は変わるけど、どこに向かってるんだい?」
「動物保護施設です。知ってますよね?」
「ああ、もちろん」
「今のあそこを見たことあります?」
「いや、国道が通ってからは通り過ぎてたから」
「保護された野生の動物たちで凄いことになってます。あのサムが熱心に保護と回収に動いてくれたおかげで。UACでも映像を通して自然動物の保護への関心が高まっているんです」
「あっちは人間の命を面倒見るだけで必死だったからなぁ」
「実は私、活動再開の最初の仕事があそこからの依頼だったのです。それで――」
「俺を思い出した?なるほど、嬉しいね」
トラックが動物保護施設の前で停止した。プレッパーハウスに入る前に周囲を見回すと、確かに見たことがないほど多くの野生の動物たちがそこで生活していた。
大仕事をてがけている合間に、サムはこんなとんでもない数の保護をやっていたんだと改めて感心し、敬意を持った。
彼女の後について階段を降りると。降りた先でとんでもないものを見つけてしまう。
犬用のケージが設置され、そこにボーダーコリーの子供らがたくさん入っていた。
「こ、これは」
「説明させてください。先ほども言いましたが、ここでの活動がUACでも注目されていまして。野生に限らずこれからの動物保護についての関心が高まっています。
その中で犬種の保護、というものがありまして。あなたのアリーと同じこのボーダーコリーを盛り上げようという運動があったんです。
人がそうだったように、犬にもスティルマザー症候群が出るんじゃないかって不安があったそうなんですが。そんなことはなく、こうなりまして」
「ああ」
「この子らはここに集められて、1ヶ月くらい先で私がUACに運ぶことになってます」
「仕事ならお断りだ!」
トラックの運転席に若い男女が並んで座り、荷台にこの子犬たちが乗せられている姿を想像すると怖気が走り、反射的に叫んでしまった。
だがどうやら自分の早とちりだったようだ。
「仕事じゃないです。カエデ、良かったらこの子たちの中から新しい家族を迎えるつもりはありませんか?」
「……いきなりだな。いい感情はないぞ」
「物流の管理は今後、厳しくなります。でも今回だけなら、私やここのスタッフらがあなたのようなポーターへの感謝から融通をきかせることができます」
「押し付けの善意ってやつに聞こえるぞ、それってどうなんだ」
「カエデ、私は思ったんです。あなたは私の友人かもしれない、ならあの時。あなたが助けが必要だった時に手を差し伸べなかった自分の判断はよくなかったんじゃないかって」
「それは――」
仕事のために交渉する相手、彼女は自分をそう見ていると思っていたが。ここで友人、なんて言葉がでてくると戸惑ってしまった。
「でもあの判断は私には正しかったと思ってます。これは謝罪ではないです」
「なら、なんだってんだよ」
「チャンスと考えてください。悩んじゃダメです、これは自然に受け入れられるかどうかだけで判断して。感情は時に本当に邪魔くさくてうんざりするものですから」
息を深く吐き、鼻で大きく息を吸う。
感情はなし?理性はどうなんだ?
扉が開くと、見知った顔のスタッフたちが出てきた。
ルーシーは親しい様子で挨拶していたが。自分といえば声は震え、ひきつった顔を無理やり笑みを貼り付けようとし。体もギクシャクと凍っていたんじゃないかと思う。
「――で、どうします?」
なぜか信じられないくらい輝く笑顔を彼女はこちらに向けてきている。
案外、ルーシーという女性はSっ気が強いのかもしれないと思った。
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帰りの道は、同じくルーシーが運転したが。自分は荷台に座って車体が揺れるがままに任せていた。
空を見上げるとオーストラリアの空は曇り空のままではあるけど、太陽の光はしっかりと感じることができる。いつものことだがそれがとても大切なことのように思えた。
跳ね橋部隊の指輪端末は回収されてしまったので、今は携帯ツール搭載の度のない眼鏡を取り出した。通信、連絡先を選び。ケンジの番号を呼び出していく。
「やぁ、そっちはどうしてる?といっても、数日おきにカイが律儀にお前のこと教えてくれるから大体は知ってるんだけどな。
そっちはまだ混乱が続いているから大変だろうが、安全には気をつけてな。
そうそう、そっちに戻ってったポーター連中。
今は南米の情熱的な女性は素晴らしいって何人も主張してて笑ってる。お前も年齢を考えたら、彼女の一人や二人っていうより。嫁さん見つけて家族をって考えた方がいいぞ。
でないとオマエ、俺の奥さんになって一生面倒見る羽目になる。これは本気の忠告だからな、自分で考えろ」
曇り空を見上げていた視線を少し下げていく。
「実は今、久しぶりに外に出てる。
お前も知ってる、あのUACの美人とデートしててね。まぁ、これ以上はおしえてやらんけどさ。とにかく驚くような経験があって、お前に話さなきゃって思ったんだよ」
あえておかしな言い方をして、弟の想像を裏切ろうとする。
「で、この子らなんだが。どうだ、かわいいだろ?
お前も知っている野生保護をやってた連中のところで、この子らを譲ってもらったんだ。
突然のことだったから名前はまだ考えてないし、アリーが使ってたものは全部処分したから新しくこの子らのために用意しないといけないって思ってて。
とにかく、そういうことだ。
そっちは大変だろうが、それはそれでちゃんと楽しんできてくれ。俺は俺で、この子らとの生活について悩む喜びを味わっているからさ」
カエデの膝の上には3匹の子犬がまとめてじっと座っている。
結局、自分に興味を示してくれた兄弟とその妹を譲ってくれと口に出していた。
ただし決断とか、判断だったかはさっぱりわからないが。
あの最悪の日からの虚ろな日々に変化は確実に起こったと言えるだろう。
風に海のにおいが混じってきたのを感じた。
自分が触れている小さな命たちを感じながら、世界の息吹を再確認していく。
もう新鮮さは全くないが、心は落ち着くし。希望が湧いてくる。
デス・ストランディングと呼ばれる時代はまだ続くが。
それが永遠と続くわけではないことをこの人類は理解している。生まれたその日から人間は死に向かって歩き続けるように、時代も終わりに向かい。次の時代を迎えることを避けられないはず。
だからこそ自分はまだ、希望を失ってはいなかった。こう感じることで、立ち位置を見失わずにいられるのだろう。それこそがきっと幸せというものなのだ。